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スペイン会社法が定める会社形態と会社設立手続

スペイン会社法が定める会社形態と会社設立手続

スペインでの事業展開を計画する際、最も基本的な決定事項は、事業の規模、資金調達の性質、および事業パートナーとの関係性に最適な会社形態を選択することです。スペインの会社法制度は、主に2010年7月2日付の勅令法第1/2010号によって承認された「資本会社法」(Ley de Sociedades de Capital, LSC)と商法典(Código de Comercio)に基づいています。日本の会社法に馴染んだ視点から見ると、類似点と相違点が混在しており、特に資本金の払込義務、法人格の取得時期、そして人的要素の強い会社形態の責任構造に関して、日本の制度とは異なる設計が行われています。

本記事では、事業規模に応じて広く利用される有限責任会社(S.L.)や株式会社(S.A.)といった資本会社だけでなく、人的な信頼や業務執行能力を重視する合名会社(S.C.)や合資会社(S.C.S.)といった形態も含め、スペインの商業会社形態の全体像を概観します。

スペイン会社法の基盤と主要な会社形態

スペインの会社形態は、社員(パートナー)の責任が限定されているか否か、および資本の重要性に基づいて、「資本会社」と「人会社」という二つの大きな類型に分けられます。

最も一般的な資本会社(S.L.とS.A.)

LSCは、主に以下の二つの形態を定めており、これらは事業目的が何であれ、一律に「商事的な性質」(carácter mercantil)を持つとされています。

  • 有限責任会社(Sociedad de Responsabilidad Limitada, S.L.):日本の合同会社に相当する形態で、主に中小企業や閉鎖的な事業体に適しています。資本は「持分」(Participaciones Sociales)に分割され、社員の責任は出資額を限度とします。会社名には「Sociedad de Responsabilidad Limitada」または「S.L.」を含める必要があります。
  • 株式会社(Sociedad Anónima, S.A.):日本の株式会社に相当する形態で、大規模事業や株式公開を目指す企業に適しています。資本は「株式」(Acciones)に分割され、株主の責任は出資額を限度とします。会社名には「Sociedad Anónima」または「S.A.」を含める必要があります。

いずれの形態も、LSC第7条に基づき、既に商業登記所に登録されている既存の会社と同一の名称を採用することは禁止されています。

人的要素を重視する人会社(S.C.、S.C.S.、S.C.A.)

資本会社以外にも、社員間の人的信頼や業務執行能力が重視される形態が存在します。これらは商法典(Código de Comercio)やLSCの規定に基づき、少なくとも一人の社員が無限責任を負うことを特徴とします。

  • 合名会社(Sociedad Colectiva, S.C.):日本の合名会社に相当する最も伝統的な形態です。設立には最低2名の社員が必要であり、資本金に関する法定の最低額は定められていません。最も重要な点は、全ての社員が会社の債務に対して個人的に、無制限かつ連帯して責任を負うということです。これは、会社のリスクが直接的に社員の個人財産に及ぶため、一般的な企業戦略においては採用のハードルが高い形態と言えます。 
  • 単純型合資会社(Sociedad Comanditaria Simple, S.C.S.):日本の合資会社に相当します。この形態は、無限責任を負う業務執行社員(Socios Colectivos)と、出資額を限度として有限責任を負う有限責任社員(Socios Comanditarios)の二種類によって構成されます。資本金に関する最低要件は定められていません。
  • 株式型合資会社(Sociedad Comanditaria por Acciones, S.C.A.):S.C.S.のハイブリッド形態であり、有限責任社員の持分が株式の形式を取る点が特徴です。このため、S.A.と同様にLSCの規制下に置かれ、最低資本金として60,000ユーロが義務付けられています。

スペインの資本金と払込義務に関する規律

スペインの資本金と払込義務に関する規律

日本の会社法においては、株式会社も合同会社も最低資本金の制限はなく、設立時に資本金の全額払込が義務付けられています。これに対して、スペインのS.L.とS.A.は、最低資本金の額と、設立時の払込義務の範囲において、日本とは明確に異なるルールを定めています。

S.L.の厳格な全額払込義務

S.L.の最低資本金は3,000ユーロと定められています。LSC第78条は、この最低資本金を含むS.L.の資本金を構成する全ての持分は、設立証書の作成時または増資の実行時に、その額面価額が全額(100%)払い込まれなければならないと明確に規定しています (e íntegramente desembolsado el valor nominal de cada una de ellas)。

日本の会社法でも設立時の全額払込は共通していますが、S.L.の最低資本金(3,000ユーロ)は日本の会社設立(事実上の最低資本金制限なし)よりも高額の初期資金を要求する点に留意が必要です。

S.A.の部分払込制度と資金調達の柔軟性

S.A.の最低資本金は60,000ユーロと高額に設定されています。しかし、LSC第79条に基づき、設立時に必要な払込額は、額面価額の少なくとも4分の1(25%)に留まります (desembolsado, al menos, en una cuarta parte el valor nominal de cada una de ellas)。

例えば、最低資本金60,000ユーロのS.A.を設立する場合、初期の払込は15,000ユーロで済みます。日本の株式会社では同額の資本金を設定した場合に全額(100%)の払込が要求されるのに対し、スペインのS.A.では残りの75%を事業開始後に充当できるという点で、差異があります。払込が猶予された残りの資本金については、LSC第80条に詳細が規定されており、非金銭出資を含む残余の払込については、会社設立または増資の合意から5年を超えてはならないと定められています。

このS.A.の部分払込制度は、日本の経営者がスペインで大規模事業を検討する際、初期のキャッシュフローを効果的に管理し、残りの資本金を最大5年間、運転資金として内部に留保できるという点で、重要な資金戦略上の利点があると言えます。

スペインの会社設立手続と法人格取得のタイミング

スペインでの会社設立手続は、設立パートナーの合意または単独意思表示によって開始され、その後、公証人による設立証書(Escritura de Constitución)の作成と、商業登記所(Registro Mercantil)への登録を経て完了します。

設立証書の作成と登記期限(2ヶ月)

会社設立には、すべての設立パートナーまたは株主が署名し、会社の全持分または株式を引き受けることが必要であり、これを公証人による設立証書の作成によって正式化することが義務付けられています。この証書には、パートナーの身元、会社形態、各当事者の出資情報、割り当てられた持分などが詳細に記載されます。

LSC第32条に基づき、設立パートナーおよび管理者は、設立証書の交付日から2ヶ月以内に商業登記所への登録を申請しなければならないという法的義務を負います。この期限を遵守することは極めて重要であり、遅延によって生じた損害については、連帯して責任を負うことになります。

法人格の取得時期と登記前の税務リスクに関する最高裁判所判例

法人格の取得時期は、日本の会社法(公証または認証後、設立時発行株式の引受・払込完了によって法人成立、登記は対抗要件)との比較において、最も注意が必要な点の一つです。

LSC第33条は、会社が選択した会社形態に対応する法人格を取得するのは、商業登記所への登録によってのみであると厳格に定めています。登録が完了するまでの間、その会社は「設立中の会社」(Sociedad en formación)として扱われます。 

設立中の会社が事業活動を行い収益を得た場合の課税上の地位については、スペイン最高裁判所(Tribunal Supremo)による重要な判例が存在します。最高裁判所は、2023年7月12日の決定において、設立中の有限責任会社は、たとえ事業活動を行い収益を得ていたとしても、商業登記所への登録を完了していないため、独自の法人格を有していないという判断を示しました。

最高裁は、商業登記規則が登記の効果を申請日(asiento de presentación)に遡及させると規定しているものの、この遡及は登記・商事の分野でのみ有効であり、課税分野には及ばないと判断しています。したがって、設立中の会社の収益は、会社レベルで法人税(Impuesto sobre Sociedades – IS)の納税義務者とはならず、出資者である社員が個人所得税(IRPF)の所得帰属制度に従って課税されるべきであるという結論が導かれました。

この判例は、法人格取得前に収益を計上する活動を行うと、意図せずして出資者個人に高額の個人所得税が課せられる税務リスクがあることを示しており、事業開始は商業登記所への登録が完了し、完全な法人格を取得した後に行うことが、予期せぬ個人課税を避けるための必須戦略であると言えます。

この判決に関する公式なプレスリリースは、最高裁判所の関連情報ページで確認することができます。

参考:欧州司法裁判所の公式ウェブサイト

スペイン非資本会社形態の特殊性

S.L.やS.A.のような有限責任が基本となる資本会社と異なり、合名会社や合資会社といった人会社は、社員の一部または全部に無限責任を課すことで、高い信頼性を担保しています。これらの形態は、日本の合名会社や合資会社と同様に、社員間の人的要素が強く重視されますが、スペイン法における業務執行の制限には特に注意が必要です。

合名会社(S.C.)の全社員無限責任の体系

合名会社(S.C.)の社員は、会社の債務に対して無制限かつ連帯して責任を負うことが最大の特徴です。資本金は不要であるため、設立は容易ですが、その財務リスクは極めて高いと言えます。 

S.C.には、資本(金銭または資産)を拠出する資本家社員(Socios Capitalistas)の他に、労働(trabajo personal)のみを提供する産業社員(Socios Industriales)が存在します。産業社員は、原則として会社の業務執行に参加することはできず、また、明示的な合意がない限り会社の損失には参加しないとされています。これは、労働提供者に過度なリスクを負わせないための配慮ですが、業務執行の権限は、無限責任という最大のリスクを負う資本家社員に集中するという原則を示しています。 

合資会社(S.C.S.・S.C.A.)におけるリスク分離の原則と経営関与の禁止

単純型合資会社(S.C.S.)および株式型合資会社(S.C.A.)は、無限責任を負う業務執行社員と、有限責任を負う有限責任社員を組み合わせることで、リスクと資本を分離しています。

特に日本の投資家が有限責任社員(Socios Comanditarios)として参加する場合、その地位と責任の保護が最も重要な関心事となります。スペインの商法は、有限責任社員が会社の経営や業務執行(Gestión)に一切参加することを厳格に禁止しています。もし有限責任社員がこの制限を破り、経営に参加したり、あるいはその氏名が会社の商号に含まれたりした場合、その社員は無限責任を負う業務執行社員(Socio Colectivo)として扱われると規定されています。

この規定は、日本の合資会社における有限責任社員の地位と比較して、より厳格な経営関与の禁止を意味しており、第三者(債権者)の信頼を保護することを目的としています。したがって、S.C.S.やS.C.A.に投資する際は、有限責任社員は純粋な資本提供者に徹し、業務執行に関するいかなる権限も持たないように、契約および実態上の境界線を明確に定めることが極めて重要です。

スペインにおける本店所在地(Domicilio Social)の法的定義と第三者保護

本店所在地(Domicilio Social)は、会社が登録すべき商業登記所、株主総会の開催場所、紛争発生時の管轄裁判所を決定する(民事訴訟法第51条)など、極めて重要な法的機能を果たします。

LSC第9条は、登記上の本店所在地は、スペイン国内で会社の中心的な管理・経営活動が行われる場所、または主要な事業所がある場所に置かれなければならないと定めています。これは、登記上の住所が単なる名目ではなく、会社の実体的な経営の根拠地であることを要求するものです。 

さらに、LSC第10条は、登記上の本店所在地と、実態的な本店所在地が一致しない場合について、第三者はそのいずれかを会社の所在地として扱うことができると定めています。

スペインの持分・株式の譲渡における規制

S.L.持分譲渡(Participaciones Sociales)の法定制限

S.L.は、その閉鎖性を保つことを原則としているため、持分(Participaciones Sociales)の譲渡については、原則として制限的な構造を持ちます。LSC第107条は、定款に別段の定めがない限り、持分の対第三者への生前譲渡に対して、会社の承認手続きを設けています。

ただし、同条は、定款に反対の規定がない限り、社員間、社員の配偶者や直系親族、または譲渡会社と同じグループに属する会社への譲渡については、会社の承認なしに自由に行うことができる例外を定めています。日本の合同会社が社員全員の同意を原則とするのと同様に、S.L.も厳格な譲渡制限を通じて会社の閉鎖性を維持しているため、事業戦略に合わせて定款で譲渡ルールを慎重に設計する必要があります。 

S.A.株式譲渡(Acciones)の原則的自由

S.A.は、大規模な資金調達と資本の流動性を重視する形態であるため、S.L.とは対照的に、株式(Acciones)の譲渡は原則として自由であることが基本的な原則です。

これは、日本の株式会社の株式譲渡の原則と一致しており、資本の自由な取引を促進します。S.A.においても、定款によって譲渡制限を設けることは可能ですが、その制限は株式の流動性を事実上不可能にするほど厳格であってはならないという法令上の制約を受けます。

まとめ

スペインでの会社設立と経営を検討する上で、特に日本の法制度との比較において重要となるのは、以下の三つの決定的な差異です。

第一に、資本金の払込義務です。S.L.(3,000ユーロ)は全額払込が必須であるのに対し、S.A.(60,000ユーロ)は25%の部分払込で設立が可能であり、初期の資金繰り戦略に大きな影響を及ぼします。日本の会社法にはないS.A.の部分払込制度は、慎重な資金計画の策定を可能にします。

第二に、法人格の取得時期です。日本の会社法では登記は対抗要件の意味合いが強いのに対し、スペイン法では商業登記所への登録完了によってはじめて会社が法人格を取得します(LSC第33条)。そして、この登記前の期間の収益が、スペイン最高裁判所の判例(2023年7月12日決定)に従い、法人税ではなく社員個人の所得税として課税されるという重大な税務リスクが存在します。

第三に、人会社形態における有限責任社員の地位です。S.C.S.やS.C.A.において有限責任社員の地位を保持するためには、経営や業務執行への関与が厳格に禁止されており、違反した場合は無限責任を負うという、日本の合資会社よりも厳格な制限が課されています。

スペイン市場への円滑な参入と事業継続性の確保のためには、これらの法的・税務的なポイントを抑えておくことが重要です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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