台湾の会社法が定める会社の形態と会社設立

台湾市場は、文化的な親和性や地理的近接性から、日本企業にとって事業展開の有力な選択肢となっています。しかし、ビジネスの成功には現地の法制度、特に会社法に関する深い理解が不可欠です。
本稿は、台湾への進出を検討されている日本の経営者や法務担当者の皆様を主要な読者と想定し、台湾の会社の形態と設立プロセスについて、日本の法制度との重要な異同点を中心に詳細に解説いたします。特に、外国企業の現地法人設立において最も一般的な「股份有限公司(日本の株式会社に相当)」に焦点を当て、2018年の会社法改正がもたらした機関設計の柔軟性という、日本法との決定的な違いについて深く掘り下げていきます。
本稿を通じて、台湾での事業運営における実務的な意思決定に資する本質的な知識を提供し、皆様のビジネス展開を強力にサポートできることを目指します。
この記事の目次
台湾会社法の基本:4つの会社形態とその選択肢
台湾の会社法(公司法)は、事業運営を目的とする社団法人として、会社を以下の4種類に分類しています。これは、日本の会社法が定める「株式会社」「合同会社」「合名会社」「合資会社」といった分類と類似しており、それぞれの形態が持つ法的性質と責任範囲によって区別されます。
無限公司(Unlimited Company)と両合公司(Limited Partnership)
無限公司は二人以上の株主が組織し、会社の債務に対し連帯して無限責任を負う形態です。同様に、両合公司も一人以上の無限責任株主と、一人以上の有限責任株主によって組織されます。無限責任とは、会社の債務が個人資産にまで及ぶことを意味します。これらの形態は、日本の合名会社や合資会社に相当すると言えますが、現代の実務においてはほとんど採用されることがありません。外国企業が現地法人を設立する最大の目的は、本国の親会社や投資家の責任を限定することにあります。無限責任を伴うこれらの会社形態は、その目的と根本的に矛盾するため、法律上は存在していても、外国企業が選択する実用的な選択肢とは言えないでしょう。
有限公司(Limited Company)
有限公司は、一人以上の株主によって組織される会社形態であり、株主はその出資額を限度として会社に対し責任を負う、有限責任の会社です。この形態は、特に中小企業において広く採用されています。経営機関としては、1名から3名の董事(取締役)を設置する必要があり、これらの董事は原則として株主でなければなりません。意思決定は、董事会(取締役会)ではなく、株主全員の直接的な決議によって行われる点が特徴です。これは、日本の合同会社に類似した統治構造と言えるでしょう。
最低資本金に関しては、ある資料ではNT100,000(約45万円)とされていますが、別の情報源によると、政府は法的な最低資本金要件をすでに廃止しており、理論上はNT1からでも設立が可能であるとされています。この情報の違いは、後者がより最新の動向を反映している可能性を示唆します。したがって、NT$100,000という金額は、法的な設立要件ではなく、銀行口座開設や事業運営における実務的な信頼性を確保するための推奨額であると解釈するのが妥当です。
股份有限公司(Company Limited by Shares)
股份有限公司は、日本の「株式会社」に最も近い形態であり、その核心的な特徴は、資本が股份(株式)に分割され、株式を発行して資金を調達できる点にあります。株主の責任は、保有する株式の限度内に限定される有限責任であり、大規模な事業や将来的な株式公開(上場)を視野に入れた企業に適しています。この形態は、二人以上の株主、または政府や法人株主一人が組織することで設立できます。最低資本金はNT$500,000(約225万円)とされています。
外国企業が現地法人を設立する際にこの形態が主流となるのは、日本の親会社が慣れ親しんだ統治構造(董事会や監察人)を導入しやすく、ガバナンスの体制を理解しやすいという利点があるからです。また、将来的に事業規模を拡大し、株式公開を通じて多額の資金を調達するといった柔軟な選択肢が確保されることも、戦略的な意思決定において重要な要素となります。
各会社形態の相違点
以下に、台湾の主要な会社形態を簡潔にまとめます。
股份有限公司 | 有限公司 | 無限公司 | 両合公司 | |
---|---|---|---|---|
会社形態(日本法) | 株式会社 | 合同会社 | 合名会社 | 合資会社 |
責任範囲 | 有限責任 | 有限責任 | 無限責任 | 一部無限、一部有限 |
設立に必要な株主/出資者数 | 2名以上(法人株主1名でも可) | 1名以上 | 2名以上 | 無限責任株主1名以上、有限責任株主1名以上 |
最低資本金 | NT$500,000 | NT$1(実務上はより多く) | なし | なし |
主な用途 | 大規模事業、株式公開 | 中小企業 | 小規模事業(実務上稀) | 少数経営者による運営(実務上稀) |
台湾の股份有限公司の機関設計と日本法との比較
台湾の股份有限公司は、日本の株式会社と類似の形態である一方、2018年の会社法改正によって、日本にはない独自の柔軟な機関設計が導入されました。
2018年会社法改正による機関設計の柔軟性
改正の最も重要なポイントは、非公開会社であり、かつ単一の法人株主によって組織される股份有限公司において、董事会(取締役会)および監察人(監査役)の設置が不要となった点です。この場合、董事(取締役)は1名または2名で足り、董事会の権限は単独株主である親会社が行使することになります。監察人(日本の監査役)についても、定款に定めることで設置しないことが可能となりました。この柔軟な設計は、特に日本企業の子会社が事業運営を合理化する上で大きなメリットとなります。
日本法との比較
日本の会社法では、非公開会社(株式譲渡制限会社)であっても、取締役会を設置する場合は取締役3名、監査役1名が原則として必要となります。しかし、日本の実務においても、取締役会を設置しない会社形態を選択すれば、取締役1名で会社を設立することができ、この場合には監査役の設置義務もありません。
この事実を踏まえると、台湾法と日本法の真の違いは、「株式会社に相当する形態」という枠組みの中で、取締役会や監査役を置かないことを明示的に認めている点にあると言えます。日本の制度では、この柔軟性は「取締役会を設置しない」という選択肢に付随するものですが、台湾法は、より日本の親会社が慣れ親しんだガバナンスの枠組みを維持しながらも、組織を簡素化し、意思決定の迅速化を図ることを可能にしているのです。これは、統治構造に慣れ親しんだ日本企業にとって、ガバナンスの合理化を可能にする重要なメリットとなり得ます。
閉鎖性股份有限公司(Closely Held Corporation)
台湾の会社法は、さらに先進的な会社形態として、2015年に閉鎖性股份有限公司を導入しました。これは株主数が50人以下の非公開会社を対象とした、極めて柔軟な制度です。
この形態の主な特徴としては、まず出資方法の多様化が挙げられます。現金だけでなく、技術、労務、または信用による出資も認められており、スタートアップ企業にとって資金調達の柔軟性が大幅に向上します。また、株式に額面を定めない無額面株式制度の導入や、複数議決権付株式、特定事項に対する拒否権(黄金株)付株式の発行が可能であることも大きな特徴です。
この制度が示唆することは、創業者や特定の株主が、出資比率を下げても経営に対する支配権を維持できるということです。この先進的な仕組みは、創業者と外部投資家、特にベンチャーキャピタルとの間の利害調整を容易にし、円滑な資金調達を促進します。これは、日本のスタートアップ界隈で近年議論されているテーマでもあり、台湾法が世界のベンチャー法制を強く意識していることを物語っています。日本の経営者やVC関係者にとって、この制度は台湾への事業進出を検討する上での新たなインセンティブとなり得る、重要な制度的優位性であると言えるでしょう。
外国人による台湾法人設立手続

外国企業が台湾で現地法人を設立する場合、台湾経済部投資審議会(投審会)が所管する特別な手続き、すなわち「外国人投資許可申請(FIA)」が必須となります。このプロセスは、複数の政府機関をまたぎ、段階的に進められます。
設立プロセスの詳細(現地法人:股份有限公司・有限公司の場合)
- 会社名称と営業項目の事前審査:最初に、希望する会社名と事業内容を経済部商業発展署に提出し、予備審査を受けます。複数の候補名を準備することが推奨されます。
- 外国人投資許可申請(FIA):予備審査完了後、投審会にFIA申請を行います。この際、親会社の登記簿謄本、取締役の身分証明書、定款案など、多くの書類が必要となります。これらの書類は、日本の公証人認証や台北駐日経済文化代表処での認証手続きが求められる場合があります。
- 資本金の送金と査定:投審会から許可が下りたら、台湾の銀行に準備口座を開設し、資本金を送金します。その後、資本金が実際に払い込まれたことを証明するため、台湾の会計士による査定を受ける必要があります。
- 設立登記:資本金の査定完了後、経済部商業発展署に設立登記を申請します。この登記が完了すると、会社に固有の8桁の番号である「統一編号」が発行され、法人として正式に活動を開始できます。
- 税務登録とその他:最後に、所轄の国税局にて税籍登録を行います。これにより、統一発票(日本でいう領収書)の発行が可能となり、営業活動を開始できます。
以下に、外国人による台湾法人設立プロセスの各ステップと目安となる所要期間をまとめます。
ステップ | 所管機関 | 目安所要期間 | 目安所要期間 |
---|---|---|---|
会社名・営業項目予備審査 | 経済部商業発展署 | 約3営業日 | 候補名の重複確認、事業内容の審査 |
外国人投資許可申請(FIA) | 経済部投資審議会 | 約10日間 | 必要書類の作成・提出、投資審査 |
資本金送金用口座開設 | 銀行 | 1日〜2日間 | 資本金振込用の一時口座開設 |
資本金送金 | 銀行 | 1日〜2日間 | 日本から台湾への資本金振込 |
出資金査定 | 会計士、投資審議会 | 約10日間 | 資本金払い込みの監査、証明 |
会社設立登記 | 経済部商業発展署 | 約14日間 | 会社設立登記の申請、統一編号の取得 |
税務登録 | 国税局 | 1日間 | 営業開始のための税籍登録 |
その他の進出形態
現地法人設立以外にも、台湾への進出形態として支店や駐在員事務所という選択肢があります。支店は親会社の延長として位置づけられ、独立した法人格を持ちません。このため、支店の債務はすべて親会社が無限責任を負います。ただし、支店設立の場合、投資審議会の許可が不要となることがあります。一方、駐在員事務所は、営業活動は行えず、市場調査や連絡業務のみを目的としており、設立手続きは最も簡素です。
これらの手続きは、言語の壁や必要書類の認証手続きなど、外国企業が独力で進めるには多くの課題を伴います。このため、台湾での会社設立を円滑に進めるためには、現地の法務や会計に精通した専門家のサポートが不可欠となります。
まとめ
台湾会社法が提供する柔軟な制度は、日本の企業にとって事業展開の大きな利点となる一方、それに伴う法務上の複雑さも存在します。特に、複数の行政機関をまたがる外国人投資許可申請(FIA)の手続きは、多くの時間と専門知識を要し、設立プロセスにおける大きなリスクとなり得ます。
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関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務