就労継続支援B型事業所の工賃支給規程における重要ポイント

就労継続支援B型事業所の経営者が直面する法的脅威のなかで、最も致命的となり得るのが、利用者に支払う「工賃」が労働基準法上の「賃金」であると行政または司法に判断されるリスクです。
就労継続支援事業には、利用者と雇用契約を結び最低賃金が保障されるA型(雇用型)と、雇用契約を結ばないB型(非雇用型)が存在し、B型で支払われる「工賃」は、生産活動の対価であり、利用者の訓練や自立支援を目的とした給付という法的性質を持ちます。このため、B型事業所は最低賃金法の適用を受けません。
しかし、もし事業所の実態や工賃支給の運用が、労働基準法上の「労働の対償」と見なされる要素を強く帯びていた場合、労働基準監督署の指導や、利用者からの未払い賃金請求訴訟(バックペイ)に発展する可能性があります。令和5年度のB型事業所の平均工賃月額が約19,882円であるのに対し、A型事業所の平均賃金月額は約85,056円であることからも、この「賃金誤認リスク」が現実化した場合、事業継続が困難となるほどの巨額の財務的打撃を被ることは明らかです。
そして、このリスクを避けるために極めて重要なのが、工賃支給規程を、適正な内容で整備し、適性に運用することです。本記事では、就労継続支援B型事業所の工賃支給規程における重要なポイントについて詳しく解説します。
この記事の目次
就労継続支援B型事業所の工賃支給規程の法的・経営的機能
就労継続支援B型事業において工賃支給規程を整備することは、上記のリスクを回避するための防御策です。この規程は、単なるマニュアル作成に留まらず、事業者が「利用者との間に雇用関係はない」ことを法的に証明するための、以下二つの重要な機能を果たします。
まず、労務リスクの明確な否定です。規程を通じて、工賃が「労働の対償」ではなく、「恩恵的給付」または「生産活動の対価」であることを法的に確立し、最低賃金法・労働基準法の適用を受けない根拠を明確にする必要があります。
次に、運営の透明性確保です。利用者やその家族、行政監査員に対し、工賃の計算方法、支給条件、および各種手当の性質が公正かつ合理的であることを明示し、事業運営の信頼性を担保します。
就労継続支援B型事業所における工賃と賃金の法的境界線

労働基準法上の「賃金」とは、「労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」を指します。B型事業所の工賃が賃金と見なされないためには、その支給が「恩恵的給付」または「生産活動の対価」としての性質を保持し、労働の対償ではないことを、規程上および実態面で明確に打ち出す必要があります。
具体的には、工賃が利用者の「労働時間」や「出勤日数」に対して一律に支払われる構造になっていると、「労働の対償」と見なされるリスクが極めて高まります。そのため、工賃支給は、あくまで生産活動の成果や実績に連動して支払われる構造にすることが、賃金誤認を防ぐための核となります。
さらに、事業所内での全ての文書や利用者への説明において、「賃金」「給与」「時給」といった労働法上の用語を一切使用せず、「工賃」「工賃単価」に統一することも、形式的な側面から賃金誤認リスクを避ける上で極めて重要です。
就労継続支援A型(雇用型) | 就労継続支援B型(非雇用型) | |
---|---|---|
契約形態 | 雇用契約あり | 雇用契約なし |
支払の法的性質 | 賃金 | 工賃(生産活動の対価) |
最低賃金の保障 | あり(義務) | なし(原則) |
R5年度平均月額 | 約85,056円 | 約19,882円 |
就労継続支援B型事業所の工賃支給規程に必要な7つの条項とチェックポイント
目的条項の明確化
工賃支給規程の冒頭で、その目的が労働の対償ではないことを規定する必要があります。具体的には、本規程が障害者総合支援法に基づく就労支援の一環であり、利用者の自立支援と社会参加を促進することを目的として定めるもので、雇用契約に基づくものではないことを明確に宣言します。
定義条項による賃金との峻別
これは法的リスクを直接回避するための最も重要な条項の一つです。規程において、工賃と賃金の区別を明確に規定し、「本規程で定める工賃は、労働基準法第11条に定める賃金ではない」ことを法的な文言で打ち出す必要があります。この定義が規程全体の解釈を決定づけ、最低賃金法適用のリスクを排除する形式的な根拠となります。
作業時間・計算方法の明確化
工賃の支給が「時間」ではなく「活動」の対価であることを担保するため、作業時間と工賃算定の関係を明確に規定します。所定の作業時間(例:午前9時〜午後3時)を規定した上で、工賃計算の単位を「30分」や「1時間」など、事業所の実情に合わせて利用者にも分かりやすいよう具体的に定めなければなりません。さらに、遅刻・早退・欠席の場合の工賃算定方法についても、実作業時間に対する工賃のみを支給するなど、その扱いを具体的に定めます。
工賃額および上限設定の整合性チェック
工賃の額は、個別の生産活動に対する単価や算定基準(例:製品の納品単価の〇%を還元)を具体的に記載して決定します。仮に月額の上限額(例:月5万円)を設ける場合、その設定の合理性が問われます。工賃単価と実際の稼働実績(稼働時間)から算出した総額が、もし定めた上限額を恒常的に超える見込みがある場合、それは恣意的な上限設定と見なされ、規程の改訂が必須となります。上限設定を行う場合は、「工賃単価 × 稼働時間(実績)」の総額と上限額の数値的な整合性を厳密に確認し、利用者に不利益な規定とならないよう配慮しなければなりません。
各種手当の支給条件と法的性質
通勤手当や皆勤手当、特別手当などを支給する場合、その支給条件を詳細に明記し、不公平感の回避と法的性質の担保を行います。特に、これらの手当は「賃金」と誤認されやすいため、手当が労働の対償としての「賃金」ではなく、利用者の自立支援を目的とした恩恵的給付であることを、規定の文脈で明確にする必要があります。また、通勤手当を実費支給とする場合は、ガソリン単価や経路選定基準など、合理的な計算根拠を必ず規程に明記し、恣意的な判断を排除することが求められます。
支給日および支払方法の明確化
工賃の支給に関する経理処理上の適正性を確保し、利用者とのトラブルを防ぐために、工賃の締め日、支給日、支払方法(現金または口座振込)を明確に記載します。口座振込の場合、振込先名義が利用者本人名義であることを原則とすることも明記します。また、日払いなど例外的な支払いを行う場合の条件も併せて明記し、運用を統一することで恣意的な運用を防ぎます。
例外規定(作業不能時の扱い)の明文化
作業時間外の活動や、利用者側の事情で作業できなかった場合の工賃の扱いを明確にする例外規定を設けます。例えば、個別支援計画に基づく面談、体調不良による休憩、または研修参加など、利用者の責に帰さない事由により作業ができなかった場合の工賃発生の有無や算定方法を明確に規定します。これにより、サービス等利用計画に位置づけられた活動に対する工賃の扱いが明確になり、柔軟な支援が可能になります。
就労継続支援B型事業所が行政指導・訴訟を避けるための運用

「賃金」という用語の排除と研修
実務において、職員間で「利用者に給与を支払う」「今月の時給はいくらか」といった誤った表現が日常的に使われることは、雇用契約と誤認される決定的な証拠となりかねません。そのため、職員や管理者を対象に、A型とB型の法的区別、および工賃が賃金ではないことの意義を徹底するための研修を定期的に実施し、規程に定めた用語の厳格な使用を義務付ける必要があります。
算定根拠の記録と数値整合性の証明
行政監査や訴訟では、工賃の計算が規程通りに行われているか、そしてその結果が合理的に導かれているかが検証されます。この証明のために、日々の記録管理体制の構築が必須となります。個々の利用者が行った具体的な生産活動の内容、実績量、およびその活動に費やした時間を詳細に記録する作業日誌を作成し、工賃単価と実績量に基づき、工賃がどのように算定されたかを明確に示せる計算プロセス記録を残す必要があります。特に、通勤手当の実費支給については、領収書やガソリン単価の根拠資料を整理することが必須となります。
利用者契約書との連動
工賃支給規程は、利用者との「利用者契約書」の一部として機能する必要があります。利用者契約書の「生産活動・工賃条項」において、B型事業所は非雇用型であり「工賃」を支払うこと、そしてその支給に関する詳細は「工賃支給規程」によることを明記し、両文書間の整合性を保たなければなりません。この連動性により、利用者は契約段階で工賃の法的性質と支給ルールを理解し、将来的な誤解やトラブルを未然に防ぐことができます。
2024年以降のコンプライアンス戦略との統合
2024年度の介護報酬改定では、高齢者虐待防止措置や業務継続計画(BCP)の未策定に対する減算措置が導入されるなど、法令遵守の重要性が一層高まっています。工賃支給の適正化は、単なる労務問題に留まらず、事業所全体の運営基準遵守体制の一部として位置づけられます。工賃問題の解決を含め、トラブルを未然に防ぐ体制を構築することが、行政処分や減算リスクを回避するための総合的な防御となります。
まとめ:就労継続支援B型事業所の工賃支給規程は弁護士に相談を
就労継続支援B型事業における工賃支給規程の整備は、障害者総合支援法という福祉法と、労働基準法・最低賃金法という労働法の全く異なる法体系の交差点にある、極めて専門性の高い作業です。規程の文言一つ、実務上の運用一つで、最低賃金法違反という致命的なリスクに直結します。
工賃支給規程の作成・審査においては、労働法上の「賃金」と判断されるリスクを排除するための具体的な文言の調整と、実務運用指導に重点を置いており、将来の未払い賃金請求という予期せぬ負債から事業所を守ります。
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モノリス法律事務所は、複雑な介護・障害福祉業界の深い理解と、緻密な契約書・規程作成のノウハウを融合させ、事業者のコンプライアンス戦略全体をサポートします。一般社団法人 全国介護事業者連盟や、全国各都道府県の介護事業者の顧問弁護士を務めており、介護事業に関連する法律に関しても豊富なノウハウを有しております。
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