ギリシャの税法を弁護士が解説

ギリシャ共和国(以下、ギリシャ)の税制は、長年の経済改革を経て、投資促進とデジタル化による透明性確保を両立させる現代的なシステムへと変貌を遂げています。特に2025年は、日本企業にとって歴史的な転換点となります。長年の課題であった「二重課税」を解消する日・ギリシャ租税条約が適用開始となり、投資環境が法的に整備されたからです。
本稿では、2025年1月1日より適用される最新の税法改正、特に不動産関連税制の優遇措置延長や、気候危機対策としての観光関連税の引き上げ、そして企業の経理実務を根底から変える電子帳簿システム「myDATA」によるコンプライアンスの厳格化について詳説します。日本の税法とは異なり、ギリシャでは形式的な要件の不備が直ちに経費否認につながる厳格な側面がある一方で、海運業や富裕層向けには憲法レベルで保障された強力な優遇税制が存在します。こうした「硬軟」入り混じる法制度を理解することが、ギリシャ進出を成功させる鍵となります。
この記事の目次
ギリシャ税法の全体像と法源
ギリシャの税法は、所得税法(ITC)、租税手続法(TPC)、付加価値税法などの単行法によって構成されています。日本の税法体系と比較した場合の最大の特徴は、法改正の頻度と、税務行政におけるデジタル・コンプライアンスの徹底度合いにあります。日本では帳簿の保存と実態説明が重視されますが、現在のギリシャでは、税務当局のサーバーへリアルタイムでデータを送信していなければ、そもそも税務上の取引として認められないという、極めて強力な形式主義が導入されています。
企業の法務・経理担当者がまず押さえるべきは、法律4172/2013(所得税法)と、近年導入された電子帳簿制度「myDATA」の連携です。これらは不可分の関係にあり、法令上の権利であっても、デジタル報告手続きを誤れば享受できない仕組みとなっています。
ギリシャの法人税法

ギリシャの法人税制は、EU指令に準拠しつつ、投資誘致のための競争力ある税率設定を行っています。
課税対象と税率
ギリシャに登記上の事務所または実質的な管理場所を有する法人は、全世界所得に対して課税されます。2025年時点における標準的な法人税率は22%であり、これは日本の実効税率(約30%程度)と比較して低く抑えられています。ただし、信用機関(銀行等)に対しては、繰延税金資産制度の適用を受ける場合、29%という高い税率が適用される例外規定があります。
| 法人区分 | 税率 | 備考 |
| 一般事業会社 | 22% | 標準税率 |
| 信用機関(銀行等) | 29% | 特定条件下で適用 |
デジタル化による経費算入の制限
日本企業が最も注意すべき点は、損金算入(経費処理)の要件です。ギリシャでは、事業に関連する費用であっても、独立歳入庁(AADE)が運営するプラットフォーム「myDATA」を通じて電子的に送信されていない請求書や経費は、税務上の損金として認められません。これを「ロック(Locking)」メカニズムと呼びます。申告書上の経費額がmyDATAの送信データ額を上回ることはシステム的に許容されないため、日本のような「決算時の調整」や「後日の税務調査での疎明」といった余地が極めて限定的です。
研究開発(R&D)インセンティブ
イノベーション促進のため、研究開発費については強力な優遇措置が設けられています。適格なR&D費用は、発生時にその実額の200%(すなわち2倍)を課税所得から控除することが可能です。これは実質的な法人税負担を大幅に軽減する効果がありますが、多国籍企業グループに属する場合は、後述するグローバル・ミニマム課税(Pillar 2)との兼ね合いで、実効税率が15%を下回らないよう調整が必要になる点に留意が必要です。
ギリシャの海運業に対する特別税制
ギリシャ経済の柱である海運業に対しては、世界でも類を見ない強力な保護が与えられています。この制度の根幹は、通常の法律ではなく、ギリシャ共和国憲法第107条によって保障されている点にあります。これにより、政権交代などの政治的変動があっても、容易に廃止や不利益変更ができない法的安定性が確保されています。
トン税制度の仕組み
ギリシャ船籍の船舶、およびギリシャに管理拠点を置く外国船籍の船舶を所有・運航する企業は、通常の法人税(利益に対する課税)が免除されます。代わりに、船舶の総トン数と船齢に基づいて計算される「トン税」を納付します。このトン税を支払うことで、船舶の運航利益だけでなく、船舶の売却益、さらには株主への配当に対する所得税までもが完全に免除されます。日本のタックスヘイブン対策税制や海運税制と比較しても、株主レベルの課税まで免除されるこの制度は、極めて有利な設計となっています。
日・ギリシャ租税条約の影響

2024年12月5日、「所得に対する租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための日本国とギリシャ共和国との間の条約」(日・ギリシャ租税条約)が発効し、2025年1月1日以後に開始する課税年度から適用が開始されました。
投資所得に対する源泉税率の引き下げ
これまで租税条約が存在しなかったため、ギリシャから日本への送金には高率の国内法源泉税が課されていましたが、本条約の適用により大幅に軽減されます。特に、日本企業がギリシャ企業に対して技術供与やブランドライセンスを行う際に受け取る「使用料(ロイヤリティ)」の税率引き下げは、ビジネスコストに直結する重要な変更点です。
| 所得区分 | 従来の国内法税率 | 条約適用後の上限税率 | 適用要件の概要 |
| 配当 | 5% | 5% または 10% | 議決権等の10%以上を6ヶ月以上保有する場合は5% |
| 利子 | 15% | 0% または 10% | 金融機関等が受け取る場合は免税(0%)、その他は10% |
| 使用料 | 20% | 5% | 日本の多くの条約で0%となることが多いが、対ギリシャでは5%の課税権が残る点に注意 |
日本法務担当者が留意すべきは、使用料(ロイヤリティ)について完全免税(0%)にはならず、5%の源泉地国課税が残された点です。日本側での外国税額控除の活用が引き続き重要となります。
ギリシャの個人所得税と外国人向け優遇税制
累進課税制度
個人の所得税は、所得に応じて税率が上昇する累進課税方式を採用しています。2025年現在、最高税率は44%に達します。かつて財政危機時に導入された「連帯負担金」については、給与所得や年金所得など多くの所得区分において廃止されており、税負担は以前より軽減されています。
| 課税所得 (ユーロ) | 税率 |
| 0 – 10,000 | 9% |
| 10,001 – 20,000 | 22% |
| 20,001 – 30,000 | 28% |
| 30,001 – 40,000 | 36% |
| 40,001 超 | 44% |
外国人向けの特別税制(Non-Dom Regimes)
ギリシャは、海外からの富裕層や高度人材を誘致するために、通常の累進課税とは異なる3つの「代替課税制度」を用意しています。これらは日本にはない制度であり、駐在員派遣や移住を検討する経営者にとって大きなメリットとなります。
- 投資家向け定額納税制度: ギリシャに50万ユーロ以上の投資を行うことを条件に、国外で生じた所得(配当や利子など)に対するギリシャでの課税を、年額10万ユーロの定額納税のみで完了させる制度です。どれだけ多額の海外所得があっても追加の税金は発生しません。
- 年金受給者向け制度: 海外から年金を受け取る移住者に対し、全世界所得に対して一律7%という低い税率を適用します。
- 被用者・個人事業主向け制度: ギリシャに移住して新たな雇用契約を結ぶか事業を開始する場合、ギリシャ国内源泉所得の50%を7年間にわたり非課税とする制度です。これは「デジタルノマド」や企業の駐在員にとって非常に有利な制度であり、所得税負担を実質的に半減させることができます。
ギリシャの付加価値税(VAT)

ギリシャの標準的なVAT税率は24%ですが、品目や地域によって軽減税率が設定されています。特に、特定の島嶼部(レロス、レスボス、コス、サモス、ヒオス)では、移民危機への対応等の観点から標準税率が30%減額される特例措置が継続しています。
| 区分 | 本土税率 | 島嶼部特例税率 | 主な対象品目 |
| 標準税率 | 24% | 17% | 一般物品、サービス、不動産 |
| 軽減税率1 | 13% | 9% | 食品、ホテル宿泊、エネルギー |
| 軽減税率2 | 6% | 4% | 医薬品、書籍 |
不動産にかかるVATの停止
本来、新築建物の販売には24%のVATが課されますが、不動産市場活性化のため、この課税を停止する措置がとられています。最新の法改正(法律5246/2025)により、この停止期間は2026年12月31日まで延長されました。これにより、新築物件であってもVATではなく、より税率の低い不動産移転税(約3%)のみで購入が可能となります。
ギリシャの不動産関連税制
ギリシャで不動産を保有・取引する場合、日本とは異なる独自の税金が存在します。
統一不動産所有税(ENFIA)
日本の固定資産税に相当しますが、国税として課されます。基本税額に加え、不動産価値の総額が一定額(個人は50万ユーロ)を超えると「追加税」が課される二階建ての構造になっています。2025年からは、自然災害(地震、火災、洪水)に対する保険に加入している住宅について、ENFIAを最大20%減額する措置が導入されています。
気候危機強靭化手数料(観光税)
従来の宿泊税が改組され、「気候危機強靭化手数料」として徴収されています。2025年にはこの手数料が引き上げられ、特に観光シーズンの負担が増加しました。例えば、3月〜10月の期間、5つ星ホテルに宿泊する場合、宿泊料とは別に1泊あたり15ユーロが徴収されます。
不動産譲渡益税(キャピタルゲイン税)の課税停止
個人が不動産を売却した際に生じるキャピタルゲインに対する税(本来15%)についても、課税停止措置が延長されています。現行法により、この停止期間も2026年12月31日までとされており、この期間内の売却であれば、個人は原則として譲渡益税を支払う必要がありません。
まとめ
2025年のギリシャ税制は、日・ギリシャ租税条約の発効と、不動産投資や人材誘致に向けた減税措置の延長により、日本企業にとってかつてない好機を提供しています。一方で、myDATAによる厳格なデジタル監視や、気候変動対策としての新たな手数料負担など、遵守すべき規制も高度化しています。
ギリシャ進出においては、単に税率を比較するだけでなく、こうした形式要件や特例措置の適用期限を正確に把握することが不可欠です。モノリス法律事務所では、現地の最新法規制に基づき、日本企業のギリシャ展開における法的リスクの分析やコンプライアンス体制の構築をサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































