弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

アメリカ合衆国のSPACに関する2024年1月24日採択の最終規則の解説

2020年から2021年にかけて、アメリカ合衆国(以下「米国」)の金融市場では、SPAC(特別買収目的会社)による上場が空前のブームとなりました。これは、特に宇宙旅行や電気自動車などの革新的な産業における未公開企業が、従来のIPO(新規株式公開)よりも迅速に上場できるルートとして注目を集めたためです。しかし、この熱狂的なブームの陰で、一部のSPAC取引における投資家保護の不備、情報格差、そして利益相反の懸念が顕在化しました。

こうした背景のもと、米国証券取引委員会(SEC)は2024年1月24日、投資家保護を強化し、SPAC取引を従来のIPOに準じた厳格な規制の枠組みに移行させるための最終規則(「Special Purpose Acquisition Companies, Shell Companies, and Projections」、最終規則リリースNo.33-11265)を採択しました。

本記事では、この新規則がもたらす最も重要な変更点、すなわち「将来予測に関する法的責任の増大」、「共同登録者の義務化」、「スポンサーの利益相反・報酬に関する透明性の向上」について解説します。

SPAC上場と規制強化の背景

SPAC上場の概要

前提として、SPAC(Special Purpose Acquisition Company)は、特定の事業を持たず、未公開企業との合併や買収を目的に、「スポンサー」と呼ばれるプロの経営陣や投資家チームによって設立される「ブランク・チェック・カンパニー(Blank Check Company)」です。そして、SPAC自体がIPOを行い、公衆から資金を調達した後、通常18〜24ヶ月以内にターゲットとなる企業を探し、合併を完了させます。これがいわゆるSPAC上場です。

ブームとその終焉

2020年および2021年第1四半期には、米国市場におけるIPOの過半数をSPACが占めるほどの熱狂的なブームが起こりました。この時期、SPACは未公開企業が公開市場へ参入する主要な手段となり、アメリカでは、有名人がSPACのスポンサーに就任するなど、個人投資家の投機的な関心を強く惹きつける状況が見られました。しかし、ブームの熱が冷めると、多くのde-SPAC(SPACと買収対象企業との合併)後の株価は低迷し、投資家は多大な損失を被る結果となりました。

この時期に顕在化した投資家保護上の課題は多岐にわたります。まず、従来のIPOでは許容されないほど楽観的な将来の収益見通し(プロジェクション)が、SPAC取引では積極的に提示されることが一般的でした。これは、将来の企業価値を正当化し、投資家を惹きつけるために活用された手法です。また、SPACのスポンサーは、わずかな費用で大量の株式(プロモート株)を取得しており、買収期限が迫る中で投資家にとって必ずしも最良ではない取引が成立する可能性があるとの懸念が指摘されました。さらに、公募株式の買戻し(redemption)やワラント、PIPE(Public Investment in Private Equity)ファイナンスなどにより、合併後の株式価値が大きく希釈化されるリスクも問題視されました。

SECが最終規則を採択する以前から、市場はすでにSPACのブームは持続可能ではないと認識されており、新規SPAC上場はほぼ停止していました。今回の新規則は、このような市場の自浄作用を後押しし、これまでも非公式なベストプラクティスとして行われていた開示の改善を、法的義務として標準化・強化する性質があるものです。

PSLRAセーフハーバーの排除

PSLRAセーフハーバーの排除

従来のSPAC取引では、1995年の米国証券訴訟改革法(Private Securities Litigation Reform Act of 1995:PSLRA)が定める、将来予測に関する免責規定(セーフハーバー)が適用されることが、従来のIPOに対する大きな優位性の一つと見なされていました。この規定は、悪意や欺瞞の意図がない限り、将来予測が外れたことによる訴訟リスクから企業を保護するものであり、SPACが楽観的なプロジェクションを積極的に開示する根拠となっていました。

新規則は、このPSLRAのセーフハーバーをSPACには適用しないことを明確化しました。具体的には、PSLRAにおける「ブランク・チェック・カンパニー」の定義を修正し、SPACもその中に含めることで、この免責規定の適用を排除しています。

すなわち、新規則は、1995年の米国証券訴訟改革法(PSLRA)の適用に関して、「ブランク・チェック・カンパニー」の定義を修正するものでもあり、その結果、SPACおよび特定の他のブランク・チェック・カンパニーによる提出書類における将来予測、例えばプロジェクションに関するセーフハーバーは利用できなくなります。これにより、de-SPAC取引におけるプロジェクションの扱いは、通常のIPOと同じとなります。

この変更は、SPACにおける将来予測に関する法的責任のあり方を根本的に変えるものです。従来は、予測が外れても訴訟リスクが限定的だったのに対し、新規則の下では、将来予測の作成者(ターゲット企業とスポンサー)は、その内容について厳格な法的責任を負うことになります。

このような責任の増大は、無責任で根拠に乏しい楽観的予測を抑制する強力なインセンティブとなります。これにより、より現実的で、確固たる事業計画と安定した収益基盤を持つ企業のみが、将来予測を公開して上場を試みるようになることが期待されます。結果として、SPAC上場は「夢物語」を売る手法から、より堅実な企業に限定されるルートへと変貌していくと言えるでしょう。  

「共同登録者」の義務化がもたらす責任範囲の拡大

新規則のもう一つの重要な変更点は、de-SPAC取引において、買収対象となるターゲット企業をSPACと「共同登録者(Co-registrant)」と定義したことです。これは、SECが新たに設けた規則(Rule 145a)に基づいています。

すなわち、Rule 145aは、報告義務のあるシェル・カンパニー(SPACを含む)が非シェル・カンパニーと行うあらゆる直接的または間接的な事業統合が、証券法第2(a)(3)条の意味における「オファー、売却のオファー、販売のオファー、または販売」に関わるものとみなされることを規定しています。

この定義により、ターゲット企業の取締役および役員は、合併に関する登録届出書(Form S-4やForm F-4)に署名することが義務付けられ、その内容の虚偽記載または不実記載に対して、SPAC側の役員と同様に、米国証券法第11条に基づく厳格な法的責任を負うことになります。

de-SPAC取引は、形式的には合併であるものの、その実態は未公開企業が公開市場に参入する「実質的なIPO」です。今回の共同登録者の義務化は、この実態を法的にも追認し、ターゲット企業側に対して、従来のIPOと同様の責任の枠組みを適用するものです。これにより、ターゲット企業側が「SPACを通じた上場だから、従来のIPOほどの法的責任は負わない」と考えることは、もはやできなくなりました。  

共同登録者の義務化は、ターゲット企業側のデューデリジェンス(事業内容や財務の適正評価)を従来のIPOと同レベルにまで厳格化させることになります。これまでは、スポンサー側のデューデリジェンスが中心となることが多かったのに対し、今後はターゲット企業側も、自身が署名する開示書類の正確性について、より厳格な注意義務を負うことが求められます。これは、取引のプロセスを慎重に進めるよう促す効果があるでしょう。  

スポンサー・経営陣の利益相反・報酬に関する開示の透明化

新規則(Regulation S-K Subpart 1600)は、SPACのIPOおよびde-SPAC取引において、投資家が公正な判断を下すために不可欠な情報の開示を、これまで以上に詳細かつ標準化することを義務付けています。この新規則は、開示要件に関する特定の項目(Item 1600)を定めており、例えば以下のような事項に関する詳細な開示を求めています。

  • SPACスポンサー、その関連会社、およびプロモーターが受け取る、または受け取る予定の報酬の性質と金額
  • SPACスポンサー、その関連会社、またはプロモーターと、公募の購入者との間に存在する可能性のある、実際的または潜在的な重要な利益相反
  • 株式買戻し(redemptions)、スポンサーへの報酬、ワラント、転換証券、PIPEファイナンスなど、投資家の株式価値が希釈化される可能性のあるすべての要因
  • 簡潔な表形式で、SPACスポンサー、その関連会社、およびプロモーターに発行される、または発行される予定の証券の金額と価格

これまでのSPAC取引では、スポンサーやPIPE投資家といった一部の専門家と、一般投資家との間に情報格差が存在していました。今回の新規則は、この情報格差を解消し、誰でも容易にスポンサーのインセンティブ構造や潜在的な希釈化リスクを把握できるようにすることで、公平な市場環境を構築することを目指しています。スポンサーのインセンティブが完全に透明化されることで、その評価は単純な「夢物語」や「有名人」の存在ではなく、より堅実な事業計画や実績に基づいて行われるようになることが考えられます。これにより、SPAC市場全体がより成熟した、ファンダメンタルズに基づく投資判断を促す方向へとシフトしていくことが期待されます。  

日本法との比較

日本法との比較

大前提として、日本には米国のようなSPACを認める制度は存在しません。ただ、日本の新規上場では、東京証券取引所(JPX)が定める「事業計画及び成長可能性に関する事項」を開示することが求められます。日本の金融商品取引法(金商法)では、有価証券届出書における虚偽記載に対して、以下の責任が課されます。まず、金商法第18条は、有価証券届出書に重要な虚偽記載等があった場合、発行会社に無過失責任を課し、投資家は虚偽記載と損害の因果関係を証明する必要がありません。一方、金商法第21条は、提出会社の役員等に、虚偽記載について知らなかったことに過失がないことを証明できない限り、過失責任を負わせます。

米国の旧SPAC制度は、PSLRAセーフハーバーにより将来予測に法的免責を与えていた点で、厳格な無過失責任を課す日本の金商法とは根本的に異なっていました。今回の米国新規則は、この免責を排除することで、SPAC取引における将来予測に対する法的責任を、日本の制度が長年維持してきたレベルに近づけるものと言えるでしょう。

まとめ:SPAC取引については弁護士に相談を

2024年1月24日に採択された米国SPAC最終規則は、単なる開示規制の強化に留まらない、SPAC市場全体を再構築する画期的なものです。この規則は、SPAC取引を従来のIPOに匹敵する厳格な基準へと引き上げ、より堅実で長期的な成長が見込める企業による上場を促すものと言えるでしょう。

特に、将来予測に対する法的責任の増大と、「共同登録者」としてターゲット企業側に直接的な法的責任を課すという変更は、米国の資本市場におけるデューデリジェンスのあり方を根本から変える可能性があります。これは、米国のSPACを通じた上場を検討する日本企業にとっても、理解すべき重要な点です。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。ベンチャー法務に経験と実績を有し、国際ネットワークと連携する法律事務所として、モノリス法律事務所は日本企業によるNASDAQ上場を全面的にサポートいたします。NASDAQ上場支援については、下記記事をご参照ください。

モノリス法律事務所の取扱分野:NASDAQ上場支援

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る