デンマークの医薬品・医療機器規制(薬機法・医療機器規制)

デンマーク王国(以下、デンマーク)は、EU単一市場の一部として、医薬品および医療機器に対する高度に統一された規制システムを敷いています。このシステムの基盤は、広範なEU規則(Regulation)とEU指令(Directive)であり、デンマークへの市場参入は、実質的にEU全体への参入を意味します。規制の監督は、主要な国内監督機関であるデンマーク医薬品庁(Danish Medicines Agency, DKMA)が担いますが、DKMAの機能は、欧州医薬品庁(European Medicines Agency, EMA)と緊密に連携する形で運用されています。
デンマークでの事業展開を検討する日本の経営者および法務部員の皆様にとって、このEU統合された規制システムは、日本の薬機法(PMD Act)とは異なる特有の課題を提示します。具体的には、新薬開発における小児治験計画(Paediatric Investigational Plan, PIP)の早期提出が義務付けられている点、医療機器においてノーティファイドボディ(Notified Body, NB)による適合性認証が中心となる点、そして未承認品に関する独立した情報提供も「広告」とみなされうるという厳格な判例法が存在する点が、日本企業が最も注意すべき構造的な差異です。
本記事では、これらの主要な相違点と、デンマークでの規制遵守に必要な具体的なステップを詳述します。
この記事の目次
EU統合枠組みとデンマーク医薬品庁(DKMA)の役割
デンマーク規制の法的階層性:EU法と国内法
デンマークの医薬品および医療機器の規制は、EUの広範な法的枠組みに深く統合されています。医薬品規制に関しては、EU指令を国内法制化したデンマーク医薬品法(Danish Medicines Act, Lægemiddelloven)が中心となります。一方、医療機器規制においては、EU医療機器規則(MDR:Regulation (EU) 2017/745)および体外診断用医療機器規則(IVDR:Regulation (EU) 2017/746)がEU全域で直接適用されるため、国内法による追加的な法制化を経ることなく、強制力を持ちます。
主要な監督機関であるDKMAは、医薬品の承認と管理、製造・保管・取り扱いを行う企業の監督、有害反応報告の規則、および医薬品の広告規制を含む広範な権限をデンマーク医薬品法に基づき有しています。
DKMAとEMAの連携による規制執行
DKMAは、単なる国内の規制当局としてだけでなく、EU全体の医薬品評価・監督システムにおいて重要な役割を担っています。EMAは、欧州全域で科学的資源を最大限に活用し、医薬品の評価やファーマコビジランス(安全性監視)を確実にするために設立されました。DKMAの専門家は、EMAの科学委員会や評価チームのメンバーとして参加し、EU全体の規制メカニズムの形成に直接貢献しています。
日本企業がデンマーク市場への参入を戦略として選択する場合、このEUと国内規制当局の連携構造を理解することが不可欠です。EU規則が規制の統一性をもたらす一方で、運用面、特に現地での製品情報管理や経済事業者の登録においては、DKMAの要求する国内プラットフォーム(例:DKMAnet)を通じた現地実行が必須となります。したがって、EU統一戦略とDKMAを通じた現地実行という「二重のコンプライアンス」への対応が求められることになります。
デンマークにおける医薬品の市場承認(MA)手続きと品質管理の法的要件
上市承認(MA)取得のための4つの手続き
デンマークで医薬品を販売または供給するためには、原則としてDKMAまたは欧州委員会による市場承認(Marketing Authorisation, MA)が必要です。申請者は、医薬品の便益がリスクと副作用を上回り、安全で、十分な品質と一貫性があることをデータで示さなければなりません 。
MA取得手続きには、主に以下の4つの種類が存在し、どの経路を選択するかは、企業のグローバル戦略に大きく影響します。
- 中央集中型手続き(Centralised Procedure, CP):EMAが科学的評価を担当し、欧州委員会が全EU/EEA加盟国で有効な単一承認を与えます。主に革新的医薬品がこの経路を選択します。
- 分散型手続き(Decentralised Procedure, DP):複数のEU/EEA加盟国で同時に承認を得る手続きです。
- 相互承認手続き(Mutual Recognition Procedure, MRP):既にいずれかの加盟国で承認を得ている医薬品について、他の加盟国でも承認を得る手続きです。
- 国内手続き(National Procedure, NP):デンマーク国内でのみ承認を得る手続きです。
CPで承認された製品であっても、MAH(Marketing Authorisation Holder, 製造販売業者)は、デンマーク語での製品概要(SPC)、添付文書、および表示を義務付けられています。また、MAHは、パッケージ添付文書(PIL)への現地代表者の記載変更や、国内規制当局のプラットフォーム(DKMAnet)を通じた情報更新のために、DKMAと連携する必要があります。現地における製品情報の管理や安全性報告を迅速かつ正確に実行できる現地代表者を選任し、その権限(委任状など)を適切に確立することが、円滑な市場維持において極めて重要となります。
品質管理の法的標準:欧州薬局方(Ph. Eur.)の強制力
医薬品会社は、製品および原材料が承認された要件(効力、溶解速度、純度、表示など)を満たしていることを確認する必要があります 。この品質基準の法的基盤となるのが、欧州薬局方(European Pharmacopoeia, Ph. Eur.)です。
Ph. Eur.に掲載される基準はデンマークを含むEUで法的に施行されます。これは、日本のPMD Actの下で日本薬局方(JP)がMHLWによって施行されるのと同様に、EU域内における品質と安全性の法的最低基準を構成します。日本企業がEU市場に進出する際には、製造・品質管理システムがPh. Eur.の基準に適合していることを証明する必要があります。これは、単なるJP基準の適用ではなく、原材料や試験方法の違いを詳細に検討し、Ph. Eur.への技術的な適合性を確立するための検証作業を意味します。
デンマークの医薬品臨床試験(CT)規制:CTISの利用と小児治験の義務

EU臨床試験規則(CTR)による申請の統一化
EUでは、臨床試験の申請および実施に関する法的枠組みが、EU臨床試験規則(CTR:Regulation (EU) No 536/2014)によって大幅に統一されました。CTRは2022年1月31日に施行され、臨床試験指令(CTD)を置き換えました。
デンマークで医薬品の臨床試験を開始・実施するには、DKMAの承認と、関連する国家医療倫理委員会の承認が必要ですが、これらの申請は、EU全体で一元的に管理されるClinical Trials Information System (CTIS)を通じて提出されます。CTISは、EU加盟国間での協調審査をサポートし、多国間治験の効率化を図ることを目的としています。デンマークは、このCTRプロセスにおいてReference Member State (RMS)として選ばれることが多く、EU域内の多国間治験の評価において主導的な役割を担っています。
小児治験計画(PIP)の必須性という構造的差異
日本の医薬品開発戦略に慣れた企業が、EU市場で最も重要な構造的差異として認識すべき点が、小児治験計画(Paediatric Investigational Plan, PIP)の義務付けです。
EUでは、EU小児用医薬品規則(Regulation (EC) 1901/2006)に基づき、製造販売承認申請者は、医薬品の臨床開発の早期段階で、PIPをEMAに提出することが必須とされています。これは、小児集団における医薬品開発を強制し、当該集団の未対応な医療ニーズに応えることを目的としています。
対照的に、日本のPMD Actの下では、小児治験に関するICH E11ガイダンスなどの配慮は存在するものの、EUのような早期のPIP提出や、小児開発自体が構造的に義務付けられているわけではありません。
この「PIP義務の有無」は、グローバルでの研究開発(R&D)ロードマップ全体に影響を及ぼします。EU市場を重視する場合、企業は成人対象の開発と並行して、あるいは先行してPIP戦略を策定し、倫理的課題や追加的なリソース配分に対応しなければなりません。CTR/CTISが手続きの効率化をもたらす一方で、PIPは治験の内容そのものに厳格な規制当局の介入を要求するため、EU市場参入を目指す日本企業は、グローバル開発の初期段階から、小児治験を避けられない要素として組み込む戦略的調整が不可欠となります。
厳格化されたデンマークの医薬品広告規制:判例に学ぶ情報提供のリスク
未承認医薬品の広告禁止と処方箋薬の制限
デンマークにおける医薬品の広告規制は、デンマーク医薬品法 第64条および医薬品の広告に関する行政命令(Executive Order No 849 of 29 April 2021)によって厳しく規制されています。公衆衛生の保護を目的として、以下の基本的な禁止事項が設けられています。
- 未承認品の広告禁止:デンマークで販売または供給が許可されていない医薬品の広告は、行政命令第3条(1)に基づき禁止されています。
- 処方箋薬の一般市民への広告禁止:処方箋医薬品(Prescription-only medicinal products)を一般市民に向けて広告することも禁止されています。
- 誤解を招く表現の禁止:広告内容には、誤解を招く表現や、安全性を過度に強調する言葉(例:「安全である」)、副作用や中毒のリスクがないといった虚偽の記述を含めることはできません。
判例分析:非営利の情報提供が「広告」と認定された事例
デンマークを含むEUの広告規制の適用範囲の広さを示す重要な判例として、欧州司法裁判所(CJEU)による2009年4月2日のFrede Damgaard事件(Case C-421/07)があります。
この事件では、デンマーク国内で販売承認が拒否された医薬品について、ジャーナリストであるFrede Damgaard氏が、製造業者とは無関係に、その製品の効能に関する情報を自身のウェブサイトで発信したことが争われました。
CJEUの判断は、EU指令2001/83/ECの第86条(医薬品の広告の定義)の解釈に関するもので、裁判所は、情報提供者が製造業者や販売業者から法律上および事実上、完全に独立している場合であっても、その情報発信が「医薬品の処方、供給、販売または消費を促進することを意図して設計された」ものであるならば、それは「広告」に該当し得ると判示しました。
この判決は、広告の定義が、情報発信者の商業的関係性に限定されず、メッセージの実質的な目的に焦点を当てることを明確にしました。公衆衛生の保護という至上目的 の観点から、ウェブサイト上のコンテンツや独立系メディアへの寄稿であっても、未承認医薬品に関する情報を発信することは、意図せずデンマーク医薬品法に違反する「広告」とみなされる法的リスクを伴うことを示しています。日本企業がEUを念頭にグローバルな広報・IR戦略を策定する際には、現地法務部門と連携し、コミュニケーションの法的境界線を慎重に管理する必要があります。
この判決に関する公式なプレスリリースは、欧州司法裁判所の公式ウェブサイトで確認することができます。
参考:欧州司法裁判所の公式ウェブサイト
https://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf?docid=73642&doclang=EN
デンマークの医療機器規制(MDR/IVDR):CEマーキングとノーティファイドボディ
MDR/IVDRによる規制の強化とCEマーキングの義務化
デンマークにおける医療機器規制は、2021年5月に施行されたEU医療機器規則(MDR:Regulation (EU) 2017/745)および2022年5月に施行された体外診断用医療機器規則(IVDR:Regulation (EU) 2017/746)に基づいています。これらの規則はEU全域で直接適用され、従来の指令時代よりも、臨床的証拠の強化、市販後監視(PMS)の厳格化、トレーサビリティのための固有デバイス識別子(UDI)システムの導入など、要件が大幅に強化されました。
医療機器の場合、当局による事前の承認は必要とされませんが、製品がEU規則およびデンマークの行政命令の該当要件を満たし、適合性評価手続きを経たことを示すCEマーキングの取得が義務付けられています。CEマークは、製品が付属書Iに定められた一般安全・性能要件(General Safety and Performance Requirements, GSPR)に適合していることの宣言であり、製造業者はその適合性を確認し、リスク分析、監視システム、臨床評価を含む技術文書を作成しなければなりません。
リスク分類、ノーティファイドボディ(NB)による評価
製造業者は、MDR Annex VIIIのルールに従って機器の製品リスク分類を決定することが、認証プロセスの第一歩となります。
リスククラスI以外の医療機器の場合、製造業者は当局が指定したノーティファイドボディ(NB)を選択し、製品文書の審査を受けなければなりません。NBは、EU加盟国によって指定され、第三者機関として製品が市場に投入される前に適合性を評価する組織です。デンマーク国内にもNBが指定されています。
NBによる適合性評価の経路は、機器の分類に応じて異なりますが、製造業者の品質マネジメントシステム(QMS)および技術文書の審査(MDR Annex IX)や、製品適合性検証(MDR Annex XI Part A)などが挙げられます。
日本のPMD Actとの構造的な相違
EUの医療機器規制システムは、日本のPMD Actに基づく規制構造とは根本的な哲学が異なります。
| 規制事項 | デンマーク(EU MDR/IVDR) | 日本(PMD Act) |
| 市場参入許可制度 | CEマーキングによる適合宣言。リスクI以外の機器はNBによる認証。製造業者が適合責任を負う。 | 製造販売業者(MAH)による承認・認証。PMDA(高度)またはRCB(一部)が事前審査し、MAHに許可を与える。 |
| 規制当局の関与 | NBの監督と市場監視が中心。事前承認はNBが担う。 | リスククラスIII, IVはPMDAによる事前承認が必須。 |
| 現地責任者 | 欧州認定代理人(AR)を選任し、DKMAに登録。ARは技術文書へのアクセスと規制当局への対応を担う。 | MAH(製造販売業者)が製品の最終的な責任を負い、許可を取得する。 |
日本のPMD Actは、製造販売業許可を持つMAHが最終責任を負い、リスククラスに応じて政府機関(PMDA)または登録認証機関(RCB)が「事前承認」を与える、政府関与の強い制度です。一方、EU/デンマークは、製造業者がGSPRへの適合責任を負い、NBがその適合性をチェックする「自己責任原則」に基づいています。日本企業は、現地にMAHを設立する代わりに、欧州認定代理人(AR)を選任し、技術文書の維持管理と継続的なQMS遵守に重点を置く必要があります。この構造的差異の理解は、EU市場におけるリスク管理体制の構築に不可欠です。
デンマーク国内経済事業者の登録義務と現地化要件
DKMAへの事業者登録義務の範囲
EU規制が直接適用される医療機器においても、デンマーク国内での流通を確保するために、特定の経済事業者に国内登録義務が課されています。
デンマークに設立された以下の事業者は、医療機器、体外診断用医療機器、および医療目的のない製品(MDR Annex XVIに基づく製品)を合法的に市場で販売するために、DKMAに登録する必要があります。
- 製造業者
- 認定代理人(Authorized Representative, AR)
- 輸入業者
- 販売業者
- 専門販売店
この登録義務は、DKMAがデンマーク市場に流通する機器のサプライチェーンを包括的に把握し、市販後監視(Vigilance)およびトレーサビリティを確実に実行できるようにするための措置です。日本企業が現地の輸入業者や販売業者と提携する場合、その提携先がDKMAの登録要件を満たしているかを確認することが、国内流通を維持するための重要なステップとなります。
厳格な現地語要件:デンマーク語の義務化
デンマークで医療機器を市場投入する際には、特に現地語(デンマーク語)の使用が厳格に義務付けられています。
デンマーク保健省の行政命令(Executive Order no 837 of 20 June 2023 on medical devices and in vitro diagnostic medical devices)に基づき、製造業者が定める意図された目的に従って、機器の安全かつ適切な使用を確保するために必要な、印刷物または電子形式のすべての情報(例:添付文書、表示)は、エンドユーザーまたは患者に提供される際に、原則としてデンマーク語でなければなりません。この言語要件は、利用者の専門的トレーニングの有無に関わらず適用されます。
DKMAは、例外として、利用者の専門資格や言語スキルを考慮し、特定の病院部門などへの供給を目的とする場合に限り、英語などの他の言語での情報提供を許可する場合がありますが、この免除は厳格に審査され、通常は期限付きで認められます。日本企業は、製品のラベル、取扱説明書、電子IFUの作成において、この厳格なデンマーク語要件に対応するための高品質なローカライゼーションプロセスを市場投入計画に組み込む必要があります。
まとめ
デンマーク王国への医薬品および医療機器市場への参入は、EUの高度に統合された規制体系に準拠することを意味します。企業は、EU規則(MDR, IVDR, CTR)の要求事項を遵守する「EU統一戦略」に加え、DKMAが定める国内の運用要件(事業者登録、厳格なデンマーク語要件)を満たす「二重のコンプライアンス」戦略を構築する必要があります。
日本の薬機法(PMD Act)との構造的相違点として、以下の三点が特に重要となります。第一に、医薬品開発における小児治験計画(PIP)の早期提出が義務付けられている点。第二に、医療機器の市場参入が、政府による事前承認(PMDA/MAH)ではなく、ノーティファイドボディ(NB)による適合性認証と製造業者の自己責任原則に基づいている点。第三に、未承認品に関する独立した情報発信であっても「広告」と認定され得るという厳格な広告規制の判例法が存在する点です。
これらの複雑で高度に専門的なEU/デンマークの規制枠組み、特に日本法との差異を考慮したコンプライアンス戦略の立案、必要な法務文書の整備、およびDKMAやノーティファイドボディへの対応について、当事務所が貴社の事業展開をサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































