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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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マルタのビザ取得とシングルパーミット制度

マルタのビザ取得とシングルパーミット制度

地中海の中心に位置し、温暖な気候と歴史的な街並みで知られるマルタ(正式名称、マルタ共和国)は、近年、欧州での事業展開や新たな生活の場を求める日本人にとって、魅力的な選択肢となっています。しかし、この国のビザ・在留制度は、EU加盟国としての国際的な枠組みと独自の国内法が複雑に絡み合っており、日本の法制度とは異なる点が多々存在します。特に、短期滞在はシェンゲン協定によりビザ免除の恩恵を享受できる一方で、就労や留学、家族滞在といった中長期の滞在を目指す際には、その制度の全体像と詳細な要件を正確に理解することが不可欠です。

本記事では、マルタのビザ制度を、日本の出入国管理法との比較を通じて専門的に解説します。単なる手続きの説明に留まらず、各ビザの法的根拠や、欧州の判例から浮かび上がる制度的課題にも触れることで、マルタへの移住・滞在を検討されている皆様に、より深く、実用的な洞察を提供することを目指します。

マルタのビザ制度と関連政府機関

マルタの外国人による滞在許可制度は、その目的と期間に応じて、複数の法令と行政機関によって運用されています。これは、日本の出入国管理及び難民認定法が一元的に出入国在留管理庁によって所管されるシステムとは根本的に異なる特徴です。

マルタにおける滞在許可の種類

マルタのビザ制度は、滞在期間と目的に応じて主に3つの類型に分類されます。まず、シェンゲン協定に基づき、観光や短期商用を目的とし、90日以内の短期滞在を許可する短期滞在ビザ(Cビザ)があります。日本国籍者はこのビザの免除対象です。次に、90日を超える長期滞在を目的とするナショナルビザ(Dビザ)が存在します。これは就労、留学、家族滞在など、特定の目的のために付与されるものです。これらのビザは、マルタの法律であるImmigration Act (Cap. 217)およびその付属法規(Subsidiary Legislation)によって詳細に定められています。最後に、移住や永住を目的とする長期の居住許可証があり、これらは各プログラムの要件を満たすことで取得が可能となります。 

ビザ申請を管轄する主要機関

マルタのビザ・在留管理は、単一の省庁が管轄するのではなく、複数の政府機関が連携して行います。最も中心的な役割を担うのが「Identità」です。この政府機関は、ビザの発行を担う「Central Visa Unit (CVU)」と、居住許可証の発行を担う「Expatriates Unit」を傘下に置いています。さらに、市民権関連の手続きは「Community Malta Agency」が独立して管轄しています。

この行政機構の分掌体制は、日本の出入国在留管理庁が、入国から在留管理、さらには帰化申請に至るまで、基本的に一元的に所管しているシステムと大きく異なります。日本のシステムに慣れた日本人にとっては、手続きの複雑性や窓口の多さに戸惑う原因となる可能性があります。例えば、長期ビザで入国した後に、滞在許可証の申請は別の機関であるExpatriates Unitに移行する必要があるため、申請者は常にどの段階でどの機関に連絡すべきかを把握しておかなければなりません。このような分掌体制は、実務上、各機関間の連携が不可欠であり、書類のたらい回しや手続きの遅延といった問題が生じやすくなる傾向があります。このため、マルタへの移住を検討する際には、専門家によるサポートの重要性が高まると言えるでしょう。 

マルタの就労・専門職向けビザとシングルパーミット制度

マルタの就労・専門職向けビザとシングルパーミット制度

マルタでの就労を希望する非EU/EEA/スイス国民にとって、最も一般的な選択肢は「シングルパーミット」制度です。この制度は、日本の在留資格制度とは異なる独自の要件を含んでおり、特に日本の企業が海外進出を検討する際には、その違いを正確に理解しておくことが不可欠です。

「シングルパーミット」制度の解説

マルタの就労・滞在制度の根幹をなすのが「シングルパーミット」です。これは、就労許可(Employment Licence)と滞在許可(Residence Permit)を一本化したもので、Immigration Status (Single Permit) Regulations (S.L. 217.17)によって定められています。この制度の最大の特徴は、マルタの雇用主がオンラインポータルを通じて申請を行う点にあります。申請者は、雇用主が提出した情報の確認と、バイオメトリクス(生体認証)データの登録、および関連費用(初回600ユーロ)の支払いを担当します。 

このシングルパーミット制度は、申請における雇用主の役割がより重いという点で、日本の在留資格制度と大きく異なります。マルタでは、シングルパーミットの申請に際し、雇用主がその職務に「マルタ人やEU市民では適切な人材がいない」ことを証明する「労働市場テスト」と呼ばれる義務が課されます。具体的には、雇用主が適切な現地メディアに最低3週間、求人広告を掲載したことを証明しなければなりません。一方、日本の制度では、弁護士や行政書士が代理で申請を行うことが可能であり 、雇用主が「代替労働力の不在」を証明する要件は一般的にはありません。この違いは、就労ビザ取得の難易度を根本的に左右します。

マルタでは、申請者の資格だけでなく、現地の労働市場動向に依存する構図が、日本の企業がマルタにキーパーソンを派遣しようとする際に、予期せぬ時間的コストや手続きの困難さを生じさせる可能性があることを示唆しています。 

高度専門職向けの特別制度

マルタは高度なスキルを持つ外国人の受け入れを積極的に推進しており、迅速な審査プロセスを持つ特別なプログラムを用意しています。その一つが「Key Employee Initiative (KEI)」です。これは、高度技術職または管理職向けに設計されており、年間給与が€30,000以上で、関連する資格や職務経験があることが要件となります。この制度の最大の特徴は、審査期間がわずか5日と非常に迅速であることです。 

また、「EU Blue Card」は、EU全体で統一された制度で、高度な資格を持つ専門家が対象です。マルタでの平均年間総賃金の1.5倍以上の収入が要件となります。これらの制度は、日本の「高度専門職」ビザと共通の目的を持っていますが、要件には違いが見られます。日本の制度は学歴、職歴、年収などをポイント制で評価するのに対し 、マルタはよりシンプルな年収や職務内容に焦点を当てています。なお、マルタの雇用関連法規の根幹をなすEmployment and Training Services Act (Cap. 343)は、2018年施行のAct XXXIX of 2018によって廃止され、Cap. 594に移行しています。この法改正は、マルタ政府が労働市場の規制を時代に合わせて見直していることを示唆しています。 

マルタの留学・家族滞在ビザとその他のビザ

就労目的以外の滞在においても、マルタのビザ制度は、日本のそれとは異なる独自の要件を定めています。特に、申請者が十分な財政能力を有していることを証明する要件には、注意が必要です。

留学ビザの要件と注意点

90日を超える留学には、ナショナルビザ(Dビザ)の申請が必要です。申請者は、マルタの教育機関からの入学許可書、授業料の支払い証明に加え、最も重要なのが「十分な財政証明」です。マルタの公式な要件では、滞在期間中、毎月€950相当の最低残高があることを、過去3ヶ月間の銀行取引明細書で証明する必要があります。単なる残高証明書だけでは不十分であり、資金の出所を明確に示すことが求められます。この点は、資金証明の方法が比較的柔軟な日本の基準と比較して厳格であると言えます。 

家族再統合(Family Reunification)ビザの要件

マルタの家族再統合ビザは、長期滞在許可を持つ外国人の家族を呼び寄せるためのもので、Immigration Act (Cap. 217)の付属法規であるSubsidiary Legislation 217.06に基づいています。主な要件は、スポンサーが以下の条件を満たすことです。 

  1. 居住期間:原則として、マルタに2年以上合法的に居住していること。ただし、個別の状況に応じて2年未満でも検討されることがあります。
  2. 財政能力:家族全員を扶養できる安定した収入があること。具体的には、マルタの平均賃金に、家族1人あたり20%を加えた金額以上の収入または資産を証明する必要があります。
  3. 住居:家族全員が住むのに適切な広さと安全基準を満たす住居を確保していること。
  4. 関係証明:結婚証明書や出生証明書など、家族関係を証明する公的な書類を提出すること。

この制度は、日本の「家族滞在」の在留資格と非常に似ており、扶養者である外国人が扶養能力を証明し、家族関係を証明する必要がある点も共通しています。マルタの制度は、日本と同様、家族の安定した生活環境を重視していることがわかります。

マルタ日本
ビザ制度の名称シングルパーミット (Single Permit)在留資格(技術・人文知識・国際業務など)
就労・滞在許可の統合統合されている(就労許可と滞在許可が一体) 別個の概念(在留資格と就労資格証明書)
雇用主の役割雇用主が申請を主導し、地元・EUからの代替人材がいないことを証明する義務あり申請人・代理人・雇用主が申請可能で、代替人材の不在証明は原則不要
最低給与要件特定の高度専門職向けプログラムにのみ適用(KEIは€30,000以上)特定の高度専門職ビザにのみ適用(ポイント制)
家族滞在の名称家族再統合 (Family Reunification)家族滞在
扶養能力証明スポンサーの収入がマルタの平均賃金+家族1人あたり20%の収入・資産を証明扶養者が扶養能力を証明できること(具体的な金額基準は職種・家族構成による)
居住期間の要件スポンサーは原則2年以上合法的に居住していること扶養者の在留期間が有効であること

その他の滞在制度

マルタと日本の間では、2025年1月よりワーキングホリデー協定が発効しました。これにより、18歳から30歳の日本人が、マルタで最長1年間、休暇を過ごし、その費用を補うための就労も可能になります。これは、マルタの文化や生活を体験する上で、非常に価値のある選択肢です。その他、リモートワーカー向けの「デジタルノマドビザ」など、現代の働き方に合わせた新しい制度も導入されています。

マルタのビザ制度における法的課題と不服申立

マルタのビザ制度には、国際的な法規範に照らして重要な課題があることが、欧州の高等裁判所の判例によって明らかになっています。これらの課題は、単なる手続きの遵守にとどまらない、より深い法的リスクを申請者に示唆しています。

Immigration Appeals Board (IAB)による不服申立制度

マルタのビザや滞在許可の申請が却下された場合、申請者はImmigration Appeals Board (IAB)に対して不服を申し立てる権利があります。申請拒否通知から、ビザ申請の場合は15日以内、シングルパーミット申請の場合は3営業日以内という非常に短い期限内に申し立てを行う必要があります。この不服申立制度は、日本の入管法における不服申立制度に相当するものです。しかし、マルタのIABは、その実態において重大な課題を抱えていることが、欧州人権裁判所(ECHR)の判例によって指摘されています。 

判例から見る制度的課題と日本法との異同

欧州人権裁判所は、J.B. v. Malta判決(2025年1月7日)において、マルタのIABが、大臣による広範な裁量で委員が任命されるなど、その独立性が構造的に欠如していると指摘し、司法機関としての性格を持たないと断じました。これは、IABがIdentitàから自律した機関であるとするマルタ政府の主張と真っ向から対立するもので、マルタの移民制度における「法の支配」の脆弱性を示すものだと言えるでしょう。日本の行政不服審査法に基づく審査請求は、独立した第三者機関である審査会による審理を通じて、公正な判断が期待されます。しかし、マルタのシステムでは、ビザ拒否に対する不服申立手続きが、実質的に有効な救済手段として機能しない可能性があると言えるでしょう。 

さらに、Suso Musa v. Malta判決(2012年7月23日)では、不法入国者に対する自動的な収容措置が、個別具体的な状況を考慮せずに行われることの問題点が指摘されました。ECHRは、個人の状況に応じた「より強制力の低い措置」の検討を求めています。

これらの判例が示すように、マルタでは移民・ビザ関連の行政手続きにおいて、行政裁量や手続きの公正性が国際的な法的基準に照らして厳しく問われています。

マルタ永住権プログラム(MPRP)と市民権プログラム(MEIN)

マルタ永住権プログラム(MPRP)と市民権プログラム(MEIN)

マルタ政府は、経済的貢献を主な要件とする特別な滞在・市民権プログラムを提供しています。これらは本記事の主要テーマではありませんが、その概要と法的背景について簡潔に解説します。

マルタ永住権プログラム(MPRP)

Malta Permanent Residence Programme (MPRP)は、非EU/EEA/スイス国民がマルタの永住権を取得するための制度です。主な要件は、一定額の政府への貢献金、慈善団体への寄付、そして不動産への投資です。なお、これらの投資要件の金額は、時期や情報源によって変動しているため、申請に際しては最新の法令を確認することが不可欠です。この変動性は、専門家による正確な情報収集の必要性を強く示唆しています。 

マルタ市民権プログラム(MEIN)と欧州司法裁判所の判例

マルタ政府が提供してきたMalta Citizenship by Naturalisation for Exceptional Services by Direct Investment (MEIN)は、直接投資による市民権付与制度として知られていましたが、重大な法的転換点を迎えています。欧州司法裁判所(ECJ)は、European Commission v Republic of Malta (Case C-181/23) 判決(2025年4月29日)において、このプログラムがEU法に違反すると判断しました。ECJは、このプログラムが国籍を「あらかじめ定められた支払いまたは投資と引き換えに実質的に付与する」「取引的な手続き」であり、市民権が有する「特別な連帯関係」の概念と相容れないと結論付けました。 

この判決は、単にマルタのプログラムの合法性を問うだけでなく、EU全体における「市民権の売買」という慣行そのものに明確な境界線を引くものです。ECJは、国籍の付与は加盟国の主権的権限であるとしつつも、その権限はEU法の枠内で誠実に行使されなければならないという原則を改めて示したと言えるでしょう。

まとめ

マルタのビザ取得は、日本の法制度とは異なる独自の枠組みの中で運用されており、その手続きは複雑かつ多岐にわたります。就労、留学、家族滞在といった一般的なビザにおいても、雇用主の役割、財政証明の厳格性、そして法運用の実態に至るまで、日本との重要な違いが数多く存在します。

特に、欧州の高等裁判所の判例が示すように、不服申立て制度の構造的課題や、市民権プログラムの合法性そのものへの疑義は、単なる手続きの遵守にとどまらない、より深い法的リスクを内包していることを示唆しています。このような複雑な法制度の網の目を正確に読み解き、適切な申請戦略を立てるには、専門的な知見が不可欠です。

モノリス法律事務所は、日本の企業や個人がマルタを含む海外で直面するであろう、これらの複雑な法務問題に対し、現地の最新情報と判例に基づいた総合的なサポートを提供します。海外での事業展開や新たな生活を検討されている際には、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。信頼できるパートナーとして、皆様の円滑な海外進出を全力で支援いたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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