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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

インド共和国の非銀行金融会社(NBFC)に関する法規制を解説

インドの非銀行金融会社(NBFC)に関する法規制を解説

インドにおける金融包摂とデジタル経済の進展は目覚ましく、その中核を担う「India Stack」と呼ばれるデジタル公共インフラは、14億人の国民ID「Aadhaar(アダール)」や決済基盤「UPI(Unified Payments Interface)」に加え、データ流通の仕組みである「アカウント・アグリゲーター(Account Aggregator:AA)」によって新たな局面を迎えています。本稿では、インド市場への参入を検討する日本の経営者や法務担当者を対象に、インドの金融規制の要である非銀行金融会社(NBFC)、とりわけその特殊形態であるNBFC-AAの法的構造について詳説します。

本記事の構成として、まずインドの金融システムにおけるNBFCの定義と、その登録に不可欠な「純自己資金(Net Owned Fund:NOF)」の厳格な概念について、1934年インド準備銀行法(RBI法)に基づき解説します。次に、2023年より導入された「スケール・ベース規制(SBR)」による4層構造の監督体制と、その中でAAがどのように位置づけられるかを明らかにします。その上で、本稿の主題であるアカウント・アグリゲーターの業務範囲、技術的基盤、および「データ・ブラインド」原則に基づく厳格なプライバシー保護規定について掘り下げます。

さらに、日本の「電子決済等代行業(銀行法)」との比較法的視点を取り入れ、両国の制度設計における根本的な差異、特に財産的基礎要件の違いやビジネスモデルの相違点について、表を用いた対比分析を行います。最後に、2025年に下された最新の判例(Shabros Finvest 事件および Muthoot Finance 事件)を取り上げ、インドで金融事業を行う際の実務的な法的リスクと、それに対する司法判断の傾向を分析します。これらを通じ、単なる法令の条文解釈にとどまらず、インドのフィンテック市場における法務戦略の構築に資する情報を提供することを目的としています。

なお、インドの包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。

インドにおけるNBFC(非銀行金融会社)の法的基盤と定義

インドの金融システムにおいて、NBFC(Non-Banking Financial Company)は銀行システムを補完する重要な役割を担っており、1934年インド準備銀行法(RBI法)およびその後の関連規則によって厳格に規律されています。RBI法第45-I条(f)項によれば、NBFCとは会社法に基づいて設立された会社であり、貸付、融資、株式や債券等の有価証券の取得、リース、ハイヤーパーチェス、保険事業、チット事業などを「主たる業務」とするものを指します。一方で、農業活動、工業活動、物品の売買、不動産の建設・売買などを主たる業務とする企業は、たとえ一部で金融活動を行っていたとしても、法的なNBFCの定義からは除外されます。

ある企業が規制対象となるNBFCに該当するか否かは、「プリンシパル・ビジネス・テスト」あるいは「50-50テスト」と呼ばれる基準によって判断されます。これは、企業の総資産(無形資産を除く)のうち金融資産が50%以上を占め、かつ金融資産から得られる収入が総収入の50%以上を占める場合、その企業はNBFCとみなされ、インド準備銀行(RBI)への登録義務が生じるというものです。この基準は、一般事業会社が余剰資金運用として行う金融活動と、金融業を本業とする場合を明確に区別するための重要なフィルターとなっています。

インドにおける純自己資金(NOF)の厳格な要件と計算構造

NBFCとしての登録および事業継続において最も重要な要件の一つが、純自己資金(Net Owned Fund:NOF)の維持です。RBI法第45-IA条は、NBFCが事業を開始または遂行するためには、登録証(CoR)の取得とともに、所定のNOFを維持することを義務付けています。

NOFは単なる会計上の純資産とは異なり、以下の手順で算出される規制上の自己資本概念です。まず、払込済み株式資本、自由準備金、証券プレミアムなどの「自己資本(Owned Fund)」を合算し、そこから累積損失、繰延収益支出、その他の無形資産を控除します。さらに重要な点として、グループ会社や子会社、他のNBFCへの投資額や貸付額が、算出された自己資本の10%を超える場合、その超過分もNOFから控除されます。この「10%ルール」は、グループ内での資本の二重計上(Double Gearing)を防ぎ、真にリスクを吸収できる資本量を測定するために設けられています。

一般的なNBFC(ICC:Investment and Credit Company)のNOF最低要件は、段階的に引き上げられており、最終的には1億ルピー(約1億7,000万円)の維持が求められます。しかし、本稿の主題であるアカウント・アグリゲーター(NBFC-AA)については、貸付を行わないという事業特性から、NOF要件は2,000万ルピー(約3,400万円)と個別に設定されています。この金額は、事業開始時のみならず、営業期間中は常に維持しなければならない絶対的な基準であり、これを下回ることはライセンス取消の事由となります。

インドのスケール・ベース規制(SBR)と規制の階層化

インドのスケール・ベース規制(SBR)と規制の階層化

2023年10月より、インドのNBFC規制は「スケール・ベース規制(SBR)」と呼ばれる新しい枠組みに移行しました。これは、従来の「システム上重要か否か」という二分法を廃止し、NBFCを資産規模と活動リスクに応じて4つのレイヤーに分類し、比例原則に基づいた規制を適用するものです。

レイヤー分類該当する主なNBFC規制の特徴
トップ・レイヤー (NBFC-TL)極めてリスクが高いとRBIが特定したNBFC(現在は該当なし)銀行規制を超える最高度の監視
アッパー・レイヤー (NBFC-UL)資産規模上位10社など、RBIが特定したNBFC商業銀行と同等の規制(自己資本比率等)
ミドル・レイヤー (NBFC-ML)資産100億ルピー以上の預金非受入NBFC、預金受入NBFC等厳格なプルーデンス規制、ICAAPの導入
ベース・レイヤー (NBFC-BL)資産100億ルピー未満の預金非受入NBFC、NBFC-AA 等比較的簡易な規制、ただしNPA基準は厳格化

アカウント・アグリゲーター(NBFC-AA)は、原則として「ベース・レイヤー(NBFC-BL)」に分類されます。これはAAが自ら資金の貸付や預金の受入を行わず、信用リスクを取らないためです。しかし、ベース・レイヤーであっても、リスク管理委員会の設置や関連当事者取引の開示など、ガバナンス体制の強化が求められています。

インドのアカウント・アグリゲーター(NBFC-AA)の法的機能と業務制限

アカウント・アグリゲーター(AA)は、「NBFC-Account Aggregator Directionsに基づき、顧客の同意を得て金融情報を集約・移転する仲介者」として定義されます。AAの最大の特徴は「データ・ブラインド(Data Blind)」原則にあります。AAはデータを移転するパイプラインの役割を果たしますが、そのデータを閲覧したり、保存したりすることは厳格に禁止されています。

AAの業務範囲は極めて限定的であり、以下のような行為は明確に禁止されています。

第一に、自らの勘定で金融資産の売買や投資を行うことはできません。

第二に、銀行業務や融資業務を行うことはできません。

第三に、顧客の金融データを自社サーバーに保存することや、認証情報(ログインIDやパスワード)を保持することは許されません。

これらは、AAが純粋なデータ仲介者としての中立性を保ち、セキュリティリスクを最小化するために設けられた制限です。

AAとして登録を受けるためには、前述の2,000万ルピーのNOF要件を満たすことに加え、RBIから「原則承認(In-principle Approval)」を取得後、12ヶ月以内に技術プラットフォーム(ReBIT標準準拠)の構築やシステム監査を完了し、最終的な登録証(CoR)を取得する必要があります。

インドAAの技術的基盤と同意アーティファクト

AAの法的枠組みは、ReBIT(RBIの子会社)が策定した技術標準と一体となっています。AAにおける「同意」は、口頭や単純なクリックではなく、「同意アーティファクト(Consent Artefact)」と呼ばれる電子署名付きのXML/JSON文書として生成されます。この同意は「ORGANS原則」に基づいて設計されています。すなわち、オープン標準(Open Standard)であり、いつでも撤回可能(Revocable)であり、データの粒度(Granular)を指定でき、監査可能(Auditable)であり、通知(Notice)が行われ、かつセキュア(Secure)である必要があります。

この仕組みにより、ユーザーは「どの銀行の」「どの期間の」「どの種類のデータ」を「誰に」共有するかを細かくコントロールできます。日本企業がインドでAAエコシステムを利用する場合、この同意アーティファクトの検証と、それに紐づくデータの取扱いについて、インドのIT法および証拠法に準拠した対応が求められます。

日本の電子決済等代行業とインドNBFC-AAの比較法分析

日本の電子決済等代行業とインドNBFC-AAの比較法分析

日本の銀行法における「電子決済等代行業」とインドの「NBFC-AA」は、共にオープンバンキングを推進する制度ですが、その設計思想と要件には顕著な違いがあります。以下にその主要な差異を整理します。

比較項目インド:NBFC-AA日本:電子決済等代行業
根拠法令RBI法 第45-IA条, Master Direction 2016銀行法 第2条第17項, 第52条の61の2 等
業務範囲情報参照(AISP)のみ。
資金移動指図は禁止。
データの「中身」は閲覧不可(Data Blind)。
更新系(PISP)と参照系(AISP)の双方が可能。
データを蓄積・分析し、家計簿機能等を提供可能。
財産的基礎純自己資金(NOF)2,000万ルピー(約3,400万円)以上。
営業中常に維持が必要。
純資産額が負でないこと(債務超過でないこと)。
具体的な最低資本金額の定めはない。
データ保存禁止。データは通過するのみ。可能。付加価値サービスの提供が前提。
銀行との接続制度的接続。標準APIにより統一的に接続。契約ベース。銀行ごとに契約締結が必要。

日本の電子決済等代行業では、純資産がマイナスでなければ参入が可能であり、APIを通じて取得したデータを自社で分析・保存してユーザーにサービスを提供することが一般的です(垂直統合型)。一方、インドのAAは、2,000万ルピーという高い資本要件が課される一方で、データの中身には触れず、あくまでデータの「土管」としての機能に徹することが求められます(水平分業型)。日本企業がインドに進出する際は、自社でAAライセンスを取得するよりも、既存のAA事業者と提携し、データの利用者(FIU:Financial Information User)としてのポジションを取る方が、ビジネスモデルとして適合しやすい場合が多いと考えられます。

2025年の重要判例と法的リスク

直近の2025年には、NBFCの運営に関わる重要な司法判断が下されています。

ライセンス取消と適正手続(Shabros Finvest Pvt. Ltd. v. Reserve Bank of India)

 デリー高等裁判所は、NOF要件の不足を理由としたRBIによるNBFC登録取消命令について、その手続的瑕疵を指摘しました。RBIからの通知が旧住所に送付され、会社側が弁明の機会を得られなかったこと、および取消命令前に増資によってNOF不足を解消していた事実を重視し、RBIの取消命令を破棄して再審理を命じました。この判決は、RBIの処分に対する司法審査の機能を示した一方で、企業側における住所変更等の届出管理(Secretarial Compliance)の重要性を浮き彫りにしました。

 NBFCの法的性質(Shobha v. Muthoot Finance)

インド最高裁判所は、NBFCに対する憲法上の令状(Writ Petition)の適用可否について判断を下しました。最高裁は、NBFCは憲法第12条における「国家」やその機関には該当しないとし、NBFCと顧客との間の契約上の紛争(ローンの回収や担保処分など)について、Writ Petitionによる救済は認められないと判示しました。これにより、債権回収等の局面において、借り手が憲法訴訟を乱発して手続きを遅延させるリスクが低減され、契約法に基づく予見可能な紛争解決が担保されることとなりました。

まとめ

インドのNBFC-AA制度は、厳格な資本要件と「データ・ブラインド」という独自の原則に基づき、金融データの安全な流通インフラとして設計されています。日本の電子決済等代行業と比較すると、参入障壁は高いものの、一度エコシステムに参加すれば、標準化されたAPIを通じて広範な金融データにアクセスできるという利点があります。

日本企業がこの市場に参入するにあたっては、以下の点が重要となります。第一に、AAライセンス自体の取得を目指すのか、あるいはFIUとしてデータを利用する立場を取るのかという戦略的選択です。第二に、現地パートナーや買収対象のNBFCを選定する際、NOF要件の充足状況やRBIへの届出履歴について、Shabros Finvest 判決の教訓を生かした徹底的なデューデリジェンスを行うことです。第三に、最高裁判決によりNBFCの私企業性が再確認されたことを踏まえ、契約実務における紛争解決条項を適切に設計することです。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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