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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ドイツ連邦共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ドイツは欧州連合(EU)最大の経済大国であり、世界でも有数の輸出国として、自動車、機械、化学、再生可能エネルギーといった分野で高い競争力を誇り、安定した経済基盤を築いています。ドイツの法制度は、日本と同様に大陸法(Civil Law)の伝統に深く根ざしており、法典(Codified Law)が法の主要な源泉であり、判例法よりも成文法が重視されるという点で、日本人にとっては比較的馴染みやすい基盤を有しています。

特に、民法の根幹をなすドイツ民法典(Bürgerliches Gesetzbuch, BGB)は、日本の民法典の原型の一つでもあり、その構造や概念には多くの共通点が見られます。ドイツの最高法規はドイツ連邦共和国基本法(Grundgesetz für die Bundesrepublik Deutschland)であり、これは日本の憲法に相当し、個人の権利保護、法の支配、社会国家原則などを定めており、他の全ての法律の基礎となります。

本記事では、ドイツの法律の全体像とその概要について弁護士が詳しく解説します。

ドイツの法制度の全体像と日本法との比較の視点

ドイツの法源と法体系

ドイツの法源は、ドイツ連邦共和国基本法(憲法)を頂点とし、連邦議会が制定する連邦法、各州議会が制定する州法、政令、条例等となります。そして、ドイツはEU加盟国であるため、EU法規が国内法体系に大きな影響を与えます。EU規則は国内法に直接適用され、EU指令は国内法への転換が必要となるため、EUレベルでの法改正の動きや、欧州司法裁判所の判例を継続的にモニタリングする必要性が生じます。法体系は、公法(憲法、行政法、刑法など)と私法(民法、商法など)に大別されます。

ドイツの法制度は、法典主義が日本以上に深化しており、BGBをはじめとする各法典が非常に詳細かつ体系的に整備され、その解釈・適用は厳格です。これにより、予測可能性が高い一方で、柔軟な対応が難しい場合があるとも言われています。

裁判所の種類と構造

ドイツの裁判所は、日本とは異なり、大きく分けて5つの独立した裁判所系統に分かれています。具体的には、民事事件や刑事事件を扱う通常裁判所(Ordentliche Gerichte)、行政機関と市民の間の紛争を扱う行政裁判所(Verwaltungsgerichte)、税務に関する紛争を扱う財政裁判所(Finanzgerichte)、労働者と雇用主の間の紛争を扱う労働裁判所(Arbeitsgerichte)、そして社会保障に関する紛争を扱う社会裁判所(Sozialgerichte)です。これらの5つの系統の頂点には、それぞれ連邦最高裁判所(Bundesgerichtshof)などが存在します。

さらに、これらの裁判所系統とは独立して、連邦憲法裁判所(Bundesverfassungsgericht)が存在し、基本法の解釈や合憲性判断を行います。これは、日本の最高裁判所が憲法判断も行うのとは異なり、憲法判断を専門とする独立した最高機関である点が大きな特徴です。

ドイツにおける会社設立

会社設立

二階層型経営構造

ドイツの株式会社(Aktiengesellschaft, AG)の機関設計は、日本の株式会社とは大きく異なり、二階層型の経営構造を法律で義務付けられています。これは、業務執行を担う執行役会(Vorstand)  と、その業務を監督する監査役会(Aufsichtsrat)が完全に分離していることを意味します。

執行役会は、自らの責任において会社の事業を執行し、その経営を主導する機関です。一方、監査役会は、執行役の選任・解任権を持つと同時に、執行役の業務執行を監督し、経営上の重要な決定事項について助言を行う役割を担います。この二階層型のシステムは、経営と監督の役割を明確に分離することで、コーポレートガバナンスの透明性と健全性を高めることを目的とするものです。

共同決定制度

ドイツのコーポレートガバナンスを特徴づけるもう一つの重要な制度が、共同決定制(Mitbestimmung)です。これは、従業員数が一定規模(一般的に2,000人以上)を超えるAGにおいて、監査役会のメンバーの半数を従業員代表が占めることを義務付けるものです。この制度は、経営に株主だけでなく従業員の意見も反映させることで、ステークホルダー間のバランスを保つための制度です。

有限会社(GmbH)の機関設計

日本などの外国企業や経営者がドイツに現地法人を設立する際には、AGではなく、有限会社(Gesellschaft mit beschränkter Haftung, GmbH)を選択されやすい傾向にあります。その最大の理由は、AGに比べて機関設計が圧倒的にシンプルで、運営の柔軟性が高いことにあります。GmbHに法律で義務付けられる機関は、最高意思決定機関である社員総会と、業務執行機関である取締役(Geschäftsführer)のみです。AGのような厳格な二階層構造は求められず、原則として監査役会の設置は任意です。また、取締役は社員(出資者)が兼任することも可能であり、設立時の資本金もAGの5万ユーロに対し、GmbHは2万5,000ユーロと少額で済みます。

項目有限会社(GmbH)株式会社(AG)
法的根拠有限会社法(GmbHG)株式法(AktG)
最低資本金25,000ユーロ(設立時に12,500ユーロ払込で登記可能)50,000ユーロ
機関構成社員総会、取締役(原則、監査役会は任意)株主総会、執行役会、監査役会(二階層)
業務執行機関取締役(Geschäftsführer)執行役会(Vorstand)
監督機関社員総会(大規模企業のみ監査役会義務)監査役会(Aufsichtsrat)
共同決定制度一定の従業員規模で監査役会に義務一定の従業員規模で監査役会に義務
機関設計の柔軟性高い低い(法律で厳格に定められる)

日本では事業規模を問わず「株式会社」が一般的なのに対し、ドイツではAGの厳格なガバナンスと共同決定制度が、特に非公開企業やスタートアップにとって過剰な負担となる場合がある、ということです。

ドイツにおける海外資本からの投資に関する規制

ドイツへの海外からの投資は原則自由ですが、対外経済法(Außenwirtschaftsgesetz, AWG)および対外経済令(Außenwirtschaftsverordnung, AWV)に基づき、特定の分野における投資には政府による審査が義務付けられています。特に、重要インフラ(Critical Infrastructure)(エネルギー、IT、通信、金融、医療、水、食料など)や、軍事・防衛関連技術、二重用途品目(軍事・民生両用)への投資については、国家安全保障上の観点から厳格な審査が行われます。このため、ドイツでM&Aや大規模な投資を行う際、対象事業が重要インフラに該当するかどうかを事前に確認する必要があります。特に、サイバーセキュリティ関連企業やデータセンターなど、デジタル化の進展に伴い重要インフラの定義が拡大している分野への投資には注意が必要となります。

ドイツの契約法

ドイツの契約法は、ドイツ民法典(BGB)にその根拠を置いています。日本と同様に「契約自由の原則」が基本ですが、「信義誠実の原則(Treu und Glauben)」や公序良俗による制限も重視されます。特に、BGBには一般取引条件(Allgemeine Geschäftsbedingungen, AGB)に関する詳細な規定があり、企業が作成する約款や利用規約の有効性について厳格な審査基準が設けられています。これは、消費者保護の観点から、不当な条項の無効化を目的としており、企業が一方的に作成する約款や利用規約が、消費者に不利益を与えないよう、法が積極的に介入するというドイツの強い消費者保護の姿勢を反映しています。したがって、日本企業がドイツで事業を行う上で、日本で慣れている契約書や約款のひな形をそのまま使用することは非常に危険です。ドイツのAGB規制に適合しない条項は無効とされ、予期せぬ法的リスクや紛争につながる可能性があります。

ドイツの労働法

ドイツの労働法は、従業員保護が非常に手厚いことで知られています。最も特徴的なのが、解雇保護法(Kündigungsschutzgesetz, KSchG)に基づく厳格な解雇規制です。一定規模以上の企業(通常10名超)で6ヶ月以上勤務した従業員を解雇する場合、「社会的正当性(soziale Rechtfertigung)」が求められます。これは、経営上の理由、従業員の行動上の理由、または従業員の能力上の理由のいずれかに基づくものでなければならず、かつ、解雇が最終手段であること(例えば、配置転換の可能性がないかなど)が求められます。

労働時間法(Arbeitszeitgesetz, ArbZG)により、労働時間、休憩時間、休息期間が厳しく規制されています。原則として1日8時間、週48時間(例外的に延長可能)が上限とされ、休憩や休息期間も義務付けられています。

ドイツの労働法のもう一つの大きな特徴は、共同決定制度(Mitbestimmung)です。これは、従業員が企業の意思決定プロセスに参加する権利を保障するもので、特に従業員が5名以上の企業では、従業員の代表機関である事業所委員会(Betriebsrat)の設置が義務付けられる場合があります。事業所委員会は、労働条件、人事、事業再編など、広範な事項について企業と協議し、場合によっては同意権を持ちます。これは、日本の労働組合の役割とは異なり、経営に影響を与える強力な機関です。

不動産法

土地と建物の法的性質

日本の民法では、土地と建物はそれぞれ独立した不動産として扱われ、別個に登記を行い、所有権や担保権を設定することが可能です。このため、土地と建物の所有者が異なることも珍しくありません。

これに対し、ドイツ民法(BGB)では、土地だけが不動産として定義され、建物は原則として土地の「構成部分」とみなされます。民法典第94条に規定されるこの原則に基づき、建物単独で所有権や抵当権を設定することはできません。建物は土地に付随するものであり、土地の所有権が移転すれば、自動的に建物の所有権も移転することになります。この概念的な違いは、不動産取引の基本構造に大きな影響を与えています。

公証人と登記の公信力

ドイツの不動産取引は、日本のそれとは異なる厳格な手続きが法律で義務付けられています。最も顕著なのが、公証人(Notar)の存在です。ドイツでは、不動産の売買契約は法律(公正証書法17条2項)により、公証人による公正証書の作成が義務付けられています。公証人は単なる認証者ではなく、売主と買主が契約内容を完全に理解していることを確認し、その真意を法的効力を持つ形式で文書化する役割を担います。また、公証人はその職務上の義務違反に対して個人的な損害賠償責任を負うため、当事者間の不均衡や予期せぬリスクを未然に防ぎ、取引の安全性を高めることに寄与しています。

さらに、ドイツの土地登記簿(Grundbuch)は「公信力」を持つ点が特筆されます。これは、登記簿に記載された内容がたとえ真実の権利関係と異なっていたとしても、その記載を信頼して取引を行った善意の第三者が保護されるという原則です。この公信力の制度は、日本の不動産登記制度にはないドイツ特有のものであり、取引の確実性と信頼性を飛躍的に向上させています。

この二つの違い、すなわち「建物が土地の構成部分である」という概念と「登記の公信力」は、ドイツの不動産取引が日本のそれよりも簡潔かつ安全に進められる基盤を形成しており、取引文化の根底にある「公的記録の信頼性」という思想を反映しています。

ドイツにおける広告規制と景品表示法に相当する法律

ドイツの広告規制は、主に不正競争防止法(Gesetz gegen den unlauteren Wettbewerb, UWG)によって規律されます。UWGは、日本の景品表示法(景表法)と不正競争防止法を合わせたような性質を持ち、消費者を誤認させるような不当表示や、消費者の意思決定を不当に阻害する攻撃的な営業行為を禁止しています。特に、インフルエンサーマーケティングに関しては、広告であることの明示義務など、具体的な規制が設けられています。ドイツの広告規制は、伝統的な広告媒体だけでなく、デジタルプラットフォームやソーシャルメディアにおける新しい形態の広告についても積極的に規制を適用し、消費者の保護を強化しようとしていることが特徴です。

医薬品、医療機器、食品などの特定分野については、UWGに加えて、医薬品広告法(Heilmittelwerbegesetz, HWG)などの個別法やガイドラインによって、より厳格な広告規制が課せられています。これは、日本の薬機法や医療広告ガイドラインに相当するもので、虚偽・誇大な広告の禁止、効能効果の限定などが規定されています。

ドイツの薬機法と医療広告ガイドラインに相当する法律

薬機法と医療広告ガイドラインに相当する法律

ドイツでは、医薬品は医薬品法(Arzneimittelgesetz, AMG)、医療機器は医療機器法(Medizinproduktegesetz, MPG)によって規制されます。これらは日本の薬機法に相当し、製造、輸入、販売、承認、安全性管理などについて詳細な規定を設けています。特に、医薬品や医療機器の臨床試験については、厳格な倫理的・科学的基準が定められています。医薬品や医療機器、治療法などの広告については、医薬品広告法(Heilmittelwerbegesetz, HWG)によって厳しく規制されています。HWGは、虚偽・誇大な表示の禁止、効能効果の限定、特定の疾病に関する広告の制限など、日本の医療広告ガイドラインに相当する内容を含んでいます。特に、一般消費者向けの広告には厳しい制限が課せられます。

ドイツの資金決済法と個人情報保護法

ドイツにおける資金決済サービスは、主に資金決済サービス監督法(Zahlungsdiensteaufsichtsgesetz, ZAG)によって規制されます。これは、日本の資金決済法に相当し、銀行業や電子マネー、送金サービスなどの提供には、連邦金融監督庁(BaFin)からのライセンス取得が義務付けられています。

ドイツの個人情報保護は、EU全体に適用される一般データ保護規則(General Data Protection Regulation, GDPR)と、それを補完する国内法である連邦データ保護法(Bundesdatenschutzgesetz, BDSG)によって厳格に規律されます。

まとめ

ドイツでの事業展開の際には、会社設立時のガバナンス構造、厳格な労働者保護など、日本企業が直面する特有の課題が数多く存在します。これらの差異を理解することが必要です。

GmbHやAGの設立、UGの活用、二層型ガバナンスへの対応、共同決定制度への助言を含む会社設立・組織再編、ドイツ法に準拠した各種契約書(売買契約、業務委託契約、ライセンス契約、AGBなど)の作成・レビュー、契約交渉のサポートといった契約法務、労働法務にど、様々な場面で、専門家によるサポートが重要になると言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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