スウェーデン税法の構造を弁護士が詳細に解説

スウェーデンは、イノベーションと持続可能な社会モデルの先駆者として知られる一方で、企業活動においては極めて合理的かつ競争力の高い税制を整備している国です。多くの日本企業にとって、スウェーデンは単なる北欧市場の一角ではなく、欧州戦略における重要な統括拠点となり得るポテンシャルを秘めています。その理由は、20.6%という低い法人税率、キャピタルゲイン課税を免除する参加免税制度、そしてグループ内での柔軟な資金移動を可能にする独自の法制度にあります。
本稿では、スウェーデンでの事業展開を検討する日本の経営者および法務担当者を対象に、同国の税法(Inkomstskattelagen)の構造を詳細に解説します。法人税の基本構造から、持株会社としてのメリットを最大化する参加免税制度、そして近年厳格化が進むタックスヘイブン対策税制(CFC税制)や支払利子損金算入制限に至るまで、実務上の重要ポイントを網羅します。特に、日本の税制との相違点に焦点を当て、法的な根拠と最新の判例に基づいた深層的な分析を提供することで、貴社の意思決定を支援します。
この記事の目次
スウェーデン税制の法的基盤と構造的特徴
スウェーデンの国税に関する主要な法源は、1999年に制定された「所得税法(Inkomstskattelagen (1999:1229)、以下「IL」)」です。この法律は大陸法の影響を強く受けており、詳細な法典化がなされています。日本の所得税法が所得を10種類に分類して計算するのに対し、スウェーデンの所得税法は所得区分を「事業所得」「雇用所得」「資本所得」の3つのみに大別するシンプルな構造を採用しています。
特筆すべきは、株式会社(Aktiebolag、以下「AB」)の活動はすべて「事業活動」とみなされる点です。したがって、法人が得る収益は原則としてすべて「事業所得」として一括計算され、単一の税率が適用されます。これにより、日本のように利子所得や配当所得といった区分ごとに異なる計算を行う複雑さが回避され、税務コンプライアンスの負担が軽減されています。
納税義務者の判定と居住性
法人税法における納税義務者は、その設立形態によって「居住法人」と「非居住法人」に明確に区分されます。この区分は、全世界所得に対する課税権の有無を決定する最も基本的な要素です。
スウェーデンの会社法に基づいて設立・登記された法人は、スウェーデンの「居住法人」とみなされます。居住法人は、スウェーデン国内のみならず、世界中で獲得したすべての所得(全世界所得)に対して納税義務を負います。ここで注意が必要なのは、スウェーデンが「登記地主義」を採用している点です。日本の税法では「本店または主たる事務所の所在地」に加え、実質的な管理機能の所在も考慮されることがありますが、スウェーデンでは登記の有無が決定的要素となります。したがって、実質的な管理機能が国外にあったとしても、スウェーデンで登記されていれば居住法人として扱われます。
一方、外国で設立された「非居住法人」は、スウェーデン国内に恒久的施設(Permanent Establishment、以下「PE」)を有する場合に限り、そのPEに帰属する所得に対して課税されます。PEの定義はOECDモデル租税条約に準拠しており、事業を行う一定の場所(支店、工場、事務所等)が存在する場合に認定されます。
法人税率の国際比較
スウェーデンの法人税率は、企業の国際競争力を高めるために段階的に引き下げられてきました。現在は20.6%となっており、これは日本の実効税率(約30%)と比較して約10ポイントも低い水準です。さらに重要な点は、スウェーデンには「地方所得税」が存在しないことです。日本では法人税に加え、地方法人税、法人住民税、法人事業税が課され、これらが合算されて実効税率が形成されますが、スウェーデンでは国税一本のみです。
以下の表は、日本とスウェーデンの法人課税の構造的な違いをまとめたものです。
| 比較項目 | スウェーデン (Sweden) | 日本 (Japan) |
| 法人税率(実効税率) | 20.6% (2021年以降) | 約29.74% (標準税率) |
| 地方税 | なし(国税のみ) | あり(法人住民税、事業税等) |
| 居住性の判定基準 | 登記地主義 (Registration) | 本店所在地主義 (Head Office) |
| 所得区分 | 全て「事業所得」として一本化 | 複数の所得区分が存在 |
スウェーデンにおける課税所得の計算と会計基準の連動

スウェーデン税務の根幹を成すのが「会計と税務の連動性(Kopplade området)」という概念です。一般に公正妥当と認められる会計原則に従って作成された損益計算書の結果が、税務上の所得計算の出発点となります。税法に別段の定めがない限り、会計上の収益・費用はそのまま税務上の益金・損金として認められるため、申告調整項目は日本に比べて限定的です。
減価償却制度の柔軟性
設備投資に関する減価償却制度は、企業にとってキャッシュフロー管理上の強力なツールとなります。スウェーデンでは、機械・装置等の動産について、以下の表に示す二つの方法から、年度ごとに有利な方を選択適用することが認められています。
| 償却方法 | 概要と計算ルール | メリット |
| 帳簿準拠方式 | (A) 30%定率法:期首帳簿価額+当期取得額の30%を償却 (B) 20%定額法:取得価額の20%を毎年均等に償却 ※(A)と(B)のうち大きい金額を選択可能 | 資産の種類に関わらず、最短5年間で完全に費用化できることが保証されている。 |
| 残存価額償却方式 | 税務上の未償却残高の25%を上限として損金算入 | 会計上の償却額とは無関係に税務調整のみで実施可能。赤字決算時などに利用される。 |
日本のように資産の種類ごとに細かく耐用年数が定められている(例:パソコン4年、金属加工機械10年など)制度とは異なり、一律に短期償却が可能である点は、設備投資サイクルの早い企業にとって大きな利点といえます。
期末配分基金による利益の繰り延べ
日本の税制改正により多くの引当金が廃止されてきた一方で、スウェーデンには「期末配分基金(Periodiseringsfond)」という独自の節税スキームが存在します。これは、法人が各事業年度の税引前利益の最大25%までを積み立て、損金に算入できる制度です。積み立てた基金は最長6年以内に取り崩して益金に算入する必要があります。
この制度を活用することで、利益が大きく出た年度に税金を減らし、将来の赤字や減益の年度に取り崩して相殺するという「利益の平準化」が可能となります。実質的に、納税を最大6年間無利子で繰り延べる効果があり、手元資金を運転資金や再投資に回すことができるため、スウェーデン進出企業の財務戦略において中心的な役割を果たします。
スウェーデン参加免税制度の詳解
スウェーデンが欧州統括会社や持株会社の設立地として選好される最大の理由が、「参加免税制度(Näringsbetingade andelar)」です。法人税法第24章に規定されるこの制度は、事業投資目的で保有する株式から生じる配当およびキャピタルゲインを非課税とするものであり、二重課税の排除と企業再編の促進を目的としています。
「事業関連株式」の定義
この恩恵を受けるためには、保有する株式が「事業関連株式」の要件を満たす必要があります。要件は株式が上場されているか否かによって異なります。
| 株式の区分 | 要件 | 備考 |
| 非上場株式 | 保有割合・保有期間の要件なし | 原則としてすべて対象。子会社だけでなく、取引先への少数出資も含まれる。 |
| 上場株式 | 議決権の10%以上を保有 かつ、1年以上の保有 | 市場性のある株式の場合、ポートフォリオ投資と区別するため、一定の支配権と保有期間が求められる。 |
日本法との比較:決定的な違い
日本の「外国子会社配当益金不算入制度」や「子会社株式譲渡益課税」と比較すると、スウェーデンの制度には明確な優位性があります。以下の比較表をご覧ください。
| 項目 | スウェーデン (Sweden) | 日本 (Japan) |
| 受取配当金 | 100%非課税 | 95%益金不算入(約1.5%の実質税負担あり) |
| キャピタルゲイン (株式売却益) | 全額非課税 (事業関連株式の場合) | 原則として全額課税 |
| キャピタルロス (株式売却損) | 損金不算入 | 損金算入可能(原則) |
特に注目すべきはキャピタルゲインの扱いです。日本では子会社株式を売却した場合、その売却益に対して約30%の法人税が課されますが、スウェーデンでは要件を満たせば全額非課税となります。これにより、M&Aや事業の切り出し(カーブアウト)で得た資金を目減りさせることなく、次の投資へ全額再配分することが可能となります。これは、欧州での事業ポートフォリオを動的に入れ替える戦略をとる企業にとって、極めて大きなメリットです。
スウェーデンのタックスヘイブン対策税制(CFC Rules)

スウェーデンは魅力的な税制を提供する一方で、自国の課税ベースを守るための防御策も講じています。その中心となるのがCFC(Controlled Foreign Company)税制であり、スウェーデン法人が低税率国に子会社を設立し、所得を不当に留保することを防ぐための合算課税制度です。
適用基準のメカニズム
IL第39a章に基づき、以下の基準で適用の有無が判定されます。
第一に「支配要件」です。スウェーデンの納税者が、単独または関連者と合わせて、外国法人の資本または議決権の25%以上を直接・間接に保有している場合、その外国法人はCFCの検討対象となります。日本のCFC税制では「50%超」が原則的な基準ですが、スウェーデンでは「25%」という低い閾値が設定されており、マイナー出資であっても対象になり得る点に注意が必要です。
第二に「低課税要件」です。対象となる外国法人の純所得に対する実効税負担が、仮にスウェーデンで課税された場合の55%未満である場合、適用対象となります。現在の法人税率は20.6%ですので、その55%、すなわち11.33%が実質的なトリガー税率となります。
適用除外規定
ただし、経済実態のある活動を阻害しないよう、以下の例外規定が設けられています。
- ホワイトリスト(Appendix 39a):スウェーデン政府が「税制が適正である」と認めた国のリストに掲載されている場合、CFC課税は免除されます。日本はこのリストに含まれているため、通常は対象外となります。
- EEA域内での実体基準:EU法(設立の自由)との整合性を保つため、EEA(欧州経済領域)内の法人については、その法人が「真の経済活動(Actual Economic Activity)」を行っている場合には適用されません。これは、オフィス、従業員、資産を持って実際に事業を行っていることを納税者が証明できるかどうかが鍵となります。
スウェーデンの支払利子損金算入制限とEBITDAルール
近年、スウェーデン税務の中で最も複雑かつ係争が多いのが、支払利子の損金算入制限規定です。OECDのBEPSプロジェクトやEU指令への対応として、2019年に抜本的な改正が行われました。
一般ルールとターゲット・ルール
基本的な制限として「EBITDAルール」が導入されています。これは、グループ外・グループ内を問わず、すべての純支払利子について、税務上のEBITDA(金利・税・償却前利益)の30%までしか損金に算入できないというものです。制限超過額は将来6年間繰り越すことが可能です。
これに加え、グループ内(関連者間)の借入についてのみ適用される「ターゲット・ルール」が存在します。これは、「専ら税務上の利益を得るために借入が行われた」とみなされる場合、その支払利子の損金算入を一切認めないという非常に厳しい規定です。スウェーデン最高行政裁判所(HFD)の判例(Lexel事件など)においても、このルールの適用範囲やEU法との整合性が争点となっており、実務上最もリスクの高い領域の一つです。日本企業がスウェーデン子会社へ貸付を行う際は、事業上の正当性を明確に文書化しておく必要があります。
スウェーデンのグループ貢献制度(Group Contributions)
日本には連結納税制度やグループ通算制度がありますが、スウェーデンには連結納税申告書を作成する制度はありません。その代わり、「グループ貢献(Koncernbidrag)」という独自の仕組みで、実質的な損益通算を実現しています。
この制度は、90%以上の資本関係にあるスウェーデン国内の親会社・子会社間において、決算期末に利益の移転を認めるものです。具体的には、利益が出ている会社が損失が出ている会社に対して「グループ貢献金」を支払う処理を行います。支払った側はこれを損金(費用)とし、受け取った側は益金(収益)とすることで、グループ全体としての課税所得を相殺・圧縮することができます。
この制度の優れた点は、事前の申請や承認が不要であることです。決算処理として会計帳簿に計上し、税務申告書に記載するだけで適用されます。また、実際に現金を移動させる必要はなく、帳簿上の債権債務として処理することも認められています。
日本・スウェーデン租税条約と源泉徴収の実務
クロスボーダー取引においてキャッシュフローに影響を与える源泉徴収税(Withholding Tax)について、日・スウェーデン租税条約および国内法の規定を整理します。
| 所得の種類 | スウェーデン国内法 | 租税条約適用後(日本企業への支払) | 備考 |
| 配当 | 30% | 0% (免税) | 議決権の10%以上を保有する場合に免税適用(条約第10条)。 |
| 利子 | 0% | 0% | スウェーデン国内法上、利子への源泉税が存在しない。 |
| 使用料 (Royalties) | 課税あり | 0% (免税) | 条約により、源泉地国(スウェーデン)での課税は免除。 |
日本企業がスウェーデンに完全子会社を設立する場合、配当・利子・使用料のいずれについても、スウェーデン側での源泉税コストは発生しません。これは、投資リターンの回収という観点から非常に有利な条件です。ただし、利子については前述の損金算入制限(EBITDAルール等)の対象となるため、源泉税がかからないからといって無制限に利子を支払えるわけではない点に留意が必要です。
まとめ
スウェーデンの税制は、「20.6%の低法人税率」、「参加免税制度によるキャピタルゲイン非課税」、「柔軟なグループ内損益通算」という三つの柱によって、国際ビジネスのハブとしての地位を確立しています。特に、欧州全域を統括する持株会社としてスウェーデン法人を活用することは、税務効率と資金の流動性を高める上で極めて合理的であり、日本企業にとっても有力な選択肢となります。
一方で、スウェーデン税務当局は、実態のない租税回避行為に対しては厳しい姿勢で臨んでおり、CFC税制の25%基準や、厳格化する支払利子損金算入制限には細心の注意が必要です。「形式的な要件」を満たすだけでなく、「実質的な事業活動」と「経済的な合理性」を常に説明できるように準備しておくことが、コンプライアンス遵守の鍵となります。
モノリス法律事務所では、貴社のスウェーデン進出、現地法人の設立、M&Aのストラクチャリング、そして税務リスクの評価に至るまで、包括的にサポートいたします。欧州市場へのゲートウェイとしてスウェーデンを活用する際の法的・税務的課題について、ぜひお気軽にご相談ください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































