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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

イギリス消費者法による消費者保護とデータ保護法制

イギリス消費者法による消費者保護とデータ保護法制

イギリスへの事業展開を検討されている日本企業の経営者や法務担当者の皆様にとって、現地の消費者・データ保護法制を深く理解することは、事業成功の鍵となります。特に、日本の法制度と似ているようで異なるイギリスの法律は、思わぬ法的リスクやコンプライアンス上の課題を生じさせる可能性があります。

本稿では、イギリスの消費者保護の基盤となる「消費者権利法2015年(CRA 2015)」を軸に、オンライン取引に特有の要件、そして「イギリスGDPR」や「PECR」といったデータ保護法制との複雑な関係性を、体系的に解説いたします。同時に、日本の法制度との重要な相違点に焦点を当て、貴社のイギリス事業が盤石な法的基盤の上に構築されるよう、実践的な指針を提供することを目指します。

イギリス消費者権利法2015年(CRA 2015)の基本原則

この章では、CRA 2015が消費者契約に与える影響について掘り下げ、特に物品、デジタルコンテンツ、およびサービスに関する基本的な権利と救済措置を詳述します。

CRA 2015の目的と統合的アプローチ

消費者権利法2015年(CRA 2015)は、2015年10月1日に施行された、イギリスにおける消費者保護の基盤となる法律です。その制定の背景には、過去30年以上にわたり断片的に発展してきた消費者法が、過度に複雑で一貫性を欠き、消費者の権利行使を困難にしているという問題意識がありました。実際、CRA 2015以前は、12もの消費者関連法と60以上の執行機関の調査権限が乱立していました。

CRA 2015の目的は、こうした状況を改善し、消費者の法的権利と事業者の義務を一つの法律に統合・簡素化することにありました。これにより、消費者の信頼を向上させ、市場全体の競争力と成長を促進するという、より深い政策的意図が読み取れます。イギリス政府は、法制度が単なる規制ではなく、市場を活性化させるための戦略的なツールとして機能すると捉えていることがわかります。また、旧来の法律がデジタル技術の進展に対応できていないという課題にも直面していたため、この法律ではデジタルコンテンツを独立したカテゴリーとして明確に位置付け、消費者保護を現代の商取引に合わせて更新しています。日本企業は、この法律を単なるコンプライアンスの義務ではなく、消費者の信頼を獲得し、ブランド価値を構築するための基盤として捉えることが重要です。 

物品に関する主要な権利と日本法との比較

CRA 2015は、物品の供給に関する消費者契約において、物品が以下の3つの要件を満たすべき法定の権利を定めています。

第一に、物品は「満足のいく品質であること(Satisfactory quality)」が求められます。CRA 2015, s. 9によれば、この品質は「合理的な人物が満足すると考える基準」を満たす必要があるとされています。この判断は、単に契約書の内容だけでなく、物品の説明、価格、公にされた声明(広告など)、そして物品の状態、外観、安全性、耐久性といった「すべての関連状況」を考慮して行われます。

第二に、物品は「意図された目的に適合していること(Fit for a particular purpose)」が求められます。CRA 2015, s. 10は、消費者が特定の目的を販売者に伝えた場合、その目的に適合していなければならないと定めています。

第三に、物品は「商品説明通りであること(As described)」が求められます。CRA 2015, s. 11は、物品が販売者によって与えられた商品説明と一致していることを規定しています。

日本企業が特に注意すべき点は、日本の民法における「契約不適合責任」との違いです。日本の民法は、物品が「契約の内容に適合しない」場合に発生する責任であり、これは契約書や当事者間の合意内容に違反があったかどうかを問う、相対的な基準です。一方、イギリスのCRA 2015が定める「満足のいく品質」は、価格帯、ブランドイメージ、広告で謳った耐久性などが判断材料となり、契約書に明記されていない点でも客観的な品質保証義務を事業者に課すものです。このため、日本での「契約書に書かれていることだけを守ればよい」という慣行をイギリスに持ち込むと、想定外の法的リスクに直面する可能性があるため、注意が必要です。

デジタルコンテンツとサービスに関する権利

CRA 2015は、物品と同様に、デジタルコンテンツに対しても消費者保護を明確に規定しています。具体的には、デジタルコンテンツが「満足のいく品質」であり、「特定の目的に適合」し、「商品説明通り」であるという法定の権利が消費者に与えられています。この法律の画期的な点は、従来のイギリス法で不明確だったソフトウェアやストリーミングサービスといったデジタルコンテンツを、物品やサービスとは異なる独立したカテゴリーとして明確に定義したことです。

さらに、デジタルコンテンツが原因で消費者のデバイスや他のデジタルコンテンツに損害が生じた場合、事業者はその損害を無料で修理するか、金銭的な補償を行う責任を負います。これは、オンラインビジネスを展開する日本企業が、サービス規約や免責事項をイギリス法に合わせて見直す必要性があることを示唆しています。 

また、サービスについてもCRA 2015, s. 49は、「合理的な注意と技能をもって提供されること(reasonable care and skill)」を要求しています。加えて、契約で価格や期間が定められていない場合、サービスは「合理的な価格」で「合理的な期間内に」提供されなければならないという条項が自動的に付加されます。

イギリスのオンライン取引に関する消費者保護

イギリスのオンライン取引に関する消費者保護

オンライン販売が主流となる中で、イギリスの消費者を保護するための特別な規則が存在します。この章では、その中でも特に日本企業が注意すべき点を詳述します。

14日間の無条件クーリングオフ期間

イギリスの「消費者契約(情報、キャンセルおよび追加料金)規則2013年(Consumer Contracts Regulations 2013)」に基づき、オンライン取引を含む遠隔地取引(Distance Selling)では、消費者に原則として14日間のクーリングオフ期間が与えられます。この期間中、消費者は理由を問うことなく契約をキャンセルし、返金を受ける権利を有します。

これは、日本企業がイギリス進出において最も見落としやすい点の一つです。日本の「特定商取引法」における通信販売(オンライン販売)では、事業者が「返品特約」を明示すれば、クーリングオフ制度の適用外となります。つまり、日本では「お客様都合による返品不可」という規約が法的に有効になり得ます。しかし、イギリスではこの考え方は通用しません。オンライン購入に対するクーリングオフ権は、法律によって原則として消費者に無条件に与えられています。イギリスのオンライン事業者がこの権利について消費者に告知しなかった場合、クーリングオフ期間は12ヶ月間に延長されます。これは、単なる情報開示の不備が、企業にとって長期的な法的リスクにつながり、売上全体に影響を及ぼす可能性があることを示しています。 

この重要な相違点は、以下の表にまとめることができます。

イギリス日本
法制度消費者契約(情報、キャンセルおよび追加料金)規則2013年(Consumer Contracts Regulations 2013) 特定商取引法(通信販売) 
クーリングオフ権の有無原則として14日間の無条件クーリングオフ権が与えられる原則としてクーリングオフ制度の適用外
返品特約の有効性法律上のクーリングオフ権を無効にする返品特約は無効となる返品に関する特約を明示すれば、その特約に従うことが可能

事業者による情報開示義務と透明性

オンライン取引の事業者は、消費者契約規則に基づき、ウェブサイト上で自社の詳細(企業名、所在地、メールアドレス、会社登録番号、VAT番号など)を明確に表示する義務を負います。さらに、商品の説明、価格(税込み)、支払い方法、配送手配、キャンセルポリシーなど、多岐にわたる情報を契約締結前に透明かつ明確に表示しなければなりません。

イギリス法における情報開示義務は、単に消費者の便宜を図るためのものではありません。CRA 2015は、不当な契約条項を無効化する規定(Part 2)を含んでおり、契約の「透明性(transparency)」が非常に重視されています。情報開示の不備は、契約全体が不当であると見なされるリスクを高め、結果として法的措置の対象となる可能性があります。 

イギリスの消費者保護とデータ保護の重なり合う領域

イギリスの法制度を深く理解するには、CRA 2015とデータ保護関連法規がどのように絡み合っているかを把握することが不可欠です。

UK GDPRとDPA 2018の概要と日本法との比較

イギリスのデータ保護法制は、EUを離脱後も効力を維持する「イギリスGDPR(UK General Data Protection Regulation)」と、それを補完する国内法である「データ保護法2018年(Data Protection Act 2018)」によって構成されています。これらの法律は、個人データの処理に関する厳格な原則を定め、データ主体にアクセス権や消去権などの様々な権利を付与しています。

日本とイギリスは、双方のデータ保護制度が「十分な保護水準にある」と認定(adequacy decision)し、個人データの自由な流通を許可しています。これは、日本企業がイギリスに進出する際のデータ移転の障壁を大幅に下げていますが、UK GDPRが日本の個人情報保護法と比較して、より厳格な要件を定めている点を無視してはいけません。

PECR(プライバシーおよび電子通信規則)との関係性

PECR(Privacy and Electronic Communications Regulations 2003)」は、UK GDPRと並行して適用される特別な規則です。この法律は、特に電子メールやSMSなどのダイレクトマーケティング、およびウェブサイトにおけるクッキーの利用を厳格に規制しています。

日本企業が最も見落としがちなポイントは、PECRの適用範囲がUK GDPRを超えているという点です。UK GDPRが「個人データ」の処理に焦点を当てているのに対し、PECRは個人を特定できない場合でも適用されます。例えば、企業の一般的なメールアドレス(例:[email protected])へのマーケティングメールは、個人データではないためUK GDPRの対象外となり得ますが、PECRの「電子マーケティング」の規制対象となります。このPECRの「個人データを超えた適用」という側面を深く理解し、適切な同意(opt-in)メカニズムを構築することが不可欠です。 

イギリスのコンプライアンスと違反時の対応

イギリスのコンプライアンスと違反時の対応

消費者の権利が侵された場合、それを執行する機関の権限と、近年の執行動向を理解することは、予防的なコンプライアンス構築に直結します。

主要な執行機関の役割

イギリスの消費者法執行は、主に2つの機関が担います。一つは、広範な市場調査や、競争法および消費者保護法違反に対する大規模な執行活動を行う競争・市場庁(CMA: Competition and Markets Authority)です。もう一つは、地域レベルで消費者保護法を執行する地方自治体の部署であるトレーディング・スタンダーズ(Trading Standards)です。トレーディング・スタンダーズは、個別の消費者の苦情を受け付け、不正な商慣行を調査・是正する役割を担います。

CRA 2015の施行から年月が経過し、法執行のあり方にも大きな変化が見られます。2024年4月6日から施行された「デジタル市場・競争・消費者法(DMCCA 2024)」は、CMAに大きな権限強化をもたらしました。これにより、これまで裁判所を介して行っていた罰金賦課や命令を、CMAが直接下せるようになり、法執行がより迅速かつ大規模に行われる可能性が高まっています。

CMAが注力する近年の執行動向

CMAは、特にデジタル市場における不正行為に注目しており、DMCCA 2024によって以下の3つの慣行を「禁止された慣行」として厳しく取り締まる方針を明確にしています。

第一に、「ドリッププライシング(Drip Pricing)」です。これは、広告された価格に、決済直前になって避けられない追加料金(予約手数料など)が加算される慣行を指します。

第二に、「フェイクレビュー(Fake Reviews)」です。虚偽のレビューや、報酬と引き換えに書かれたにもかかわらずその旨を隠しているレビューの投稿・掲載を禁止します。

第三に、「サブスクリプションの罠(Subscription Traps)」です。解約手続きを意図的に複雑にし、消費者が契約を終了させるのを困難にする慣行です。

DMCCA 2024の施行とCMAの新たな方針は、イギリスの法執行が「違反行為への事後対応」から「市場全体のリスクの事前抑制」へとシフトしていることを示しています。特に、フェイクレビューについては、プラットフォーム事業者に対し、不正なレビューを予防・除去するための「合理的かつ比例的な措置」を講じる義務が課されています。これは、単に法を破らないだけでなく、自社のビジネスモデルやシステム自体にコンプライアンスを組み込む、より積極的な姿勢が求められていることを意味します。罰金は全世界売上高の最大10%に達する可能性があるため 、日本企業はウェブサイトのユーザーエクスペリエンスや規約を包括的に見直し、事前対策を講じることが急務であると言えるでしょう。 

まとめ

イギリスの消費者・データ保護法制は、CRA 2015、UK GDPR、PECRといった複数の法律が複雑に絡み合い、相互に影響を及ぼしあう重層的な構造を形成しています。日本企業がイギリス市場で持続的な成功を収めるためには、単一の法律に準拠するだけでは不十分であり、これらの法規制を網羅する総合的かつ体系的なコンプライアンス戦略が不可欠です。

特に、オンライン取引におけるクーリングオフ権の考え方や、CMAによるドリッププライシング、フェイクレビューといった新たな取り締まりの動向は、日本での慣行が通用しないことを示しています。当事務所は、イギリス法に精通した弁護士チームを有しており、現地の法務調査、ウェブサイトの利用規約およびプライバシーポリシーの作成、コンプライアンス体制の構築、および日々の事業運営における法的アドバイスを通じて、貴社のイギリス事業を強力にサポートすることができます。複雑なイギリスの法制度を味方につけ、安心安全な事業展開を実現するため、お困りの際はぜひお気軽にご相談ください。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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