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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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マルタ共和国における不動産関連法制度の解説

マルタ共和国は、欧州連合(EU)の加盟国であり、近年、日本を含む海外から、投資および事業展開の拠点として注目を集めています。しかし、マルタには、外国人が不動産を購入する際の事前の許可制度や、賃貸借契約における政府による強制的な市場管理など、日本の法制度とは異なる重要なポイントがあります。

本記事では、マルタ共和国の不動産関連の法制度について、特に、マルタ法Chapter 246「Immovable Property (Acquisition by Non-Residents) Act」に基づく不動産取得許可(AIP)制度と、不動産投資を可能にする「特別指定区域(SDA)」、賃貸市場を包括的に規制する「私的居住賃貸借法(PRLA)」に焦点を当て、その詳細を解説します。

なお、マルタ共和国の包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。

マルタにおける不動産購入の法的枠組み

マルタ共和国における不動産購入の法制度を理解する上で最も重要な点は、外国人による不動産取得を厳格に規制する「不動産取得許可(AIP)制度」と、その例外として投資家向けに設けられた「特別指定区域(SDA)」という、二つの制度が存在することです。

AIP許可制度(Acquisition of Immovable Property Permit)の概要

マルタ共和国の不動産取得法(Immovable Property (Acquisition by Non-Residents) Act、Chapter 246 of the Laws of Malta)は、非EU・EEA圏の国民がマルタ国内の不動産を取得する際に、原則として政府からAIP許可を得ることを義務付けています。限られた国土と住宅資源を持つマルタにおいて、海外からの投機的な不動産購入を抑制し、国内の住宅市場の安定を確保しようという意図によるものです。

日本においては、外国人であっても不動産取引は基本的に自由であり、購入後の事後報告が求められるにとどまります。これに対し、マルタでは、特定の条件を満たす場合を除き、不動産購入という行為そのものについて、原則的に事前に政府の認可が必要となります。

AIP許可の取得には、いくつかの重要な条件があります。まず、原則として、AIP許可を通じて取得できる物件はマルタ国内で1件に限定されます。この制限は、投機目的での複数物件保有を防ぐためのものです。また、購入した不動産は主に自己居住用として利用されることが前提であり、賃貸目的での利用は認められていません。これは、事業目的で不動産投資を検討している日本の企業や投資家にとって、特に注意すべき極めて重要な制限事項です。さらに、取得する物件には最低価額が設定されており、アパートメントやメゾネットの場合は€175,000、ヴィラやタウンハウスなどの場合は€295,000以上でなければなりません。申請手続きには、売り手との間で締結した仮契約(Promise of SaleまたはKonvenju)の写しやパスポートの写し、そして€233の返金不可の申請料などが必要となり、審査には通常35日から40日を要します。

投資家向け特別指定区域(Special Designated Areas: SDA)制度

AIP許可制度の厳格な制限がある一方で、マルタ政府は、特定の目的のために外国人投資家を積極的に誘致する政策も同時に展開しています。これが、政府が指定する「特別指定区域(SDA)」での不動産購入制度です。これらの区域は、AIP許可制度の適用対象外となる重要な例外として機能します。

SDA制度の最大の利点は、国籍やマルタでの居住歴に関わらず、AIP許可なく不動産を購入できる点にあります。さらに、AIP許可では禁じられていた物件数の制限がなく、複数件の不動産を所有することが可能です。これにより、大規模なポートフォリオを構築する不動産投資が可能となります。また、購入した不動産を自由に賃貸に出すことが認められており、これは賃貸事業の展開を検討する投資家にとって、SDA制度が特に魅力的である理由となります。これらの地域で得られる賃貸収入には、通常とは異なる15%という優遇税率が適用される場合もあります。

これらのSDAは、Tigné PointやPortomaso、Fort Cambridgeといった、マリーナやスパ、ショッピングモール、レストランなどを併設した複合的な高級開発区域として知られています。

AIP許可制度とSDA制度

AIP許可制度とSDA制度という2つの制度を組み合わせたマルタの不動産法制度は、自己居住を目的とする個人投資家には厳格な規制を課す一方で、大規模な開発や賃貸事業を目的とするプロの投資家には、SDAという特別な制度を提供するものです。これは、限られた国土における住宅市場の安定と、海外からの大規模投資の両立を図ろうとする経済政策の表れだと言えるでしょう。

マルタにおける不動産購入プロセスの詳細と関連費用

不動産購入プロセスの詳細と関連費用

マルタにおける不動産購入プロセスは、日本の商慣習や法制度とは大きく異なる特徴を持っています。特に、公証人(Notary)が果たす役割は、日本の司法書士のそれとは異なっており、取引の安全性を確保する上で中心的な役割を担います。

公証人(Notary)の中心的役割

マルタの不動産取引において、公証人は単なる書類作成や登記代行者ではなく、公務員として取引の公正性と安全性を保証する中心的役割を担います。この役割は、日本の司法書士とは異なり、法的有効性の検証やデューデリジェンスの大部分を公的に担う点に大きな違いがあります。具体的には、公証人は、物件の所有権の確認、担保権(抵当権等)の有無、必要な建築許可の取得状況などについて、公的な登記簿(Land Registry)等を用いて詳細な調査(searches)を実施します。このプロセスは、取引前に法的リスクを洗い出し、買い手を保護するために不可欠です。

売買契約の二段階プロセスと費用体系

マルタの不動産購入は、二段階のプロセスで進みます。まず、買い手と売り手は仮契約(Promise of Sale、通称Konvenju)を締結します。この契約は、将来の売買を約束するものであり、この段階で買い手は売買価格の10%に相当する手付金を売り手に支払います。また、公証人を通じて印紙税(Stamp Duty)総額の1%を政府に納付します。その後、公証人が物件に関する法的調査を完了させ、問題がないことを確認した上で、最終契約(Final Deed of Sale)を締結し、不動産の所有権が買い手に移転します。この最終契約の締結時に、残りの代金と印紙税(残りの4%)が支払われることになります。

マルタにおける不動産購入時の費用は、印紙税(原則5%)や公証人費用(物件価格の1%から2.5%)だけではありません。注意すべきは、想定外の費用が発生する可能性です。例えば、物件によっては、土地の利用権に対する年間費用である「地代(Ground Rent)」が設定されている場合があります。これは、日本法にはない独特の概念であり、物件の所有形態によっては将来にわたる財政的負担となり得るため、購入前にその有無を公証人を通じて確認することが不可欠です。さらに、銀行融資を利用する場合の手数料、建物の構造的な問題がないかを確認するための建築家による報告書費用(€300から€800)、そしてAIP許可の申請料(€233)なども重要です。

マルタにおける不動産の賃貸借法制度

マルタにおける不動産の賃貸借法は、2020年1月1日に施行された「私的居住賃貸借法(Private Residential Leases Act、PRLA)」によって包括的に規制されています。この法律は、マルタの賃貸市場における過去の不安定性や乱用に対処するために、政府が市場に積極的に介入する姿勢を反映したものです。日本の借地借家法が契約の継続性や賃借人の権利保護を重視しつつも、契約内容の多くを当事者間の合意に委ねているのに対し、PRLAは契約そのものにまで踏み込み、契約の強制登録を義務付けることで、市場全体を公的に監視・管理しようとするものです。

PRLAの重要な法的要件

PRLAは、賃貸借契約に関して、日本人が特に留意すべきいくつかの重要な要件を定めています。最も重要な相違点は、契約の強制登録義務です。全ての私的居住賃貸借契約、およびその更新は、ハウジングオーソリティ(Housing Authority)への登録が義務付けられています。この登録は賃貸人の義務であり、2024年の法改正により、契約開始後30日以内にオンラインで手続きを完了させることが求められます。万一、契約が登録されない場合、当該契約は「無効(null and void)」とみなされるという、極めて厳格な法的効果を伴います。当事者間の合意のみで成立する日本の賃貸借契約とは異なり、マルタでは、契約の法的効力に公的機関の関与が不可欠であるということになります。

また、PRLAは賃貸期間と解約ルールに関しても詳細な規定を設けています。長期賃貸借契約(Long private residential lease)の場合、最低賃貸期間が1年以上と定められています。賃貸人が契約期間満了時に契約を終了させる場合、少なくとも3ヶ月前までに書面による通知を行う必要があります。一方、賃借人による中途解約には、契約期間に応じた一定の期間(例えば、1年契約の場合は6ヶ月後)を経過した後に、1ヶ月前の通知をもって可能となります。この詳細な解約ルールは、日本の一般的な解約予告期間(通常は1ヶ月から3ヶ月)とは異なり、契約期間の尊重を強く求めるものです。

なお、賃料の増額に関しても規制が存在します。PRLAは、年間賃料の増額を前年度の賃料の5%を上限とすることを規定しています。これは、日本の民法や借地借家法が経済情勢の変化に応じた「賃料増減額請求権」を認めるものの、具体的な上限を設けていない点とは異なっています。

賃貸契約の実際

賃貸契約の実際

マルタの賃貸市場では、ほとんどの物件が家具付きで提供されるのが一般的です。賃貸借契約締結時には、通常、1ヶ月分の賃料に相当するデポジット(敷金)が求められ、これは物件の損傷や未払い金に充当されます。また、長期賃貸契約では、水道・電気代は賃料に含まれず、賃借人が負担するのが一般的です。不動産仲介業者を利用した場合の仲介手数料は、通常、家主と賃借人の双方がそれぞれ1ヶ月分の賃料の半額を負担することになります

まとめ

マルタ共和国の不動産関連法制度は、事業展開や投資を検討する日本の企業や投資家にとって、日本とは異なる独自の規制や慣行を設けています。特に、不動産取得に際しての「AIP許可」と「SDA」という二つの制度、そして賃貸借契約における「強制登録義務」は、事業や投資判断を行う上で最も深く理解すべきポイントです。

マルタの不動産法制度は、日本のそれとは根本的に異なる思想に基づいており、さらに最新の法改正が頻繁に行われるなど、動的な側面を持っています。具体的な取引や契約に際しては、現地の法制度を熟知した専門家による法務デューデリジェンスやアドバイスが不可欠だと言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・マルタ共和国

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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