ロシアの資金決済法を弁護士が解説

ロシア連邦(以下、ロシア)の資金決済法制は、2022年のウクライナ侵攻以降に西側諸国から科されたかつてない規模の経済制裁を背景として、その基本理念と構造において歴史的な大転換を遂げています。かつてロシア中央銀行は、暗号資産(仮想通貨)が金融ピラミッドの兆候を示しており国家の金融安定を脅かすとして、国内での取引やマイニングの全面禁止を強硬に主張していました。しかしながら、国際銀行間通信協会(SWIFT)からの主要銀行の排除や米ドルおよびユーロによる決済網からの実質的な分断という現実に直面し、同国は国家の金融主権を維持しつつ国際貿易の決済フローを確保するための戦略的ツールとして、デジタル資産を全面的に活用する方向へと舵を切りました。
2024年から2026年にかけて段階的に施行される一連の新法は、国際決済における暗号資産利用の合法化、中央銀行デジタル通貨(CBDC)である「デジタルルーブル」の本格運用と企業への受け入れ義務化、そして暗号資産取引所に対する厳格なライセンス要件の導入を中核としています。これらの法整備は、単なる最新技術の導入という枠を超え、制裁下における国家の生存戦略そのものであると評価できます。
本記事では、ロシアでビジネス展開を検討、あるいは既存のビジネスの維持や撤退を模索されている日本企業の経営者および法務担当者の皆様に向けて、激変するロシアの資金決済法およびデジタル資産関連法の最新状況を網羅的に解説します。日本の資金決済に関する法律(資金決済法)が目指す利用者保護やマネーロンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)といった国際調和の理念とは対極にある、ロシア特有の「制裁回避と国家統制の両立」という法目的の根本的な違いに焦点を当てます。
記事全体の要点として、同国は対外的な制裁網の突破口として暗号資産やデジタル金融資産(DFA)を積極的に活用する一方で、国内においては法定通貨ルーブルの地位を死守するために暗号資産による決済を厳しく禁じ、デジタルルーブルを通じた国民の金融取引の完全な監視体制の構築を目指しているという二面性が明確に存在します。さらに、ベルギーの証券決済機関ユーロクリアを相手取ったモスクワ仲裁裁判所での巨額の資産凍結解除訴訟など、金融法を武器とした国際的な対抗措置の動向についても詳解し、日本企業が直面しうる法的リスクの全容を浮き彫りにします。
この記事の目次
ロシアにおける資金決済法制の変遷と制裁下のパラダイムシフト
ロシアにおける資金決済およびデジタル資産に関する法律の変遷は、同国が直面した地政学的な危機と密接に連動しています。2020年に制定された「デジタル金融資産、デジタル通貨およびロシアの特定の法律の改正に関する連邦法」(連邦法第259-FZ号)は、ロシアにおけるデジタル資産規制の最初の本格的な枠組みでした。この法律が施行された当初、デジタル通貨(暗号資産)は財産としては認められたものの、ロシアの居住者が財やサービスの対価としてこれを利用することは固く禁じられていました。当時のロシア中央銀行は、分散型台帳技術に基づく暗号資産が国家の金融統制を脱法する手段となることを強く警戒しており、その利用に対して極めて否定的な見解を示していました。
しかし、2022年のウクライナ侵攻を契機とする欧米諸国からの包括的な経済制裁は、この法的パラダイムを完全に破壊しました。西側諸国の金融システムからの排除により、伝統的な為替取引やクロスボーダー決済が機能不全に陥った結果、ロシア政府および中央銀行は、かつては危険視していた暗号資産を「代替的な決済手段」として公式に組み込む決定を下さざるを得なくなりました。国家の存続を賭けた金融主権の防衛という観点から、法制は技術革新の受容ではなく、国家的な危機管理と地政学的な対抗措置を主眼に置いたものへと変貌を遂げたのです。この一連の動きから、ロシアの法整備は単なる経済政策ではなく、西側諸国の制裁に対抗するための国家ぐるみのサバイバル戦略に他ならないということが言えるでしょう。
ロシアの国際貿易および対外決済における暗号資産利用の合法化

2024年8月8日、ウラジーミル・プーチン大統領は、国際貿易の決済において暗号資産の使用を合法化する連邦法(第223-FZ号)に署名し、同法は2024年9月1日より施行されました。この法改正は、輸出入企業が国際貿易において暗号資産を決済手段として利用することを法的に認めるものであり、ロシアの資金決済法制において最も画期的な転換点となりました。
この制度の中核となるのが、中央銀行が主導して設定する「実験的法的枠組み(Experimental Legal Regime:ELR)」です。連邦法第258-FZ号に基づくこの枠組みの下では、特定の要件を満たした承認済みの企業やマイニング事業者に限り、海外の取引先との間で暗号資産を用いた代金決済を行うことが許可されます。中央銀行は財務省、連邦保安庁(FSB)、および連邦金融監視局(ロスフィンモニタリング)と連携し、この実験的枠組みに参加する適格な事業者の選定、取引額の上限、ならびに指定された決済インフラの運用条件を厳格に管理しています。この枠組みにより、ロシア企業は米ドルやユーロといった伝統的な法定通貨を経由することなく、制裁下においてもエネルギーやコモディティの取引を継続することが可能となります。
日本の資金決済法との比較分析
この国際決済における暗号資産の利用に関して、日本の資金決済に関する法律および外国為替及び外国貿易法(外為法)の枠組みとは、その目的と運用において決定的な違いが存在します。日本の法制度は、利用者保護、市場の健全性確保、そしてマネーロンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)という金融活動作業部会(FATF)の国際基準の遵守を絶対的な主眼としています。日本では、金融庁の登録を受けた暗号資産交換業者が厳格な「トラベルルール」に従い、取引の送受人に関する情報を正確に記録・共有することで、国内外を問わず適法かつ透明性の高い取引環境を提供することが義務付けられています。
一方、ロシアの新たな連邦法第223-FZ号に基づく枠組みは、本質的に西側諸国の制裁網や金融追跡システムを意図的に回避し、非対称な国際送金ルートを確立することを直接的な目的として法制化されています。日本が国際的な金融秩序の維持と透明性の向上を目指して法律を整備しているのに対し、ロシアは既存の国際金融秩序から逸脱するための手段として法律を整備しているということが言えるでしょう。日本企業が第三国を経由してロシアの事業者と取引を行う場合、知らず知らずのうちにこのロシア独自の実験的法的枠組みに巻き込まれ、結果として米国やEUの二次的制裁(セカンダリーサンクション)の対象となる法的リスクが極めて高まっている点に最大限の警戒が必要です。
ロシア国内決済における暗号資産の全面禁止と法定通貨の保護
対外的な決済において暗号資産の利用が積極的に推進される一方で、ロシア国内の市場においては、暗号資産を用いた財やサービスの決済が極めて厳しく禁止されています。2021年に施行された連邦法第259-FZ号第14条において、ロシアの居住者がルーブル以外の代替通貨を用いて国内で決済を行うことは既に禁じられていましたが、新たな法案ではこの禁止措置と罰則がさらに強化されています。
金融当局および法務省が提案した新たな行政罰の枠組みによれば、国内で暗号資産を決済手段として利用した個人には10万から20万ルーブル、法人には最大100万ルーブル(約1万2000ドル相当)の罰金が科される見込みです。さらに重大な点として、決済に用いられた暗号資産自体が「不法に使用されたデジタル通貨」として国家によって没収される仕組みが刑事手続きおよび行政手続きに導入されています。ロシア中央銀行は、国家の法定通貨であるルーブルの地位を脅かすいかなる代替通貨の国内流通も容認しない姿勢を明確にしており、これは「通貨主権の絶対的防衛」という確固たる国家意思の表れです。
国内決済における日本法との相違点
国内決済の扱いについては、日本の資金決済法との間に明確なコントラストが見られます。日本においては、資金決済法第2条第5項において、暗号資産は「代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができる財産的価値」として法律上明確に定義されています。この法的裏付けにより、日本国内の一部の家電量販店やEコマースサイトなどの小売店において、消費者がビットコイン等を用いて合法的に商品を購入することが実務上も可能となっています。
日本法が暗号資産を法定通貨を補完する新たな決済手段の選択肢の一つとして広く許容し、イノベーションと消費者利便性の向上を図っているのに対し、ロシアでは法定通貨の独占的地位を守るための徹底した排除が行われています。ロシアの法体系は、国内向けには「統制と排除」、対外向けには「制裁回避ツールとしての活用」という、極端な「二重基準(ダブルスタンダード)」によって構築されているということが言えるでしょう。
ロシアにおける暗号資産取引とマイニングに関する包括的規制

ロシア政府は、2026年7月1日を期限として、国内の暗号資産市場を完全に国家の監視と統制の下に置くための包括的な新法を施行する予定です。これまでグレーゾーンで運営されてきた無登録の取引所や仲介業者は、この期限までにロシア国内法に基づく厳格なライセンスを取得するか、事業を完全に閉鎖しなければなりません。2027年7月1日以降、無登録で事業を継続した場合や海外の未登録取引所を利用した場合には、不法な銀行業務と同等とみなされ、最大7年の懲役刑を含む重い刑事罰の対象となります。
投資家保護を名目とした厳格な取引制限と監視
新たな規制枠組みでは、投資家を「適格投資家」と「非適格投資家」に明確に区分し、法律によって直接的な取引制限を設けています。特別な金融知識や資産基準を持たない一般の非適格投資家は、事前のリスク認識テストに合格した上で、年間30万ルーブル(約4000ドル程度)までしか暗号資産を購入することができません。また、購入対象となる銘柄も、ビットコインやイーサリアムなど中央銀行が認めた流動性の高い少数のトークンに限定される見通しです。
一方、高所得や一定の資産基準を満たす適格投資家に対しては購入額の法定上限は設けられませんが、モネロ(Monero)やジーキャッシュ(Zcash)のような、取引履歴の追跡が困難なプライバシーコインの購入は両者ともに例外なく禁止されます。
事業者への厳格な要件と本人確認(KYC)の徹底
暗号資産交換業者としてロシア法に基づくライセンスを取得するためには、デジタル通貨組織としての正式な登録に加え、月間350万ルーブル以上の取引高を維持することや、大規模な資本準備金を保有することが義務付けられます。さらに、すべての利用者のアカウントは実際の身元情報(ID)と紐付けられ、10万ルーブル(約1300ドル)を超えるすべての送金取引について、事業者は中央銀行および連邦金融監視局(ロスフィンモニタリング)に詳細な情報開示と報告を行う法的義務を負います。
日本の資金決済法や金融商品取引法においても、暗号資産交換業者に対する登録制や厳格な本人確認(KYC)、顧客資産の分別管理義務が課されています。しかし、日本法においては、一般の個人投資家に対する法令上の「年間購入額の絶対的な制限(例えば年間30万円までといった一律の規制)」は存在せず、取引の可否や限度額は各業者の自主的な審査基準に委ねられています。また、事業者の月間取引高の最低ノルマのような要件も存在しません。ロシアの規制は、投資家保護を大義名分としつつも、実態としては国民の資本逃避(キャピタルフライト)の防止と、国家機関による個人の金融取引の完全な監視という目的が極めて強く反映された内容となっています。
| 比較項目 | 日本(資金決済法・金融商品取引法等) | ロシア(連邦法第259-FZ号・今後の新法等) |
| 暗号資産の国内決済利用 | 合法(「財産的価値」として決済手段に利用可能) | 全面禁止(違反時は罰金および資産没収) |
| 一般投資家の購入上限 | 法令による一律の金額上限はなし(各業者の審査) | 非適格投資家は年間30万ルーブルに厳格に制限 |
| 国際貿易における利用 | トラベルルール等のAML/CFT規制を遵守の上で可能 | 制裁回避を目的とした実験的法的枠組み(ELR)の下で推進 |
| ライセンス制と報告義務 | 金融庁への登録制、疑わしい取引の届出義務 | 月間350万ルーブル超の取引要件、10万ルーブル超の全取引報告 |
| プライバシーコインの扱い | 業界自主規制等により実質的に取り扱い困難 | 法律により明示的に取引禁止 |
マイニング産業の国家管理と法制化
世界有数のエネルギー資源を背景に、マイニング産業の育成もロシアの国家戦略および法整備の重要な柱に組み込まれました。2024年8月に署名され11月に発効した連邦法第221-FZ号により、法人および個人事業主による暗号資産のマイニングは正式に合法的な事業活動として認められました。しかし、この合法化は国家の完全な管理下で行われることを条件としています。マイニング事業者は、デジタル発展・通信・マスコミ省が管理する特別な国家登録簿への登録が必須となりました。
また、政府は特定の地域における電力網の過負荷を防ぐため、地域ごとのマイニング活動を制限または禁止する強力な権限を法律上保持しています。無許可でのマイニングや、盗電を伴う違法なマイニング活動に対してはロシア連邦刑法が改正され、最大で150万ルーブルの罰金や強制労働、悪質な組織犯罪や大規模な利益(350万ルーブル以上)を得る行為に対しては最大5年の懲役という非常に厳しい刑事罰が適用されることになりました。
日本においてはマイニング自体を直接的に規制・禁止する特段の法律は存在せず、一般的な事業活動として扱われている点と比較すると、ロシアがいかにマイニングを国家の資源管理と直結した特権的な事業として捉えているかが分かります。
ロシアのデジタルルーブル(中央銀行デジタル通貨)本格導入
対外的な暗号資産の活用と並行して、ロシア国内における国家の金融統制を完成させるための最大の法的プロジェクトが、中央銀行デジタル通貨(CBDC)である「デジタルルーブル」の導入です。ロシア中央銀行は数年にわたる実証実験を経て、2025年7月ごろから大規模な運用を開始し、2026年9月1日を皮切りに段階的な利用義務化を実施する連邦法を成立させました。
この法案の最も注目すべき点は、金融機関および民間企業に対する強力な法的強制力です。連邦法に基づき、以下の段階的なスケジュールでデジタルルーブルの受け入れが義務付けられます。
| 施行時期 | 対象となる金融機関および企業 | 義務の内容 |
| 2026年9月1日 | システム上重要な主要銀行 前年度の年間売上高が1億2000万ルーブルを超える企業 | 銀行は顧客に口座と決済機能を提供。 企業は国家の統一QRコードを通じた支払いの受け入れを義務化。 |
| 2027年9月1日 | ユニバーサルライセンスを持つ全銀行 年間売上高が3000万ルーブルを超える企業 | 同上(対象規模の拡大) |
| 2028年9月1日 | その他の全銀行 年間売上高が500万ルーブルを超える全企業 | 同上(小規模事業者を除くほぼ全ての企業へ適用) |
デジタルルーブルは、既存の現金や銀行預金に次ぐ「第三の通貨形態」として法律上位置づけられており、利用者の口座は民間の商業銀行ではなく、ロシア中央銀行のプラットフォーム上に直接開設されます。個人がデジタルルーブルを利用するにあたっては、国家の統一認証システム(ESIA)への登録と、指定窓口での対面による電子署名キーの取得が義務付けられており、匿名性は完全に排除されています。これにより、個人の金融行動や資金の流れは極めて高い解像度で国家によって追跡・監視可能となります。ロシア政府は2030年までに、国内の小売決済の45%、企業間決済の25%をデジタルルーブルに移行させるという野心的な国家目標を掲げています。
日本においては、日本銀行がCBDC(デジタル円)に関する概念実証やパイロット実験を行っているものの、その本格的な導入判断には至っておらず、ましてや民間企業に対して決済の受け入れを法律で強制するような枠組みは一切存在しません。ロシアのデジタルルーブル法制は、国家によるトップダウン型のデジタル経済への強制的な移行プロセスの典型例であり、ロシア国内で事業を展開する日本企業(特に売上高基準を満たす現地法人)にとっては、決済システムの改修やコンプライアンス対応という重い法的義務が課されることになります。
ロシアのデジタル金融資産(DFA)とステーブルコインの法的性質

ロシアの法律においては、暗号資産(仮想通貨)とは明確に区別される概念として、同国独自の「デジタル金融資産(DFA)」が存在します。連邦法第259-FZ号において、DFAは、ブロックチェーン等の分散型台帳技術を用いて発行されるトークン化された資産であり、金銭債権や非公開株式会社の株式に対する権利、現物資産の裏付けを持つデジタル権利を含むものと定義されています。
日本の法律との比較において理解すべき最も重要な違いは、「発行主体の有無」と「債務の性質」です。ロシア法上、暗号資産(デジタル通貨)は特定の発行者を持たず、誰に対しても法的な債務を負う者が存在しない電子データとして定義されます。これに対し、DFAはロシア国内の法令に基づいて承認された明確な発行体が存在し、その発行体が投資家に対して明確な債務(金銭的請求権等)を負うという点で大きく異なります。
DFA市場は、中央銀行の強力な法整備と推進もあり爆発的な成長を遂げています。最大手銀行であるズベルバンク(Sberbank)などの承認済み情報システム運営者を通じて、2025年には発行残高が前年比で数倍に拡大し、数千億ルーブル規模に達しました。DFAは当初、国内法において決済手段としての利用が厳しく禁じられていましたが、新たな法整備によってB2B(企業間)の国際決済ツールとして、また制裁を回避するための手段として公式に認められ、その活用領域が大きく広がっています。
日本の法制度においてこれに類似する動きとして、2023年に施行された改正資金決済法における「電子決済手段(ステーブルコイン)」の枠組みや、金融商品取引法に基づく「電子記録移転有価証券表示権利等(セキュリティトークン)」が挙げられます。日本法では、法定通貨の価値と連動し、代価の弁済に使用できる電子決済手段の発行者や仲介者に対する厳格な登録制と信託保全等の規制を設けることで、金融システムの安定と利用者保護を図っています。両国ともにブロックチェーン技術を伝統的な金融システムに統合しようとする試みは共通していますが、ロシアのDFAは、単なる決済手段を超えて、アート作品からパラジウムなどの貴金属に至るまでのあらゆる実物資産のトークン化(RWA)を通じた資本調達の手段として、制裁下における国内金融市場の流動性枯渇を補う役割を担っているということが言えるでしょう。
暗号資産の財産的価値と所有権に関するロシア憲法裁判所の判決
法整備が急速に進む中、ロシアの司法の場においても暗号資産の法的地位に関する画期的な判断が下されています。特筆すべきは、暗号資産を財産権の客体として保護すべきか否かについて争われた、ロシア憲法裁判所による2024年末から2025年にかけての判決です。
この事件は、モスクワ在住のドミトリー・ティムチェンコ氏が、匿名の借り手に対して米ドルに連動するステーブルコインであるUSDTを1000ドル分貸し付けたものの、合意した返済期日を過ぎても返還されなかったため、財産権の保護と返還を求めて提訴した民事訴訟(ティムチェンコ事件)に端を発します。第一審および控訴審などの下級審裁判所は、暗号資産の取引に関して税務当局など政府機関への適切な所有権の申告が行われていなかったことや、連邦法上ステーブルコインがDFAに該当するかデジタル通貨に該当するかの位置づけが不明確であることを理由に、USDTは民法上の保護の対象外であるとして原告の訴えを退けました。
しかし、その後の審理においてロシア憲法裁判所は下級審の判断を根底から覆し、極めて重大な法的見解を示しました。同裁判所は、暗号資産(デジタル通貨やステーブルコイン)はそのデジタルな形態にかかわらず明確な経済的価値を有し、実際の市民間の取引において流通している以上、その法的な所有から生じる財産権が、政府への手続き的な報告漏れなどを理由として恣意的に司法の保護から除外されてはならないと判示しました。この判決に関する詳細な報道は、法務関連ニュースサイトで確認することができます。
日本においても、暗号資産は資金決済法によって財産的価値として定義されており、過去の取引所の破綻事件(マウントゴックス事件など)の裁判等において、暗号資産そのものの物権的な返還請求権は否定されたものの、破産債権としての財産的価値や損害賠償請求権は法的に保護されてきました。ロシアにおけるこの憲法裁判所の判決は、長らく続いた司法の形式主義的なアプローチを排斥し、暗号資産を正当な「財産」として法的に認知する重要な判例となりました。これにより、2026年からの包括的な暗号資産規制の施行を前に、市場参加者の権利保護に関する予見可能性が高まり、ロシアのデジタル資産分野がより制度化された方向へ発展するための重要な法的基盤が形成されたということが言えるでしょう。
西側諸国による資産凍結に対するロシアの金融法的な対抗措置

本件テーマにおける法の運用は、ロシア国内の資金決済の規制にとどまらず、海外に存在する自国資産の防衛という国際的な法的闘争にも直結しています。2022年のウクライナ侵攻直後、欧州連合(EU)やG7諸国は、ロシア中央銀行が海外に保有する約3000億ドル相当の外貨準備金や資産を凍結しました。このうちの大部分である約2000億ユーロ(約18兆2000億ルーブル)が、ベルギーに本拠を置く欧州最大の証券決済機関であるユーロクリア(Euroclear)の口座で身動きが取れない状態に置かれています。
欧米諸国がこの凍結資産から生じる巨額の運用益を、ウクライナへの軍事支援や復興資金の担保として合法的に活用するための法整備を進める中、ロシア中央銀行はこれを「強盗」であり国際法違反であると強く非難し、自国の金融法と司法システムを武器とした強力な対抗措置に打って出ました。
ロシア中央銀行対ユーロクリア訴訟(モスクワ仲裁裁判所)
2025年12月、ロシア中央銀行はユーロクリアを相手取り、資産の不法な凍結による損害賠償や逸失利益を含む約2000億ユーロ(約2320億ドル)という前例のない巨額の支払いを求める訴訟を、自国のモスクワ仲裁裁判所に提起しました。2026年1月16日に開かれた予備審問において、中央銀行側は、本件において証拠として提出される書類がSWIFT(国際銀行間通信協会)の明細書などの一次文書であり、これらは司法の慣行上およびロシア仲裁手続法において厳格に保護される「銀行の秘密(バンキング・シークレット)」に該当すると主張しました。
担当するアンナ・ペトルヒナ(Anna Petrukhina)裁判官はこの主張を認め、訴訟額の桁外れな規模も考慮し、ユーロクリア側の却下要求を退けた上で、以後のすべての審理を非公開(密室)で行うことを決定しました。その後、次回の審理は2026年3月4日に設定され、審理が継続しています。この訴訟に関する公式な報道は、ロシアの主要通信社であるインタファクス通信のウェブサイトで確認することができます。
モスクワ仲裁裁判所での訴訟でロシア中央銀行が勝訴の判決を得た場合、ロシア政府はその判決を法的な根拠として、中国、アラブ首長国連邦(UAE)、カザフスタンといった、西側諸国の制裁に参加していない友好的な第三国に存在するユーロクリアの現地資産を差し押さえるという、極めて攻撃的な法的アクションを起こす可能性が高いと法務専門家から指摘されています。
欧州司法裁判所への提訴による法廷闘争
さらに、ロシア中央銀行はモスクワでの訴訟と並行して、2026年2月27日付でルクセンブルクに拠点を置く欧州連合一般裁判所(General Court of the European Union)に対しても正式に訴訟を提起しました。この訴訟は、EU理事会が2025年12月12日に採択した、ロシアの主権資産を無期限に凍結するという決定規則の無効化を真っ向から求めるものです。中央銀行の訴状によれば、EUの決定が全会一致ではなく特定多数決で採択されたことによる重大な手続き上の瑕疵が存在すると指摘しています。それに加え、この措置が財産権の不可侵性や司法へのアクセス権、そして国際法上の大原則である「国家主権免除(主権免除の原則)」を著しく侵害していると法的に主張しています。
これらの同時多発的な訴訟から、同国が西側諸国による経済制裁を単なる政治的圧力として受け入れるのではなく、国際法および国内法を総動員して、国家の資産と決済インフラを死守しようとする執念が読み取れます。日本企業にとっても、ユーロクリア等の国際決済インフラがロシアの法的報復の対象となるリスクは、グローバルな資金決済網全体に予測不可能な波及効果をもたらす可能性があるため、その動向を注視することが不可欠です。
まとめ
以上が、ロシアにおける資金決済法およびデジタル資産関連法制の最新動向と、日本法との比較に基づく詳細な解説です。2025年から2026年にかけて段階的に施行される一連の法規制は、制裁回避を目的とした国際貿易における暗号資産の実験的な合法化、国内の法定通貨防衛を目的とした徹底的な暗号資産決済の禁止、厳しい上限と厳格なKYCを伴う取引所への包括的規制、そして国家による金融監視網の完成を意味するデジタルルーブル(CBDC)の企業への強制的な導入など、極めて統制的な性質を帯びています。
日本の資金決済法が目指す利用者保護やマネーロンダリング対策といった国際協調の理念とは根本的に異なり、国家の生存戦略と地政学的な対抗措置という政治的目的が法体系の根幹に据えられている点が最大の特徴です。さらに、司法の場においても暗号資産の財産権保護が進むと同時に、ユーロクリアを相手取った未曾有の巨額訴訟が展開されるなど、現地の法的リスクは極めて複雑かつ流動的です。
ロシアでの事業展開、あるいは既存ビジネスの維持・撤退を検討される日本企業におかれましては、日本の外為法や欧米の経済制裁法規との抵触リスク(二次的制裁リスク)を慎重に評価しつつ、日刻々と変化する現地の最新法令や司法判断を的確に把握することが不可避となります。モノリス法律事務所では、国際的な法務コンプライアンスの対応や、複雑な現地法規制とクライアント企業のビジネスモデルとの適合性評価など、企業の皆様が直面する高度な法的課題に対して、実務に即した的確なリーガルサポートを提供いたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































