弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

老人福祉法と介護保険法、社会福祉士及び介護福祉士法の概要と関係性を解説

急速に進行する日本の高齢化は、介護サービスを社会にとって不可欠なインフラへと変貌させました。しかし、その適正な運営を支える法体系は複雑であり、多岐にわたる法令が相互に影響し合っています。介護事業者やその関係者にとって、この複雑な法体系の全体像を正確に把握することは、円滑な事業運営と法的リスクの回避に不可欠なものと言えるでしょう。

日本の介護事業は、かつての行政主導の「措置制度」を定めた老人福祉法から、社会全体で支える「社会保険方式」を導入した介護保険法へと移行してきました。この二つの法律は現在も相互に補完し合う関係にあり、介護サービスの根幹をなしています。また、サービスの質を担保するために、社会福祉士及び介護福祉士法が専門職の業務範囲を明確に定めているほか、利用者の尊厳を守る高齢者虐待防止法や、意思決定を支援する成年後見制度も重要な役割を担っています。こうした多層的な法体系を理解することは、介護事業者がコンプライアンスを徹底する上で欠かせません。

本記事では、こうした各法令の基本的な役割や相互の関係性など、介護事業者が知っておくべき介護関連法の全体像について解説します。

老人福祉法と介護保険法の変遷

老人福祉法の成立と「措置制度」の目的

日本の高齢者福祉を語る上で、まず言及すべきは1963年(昭和38年)に制定された老人福祉法です。この法律は、老人に関する単独の法律としては世界初の画期的なものであり、社会福祉六法の一つに数えられます。制定当時の日本の社会経済状況において、高齢者を社会的弱者として捉え、公的な扶助によって支える仕組みを築くことを目的としていました。

老人福祉法第1条には、その目的が次のように明記されています。

第1条 この法律は、老人の福祉に関する原理を明らかにするとともに、老人に対し、その心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な措置を講じ、もつて老人の福祉を図ることを目的とする。

老人福祉法

この条文にある「必要な措置を講じ」という部分が、当時の介護サービスの根幹をなす「措置制度」を指しています。措置制度においては、国や地方公共団体が主体となり、高齢者の状況を判断して必要なサービスを一方的に決定し、提供するという、公的扶助の側面が強い仕組みでした。行政がサービスの利用者を特定し、その内容まで決定する仕組みは、高齢者の健康と安定した生活を保障する上で重要な役割を果たしました。

しかし、サービスの内容や提供事業者をすべて行政が決定するため、利用者が自らの意思でサービスを選択する余地は、極めて限られていました。また、高齢者人口の増加に伴い、サービス提供にかかる費用が増大し、自治体の財政を著しく圧迫するという課題も顕在化しました。これらの課題が、後の抜本的な制度改革、すなわち介護保険制度の創設へと繋がっていきます。

介護保険法と「契約制度」の導入

21世紀を迎え、介護を「社会全体で支える」という新しい理念のもと、2000年(平成12年)に介護保険法が施行されました。この法律は、従来の行政主導による「措置制度」から、利用者が自らの意思でサービスを選択し、事業者と対等な立場で契約を結ぶ「契約制度」への大転換を促しました。

介護保険法第1条には、この新しい理念が明確に示されています。

第1条 この法律は、加齢に伴つて生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もつて国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。

介護保険法

この条文は、高齢者の介護を公費と国民一人ひとりが納める保険料で賄うという、社会保険方式の基本構造について明記するものです。介護保険の被保険者は、原則として65歳以上の「第1号被保険者」と、40歳から64歳までの医療保険加入者である「第2号被保険者」に分類されます。第1号被保険者は要介護状態の原因を問わずサービスを利用できますが、第2号被保険者は、がん末期や関節リウマチ、特定疾病が原因で要介護状態となった場合に限定されます。特定疾病には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や後縦靱帯骨化症などが含まれます。

介護保険制度が契約制度に移行したことで、新たな法的課題も生まれました。それは、認知症などにより判断能力が不十分な利用者が、自らサービス契約を結ぶことができないという問題です。そして、この課題を解決するために、利用者の財産管理や契約手続きを支援する成年後見制度が不可欠な存在となります。この両制度が相互に連携して機能するという形です。

現代における両法の役割分担

介護保険制度が主たる介護サービス提供の仕組みとなった現代においても、老人福祉法は役割を終えたわけではありません。両法は、一方の制度が他方の制度を完全に置き換えるのではなく、相互に補完し合う関係にあります。

介護保険制度は「社会保障」の理念に基づいて広範な国民をカバーしますが、介護保険の被保険者でない場合や、介護保険制度の利用が著しく困難な「やむを得ない事由」がある場合において、老人福祉法に基づく「措置」が最後のセーフティネットとして機能します。この「やむを得ない事由」には、虐待やネグレクトを受けている場合、あるいは経済的な理由で生活保護を受給している場合などが含まれます。また、措置の対象者となるには、入院加療を要する病態でないこと、感染症の危険がないことなどの基準を満たす必要があります。老人福祉法に基づく措置は、介護保険の要介護認定を受けていない者であっても、必要に応じて実施されることがあります。

日本の高齢者支援制度は、このように、広範な国民を対象とする普遍的な社会保険と、特定の困難を抱える人々を個別に救済する社会福祉の二本柱で成り立っています。

老人福祉法介護保険法
制度の基本理念社会福祉・措置制度(公助)社会保険・契約制度(互助)
制度の目的高齢者の福祉を図るための措置を講じること  国民の共同連帯に基づき、保険給付を行うこと  
費用負担原則として公費(国や自治体の税金)保険料と公費  
サービスの決定方法行政が決定(行政処分)利用者が自ら選択し、事業者と契約  
現代の主な役割介護保険制度の適用外にある場合の最後のセーフティネット  介護サービスの主要な仕組み  

介護保険法におけるサービスの多様化

介護保険制度は、2000年の施行以降、社会のニーズの変化に合わせて3年ごとに改正が行われてきました。特に2006年の改正では「介護予防」が制度内に組み込まれ、介護予防・地域支え合い事業が創設されました。さらに、一人暮らしの高齢者や認知症の高齢者を身近な地域で支えることを目的として、「地域密着型介護サービス」が新たに創設されました。

介護保険サービスは大きく分けて、自宅でサービスを受ける「居宅サービス」、施設に入所してサービスを受ける「施設サービス」、住み慣れた地域で生活を継続するための「地域密着型サービス」の3つに分類されます。

  • 居宅サービス:訪問介護、訪問入浴介護、訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導、通所介護(デイサービス)、通所リハビリテーション(デイケア)、短期入所生活介護(ショートステイ)、短期入所療養介護など。
  • 施設サービス:介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設、介護医療院など。
  • 地域密着型サービス:小規模多機能型居宅介護、夜間対応型訪問介護、認知症対応型通所介護、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)など。

これらのサービス体系は、利用者の状態や生活環境に応じたきめ細やかな支援を可能にすることを目的としています。

介護サービス提供の基盤を担う専門職

介護サービス提供の基盤を担う専門職

法の目的と専門職の役割

介護サービスの質の向上には、専門的な知識と技術を持つ人材が不可欠です。社会福祉士及び介護福祉士法は、これらの専門職の資格を定め、その業務の適正を図ることを目的として、1987年(昭和62年)に制定されました。

この法律は、介護保険法が整備したサービスの枠組みを、専門性という観点から支える基盤となります。介護保険制度が「契約」に基づき多様なサービスを提供する一方で、そのサービスの「質」を担保しているのが、この法律に基づく専門職の存在と言えるでしょう。

「社会福祉士」と「介護福祉士」の定義と職務

社会福祉士及び介護福祉士法は、「社会福祉士」「介護福祉士」という二つの専門職の役割を明確に区別しています。

まず、社会福祉士について、同法第2条第1項は次のように定義しています。

この法律において「社会福祉士」とは、第二十八条の登録を受け、社会福祉士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもつて、身体上若しくは精神上の障害があること又は環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導、福祉サービスを提供する者又は医師その他の保健医療サービスを提供する者その他の関係者(…)との連絡及び調整その他の援助を行うこと(…)を業とする者をいう。

この定義から、社会福祉士は主に、利用者やその家族の生活全般における相談に応じ、関係機関との連絡や調整を担う「相談援助」の専門家であることがわかります。

一方、介護福祉士については、同法第2条第2項で以下のように定義されています。

この法律において「介護福祉士」とは、第四十二条第一項の登録を受け、介護福祉士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもつて、身体上又は精神上の障害があることにより日常生活を営むのに支障がある者につき心身の状況に応じた介護(喀痰かくたん吸引その他のその者が日常生活を営むのに必要な行為であつて、医師の指示の下に行われるもの(厚生労働省令で定めるものに限る。以下「喀痰吸引等」という。)を含む。)を行い、並びにその者及びその介護者に対して介護に関する指導を行うこと(…)を業とする者をいう。

この定義が示すように、介護福祉士は、喀痰吸引等の特定の医療行為を含む直接的な介護サービスを提供し、利用者やその介護者に対して専門的な介護指導を行う「直接介護」の専門家です。

すなわち、ケアプランの作成から実際のサービス提供まで、多職種連携が求められる現代の介護現場において、社会福祉士は「相談援助」というソフト面を、介護福祉士は「直接介護」というハード面を、それぞれ専門として担当するという役割分担です。

喀痰吸引等の医療行為に関する法改正の経緯

社会福祉士及び介護福祉士法は、元来、喀痰吸引や経管栄養といった「医行為」を介護職員が行うことを原則として認めていませんでした。しかし、在宅や特別支援学校、特別養護老人ホームなどで医療的ケアを必要とする高齢者や児童が増加したため、法律制定前は「やむを得ない措置」として例外的な対応がなされてきました。

こうした背景から、2011年(平成23年)の法改正により、一定の研修(喀痰吸引等研修)を修了し、都道府県知事の認定を受けた介護職員等は、医師の指示の下、一定の条件で喀痰吸引や経管栄養を実施することが可能になりました。これにより、介護福祉士が行える業務範囲が拡大し、より質の高いサービス提供ができる体制が整えられました。

介護サービス利用者の尊厳を守るための法制度

利用者の尊厳を守るための法制度

高齢者虐待防止法

介護業界においては、利用者の生命や尊厳を守ることが何よりも重要です。2005年(平成17年)に施行された高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(高齢者虐待防止法)は、この観点から極めて重要なセーフティネットです。

高齢者虐待防止法では、「身体的虐待」「介護や世話の放棄・放任(ネグレクト)」「心理的虐待」「性的虐待」「経済的虐待」の5つの種類が定義されています。具体的な例としては、以下のような行為が挙げられます。

  • 身体的虐待:殴る、蹴る、無理やり食事を口に入れる、ベッドに縛り付ける、過剰に薬を服用させるなど。
  • 介護や世話の放棄・放任(ネグレクト):入浴させない、食事や水分を十分に与えない、必要な医療・介護サービスを受けさせないなど。
  • 心理的虐待:怒鳴る、ののしる、悪口を言う、侮辱する、無視する、人前で恥をかかせる、子ども扱いするなど。
  • 性的虐待:同意のないわいせつな行為、性的な行為の強要、下半身を裸にして放置するなど。
  • 経済的虐待:年金や預貯金を勝手に使用する、生活に必要な金銭を渡さない、本人の同意なく自宅などを売却するなど。

本法は、保健・医療・福祉関係者や養介護施設の設置者・事業者に、高齢者虐待の早期発見に努めること、従事者への虐待防止研修を実施すること、利用者や家族からの苦情処理体制を整備することなど、具体的な責務を課しています。職員が虐待に気づいた場合、速やかに責任者へ報告し、利用者の安全を確保することが最優先です。

この法律は、介護保険法や老人福祉法が定めるサービス提供の枠組みを超え、介護の現場で最も重要な「人権」と「尊厳」の問題に直接言及しています。法令に則った適切な研修の実施や組織的な対応は、利用者保護はもちろんのこと、事業所の法的リスクを低減する上でも不可欠な要素です。

成年後見制度

介護保険制度は、利用者が自らの意思でサービス契約を結ぶことを前提としています。しかし、認知症などにより判断能力が不十分な状態にある利用者が増えている現状において、この前提は常に成り立つとは限りません。

そこで重要な役割を果たすのが成年後見制度です。この制度は、認知症、知的障害、精神障害などにより判断能力が不十分な方のために、家庭裁判所が後見人等を選任し、本人の財産管理や身上監護をサポートするものです。

成年後見制度には、本人の判断能力がすでに低下している場合に家庭裁判所が後見人等を選任する「法定後見制度」と、将来に備えて本人自身が後見人を選任する「任意後見制度」の2種類があります。法定後見制度は、判断能力の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」の3つの類型に分かれています。

判断能力の程度権限の概要
後見判断能力が欠けているのが通常の状態  財産管理や契約等、すべての法律行為について代理権が付与され、被後見人は単独で法律行為を行うことができない。
保佐判断能力が著しく不十分な状態  不動産の売買や訴訟など重要な法律行為について、保佐人の同意権・取消権が付与される。代理権は申立てにより付与される。
補助判断能力が不十分な状態  家庭裁判所が定めた特定の法律行為についてのみ、補助人の同意権・取消権・代理権が付与される。

成年後見制度によって、例えば、介護サービス利用契約の締結や費用の支払い、施設への入所手続きなど、複雑な手続きを後見人が代行することが可能となります。

まとめ:介護に関する法律は弁護士に相談を

このように、日本の介護業界は、「老人福祉法」と「介護保険法」を二本柱とし、そこに「社会福祉士及び介護福祉士法」が介護業界に関わる人材の専門性を構築し、「高齢者虐待防止法」や「成年後見制度」などが利用者の尊厳を守るために連携する、という法体系の上に成り立っています。

また、介護事業の運営においては、これらの介護に特化した法令だけでなく、一般的な企業法務に関連する法令への遵守も不可欠です。例えば、株式会社として事業を運営する上での会社法規制や、従業員の雇用に関わる労働基準法、施設の新設や増改築に関わる建築基準法、消防法など、多岐にわたる法規制への対応が求められます。さらに、介護業界で働く人々の労働環境の改善を目的とした「介護労働者の雇用管理の改善等に関する法律」も存在し、介護労働者の労働力確保や福祉の増進を図るための施策を定めています。これらの法令のいずれか一つでも違反があれば、事業の継続性を脅かす重大なリスクとなりかねません。

複雑な法令の解釈や、複数の法律にまたがる問題への対応は、専門的な知見がなければ困難です。介護事業者が直面する法的課題への対応には、専門性を有する法律事務所のサポートが必要不可欠だと言えるでしょう。

当事務所による対策のご案内

介護事業は、介護保険法や老人福祉法、会社法など、さまざまな法律の規律が張り巡らされた業界です。モノリス法律事務所は、一般社団法人 全国介護事業者連盟や、全国各都道府県の介護事業者の顧問弁護士を務めており、介護事業に関連する法律に関しても豊富なノウハウを有しております。

モノリス法律事務所の取扱分野:介護事業者の法務

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る