介護業界の専門職を規律する社会福祉士及び介護福祉士法の全体像

社会福祉士及び介護福祉士法(昭和62年法律第30号)は、両資格を国家資格として位置づけ、その専門性の向上を図ることを目的としています。本法が規定する二つの専門職は、それぞれ異なる役割を担っています。
社会福祉士は、専門的知識と技術をもって、身体的・精神的な障害や環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある方の相談に応じ、助言、指導、関係機関との連絡調整などの援助を行います。この業務は一般に「相談援助」と呼ばれます。
介護福祉士は、専門的知識と技術をもって、身体上または精神上の障害により日常生活に支障がある方に対して、入浴、排せつ、食事などの直接的な介護を行い、その方やご家族に介護に関する指導を行う者と定義されています。この業務は「介護等」と称され、社会福祉士の相談援助業務とは明確に区別されています。
両資格とも法律によって名称が保護されており、資格を持たない者がその名称を使用することは厳しく制限されています。本記事では、これらの資格を持つ専門職を規律する社会福祉士及び介護福祉士法の全体像について解説します。
この記事の目次
社会福祉士・介護福祉士の資格取得ルートの変遷
社会福祉士及び介護福祉士の資格は、国家試験に合格し、所定の登録手続きを完了することで取得できます。特に、介護福祉士の資格取得方法は、近年大きな変革を遂げました。
かつての制度では、養成施設を卒業するだけで介護福祉士の資格を取得できるルートが存在していました。しかし、平成19年の法改正を契機に、すべての受験者が「一定の教育プロセスを経た後に国家試験を受験」する仕組みへと一元化が図られました。
この制度変更の背景には、介護サービスの質の均一化と専門性の担保という明確な目的があります。改正前の制度では、養成施設ルートが国家試験なしで資格を取得できたため、国家試験が必須の実務経験者ルートとの間で、知識・技能水準に乖離が生じる可能性がありました。国家試験を義務化することで、全国の介護福祉士が一定水準以上の専門性を確保することが目指されたのです。
現在、介護福祉士の主な資格取得ルートは以下の通りです。
- 養成施設ルート:2年以上(1,800時間)の養成課程を修了した後、国家試験に合格することが必須です。かつての養成施設での教育時間が1,650時間だったことから、カリキュラムがさらに充実していることがわかります。
- 実務経験ルート:3年以上の実務経験に加え、600時間以上の「実務者研修」の受講が義務付けられました。この研修は、経験年数だけでなく、科学的根拠に基づいた体系的な知識(介護過程、医療的ケア等)を習得することを目的としています。この義務化は、介護の質のばらつきをなくし、専門性を高めるための重要なステップと言えるでしょう。
- 福祉系高校ルート:福祉系高校で3年以上必要な知識・技能を修得した者が対象となります。法改正により、教育内容や教員要件に新たな基準が課され、文部科学大臣及び厚生労働大臣の指導監督を受ける仕組みとなりました。
介護の専門職に課せられる義務と倫理規定

社会福祉士及び介護福祉士法は、専門職としての資格要件だけでなく、資格者が遵守すべき専門職としての責務と倫理規定も定めています。これらの規定は、利用者の保護と、専門職全体の社会的信用を確保するために不可欠なものです。
誠実義務と資質向上の責務
本法第44条の2は、両専門職が「誠実にその業務を行わなければならない」と定める「誠実義務」を規定しています。これは、常に利用者の尊厳を保持し、自立した生活を営むことができるよう、利用者の立場に立って行動することを求めるものです。
また、第47条の2は「資質向上の責務」として、専門職が「社会福祉及び介護を取り巻く環境の変化による業務の内容の変化に適応するため、相談援助又は介護等に関する知識及び技能の向上に努めなければならない」と定めています。これは、専門職が常に自己研鑽を続け、最新の知識と技術を習得することが法的に義務付けられていることを意味します。
秘密保持義務と信用失墜行為の禁止
本法第46条は「秘密保持義務」として、専門職が「正当な理由がなく、その業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならない」と規定しています。この義務は、専門職でなくなった後も同様に課せられるという点で、極めて厳格なものです。利用者の極めて個人的な情報を扱うため、この秘密保持義務は信頼関係の基盤となります。
この秘密保持義務に違反した場合、1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。これは、公務員の守秘義務違反に匹敵する重い罰則であり、専門職としての守秘義務がいかに重要視されているかを示しています。
さらに、第45条では「信用失墜行為の禁止」が定められています。飲酒運転や万引き、交通事故といった個人の行為であっても、それが報道されれば「介護福祉士の〇〇容疑者」という形で専門職全体の信用を損なうため、この規定の対象となり得ます。
介護専門職の特定行為(喀痰吸引等)に関する業務範囲の拡大

社会福祉士及び介護福祉士法は、2011年の改正により、介護職員による「喀痰吸引」や「経管栄養」といった「特定行為」を、一定の条件下で実施することを可能にしました。
法制化の背景
かつて、これらの行為は「医療行為」と見なされ、医師や看護師の指示があっても介護職員が行うことはできませんでした。しかし、在宅や特別支援学校で医療的ケアを必要とする方が増加し、医療職だけでは対応が困難な状況が生まれていました。
この法改正は、単なる医療行為の解禁ではなく、高齢者や障害者が住み慣れた地域で自立した生活を送るための「地域包括ケアシステム」の実現に向けた重要なステップでした。介護福祉士が特定行為を行えるようにすることで、医療機関から在宅・施設へと切れ目のないサービス提供が可能となりました。これは、介護福祉士の役割を「生活支援」から、より広範な「包括的支援」へと進化させたことを意味します。
特定行為研修の制度概要
特定行為は、法改正後も無資格で実施できるわけではありません。都道府県知事が指定する研修機関で「喀痰吸引等研修」を修了し、「認定特定行為業務従事者認定証」の交付を受ける必要があります。この研修は、業務範囲に応じて第1号から第3号までの3種類に分けられています。
以下の表は、各研修の概要をまとめたものです。
研修の種類 | 対象者 | 実施可能行為 |
---|---|---|
第1号研修 | 不特定多数の利用者 | 口腔・鼻腔・気管カニューレ内の喀痰吸引、胃ろう・腸ろう・経鼻による経管栄養の全て |
第2号研修 | 不特定多数の利用者 | 第1号の行為のうち、4行為以下の範囲 |
第3号研修 | 特定の利用者個人 | 当該利用者に必要な行為のみ |
いずれの研修も「基本研修(講義・演習)」と「実地研修」で構成されます。実地研修では、口腔内の喀痰吸引は10回以上、鼻腔内の喀痰吸引は20回以上、胃ろう又は腸ろうによる経管栄養は合わせて20回以上(うち滴下は10回以上)の実施が求められるなど、厳格な要件が定められています。これらの研修制度は、医療的ケアに関する知識と技術が、介護福祉士の専門性に不可欠な要素として位置づけられていることを示しているのです。
介護専門職の違反行為に対する厳格な罰則規定
社会福祉士及び介護福祉士法は、専門職の業務の適正性を担保するため、違反行為に対する厳格な罰則規定を設けています。
欠格事由と登録の取消し
本法は、禁錮以上の刑に処せられた者など、社会福祉士または介護福祉士となることができない「欠格事由」を定めています。資格者が欠格事由に該当した場合や、不正な事実に基づいて登録を受けたことが判明した場合、厚生労働大臣はその登録を取り消すことができます。
また、信用失墜行為や秘密保持義務に違反した場合も、登録の取消しや、期間を定めた名称の使用停止命令が下されることがあります。
罰則の具体的適用例
本法が定める罰則は、専門職が負うべき法的責任の重さを示しています。
- 秘密保持義務違反: 秘密保持義務に違反し、正当な理由なく業務に関して知り得た秘密を漏洩した場合、1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。
- 無資格での名称使用: 資格を持たない者が社会福祉士または介護福祉士の名称を使用した場合、30万円以下の罰金が科せられることがあります。
- 無許可での特定行為業務: 喀痰吸引等業務の登録を受けずに業務を行った場合、30万円以下の罰金が科せられることが定められています。
これらの罰則規定は、専門職の業務が利用者の身体、精神、生活全般に深く関わるため、その行為には高い公共的信頼が伴うという法の認識に基づいています。罰則は、その信頼を損なう行為に対して厳格な法的制裁を課すことで、専門職としての自覚と職業倫理の徹底を促すものです。
まとめ:介護専門職の規定については弁護士に相談を
社会福祉士及び介護福祉士法は、介護業界の専門職のあり方を定義し、その業務の適正性を確保するための重要な法律です。資格取得ルートの変遷から、特定行為の法制化に至るまで、この法律は社会のニーズの変化に合わせ、専門職の知識・技能水準を継続的に引き上げてきました。
専門職に課せられた誠実義務や秘密保持義務は、利用者との間に強固な信頼関係を築くための法的基盤であり、これらの規定を遵守することは、事業所全体のコンプライアンスを徹底する上で不可欠です。また、業務範囲の拡大は、介護専門職の社会的役割をさらに広げ、高度な知識と技術を持つ専門家としての地位を確固たるものにしています。
このように、介護事業の運営には、社会福祉士及び介護福祉士法をはじめとする多岐にわたる法令への深い理解が欠かせません。法令の解釈や、複数の法律にまたがる複雑な問題への対応は、専門的な知見がなければ困難を伴う場合があります。当事務所は、介護事業者の皆様が直面する労務問題、コンプライアンス体制の構築、利用者との契約トラブルなど、様々な法的課題に対し、専門的な観点から的確なサポートを提供します。ご不明な点や、事業運営における法的リスクのご相談がありましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。
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介護事業は、介護保険法や老人福祉法、会社法など、さまざまな法律の規律が張り巡らされた業界です。モノリス法律事務所は、一般社団法人 全国介護事業者連盟や、全国各都道府県の介護事業者の顧問弁護士を務めており、介護事業に関連する法律に関しても豊富なノウハウを有しております。
モノリス法律事務所の取扱分野:介護事業者の法務
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務