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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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スウェーデンの外国直接投資審査法(FDI法)を解説

スウェーデンの外国直接投資審査法(FDI法)を解説

スウェーデン王国(以下、スウェーデン)は、長年にわたり外国資本に対して極めて開放的な市場として知られ、多くの日本企業にとっても欧州展開の重要な拠点となってきました。しかし、近年の安全保障環境の激変を受け、同国は投資政策を根本から転換しました。2023年12月1日に施行された「外国直接投資審査法」(Lag (2023:560) om granskning av utländska direktinvesteringar、以下「FDI法」)は、国家の安全保障や公の秩序を脅かすおそれのある投資を未然に防ぐため、広範な審査制度を導入するものです。

この新制度の最大の特徴は、その網羅性にあります。軍事技術や重要インフラだけでなく、現代経済の要である「データ」や「新興技術」までもが規制対象となり、さらに日本企業を含むEU域外の投資家のみならず、EU域内やスウェーデン国内の投資家さえも届出義務の対象としています。2025年後半時点での統計によれば、制度開始からの届出件数は2,700件を超え、既に2件の投資禁止決定が下されています。また、届出遅延に対する行政罰金の実例も発生しており、日本企業にとってもコンプライアンス上のリスクが顕在化しています。

本稿では、スウェーデンへの進出やM&Aを検討する日本の経営者および法務担当者に向けて、FDI法の構造、規制対象となる事業、具体的な審査プロセス、そして日本の外為法との重要な相違点について、最新の運用実態を交えて詳説します。

スウェーデンにおける規制の導入背景と制度の全体像

スウェーデンにおけるFDI法の導入は、欧州連合(EU)全体の経済安全保障政策と軌を一にするものですが、その規制強度はEUのミニマムスタンダードを大きく上回る厳格なものです。法の目的は、スウェーデンの安全保障、公の秩序、または公の安全に悪影響を及ぼす可能性のある外国直接投資を阻止することにあります。

この制度の執行を担うのは、戦略的製品監督庁(Inspektoratet för Strategiska Produkter、以下「ISP」)です。ISPは、全ての届出を受理し、審査を行い、問題がない場合は承認を与え、リスクがあると判断した場合には投資を禁止、あるいは条件付きで承認する権限を有しています。特に留意すべきは、ISPが「迂回投資」のリスクを極めて重く見ている点です。外国勢力がスウェーデン内に設立したペーパーカンパニーを通じて規制を潜り抜けることを防ぐため、制度設計の段階から「投資家の国籍を問わず届出を求める」というアプローチが採用されました。

スウェーデンFDI法の適用対象となる投資家の範囲

FDI法において最も特徴的であり、かつ日本の実務感覚と乖離しているのが「投資家」の定義です。本法では、届出義務の対象となる投資家を以下の三つのカテゴリーすべてに設定しています。

第一に、日本企業を含む「第三国(EU域外)の投資家」です。これは一般的な外資規制の対象として理解しやすいものです。第二に、「EU加盟国の投資家」です。ドイツやフランスなどのEU域内企業であっても、本件国の保護対象事業に投資する場合は届出が必要です。第三に、「スウェーデン国内の投資家」です。これが本法の最大の特異点であり、本件国に籍を置く国内企業同士の投資案件であっても、対象事業が規制要件を満たせばISPへの届出が義務付けられます。

ただし、ISPが審査の結果として「投資の禁止」を命じることができるのは、第一のカテゴリーである「第三国の投資家」による投資、あるいは第三国の投資家が実質的な支配権を持つ国内企業等による投資に限られます。EU域内および国内の真正な投資家に対しては、審査は行われるものの、最終的には承認される建付けとなっています。しかし、日本企業が現地法人(スウェーデン法人)を通じて追加の買収を行う場合は、その現地法人が「外国の支配下にある企業」とみなされ、禁止措置の対象となり得るため、現地法人化による規制回避は不可能です。

スウェーデンISPへの届出が必要となる投資の閾値と要件

スウェーデンISPへの届出が必要となる投資の閾値と要件

FDI法は、既存企業の株式取得だけでなく、新規の法人設立(グリーンフィールド投資)や資産の取得、さらにはその他の方法による影響力の行使など、多様な投資形態を捕捉します。

株式取得の場合、議決権の保有割合が段階的に設定された閾値を超えるたびに届出が必要となります。具体的には、議決権の10%、20%、30%、50%、65%、90%を超える投資がそれぞれのタイミングで届出対象となります。日本の外為法では、事前届出の閾値は原則として1%または10%といった単一の基準で管理されることが多いですが、スウェーデンでは投資比率が増加する過程で何度も審査を受ける必要があるため、段階的な出資拡大を計画する際には厳密なスケジュール管理が求められます。

また、グリーンフィールド投資(新規設立)についても、新設される法人が後述する「保護に値する活動」を行う予定であり、投資家がその議決権の10%以上を保有することになる場合は、設立時点で届出が必要です。これは、中国企業による工場建設プロジェクトが禁止された事例(後述)でも明らかなように、技術流出や重要インフラへの影響力が、買収だけでなく新規事業によっても生じ得るという認識に基づいています。

スウェーデンFDI法の保護に値する活動の定義

本法の中核となるのが「保護に値する活動(skyddsvärd verksamhet)」の定義です。対象企業が以下の7つのカテゴリーのいずれかに該当する活動を行っている場合、その企業への投資は届出義務の対象となります。これらの定義は非常に広範であり、市民生活の基盤から最先端技術までを網羅しています。

基幹サービス(Essential Services)

社会機能の維持に不可欠なインフラやサービス全般を指します。具体的には、エネルギー(発電・送配電)、電子通信、運輸(空港・港湾・鉄道)、医療・保健、食糧供給、上水道・廃棄物処理などが含まれます。スウェーデン社会・市民保護庁(MSB)の規則(MSBFS 2024:9)により詳細な業種が指定されており、例えば一定規模以上の発電設備や、クラウドサービス、決済システムなどもここに含まれます。

国家安全保障上の機微な活動および軍事関連

国家安全保障上の機微な活動」は、安全保護法に基づき指定される活動で、軍事施設や警察機能などが該当します。また、「軍事装備品」の製造・開発や、「軍民両用製品(デュアルユース品目)」を取り扱う活動も規制対象です。デュアルユース品目には、高性能な半導体、センサー、暗号化技術などが含まれ、民生品メーカーであっても注意が必要です。

重要原材料と新興技術

国家戦略上重要な原材料(リチウム、コバルト、レアアース等)の探査・採掘活動や、将来の競争力の源泉となる「新興技術」も保護対象です。新興技術には、人工知能(AI)、量子技術、バイオテクノロジー、先端材料、航空電子機器などが指定されており、テック系スタートアップへの投資は高い確率でこのカテゴリーに該当します。

機微な個人データまたは位置情報の処理

IT企業やサービス業にとって特に重要なのが、機微な個人データや位置情報を「大規模」に処理する活動です。ここでいう「機微な個人データ」は、EU一般データ保護規則(GDPR)第9条1項で定義される「特別な種類の個人データ」(人種、政治的意見、宗教、遺伝子データ、生体データ、健康データ、性的指向など)を指します。また、「位置情報データ」が含まれている点は、軍の動向把握など安全保障上の懸念を反映したものです。ヘルスケアアプリやマッチングアプリ、物流トラッキングサービスなどは、このカテゴリーに該当する可能性が高く、製造業以外でも規制が及ぶ典型例です。

スウェーデンISPの審査プロセスとタイムライン

投資を実行しようとする日本企業にとって、審査期間の予測はディールの成否に関わる重要事項です。審査は大きく二つのフェーズに分かれます。

まず、投資家は投資実行前にISPへ届出を行います。ISPが「完全な届出」を受理したと認めた時点から、25営業日以内の「フェーズI(初期審査)」が開始されます。この段階で問題がないと判断されれば、審査は終了し投資は承認されます。統計的には届出案件の約9割がこのフェーズIでクリアされています。

しかし、潜在的なリスクがあると判断された場合は「フェーズII(詳細審査)」へと移行します。詳細審査は原則として3ヶ月以内に行われますが、特別な事情がある場合はさらに6ヶ月まで延長される可能性があります。つまり、最長で約9ヶ月間、投資の実行が待機させられるリスクがあるということです。詳細審査の結果、ISPは投資の承認、条件付き承認、または禁止のいずれかの決定を下します。

スウェーデンFDI法違反時の制裁と執行事例

FDI法の実効性は、違反に対する厳しい制裁によって担保されています。届出義務違反(無届出での投資実行)、虚偽情報の提供、条件違反などに対しては、最大1億スウェーデン・クローナ(約14億〜15億円)の行政罰金が科される可能性があります。

実際に、2024年から2025年にかけて、届出の遅延を理由に行政罰金が科された事例が発生しています。スウェーデンの投資会社「Ramsbury Invest AB」の事例では、投資完了から約2ヶ月後に事後的に届出を行ったことに対し、ISPは20万クローナ(約280万円)の罰金を科しました。裁判所はこの決定を支持し、法が定める事前届出義務の厳格さを確認しました。金額自体は上限に比べれば少額ですが、たとえ国内の著名な投資家であっても、また意図的な隠蔽でなくとも、手続きの遅延だけで処罰されるという事実は、日本企業にとって強い警鐘となります。

また、最も重い処分である投資の禁止についても、2023年12月の法施行以降、既に2件の事例が確認されています(2025年Q3時点)。そのうちの1件として広く知られているのが、中国企業「Shanghai Putailai(上海璞泰来)」によるバッテリー材料工場の建設プロジェクトです。ISPはこのグリーンフィールド投資に対し、安全保障上のリスクを理由に禁止決定を下しました。投資家側は現地法人の経営体制やデータ管理に関する改善案を提示しましたが、ISPはそれらの条件ではリスクを十分に低減できないと判断しました。この決定に対し、当該企業は2025年1月に控訴を行っています。この事例は、既存企業の買収だけでなく、新規の工場建設であっても、戦略物資やデータの支配権に関わる場合は厳格に審査され、阻止され得ることを示しています。

日本法の外為法とスウェーデンFDI法の比較と実務上の留意点

日本法の外為法とスウェーデンFDI法の比較と実務上の留意点

日本の経営者が本件国のFDI法を理解する上では、日本の「外国為替及び外国貿易法」(外為法)との違いを把握することが近道です。両者はともに経済安全保障を目的としていますが、アプローチには明確な差異があります。

第一の違いは「届出の対象者」です。日本の外為法では、原則として「外国投資家」のみが事前届出の対象となりますが、スウェーデンでは前述の通り、国内投資家を含む「全投資家」が対象です。日本企業がスウェーデン国内に既に保有している現地法人を使ってM&Aを行う場合、日本の感覚では「居住者間の取引」として届出不要と考えがちですが、スウェーデンでは届出が必須となります。

第二の違いは「閾値の管理」です。日本(コア業種)では「1%以上」の取得で届出が必要となりますが、一度承認されれば、その後の追加取得については一定の範囲で包括的な対応が可能な場合もあります。一方、スウェーデンでは「10%」から始まり、20%、30%と閾値を超えるたびに都度、詳細な届出と審査が求められます。これは、経営権への影響力が増大する各段階で、改めて安全保障リスクを評価し直すという当局の姿勢の表れです。

第三の違いは「対象業種の定義」です。特にデータ関連分野において、スウェーデンはGDPRの定義を引用し、「機微な個人データ」や「位置情報」を扱う事業を広く網羅しています。日本の外為法におけるコア業種指定よりも、ヘルスケア、人事サービス、地図情報サービスなど、非製造業のサービス分野が規制対象になりやすい傾向があります。

まとめ

スウェーデンのFDI法は、同国における投資環境を根本から変える新しいルールです。その規制は、国籍を問わない全方位的な届出義務、機微技術からデータビジネスまでを含む広範な保護対象、そして違反に対する厳格な罰則によって特徴づけられます。統計上は多くの案件が承認されていますが、実際に投資禁止命令や罰金事例が出ている以上、楽観視は禁物です。

日本企業が本件国でのビジネスを成功させるためには、投資検討の初期段階から対象事業が「保護に値する活動」に該当するかを慎重に精査し、ISPへの届出を適切なタイミングで行うことが不可欠です。特に、現地法人を通じた再投資や、段階的な出資比率の引き上げを行う際には、日本法の感覚にとらわれず、現地の最新規制に基づいた判断が求められます。

モノリス法律事務所では、こうした複雑化する国際的な投資規制に対応するため、最新の法令情報と実務経験に基づいたサポートを提供しております。スウェーデンにおけるFDI届出の要否判断から、届出書類の作成、当局対応に至るまで、皆様の円滑な事業展開を法的な側面からバックアップいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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