介護施設のBCP策定が義務化|作成方法やメリットについて解説
BCPとは、事業継続計画のことで、災害や感染症など予期せぬ状況に直面した際に、事業活動を継続し復旧するための計画を指します。令和6年4月より、介護施設においてBCP作成が義務化されました。しかし、どのように作成したら良いかわからない、作成するメリットがあるのかなどの疑問を持つ方もいるでしょう。
そこで本記事では、介護施設におけるBCPの概要や策定内容の詳細、メリット、作成方法などを解説します。BCPを作成しなかった場合のリスクも紹介するので、ぜひ参考にしてください。
この記事の目次
介護施設におけるBCP/BCMとは
BCPとは、Business Continuity Planの略で、災害・感染症の流行、テロ事件など、不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない・または中断しても早期復活するための事業継続計画のことです。
また、BCMとは、Business Continuity Managementの略で、BCPを運営・マネジメントすることで、日本語では事業継続マネジメントと訳されます。
内閣府の事業計画ガイドラインには、BCPとBCMについて以下のように記されています。
大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画のことを事業継続計画(Business Continuity Plan、BCP)と呼ぶ。
引用:内閣府防災情報|事業計画ガイドライン
BCP 策定や維持・更新、事業継続を実現するための予算・資源の確保、事前対策の実施、取組を浸透させるための教育・訓練の実施、点検、継続的な改善などを行う平常時からのマネジメント活動は、事業継続マネジメント(Business Continuity Management、BCM)と呼ばれ、経営レベルの戦略的活動として位置付けられるものである。
介護施設のBCP作成は義務化されている
令和3年の介護報酬の改定により、3年の経過措置が設けられたうえで、介護施設におけるBCP作成・BCMの実行が令和6年4月から完全に義務化されました。厚生労働省の「令和3年度介護報酬改定の主な事項について」には、以下のように記されています。
感染症や災害が発生した場合であっても、必要な介護サービスが継続的に提供できる体制を構築する観点から、全ての介護サービス事業者を対象に、業務継続に向けた計画等の策定、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等を義務づける。(※3年の経過措置期間を設ける)
引用:厚生労働省|令和3年度介護報酬改定の主な事項について
介護施設がBCPの作成を怠った場合のリスク
介護施設がBCPの作成を怠った場合、以下のリスクがあります。
- 行政指導の対象になる
- 賠償責任を負う可能性がある
- 介護報酬の加算が受けられない
ここでは、それぞれの詳細を解説します。
行政指導の対象になる
BCP未策定の場合、特に具体的な罰則は現時点で発表されてはいません。しかし、運営基準違反として行政指導の対象となるため注意しましょう。また、指導に従わない場合は指定取消といった行政処分となります。
指定取消処分を受けると、少なくとも5年間は新たに指定を受けられません。法人の場合、事業者(代表者)以外の役員、親会社など実質的な支配者も処分対象となり、事業者同様、5年間は介護事業を行えません。(介護保険法第70条2項6号~6号の3)
賠償責任を負う可能性がある
BCPの未策定により、罰金が発生することはありません。しかし、BCPを策定しないまま、万が一事故や被害が出てしまった場合は安全配慮義務違反となり、訴訟による賠償責任を負う恐れがあります。
従業員・顧客に対する安全配慮義務が大きく取り上げられた事例として挙げられるのが、東日本大震災時に起きた日和幼稚園バス津波被災事件です。
日和幼稚園では、BCPの策定はされており、マニュアルには「地震の震度が高く、災害が発生する恐れがあるときは、全員を北側園庭に誘導・動揺しないよう声がけして落ち着かせて園児を見守る。園児は保護者のお迎えを待って引き渡す」と定めていました。しかし、実際にはマニュアルの周知が徹底されておらず、また、マニュアルを実践するための避難訓練を行っていませんでした。
園児を保護者のもとに送る判断をした結果、送迎バスが津波にのまれ、5人の園児が亡くなっています。情報収集義務を怠ったとして被告幼稚園長・被告幼稚園経営法人共に損害賠償責任があると判断されました。
参考:最高裁判所|日和幼稚園バス津波被災事件(仙台地裁平成25年9月17日判決)
介護報酬の加算が受けられない
令和3年度介護報酬改定で、介護報酬は0.7%引き上げられました。しかし、以下の基準に適合していない場合、減算が適用されてしまいます。
- 感染症の発生を想定したBCP、自然災害の発生を想定したBCPを策定すること
- 策定したBCPに従って必要な措置を講じること
減算の幅はサービスにより異なっており、「施設系・居住系サービス」の場合は所定単位数の3%、「その他のサービス」の場合は所定単位数の1%となっています。これには経過措置が設けられており、令和7年3月31日までの1年間に限り、減算しないこととされています。
介護施設のBCPで策定しなければならない内容
介護サービス事業者に求められる役割は、以下の3つです。
- サービスの継続
- 利用者の安全確保
- 職員の安全確保
労働契約法 第5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
以上のことから、介護施設のBCPでは、新型コロナウイルス感染症と自然災害に対する対応方法を策定しなければならないとしています。ここでは、それぞれの詳細を解説します。
新型コロナウイルス感染症に対する対応方法
介護施設・事業所では、新型コロナウイルス感染症に対応するためのBCP作成が求められます。感染症発生時のBCPの内容には、以下のようなものがあります。
平時対応 | 体制構築・整備感染防止に向けた取組の実施防護具、消毒液など備蓄品の確保研修・訓練の実施BCPの検証・見直し |
初動対応 | 管理者・家族などへの報告サービス提供の検討医療機関受診など |
感染拡大防止体制の確立 | 保健所との連携濃厚接触者への対応職員の確保など |
参考:厚生労働省老健局|介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン
通所系・入所系・訪問系というように、施設の種類が違うと感染症発生後の状況や対応が異なるため、策定するBCPの内容も変わってくる点には注意しましょう。厚生労働省の「障害福祉サービス事業者におけるBCP新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続計画ガイドライン」では、BCPは感染症の流行が起こる前の段階が重要だとしています。感染症が発生したときにスムーズな対応が取れるようなBCPを策定し、日頃から訓練・研修をしたり備蓄品を確保したりすることが大切です。
自然災害に対する対応方法
介護施設や事業所では、地震や水害などの自然災害に対応するためのBCPも策定しなければなりません。自然災害時のBCPの内容には、以下が挙げられます。
総論 | ハザードマップなどの確認優先業務の選定研修・訓練の実施など |
平時対応 | 建物・設備の安全対策電気・ガス・水道が止まった場合の対策通信がマヒした場合の対策など |
緊急時の対応 | 対応拠点安否確認職員の参集基準職員の管理復旧対応など |
他施設との連携 | 連携体制の構築連携対応 |
地域との連携 | 被災時の職員派遣福祉避難所の運営 |
参考:厚生労働省老健局|介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン
自然災害のBCPでは、平常時や緊急時だけでなく、他施設や地域との連携についても策定しなければならないため、感染症のBCPよりも内容は多くなっています。
介護施設がBCPを作成するメリット
BCPの作成には時間と労力がかかります。しかし、BCPの作成により入居者や職員の安全を確保できる・税制の優遇を受けられるなどのメリットが得られるのも事実です。ここでは、BCPを策定するメリットを解説します。
入居者・職員の安全性を確保できる
感染症拡大時や自然災害時に対応方法が決まっていれば、入居者はもちろん、職員に対しても、非常時の対応がスムーズに取れるようになります。緊急事態が発生すると混乱から業務が行えなくなるリスクもありますが、BCPを作成しておけば重要な業務を優先的に行えるようになるため迅速に復旧ができるでしょう。また、利用者やその家族、地域からの信頼を得ることにもつながります。
税制の優遇
経済産業大臣が定める内容(体制の構築や事前対策など)をBCPに盛り込み、「事業継続力強化計画」の認定をされた場合、災害への対策を強化するための防災・減災への設備投資に対して特別償却18%の税制処置が受けられます(令和7年4月1日以降は16%)。
設備の具体例は、以下の通りです。
- 機械装置(100万円以上):自家発電機や排水ポンプなど
- 器具備品(30万円以上):制震・免震ラックや衛星電話など
- 建物附属設備(60万円以上):止水板や防火シャッターなど
補助金や金融支援
BCPを策定し、事業継続力強化計画の認定を取得した場合、補助金の採択に当たって優遇されます。受けられる支援には、以下のようなものが挙げられます。
金融支援 | 信用保証 | 事業継続力強化計画の認定を受けた事業者の信用保険の保証枠を別枠追加 |
BCP資金 | BCPなどに基づき防災に資する設備などの設備を行う方、もしくは認定を受けた方に対し、基準利率から0.9%の引き下げ措置(最大4億円)詳細:日本政策金融公庫|BCP資金 | |
補助金 | ものづくり補助金 | 事業継続力強化計画の認定を受けた場合、ものづくり補助金の審査において加点されるものづくり補助事業公式ホームページ:ものづくり補助金総合サイト |
BCP実践促進助成金(東京都) | BCPの実践に必要となる物品や設備の導入に要する経費の一部を助成する詳細:東京都中小企業振興公社|BCP実践促進助成金 |
自治体によってBCP補助金の内容は異なります。また、民間の金融機関の中には、BCP作成企業向けに融資制度を提供しているところもあります。BCPを作成する場合は、施設のある自治体や取引のある金融機関に問い合わせてみましょう。
ワクチンの優先接種
新型インフルエンザ等対策特別措置法の第28条に基づき、感染症拡大時にBCPを策定している登録事業者に対し特定接種を実施できるとしています。特定接種とは、登録事業者の従業員などに対する先行的予防接種のことです。
ワクチンの優先接種が受けられる登録事業者となるためには、事前に国に登録申請する必要があります。
介護施設のBCPの作成方法
BCPを作成するには、どうしたら良いのかわからない方もいるでしょう。ここでは、介護施設におけるBCPの作成方法を解説します。
BCP作成に関する委員会を立ち上げる
BCP作成に取り組めるよう、まずは委員会を立ち上げます。作成委員会には各拠点・各サービスの管理者や責任者、現場の声を集められるような人物を選びます。委員会を立ち上げたら、介護施設の現状を確認し、問題点を挙げていきましょう。
ガイドライン・ひな形の活用
厚生労働省では、BCP作成のガイドラインやひな形を用意しています。何から作れば良いかわからない、どのように作成すれば良いかわからないという場合には、厚生労働省のガイドラインに沿って、ひな形を利用することでBCPを作成できます。
ひな形は、通所系・入所系など、施設の種類に分けて用意してあるので、該当するサービスのひな形に合わせてBCPを作成しましょう。
ガイドラインやひな形は、以下のサイトに用意されていますので、参考にしてみてください。
厚生労働省|介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修
まとめ:介護施設のBCP作成義務にはすみやかに対応を
令和6年4月から、介護施設におけるBCP作成は義務化となりました。介護施設にとってBCPの作成は、感染症拡大時や自然災害時にスムーズな対応をし、早急に復旧するために重要なものです。また、税制の優遇、補助金や金融支援を受けたり、ワクチンの優先接種を受けられたりとメリットもあります。今後いつ起こるかわからない緊急事態に対応できるよう、BCPを作成しましょう。
BCP作成がうまくいかない、どのようにつくれば良いかわからないなどの悩みを抱えている方は、弁護士に相談するのがおすすめです。
モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に豊富な経験を有する法律事務所です。BCPに関するお悩みがある方は、ぜひお気軽にご相談ください。
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介護事業は、介護保険法や老人福祉法、会社法など、さまざまな法律の規律が張り巡らされた業界です。モノリス法律事務所は、一般社団法人 全国介護事業者連盟や、全国各都道府県の介護事業者の顧問弁護士を務めており、介護事業に関連する法律に関しても豊富なノウハウを有しております。
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