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トルコ労働法の実務的論点を弁護士が解説

トルコ労働法の実務的論点を弁護士が解説

トルコ共和国(以下、トルコ)は、欧州とアジアの結節点に位置する地理的優位性と、若く豊富な労働力を背景に、多くの日本企業が製造・販売拠点を構える戦略的要衝です。しかし、トルコへの進出や事業拡大を検討する日本企業の経営者や法務担当者が最も留意すべきリスクの一つが、労働法制の厳格な適用です。トルコの労働法は、EU加盟交渉の過程で欧州基準(アキ・コミュノテール)との調和が進められた結果、「労働者保護」の色合いが極めて濃い体系となっています。特に日本の労働法制と比較した場合、解雇における「正当な理由」の厳格な立証責任、年間残業時間の上限規制(270時間)、そして退職金が福利厚生ではなく法的義務として及ぼす金銭的インパクトは、経営判断を左右する重要な要素です。また、2018年以降導入された「調停前置主義」や、インフレ下で頻繁に更新される退職金上限額など、最新の実務動向を把握することは不可欠です。

本稿では、主要法令である労働法(法律第4857号)を中心に、2024年から2025年にかけての最新動向、特に事業譲渡時の複雑な権利関係やリモートワーク規制を含め、採用から退職に至るまでの実務的論点を包括的に解説します。本稿を通じて、無期雇用を原則とする契約形態、解雇における厳格な「正当な理由」の要件と復職リスク、そして2025年後半の退職金上限額(約54,000トルコリラ)といった重要数値を把握し、現地での法的リスクを最小化するための指針としていただけます。

トルコにおける労働法制の基本構造と法源

トルコの労働法制は、成文法を中心としつつも、最高裁判所(Yargıtay)の判例が実務上の細則を補完する構造をとっています。その中心となるのが2003年に施行された「労働法(Labor Law No. 4857)」であり、原則としてすべての従業員に適用されます。これを補完する形で、労働法が適用されない職種や一般的な債務関係を規律する「債務法(Code of Obligations No. 6098)」、労働組合活動を規律する「労働組合および団体交渉協定法(Law No. 6356)」、そして職場の安全基準を定める「労働安全衛生法(Law No. 6331)」が存在します。

日本法との大きな違いとして、トルコ憲法第90条により、批准された国際条約(ILO条約等)が国内法に優越する効力を持つ点が挙げられます。これにより、国内法に規定がない場合でも、国際基準が直接適用される余地があるため、コンプライアンス体制の構築には国際的な視点が求められます。

トルコの労働法原文(英語訳)は、国際労働機関(ILO)のデータベースで確認することができます。

参考:国際労働機関(ILO)Natlexデータベース

トルコ雇用契約の種類と規制

雇用契約は「期間の定めのない契約(無期雇用)」が原則であり、その他の形態には厳格な制約が課されています。日本企業が進出初期によく検討する「有期雇用」や「試用期間」については、日本法とは異なる運用がなされているため注意が必要です。

無期雇用と有期雇用の区分

トルコでは、雇用契約は原則として無期契約とみなされます。有期雇用契約(Fixed-term Employment Contract)を締結するためには、特定のプロジェクト期間や育児休業者の代替要員といった「客観的かつ正当な理由」が必須となります。日本のように、単に契約期間を区切るという理由だけで有期契約を選択することはできません。客観的な理由なく締結された有期契約は、当初から無期契約であったとみなされ、契約期間満了による雇止め(Termination by expiration)ができず、厳格な解雇規制が適用されるリスクがあります。

試用期間の制限

従業員の適性を見極めるための試用期間(Probation Period)は、労働法第15条により「最大2ヶ月」と定められています。当事者間の合意があっても、個別の雇用契約でこれを延長することはできません。ただし、労働組合との団体労働協約(Collective Bargaining Agreement)が存在する場合に限り、最大4ヶ月まで延長することが可能です。試用期間中は通知期間なしでの即時解約が可能ですが、契約書への明記が効力発生の絶対要件となります。

雇用契約の主要類型と特徴

契約類型特徴と要件日本法との主な相違点
無期雇用契約原則的な形態。特段の事由がない限りこの形態となる。解雇には厳格な正当事由が必要。
有期雇用契約「客観的な理由(プロジェクト等)」が必須。理由なき有期契約は無期とみなされる。日本の無期転換ルール(5年)と異なり、入り口の段階で理由が求められる。
試用期間付き契約最大2ヶ月(団体協約がある場合は4ヶ月)。日本のように3〜6ヶ月といった長期間の設定は不可。
リモートワーク契約書面による契約が必要。機材は原則雇用主負担。2021年の規則により、機材提供や費用負担の明記が義務化。

トルコの賃金および労働時間規制

トルコの賃金および労働時間規制

トルコにおける労働時間管理は、日本以上に硬直的であり、違反に対する罰則も厳格です。特に残業時間の「絶対的上限」は、生産計画を立てる上で決定的な制約となります。

労働時間と残業規制

法定労働時間は週45時間が原則です。これを週6日勤務で配分するか、週5日で配分するかは労使の合意によりますが、1日の労働時間は11時間を超えてはなりません。残業(Overtime)については、以下の規制が適用されます。

第一に、週45時間を超える労働に対しては、通常賃金の1.5倍(50%増)の支払いが義務付けられています。従業員の同意があれば、残業代の代わりに「残業時間 × 1.5倍」の有給休暇を与えることも可能です。

第二に、最も注意すべき点は、残業時間が年間270時間を超えてはならないという規制です。これは絶対的な上限であり、割増賃金を支払ったとしても、この時間を超えて労働させること自体が違法となり、行政罰の対象となります。日本の「36協定」による上限延長のような仕組みは存在しません。

年次有給休暇

年次有給休暇は、勤続1年以上の従業員に対して以下の日数が義務付けられています(労働法第53条)。

勤続年数付与日数(労働日ベース)
1年以上5年以下14日
5年超15年未満20日
15年以上26日

特筆すべき点として、18歳以下および50歳以上の従業員については、勤続年数にかかわらず最低20日の休暇を与えなければなりません。また、休暇の買取りは禁止されており、退職時に未消化分を金銭精算する必要があります。

トルコ企業における雇用契約の終了と解雇

トルコにおける解雇は、従業員規模が30人以上の事業所において極めて厳格に規制されています(Job Security)。解雇は大きく「正当な理由による通常解雇」と「正当な事由による即時解雇」に分類されます。

正当な理由による解雇(第18条)

勤続6ヶ月以上の従業員を解雇する場合、雇用主は解雇の「正当な理由(Valid Reason)」を証明しなければなりません。理由は「従業員の能力(著しい業績不良など)」、「従業員の行動(業務命令違反など)」、「経営上の必要性(部門閉鎖など)」の3つに大別されます。

能力や行動を理由とする場合、解雇通知の前に必ず従業員に対して書面で弁明の機会(Right to Defense)を与えなければなりません。この手続を欠いた解雇は、理由の正当性にかかわらず無効と判断されます。

業績不良による解雇の厳格な要件

「能力不足」や「業績不良」を理由とした解雇について、最高裁判所(Yargıtay)は非常に高いハードルを設けています。単に目標未達であるだけでは解雇理由として不十分であり、客観的で具体的な評価基準が事前に周知されていること、業績不良が継続的であること、改善のための教育やトレーニングが提供されたこと、そして配置転換など解雇回避努力がなされたかどうかが審査されます。

退職金(Severance Pay)

トルコの退職金は、勤続1年以上の従業員が解雇された場合(懲戒解雇を除く)や、正当な理由で辞職した場合などに支払義務が生じる法的権利です。計算式は「勤続年数 × 直近の月給(総支給額)」ですが、支給額には法定の上限があります。

2025年後半(7月〜12月)における退職金上限額は 53,919.68 トルコリラ(TRY) です。従業員の給与がどれだけ高くても、雇用主はこの上限額に基づいて退職金を計算・支給すれば足ります。

トルコにおける事業譲渡と従業員の権利

M&Aや組織再編に伴う事業譲渡(Transfer of Workplace)において、トルコでは労働法と商法の間で法解釈上の重要な論点が存在します。労働法第6条は、事業譲渡において雇用契約は全ての権利義務を含めて自動的に譲受人(新雇用主)に承継されるとし、従業員に承継を拒否する権利を明示的には認めていません。しかし、トルコ商法(Turkish Commercial Code)第178条は、合併、分割、事業譲渡に際して、従業員が承継に「異議を申し立てる権利(Right to Object)」を認めています。

この法的齟齬について、近年の実務では「商法第178条が優先される」との解釈が有力です。すなわち、従業員が異議を申し立てた場合、雇用契約は法定通知期間の経過をもって終了します。この際、異議申立てによる終了が退職金支給の対象となるか否かが争点となりますが、組織再編による労働条件の変更を伴う場合は「正当な理由ある終了」に準じるとされ、退職金の支払いが求められるリスクがあります。M&Aのデューデリジェンスにおいては、キーパーソンの離脱リスクとしてこの点を評価する必要があります。

トルコの紛争解決:調停前置主義

労働紛争が発生した場合、直ちに訴訟を提起することはできません。2018年に施行された労働裁判所法(Law No. 7036)により、金銭請求や復職請求の訴訟を提起する前に、調停(Mandatory Mediation)を経ることが義務付けられました。

調停手続において合意に至れば、その合意書は判決と同等の効力を持ちます。調停が不調に終わった場合に限り、労働裁判所への提訴が可能となります。統計的には多くの紛争が調停段階で解決しており、日本企業としても、早期解決のための重要なツールとして調停制度を積極的に活用することが推奨されます。

まとめ

トルコにおける労働法務は、労働者保護を基調とした厳格な法規制と、インフレ等の経済情勢を反映した頻繁な基準改定が特徴です。特に、解雇における正当事由の立証と手続の厳格さ(復職リスク)、年間270時間という絶対的な残業上限、退職金の法的強制力と上限額の改定、そして事業譲渡時における従業員の異議申立権といった点は、日本企業が現地運営を行う上で看過できないリスク要因です。

モノリス法律事務所では、トルコ法規制の最新動向を踏まえたサポートをいたします。進出時の契約書作成から、日常的な労務管理、万が一の紛争解決に至るまで、貴社のビジネスを法的に支えるパートナーとしてお力になれれば幸いです。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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