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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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イギリスの広告規制機関における自主規制と法執行

イギリスの広告規制機関における自主規制と法執行

イギリスでのビジネス展開を検討されている経営者や法務部員の皆様にとって、現地の広告規制は事業戦略を策定する上で不可欠なリスク管理項目となります。日本で適用される景品表示法は行政法規に基づく一元的な仕組みですが、イギリスの広告規制は「Advertising Standards Authority(以下「ASA」)」という自主規制機関が中心的な役割を担う、独自の二段階構造を有しています。この仕組みは、業界の自律的な管理と、それを支える厳格な法的強制力の連携によって成り立っています。

本稿では、イギリスの広告規制システムがどのような構造で、どのように機能しているのかを詳細に解説します。特に、日本の景品表示法との決定的な違い、そして近年進む法的執行力の強化が日本企業にどのような影響を与えるのかを、実務的な視点から掘り下げていきます。

イギリス広告規制における自主規制機関

イギリスでは、広告、販売促進、ダイレクトマーケティングといった商業的コミュニケーションのコンテンツは、ASAが主要な規制機関として機能しています。ASAは、政府や広告業界から独立した独立機関でありながら、その運営は広告費用に課される業界からの自主的な拠出金によって賄われています。この資金調達モデルが、ASAの活動における中立性と独立性を確保する基盤となっています。 

ASAは、広告業界の行動規範を策定する業界団体「Committees of Advertising Practice(以下「CAP」)」と連携して活動しています。CAPは、非放送広告(Non-broadcast advertising)に関する「CAP Code」と、放送広告(Broadcast advertising)に関する「BCAP Code」という二つの行動規範を作成し、定期的に見直しと改訂を行っています。ASAは、これらのコードを執行することで、広告の「合法性(legal)、品位(decent)、正直さ(honest)、真実性(truthful)」を確保する役割を担っています。 

イギリスの広告規制システムは、その規制対象によって異なる構造を取っています。テレビやラジオ広告などの放送広告は、通信規制当局であるOfcomとの間で協定が結ばれた「共同規制(co-regulation)」体制の下で、ASAが日常的な規制を担います。一方で、新聞、雑誌、屋外広告、そしてウェブサイトやSNSなどの非放送広告は、業界が自主的に費用を負担し、自ら規制を行う「自主規制(self-regulation)」として機能します。 

日本企業にとって特に重要な点は、2011年3月1日にASAの権限が大幅に拡大されたことです。これにより、事業者の自社ウェブサイトや、Twitter(現X)やFacebookなどのソーシャルメディア上のマーケティングコミュニケーションも、CAP Codeの全規定が適用されるようになりました。このことから、イギリスの広告規制は、広告の形式や媒体の種別にとらわれず、消費者に与える影響を本質的な基準として規制範囲を継続的に拡大していることが言えるでしょう。イギリスでオンラインビジネスを展開する日本企業は、現地のウェブサイトやSNS上のコンテンツも、この自主規制機関の監視下に置かれるという事実を前提に、厳格なコンプライアンス体制を構築する必要があります。 

イギリスASAは「ソフト・ロー」から「ハード・ロー」へ

ASAは、日本の消費者庁が景品表示法を直接執行するような、法的拘束力を持つ法律を直接執行する権限は有していません。そのため、ASAが下す是正措置は「ソフト・ロー」と見なされることがありますが、その実効性は非常に高いです。 

ASAは、広告主の違反が認められた場合、その裁定内容を自社のウェブサイト上で公表します。さらに、問題のある広告の削除・修正を命令したり、再発防止のために将来の広告についてASAの事前審査を義務付けたりといった措置を講じます。これらの措置は法的強制力を持たないものの、広告主のブランドイメージや社会的信用に直接的な影響を与えるため、その勧告のほとんどは自発的に遵守されています。 

自主規制という仕組みが機能しない場合の「最後の砦」として、法的強制力を持つ当局が存在します。ASAの是正措置に従わない場合、非放送広告に関する事案は最終的にTrading Standards(取引基準局)に付託され、より厳しい罰則が科される可能性があります。ただし、Trading Standardsへの付託は、広告主がCAP Codeに「執拗に(persistently)」違反する場合にのみ行われるとされており、極めて稀なケースとされています。 

しかし、近年、この法的執行の環境は劇的に変化しました。2025年4月に施行された「デジタル市場・競争・消費者法(Digital Markets, Competition and Consumers Act 2024, 以下「DMCCA」)」が、イギリスの広告規制の法的枠組みに新たな要素を加えています。 

このDMCCAにより、競争・市場庁(Competition and Markets Authority, CMA)は、裁判所を介さずに直接、違反事業者に対して制裁を課す権限(direct enforcement powers)を得ました。DMCCAは、不当な商業慣行を根絶するためにCMAの権限を大幅に強化しており、違反企業に対してイギリスにおける事業の年間売上高の最大10%または30万ポンド(いずれか高い方)という巨額の罰金を科すことが可能です。これは、日本の景品表示法における課徴金(違反行為の対象となる商品の売上額の3%)と比較しても、その金額は桁違いに大きいです。 

このことから言えるのは、イギリスでは「自主規制の勧告を無視すれば、稀に法的措置に発展する可能性がある」という従来の認識から、「自主規制の勧告を無視すれば、巨額の罰金や事業活動に影響を及ぼす法的措置が極めて現実的なリスクとなった」という新たなリスクシナリオに移行したということです。ASAの勧告は、もはや単なる「ソフト・ロー」ではなく、巨額の罰金という「ハード・ロー」へのトリガーとして、実質的に絶対的な遵守が求められるものと考えるべきです。

イギリスASAと日本の景品表示法との相違点

日本の広告規制は、消費者庁が不当な表示を規制する景品表示法を執行する、行政法規に基づく一元的な仕組みです。景品表示法は、商品の品質や内容が実際よりも著しく優良であると誤認させる「優良誤認表示」と、価格や取引条件が著しく有利であると誤認させる「有利誤認表示」を主な禁止行為としています。 

イギリスと日本の規制システムを比較すると、以下のような決定的な相違点が明らかになります。

まず、法的根拠と執行体制が異なります。日本が単一の法律と単一の機関によって規制される一方、イギリスは自主規制(ASA)が第一線で機能し、必要に応じて複数の当局(Trading Standards、CMA)が連携して法的執行を行うという、多層的な構造を有しています。この多層的な構造は、業界の専門性を活かしつつ、最終的な強制力を確保するというイギリス独自の合理性に基づいています。

次に、事前規制と事後規制のバランスが異なります。日本の景品表示法は、違反が疑われる行為を事後的に取り締まるのが基本です。一方、イギリスのASAは、問題のある広告をプロアクティブに監視し、苦情を受け付けるだけでなく、違反の疑いがある広告を事前に審査する義務を課すことも可能であり、より予防的な側面も持ち合わせていることが分かります。 

また、「表示の根拠」に関する規制においても、両国には機能の類似性と手続の違いが見られます。日本の景品表示法には「不実証広告規制」という制度があります。これは、消費者庁から広告の表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求められた場合、15日以内に提出しなければ「優良誤認表示」と判断されるというものです。イギリスのCAP Codeにも同様の義務があり、広告主はASAの調査に対し、表示の裏付けとなる確固たる証拠(robust evidence)を提出することが求められます。 

この点から言えるのは、日本とイギリスは、広告における効果や性能の根拠を事業者に求めるという点では共通しているものの、そのプロセスは大きく異なるということです。日本の不実証広告規制が法定の枠組みに基づくのに対し、イギリスではASAの自主規制のルールに基づくものです。日本企業はイギリスでの広告活動においても、日本で景品表示法対策として行うのと同様に、表示の裏付け資料を常時整備しておくことが不可欠です。イギリスにおけるコンプライアンスは、法的な要請だけでなく、ASAという業界の「事実上の裁判所」での判断に備えるという、実務的な意味合いが強いと捉えるべきです。

イギリスASAで日本企業が特に注意すべき事例とポイント

イギリスASAで日本企業が特に注意すべき事例とポイント

ASAのウェブサイトで公開されている裁定事例データベースは、どのような表現が問題となるかを示す貴重な指針となります。法律の条文や抽象的なガイドラインだけでは理解しにくい、具体的な違反事例とその判断理由を、以下に一部抜粋してご紹介します。 

不当表示の類型具体的事例(広告主)メディアASAの判断理由
誇大な性能・効果表示Formulapower/fuelcat Ltd (燃料触媒)ウェブサイト「燃費改善」や「エンジンの効率向上」といった主張について、科学的根拠が提示されていない。 
重要な情報の欠落Aira Home UK Ltd (ヒートポンプ設置)有料SNS広告政府補助金の利用条件に関する重要な情報が省略されており、消費者が助成金の対象であるか誤解を招く。 
価格・割引の誤認Trainline.com Ltd (鉄道予約サービス)テレビCM、ラジオ広告「最安値保証」の主張について、その根拠が不足しており、消費者が実際よりも有利な価格であると誤認を招く可能性がある。 
環境配慮に関する曖昧な表示Ambassador Cruise Holidays Ltd (クルーズ旅行)Eメール広告クルーズ旅行の環境負荷に関する主張について、その根拠や算出方法が明確に示されておらず、誤解を招く。 
偽レビューの利用DMCCAにより、偽レビューを投稿したり、依頼・助長する行為が新たに明確に禁止された。 

これらの事例から、ASAが「表示の根拠の欠如」や「消費者の取引意思決定に影響を与える重要な情報の省略」を特に厳しく取り締まっていることが分かります。 

また、DMCCAの施行により、日本企業が特に注意すべき新たな規制トレンドとして、以下のような点が挙げられます。 

  • ドリッププライシング(Drip Pricing)の禁止:商品やサービスの価格の一部しか最初に表示せず、購入手続きの終盤で最終的な総額が明らかになるような価格表示は規制対象となります。
  • 偽レビュー(Fake Reviews)の禁止:虚偽のレビューの投稿や、それらを掲載することが明確に禁止されました。

これらは、日本の現行法では明確な規制がまだ少ない領域であり、イギリスでのビジネス展開において、日本企業が新たに直面するリスクと言えるでしょう。

まとめ

本稿で解説した通り、イギリスの広告規制は、自主規制機関であるASAが業界内のコンプライアンスを第一線で管理し、その勧告を無視する違反者に対しては、法的強制力を持つ当局が厳格な制裁を科すという、精緻な連携システムによって成り立っています。特に、DMCCAの施行は、自主規制の勧告を遵守しない場合、巨額の罰金という現実的なリスクを伴うことを意味しており、ASAの裁定はもはや単なる業界内の指導ではなく、法的なリスク管理の出発点と考えるべきです。

日本企業がイギリスで広告活動を行う際には、日本の景品表示法を参考にしつつも、ASAの行動規範(CAP Code)と豊富な裁定事例を綿密に調査し、その判断基準を実質的に遵守する必要があります。

イギリスの規制環境は複雑であり、また常に変化しています。こうした環境において、事業リスクを最小限に抑え、適切なコンプライアンスを確保するためには、現地の法律と慣行に対する深い理解が不可欠です。弊所では、イギリスの広告規制に関する法的アドバイス、広告原稿のリーガルチェック、最新のASA裁定事例の分析、そしてイギリス現地の法律事務所との連携を通じて、日本企業のイギリス進出を全面的にサポートいたします。イギリスでの事業展開をご検討の際は、お気軽に弊所までご相談ください。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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