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チェコ共和国の法制度の全体像とその概要を弁護士が解説

チェコ共和国の法制度の全体像とその概要を弁護士が解説

チェコ(正式名称、チェコ共和国)は、欧州連合(EU)の加盟国として、その法制度がEU法と深く統合され、高度に発展した大陸法(Civil Law)システムに基づいています。この法体系は、特にドイツ法の強い影響を受けて形成されており、包括的な法典が主要な法源となっています。

経済面では、チェコは輸出が国内総生産(GDP)の約80%を占める開放的な市場経済であり、その主要な貿易相手国はEU加盟国、特にドイツ、スロバキア、ポーランドです。チェコの失業率はEU内で最も低い水準にあり、健全な財政状況と安定したマクロ経済環境が、外国人投資家にとっての大きな魅力となっています。

本記事では、チェコでの事業展開を検討する上で不可欠な、これらの法律の全体像とその概要について解説します。

チェコの法制度と司法の全体像

法源と民法典の役割

チェコの法制度は、日本のそれと同様に、大陸法システムを採用しており、法源は議会が制定する法律(法典)、政府や省庁が定める下位法令、批准された国際条約、そしてEU法から構成されています。このシステムでは、民法典のような包括的な法典が主要な法源となり、裁判官は法典の抽象的な規定を具体的な事案に適用することが求められます。判例法は公式には二次的かつ補助的な法源と位置づけられていますが、実際には上級裁判所の判決が法律の解釈に大きな影響を与えるため、実務上の重要性は無視できません。この事実は、チェコの法制度が、厳格な成文法主義に留まらず、法解釈を通じて柔軟な発展を遂げる余地があることを示唆しています。

契約法に関しては、民法典(Civil Code)がその中心的な役割を担っています。チェコの契約法は、私法の一部として債権法に分類されており、契約から生じる債務関係を包括的に規定しています。当事者の契約締結の自由は広く認められており、法典に明記されていない「無名契約」も、法律や公序良俗に反しない限り有効とされます。契約の終了方法は、相互合意、義務の履行、期間満了、契約違反など多岐にわたりますが、多くの場合、書面による通知が求められます。

司法制度の構造

チェコの裁判所制度は、地方裁判所、州裁判所、高等裁判所、最高裁判所の4段階からなる階層構造を有しています。地方裁判所は第一審裁判所の役割を担い、軽微な民事、家事、労働、刑事事件を扱います。州裁判所は、地方裁判所の控訴審として機能するほか、特定の事件では第一審となることもあります。さらに、高等裁判所は州裁判所の控訴審、最高裁判所は最終審(上告審)としての機能を果たします。

一般の裁判所とは別に、専門的な裁判所も存在します。行政法上の紛争を扱う行政裁判所は、州裁判所内の専門部が第一審となり、最高行政裁判所が最終的な審理を行います。さらに、憲法裁判所は、一般の裁判所構造から完全に独立した存在であり、憲法秩序と基本的人権の保護をその主要な任務としています。

チェコの会社設立、コーポレートガバナンス、外国投資

チェコの会社設立、コーポレートガバナンス、外国投資

会社設立のプロセスと形態

チェコで事業を展開する外国投資家は、チェコ人と同等の権利と義務を持ち、様々な法的形態を選択することができます。会社は、まず設立文書の作成によって「設立(incorporation)」され、その後、商業登記簿への「登録(registration)」をもって正式に法人格を取得します。有限責任会社(s.r.o.)や株式会社(a.s.)といった資本会社の場合、設立文書は公証人による公正証書の形式で作成される必要があります。

チェコで最も一般的な法人形態は、有限責任会社(spolecˇnost s rucˇenıˊm omezenyˊ​m, s.r.o.)です。この形態は1人から設立可能であり、最低資本金が1コルナ(CZK 1)と非常に低い点が大きな特徴です。株主は会社の債務に対し、未払込の出資額を限度として責任を負います。一方、株式会社(akciovaˊ spolecˇnost, a.s.)は、最低資本金が200万コルナまたは8万ユーロと定められており 、株主は会社の債務に対して責任を負いません。この他にも、合名会社や合資会社、協同組合といった形態も存在しますが、外国投資家にはあまり利用されません。

外国企業は、チェコ国内に支店(branch office)を設立して事業を行うことも可能です。支店はチェコ法上の法人格を持たず、親会社の代理として活動し、親会社に義務を負わせます。支店の設立には、チェコの商業登記への登録と支店長の任命が必要となります。

コーポレートガバナンス

チェコ法は、株式会社(a.s.)に対して二つの異なるガバナンスシステムを認めています。一つは、経営を担う「経営委員会(management board)」と監督を担う「監査役会(supervisory board)」が独立して存在する二層制(dualistic system)です。もう一つは、単一の「行政委員会(administrative board)」が経営と監督の両方を担う一層制(monistic system)です。

2021年の法改正により、一層制の構造がより欧州モデルに近づけられ、単一の管理委員会が経営と監督の権限を集中して持つようになりました。しかし、実務上は、特にEUで設立された欧州会社(SE)を含む多くのチェコ国内の株式会社が、依然として伝統的な二層制を採用している傾向が強く、その比率は98%に達するとも報告されています。

外国投資と審査制度

チェコは、外国投資を促進するための様々な優遇措置を提供しています。法人所得税の減免、新規雇用創出への財政支援、従業員の研修支援、特定の戦略的プロジェクトに対する有形・無形資産の取得支援などが含まれます。これらのインセンティブは、特定の製造業、技術センター、戦略的サービスセンターなど、政府が承認した分野の投資プロジェクトに適用されます。

一方で、チェコは国の安全保障や公共秩序を保護するため、2021年5月に外国投資審査法(FDI Act)を発効させました。この法律は、非EU諸国からの特定の外国投資を対象としています。審査は、特定の金額の上限や最低額ではなく、「実質的支配(effective degree of control)」の獲得によって判断されます。実質的支配とは、例えば、対象企業の発行済株式の議決権の10%以上を取得する、外国投資家が対象企業の法定機関のメンバーに任命される、または対象企業の事業活動に利用される資産の所有権を行使する能力を得る場合などが該当します。

軍事関連、重要インフラ、メディア事業など特定の分野への投資は強制的に審査が義務付けられていますが、それ以外の分野でも産業貿易省が職権で審査を開始する権限を持っています。このため、投資家は任意で相談手続きを行うことが推奨されています。

チェコにおける事業と「貿易ライセンス」

貿易ライセンス法(Trade Licensing Act)の基本原則

チェコでビジネスを行うには、大部分の活動において、貿易ライセンス法(Act No. 455/1991 Coll.)に基づく「貿易ライセンス(zˇivnostenskyˊ​ list)」の取得が必須です。言葉の自然な意味と異なり、この「貿易」は、いわゆる対外貿易を意味しているのではなく、「継続的に、自己の名義で、自己の責任において、利益を目的として、同法に定められた条件下で行われる活動」と定義されているからです。

なお、全ての事業活動に貿易ライセンスが必要なわけではありません。法律によって国家や特定の法人のみが実施できると定められた活動や、弁護士、医師、薬剤師、金融サービス提供者といった特定の専門職は、それぞれの専門法(例:法律専門職法、銀行法など)によって規律されるため、貿易ライセンス法の適用外となります。これらの活動は、貿易ライセンスとは異なる、専門的な許認可や登録を必要とします。

貿易ライセンスの種類と活動例

チェコの貿易ライセンスは、必要な要件に応じて主に4つのカテゴリーに分類されます。

  1. 自由業(Unqualified trades / Volná zˇivnost):専門的な教育や資格が不要な事業活動です。18歳以上、法務能力、犯罪歴がないという一般的な条件を満たせば、貿易ライセンス庁への通知のみで開始できます。ITサービス、コンサルティング、マーケティング、卸売・小売業、不動産管理、翻訳・通訳サービスなど。
  2. 職人業(Vocational trades / Řemeslná zˇivnost):特定の職人的な技能や専門能力の証明が必要で、関連分野での実務経験や専門学校の卒業証明書などによって証明されます。理容師、パン・菓子製造、自動車整備、配管・暖房設備工事、電気設備工事など。
  3. 専門職(Professional trades / Vázaná zˇivnost):特定の法律や国家試験に基づく高度な専門能力が求められます。不動産業、税務コンサルティング、運転学校の運営、危険物管理など。
  4. 許可制事業(Licensed trades / Koncesovaná zˇivnost):国家が安全上または公衆衛生上の観点から特に敏感であると見なす活動であり、特別な許可(concession)が必須となります。旅行代理店の運営、警備サービス、アルコール飲料の製造・販売、タクシーサービスなど。

外国人の貿易ライセンス取得手続き

非EU市民が貿易ライセンスを取得するには、まず一般条件(18歳以上、法務能力、犯罪歴がないこと)を満たす必要があります。必要書類には、パスポート、有効な居住許可証、チェコ国内の事業所の住所証明、犯罪経歴証明書(3ヶ月以内に発行されたもの、かつアポスティーユまたは公証が必要)などが含まれます。

申請は、最寄りの貿易ライセンス庁(Živnostenský úřad)で行い、通常は数営業日で完了します。ライセンス取得後、非EU市民は、ビザが承認されてから3営業日以内に貿易ライセンス庁に通知し、さらに税務署と社会保障事務所に登録する義務があります。貿易ライセンスの有効期間は、非EU市民の場合、ビザや居住許可の期間に連動しており、更新の度にライセンスも更新しなければなりません。

チェコのその他の法分野

チェコのその他の法分野

労働法

雇用関係の終了方法は、双方の合意、雇用主または従業員からの解雇通知、即時解雇、試用期間中の解雇の4つが主要な手段です。雇用主が従業員を解雇できる理由は、労働法第52条に限定されており、例えば、事業所の閉鎖・移転、組織変更による従業員の余剰化などが挙げられます。

組織的理由で解雇される従業員には、勤続年数に応じて最低1ヶ月から3ヶ月分の退職金が支払われる義務があります。法定の解雇予告期間は2ヶ月であり、予告期間は通知がなされた月の翌月1日から開始します。また、競業避止義務(Non-compete clauses)を課す場合、その期間は最長1年間で、元雇用主は元従業員に対し、その期間中、月平均賃金の50%以上の補償を支払う必要があります。チェコの最高裁判所の判決は、競業避止義務契約は、契約に明確に定められた正当な理由がない限り、雇用主が一方的に撤回できないという厳格な解釈を示しており、雇用主にとってのリスクが高まっています。

データ保護法

チェコはEU加盟国として、EU一般データ保護規則(GDPR)を全面的に遵守しています。GDPRを補完するため、2019年には国内法として個人データ処理法(Act No. 110/2019 Coll.)を制定し、GDPRが加盟国の裁量に委ねた特定の分野を規定しています。

特有の規定としては、まず、オンラインサービスにおける子どもの個人データ処理に対する同意年齢を、GDPRが定める16歳から15歳に引き下げています。また、クッキーの使用に関しては、2022年1月1日以降、ユーザーからの事前の明示的な同意(opt-in)が必須となり、以前のオプトアウト方式は無効となりました。さらに、公益に関わる法定任務を遂行する組織には、GDPRの要件に加えて、データ保護責任者(DPO)の任命が義務付けられています。これらの国内法による追加的な規定は、EUの統一的な枠組み内でも、各国が独自の法的背景や社会的要請に応じた規制を導入しうることを示しています。

金融・税務法

チェコの法人所得税率は、2024年から2025年において21%が標準税率とされています。ただし、外国の恒久的施設から生じる所得は、15%の特別税率が適用されます。海外からの配当所得も15%の特別税率で課税されますが、EU加盟国、アイスランド、ノルウェーの関連会社からの配当は、特定の条件を満たせば非課税となります。

日本とチェコは、1977年に旧チェコスロバキアと締結された二重課税防止条約を置き換える新たな条約の交渉を開始しています。この交渉の進捗は、両国間のビジネスや投資活動における税務負担に直接的な影響を与えるため、今後の動向を注視することが重要です。

不動産法

不動産に関する重要な法律は民法典(Civil Code)です。不動産の所有権の移転や変更は、地籍機関(Cadastral Authority)に設立された地籍簿への登記によって法的効力を生じます。この地籍簿は公開されており、不動産の所有者、権利関係、抵当権などの情報は誰でも閲覧可能です。外国人は、チェコの不動産を制限なく所有することができます。ただし、所有者の身元を公的に秘匿するため、有限責任会社(s.r.o.)や株式会社(a.s.)などの法人を介して不動産を所有するケースが一般的です。

まとめ

チェコの法制度は、EU法との調和を図りつつ、ドイツ法に根ざした安定した大陸法システムを維持しており、この安定した法的基盤は、外国投資家にとって重要な安心材料となります。会社設立は比較的柔軟で、特に有限責任会社(s.r.o.)はわずか1コルナの資本金で設立が可能です。

しかし、チェコでの事業展開においては、特定の分野で独自の規制や慣行が存在することに留意する必要があります。外国投資審査は、特定の金額ではなく「実質的支配」という広範な概念に基づいて行われるため、小規模な投資であっても事前の法的評価が不可欠です。また、事業活動の大部分には「貿易ライセンス」が必要であり、その種類に応じた複雑な要件や手続きを正確に理解しなければなりません。労働法は従業員保護が厳格であり、雇用主は解雇や競業避止義務に関する法的リスクを慎重に管理する必要があります。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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