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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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エストニアの民法・不動産法を弁護士が解説

エストニアの民法・不動産法を弁護士が解説

エストニア共和国(以下「エストニア」)は、世界で最も先進的なデジタル国家の一つとして知られており、その電子政府(e-Government)の原則は、不動産法および登記実務の分野においても顕著に表れています。エストニアでのビジネス展開や不動産取得を検討されている日本企業の経営者や法務担当者にとって、同国の高度にデジタル化された不動産取引システムを理解することは、円滑な事業運営の第一歩となります。特に、日本の不動産登記制度とは根本的に異なる「公信力」の概念や、取引における「公証人」の絶対的な役割は、実務上極めて重要な相違点です。

エストニアの不動産登記システムは、紙の書類や物理的な印鑑をほぼ完全に排除し、データベース間のシームレスな連携によって成り立っています。不動産の権利関係を記録する「土地登記簿(Land Register)」と、土地の物理的な情報を管理する「地籍簿(Land Cadastre)」という二つの主要な国家データベースが、データ連携基盤「X-Road」を介して相互に接続されています。これにより、不動産取引の申請から登録までのプロセスが、迅速かつ透明性の高いものとなっています。日本企業がエストニアで不動産(オフィス、工場、土地など)を取得または賃借する際、このデジタル化された手続きの流れと、日本の司法書士とは異なる公証人の役割を正確に把握しておく必要があります。

本記事では、エストニアの不動産法制の根幹をなす登記システム、取引における公証人の機能、そして日本法との最大の違いである「登記の公信力」について、関連する法令を基に詳しく解説します。また、外国人による不動産取得に関する法的な制限事項についても触れ、エストニアでの不動産関連業務における実務的な留意点を明らかにします。

エストニア不動産登記の根幹:「土地登記簿」と「地籍簿」

エストニアの不動産情報は、主に二つの国家データベースによって管理されています。それは、不動産の「権利」を公示する「土地登記簿(Kinnistusraamat)」と、「物理的状況」を記録する「地籍簿(Maakataster)」です。これら二つの登記簿が電子的に連携することで、不動産に関する法的情報と物理的情報が一元的に把握できる仕組みが構築されています。

法的権利を記録する「土地登記簿 (Kinnistusraamat)」

土地登記簿は、エストニア法務省の管轄下にあり、不動産に関する全ての法的権利関係を記録・公示する中核的なデータベースです。日本の不動産登記簿(登記記録)に相当しますが、その構成や法的効力において重要な違いがあります。

土地登記簿は、不動産(Registered immovable)ごとに作成され、主に以下の4つのパートで構成されています。

  1. 第1部 (Composition of registered immovable): 不動産の所在地、面積、用途、地籍番号など、地籍簿から連携された物理的な特定情報が記載されます。
  2. 第2部 (Owner): 現在の所有者(個人または法人)に関する情報が記載されます。
  3. 第3部 (Encumbrances and restrictions): 第三者の権利(地上権、地役権、賃借権など)や、所有権に対する制限(差押え、仮処分、破産など)が記載されます。
  4. 第4部 (Mortgages): 抵当権(Mortgage)に関する情報(被担保債権額、順位、抵当権者など)が記載されます。

この土地登記簿は、公証人や裁判所、政府機関だけでなく、一般市民や企業もオンラインポータルを通じて(一部有料で)アクセス可能です。これにより、取引の相手方が本当に所有者であるか、対象不動産に不利な権利が設定されていないかを、誰でも迅速に確認することができます。

この登記簿の維持管理については、「土地登記簿法(Land Register Act / Kinnistusraamatuseadus)」によって詳細に規定されています。

参考:エストニアの土地登記簿に関するポータルサイト

物理的情報を記録する「地籍簿 (Maakataster)」

地籍簿は、国土・空間開発委員会(Land and Spatial Development Board)が管理するデータベースであり、土地の物理的な状況と価値に関する情報を記録します。具体的には、土地の境界(筆界)、面積、土地の用途(宅地、農地、森林など)、地目、土地の評価額などが登録されています。

「地籍簿法(Land Cadastre Act / Maakatastriseadus)」に基づき維持されるこの情報は、土地登記簿の第1部に連携され、不動産の特定情報として機能します。不動産取引の対象となる「土地」が、物理的にどのような状態にあるかを定義する基礎情報となります。

デジタル化されたエストニアの不動産取引プロセスと公証人の役割

エストニアにおける不動産取引の最大の特徴は、公証人(Notary / Notar)が取引プロセスにおいて中心的かつ不可欠な役割を担う点です。日本の不動産取引では、契約自体は当事者間の合意で成立し、登記申請は司法書士が代理するのが一般的ですが、エストニアでは全く異なります。

取引に不可欠な「公証人 (Notar)」の機能

エストニアで不動産の所有権を移転させる契約(売買契約など)や、抵当権を設定する契約は、「公証法(Notarisation Act / Notariaadiseadus)」に基づき、必ず公証人による認証(notarial authentication)を受けなければなりません。公証人の認証がない契約は法的に無効です。

公証人は、単に署名を認証するだけではありません。「公証人法(Notaries Act / Notariaadiseadus)」に基づき、以下の広範な職責を負います。

  • 本人確認と意思能力の確認: 取引当事者(売主、買主)が本人であること、そして取引内容を理解し正常な意思決定ができる状態にあることを確認します。
  • 権利関係の調査: 公証人は、土地登記簿や地籍簿、その他の関連データベース(人口登録簿、商業登記簿など)に直接アクセスし、売主が真実の所有者であるか、売却を妨げる制限(差押えや第三者の権利)がないかを確認する義務を負います。
  • 法的説明義務: 公証人は中立的な立場で、取引の内容、法的な意味、当事者が負う権利と義務について、当事者双方に説明します。
  • 契約書の作成: 多くの場合、公証人が中立的な立場で取引契約書を作成またはレビューします。

「X-Road」を通じたシームレスな電子申請

契約内容について当事者双方の合意が得られ、公証人が上記全ての確認を終えると、当事者は公証人の面前で(または安全な電子的手段により)契約書に署名します。

その後、公証人は、署名された契約書と登記申請書を、紙の書類を一切介さず、電子的に土地登記簿システムに送信します。この公証人システムと登記所システムの間の安全なデータ連携を支えているのが、エストニアの電子政府基盤である「X-Road」です。

申請を受け取った登記所(地方裁判所の登記部門)のアシスタント判事(Assistant Judge / kohtunikuabi)が、公証人から送付された電子データを審査し、問題がなければ登記簿への登録を実行します。このプロセス全体がデジタルで完結しているため、情報の再入力や書類の郵送が不要となり、取引の安全性とスピードが劇的に向上しています。

日本法との決定的な違い:エストニア登記の「公信力」

日本法との決定的な違い:エストニア登記の「公信力」

エストニアの不動産登記制度を理解する上で、日本企業の法務担当者が最も注意すべき点は、登記が持つ「公信力(Public Credibility)」です。これは、日本の不動産登記制度と思想が根本的に異なる部分です。

日本の登記(対抗要件)との比較

日本の不動産登記は、登記を備えることで、当事者間で成立した権利変動(例:売買による所有権移転)を「第三者」に対して主張できるという「対抗要件」としての効力しか持ちません(民法第177条)。

重要なのは、日本の登記には「公信力」がないという点です。つまり、仮に登記簿上の所有者(A)が真実の所有者ではなく、無権利者であった場合、その登記簿を信じてAから不動産を買い受けたBは、原則として所有権を取得できません。Bがどれほど善意無過失であったとしても、真実の所有者(C)が現れれば、BはCに対して所有権を主張できないのです。これが日本の不動産取引におけるリスクの一つです。

公信力を支える法的根拠

一方、エストニアの「物権法(Law of Property Act / Asjaõigusseadus)」および「土地登記簿法」は、登記に公信力を認めています。これは、「土地登記簿に記載されている情報(特に所有権や抵当権などの権利)は、法的に正確であると推定される」という原則です。

具体的には、土地登記簿の記載を信頼し、善意で(=登記簿の記載が不実であることを知らずに)不動産に関する権利を取得した者は、たとえ登記簿上の権利者が真実の権利者でなかったとしても、その権利取得が法的に保護されます。

例えば、エストニアにおいて、登記簿上Aが所有者となっている土地を、BがAから買い受け、所有権移転登記を完了したとします。後に、Aが詐欺的な手段で登記名義を得ていた無権利者であったことが判明したとしても、BがAを真実の所有者であると信じて(善意で)取引を行った場合、Bは有効に所有権を取得します。真実の所有者であったCは、もはやBに対して所有権の返還を請求することはできません。

この強力な公信力が認められているからこそ、エストニアでは公証人による厳格な本人確認と権利関係の調査が法的に義務付けられているのです。公証人が国家データベースを駆使して登記の前提となる事実関係を徹底的に調査することで、登記簿の正確性が担保され、その結果として登記の公信力が維持されています。

エストニアの法令(英語訳)は、公式データベース「Riigi Teataja」で確認できます。

外国人・外国法人によるエストニア不動産取得の留意点

エストニアでは、原則として外国人や外国法人も不動産を所有することが認められています。しかし、特に農地や森林、特定の島嶼部に関しては、公衆の利益や国家安全保障上の理由から、一定の制限が設けられています。

原則自由と例外的な制限

日本企業を含む外国法人が、エストニアでオフィスビル、工場、倉庫、または都市部の宅地を取得することについては、通常、大きな制限はありません。

しかし、注意が必要なのは、土地の地目が「農地(agricultural land)」または「森林(forest land)」である場合です。これらの土地の取得は、「不動産取得制限法(Restrictions on Acquisition of Immovables Act / Kinnisasja omandamise kitsendamise seadus)」によって規制されています。

制限対象となる土地と許可手続き

この法律は、取得者の属性を大きく二つに分けて規制を設けています。

  1. EEA(欧州経済領域)およびOECD加盟国の国民・法人:
    日本はOECD加盟国であるため、日本の法人もこちらに分類されます。原則として、農地や森林の取得は可能ですが、一定面積(通常10ヘクタール)を超える農地や森林を取得する場合、エストニアにおいて一定期間(例:農地であれば過去3年間)農業または林業に従事してきた実績が必要となる場合があります。
  2. 第三国(上記1以外)の国民・法人:
    第三国の国民や法人が農地や森林を取得するには、原則として地方自治体または関連当局の「許可」が必要となります。この許可は、取得者がエストニアに居住していることや、当該土地で農業・林業を営む計画があることなどを条件とする場合があります。

さらに、国家安全保障の観点から、国境付近の地域や、特定の島嶼部(例:サーレマー島、ヒーウマー島など)の不動産については、国防省の許可が必要となるか、または第三国の国民・法人による取得が全面的に禁止されている場合があります。

したがって、エストニアで土地(特に広大な土地や農地・森林)の取得を検討する際は、対象不動産の地目と所在地を正確に把握し、この「不動産取得制限法」に抵触しないか、またはどのような許可手続きが必要となるかを、事前に公証人や現地の法律専門家を通じて確認することが不可欠です。

まとめ

エストニアの不動産法制は、日本の制度とは大きく異なり、徹底したデジタル化と「登記の公信力」を特徴としています。日本企業がエストニアで不動産を取得または賃借する際には、単に契約書を交わすだけでなく、同国特有の法制度と実務プロセスを深く理解しておくことが不可欠です。

特に重要な点は、不動産の権利変動には公証人の関与が絶対的に必要であること、そして公証人が取引の安全性と登記の正確性を担保する中心的役割を担っていることです。また、日本の不動産登記が「対抗要件」に過ぎないのに対し、エストニアの土地登記簿は「公信力」を持っており、善意の取得者を強力に保護する仕組みとなっています。この違いは、取引の安全性に対する考え方そのものに影響を与えます。さらに、外国人による不動産取得、特に農地や森林、特定地域においては法的な制限が存在するため、事前のデューデリジェンスが極めて重要です。

これらのエストニア特有の不動産法制、デジタル化された登記申請プロセス、外国法人による取得制限に関する具体的な調査や手続きのサポート、あるいは契約書のレビューなど、エストニアでの事業展開に伴う法務対応につきましては、当事務所でもサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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