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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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エストニアの会社法を弁護士が解説

エストニアの会社法を弁護士が解説

「電子国家」として世界的に注目を集めるエストニア共和国(以下「エストニア」)は、その先進的なデジタルインフラを基盤に、スタートアップや外国企業にとって魅力的なビジネス環境を整備し続けています。特に、e-Residency(電子国民制度)などを通じて、国境を越えた起業を積極的に奨励してきました。こうした政策の一環として、エストニアの会社法制(その中心は商法 (Commercial Code) にあります)は、時代の要請に合わせてダイナミックな変更が加えられています。

2023年には、エストニアの会社法において二つの大きな変革がありました。一つは、起業のハードルを劇的に下げる規制緩和です。2023年2月1日、非公開会社(Osaühing, OÜ)の最低資本金要件(従来の2,500ユーロ)が撤廃され、理論上1ユーロセントからでも会社を設立できるようになりました。これは、日本の「1円会社」設立を可能にした法改正と軌を一にするものですが、エストニア独自の留意点も存在します。

もう一つの変革は、デジタル国家らしい透明性と効率性の追求です。2023年9月1日より、OÜの株主名簿の管理が、従来の会社経営陣から国の商事登記簿(Commercial Register)に一元化されました。これにより、株主情報の信頼性が公的に担保され、M&Aなどの取引における透明性が格段に向上しました。

しかし、エストニアは同時に、新たな地政学的リスクにも対応しています。起業促進や規制緩和とは対照的に、2023年9月1日には「外国投資信頼性評価法 (Foreign Investment Reliability Assessment Act)」が施行されました。これは、EU域外の投資家が国の安全保障や公共秩序に関わる重要分野(インフラ、エネルギー、通信など)に投資する際、政府機関による事前のスクリーニング(審査・承認)を義務付けるもので、日本の外為法(対内直接投資規制)とも通じる制度です。

本記事では、エストニアでのビジネス展開をご検討されている日本企業の経営者様、法務ご担当者様に向けて、これら2023年の重要な法改正—「最低資本金要件の撤廃」と「株主名簿管理の一元化」、そして「外国投資規制の導入」—に焦点を当て、その具体的な内容と、日本法との違いや実務上の留意点について詳しく解説します。

2023年エストニア商法改正①:最低資本金要件の撤廃

エストニアで事業を行う日本企業にとって、最も一般的な会社形態は非公開会社(Osaühing、略称OÜ。日本の合同会社や小規模な株式会社に相当)です。2023年の商法改正は、このOÜの設立手続きに大きな影響を与えました。

改正の概要:2,500ユーロから1セントへ

2023年2月1日、エストニア商法 (Commercial Code) の改正法が施行され、それまでOÜの設立に義務付けられていた最低2,500ユーロの資本金要件が完全に撤廃されました。

改正前の商法では、OÜの資本金は最低2,500ユーロと定められており、さらに一定の条件(設立者が自然人のみ等)の下で、資本金の払込みを将来に繰り延べる(貢献なしで設立する)制度が広く利用されていました。しかし、この繰延べ制度は、会社の実態的な財産基盤が不明確になるという問題も指摘されていました。

今回の改正により、最低資本金要件そのものがなくなった結果、株式の最低額面価額である1ユーロセント(商法第148条(1)項)が、理論上の最低資本金額となりました。

エストニアの法令データベース(Riigi Teataja)で公開されている商法の最新版は、以下のURLから確認できます。

日本法との比較と実務上の留意点

日本の会社法でも、最低資本金制度(株式会社1,000万円、有限会社300万円)が2006年に撤廃され、資本金1円での会社設立が可能になりました。この点において、エストニアの改正は日本と同様に、起業の初期ハードルを大幅に下げる政策的意図からなされたものと言えるでしょう。

しかし、エストニアの制度には、日本法とは異なる重要な留意点が2つ存在します。

1. 資本金繰延べ制度の廃止

改正と同時に、前述の「資本金の払込みを繰り延べる制度」は廃止されました。つまり、設立時に最低1ユーロセントであっても、資本金は実際に払い込まれなければなりません。これは、名目だけで実態のない会社(いわゆるペーパーカンパニー)の設立を防ぎ、わずかであっても会社に実質的な財産基盤を持たせることを意図したものと考えられます。

2. 2,500ユーロ未満の資本金と株主の潜在的責任

最も注意すべき点は、資本金を2,500ユーロ未満に設定した場合の潜在的なリスクです。商法改正と同時に、破産法 (Bankruptcy Act) にも関連規定が追加されました。

仮に、資本金が2,500ユーロ未満(例えば100ユーロ)のOÜが破産手続に入った場合、会社の資産が破産手続の費用(特に臨時管財人 (temporary trustee) の報酬)を賄うのに不十分なとき、裁判所は株主に対し、資本金額と2,500ユーロとの差額(この例では2,400ユーロ)を上限として、その費用を支払うよう命じることができるとされています。

これは、日本の株式会社や合同会社の「有限責任」(出資額の範囲内でのみ責任を負う)の原則とは異なる、エストニア独自の制度です。資本金の額を低く設定する自由が認められた一方で、その額が伝統的な最低ライン(2,500ユーロ)に満たない場合は、一定の状況下で株主が追加的な負担を負う可能性が残されたのです。エストニアでOÜを設立する際は、この点を十分に考慮し、資本金額を決定する必要があります。

2023年エストニア商法改正②:株主名簿管理の商事登記簿への一元化

2023年の商法改正におけるもう一つの柱が、OÜの株主名簿の管理方法の変更です。これは2023年9月1日に施行されました。

改正の概要:経営陣から登記所へ

改正前のエストニア商法では、OÜの株主名簿は、会社の経営陣 (Management Board) が自ら管理・保持する責任を負っていました。商事登記簿にも株主情報は登録されていましたが、その法的効力は「情報提供的なもの」とされ、必ずしも最新の正確な状態を反映しているとは限りませんでした。

今回の改正により、この株主名簿の管理義務が経営陣から商事登記簿 (Commercial Register)、すなわち国の登記システムへと完全に移管されました。

これにより、OÜの株主(エストニア語で “Osanik”)に関する情報は、不動産登記や商業登記と同様に、国が管理する公的な登記簿によって一元的に管理されることになりました。株式の譲渡や相続による株主の変更は、登記簿上の書き換え(登記)が行われて初めて法的な効力を持つことになります。

日本法との比較と実務への影響

この改正は、日本法との比較において非常に大きな違いを示すものです。

日本の株式会社において、株主名簿は会社自身(または株主名簿管理人たる信託銀行等)が管理するものであり、法務局の登記簿(登記事項証明書)に株主の氏名や住所が記載されることはありません(ただし、設立時や役員変更時の一部書類として提出されることはあります)。株主の変動は、会社と株主(または株式取得者)との間の手続きで完結します。

一方、日本の合同会社では、「社員」(出資者)の氏名・住所は登記事項であり、登記簿に記載されます。この点において、エストニアの新しいOÜ制度は、日本の合同会社に似た側面を持つと言えます。

しかし、エストニアの改正は、単なる登記にとどまらず、株主名簿という「会社内部の記録」そのものを国の登記システムに統合した点に特徴があります。

この変更が日本企業に与える影響として、特にM&Aやデューデリジェンス(DD)の場面が挙げられます。従来は、対象会社の経営陣が提示する株主名簿の正確性を検証する必要がありましたが、今後は、国の商事登記簿から信頼性の高い(公的に裏付けられた)株主情報を直接取得できるようになります。これにより、エストニア企業の買収や合弁事業の設立における法務DDの透明性と効率性が大幅に向上することが期待されます。

2023年新設:エストニアの外国投資信頼性評価法(FDI規制)

2023年新設:エストニアの外国投資信頼性評価法(FDI規制)

2023年、エストニアは起業促進や手続簡素化を進める一方で、国家安全保障の観点から規制を強化する動きも見せました。それが、2023年9月1日に施行された「外国投資信頼性評価法 (Foreign Investment Reliability Assessment Act)」の導入です。

法律の概要と目的

この法律は、EUのFDIスクリーニング規則(Regulation (EU) 2019/452)の国内実施法として位置づけられ、エストニアの国家安全保障や公共秩序を脅かす可能性のある外国からの投資を審査・規制することを目的としています。

背景には、エネルギー、インフラ、通信技術などの重要分野における外国(特にEU域外)の影響力増大に対する、欧州全体での警戒感の高まりがあります。

参考:法令テキスト

規制対象となる投資家と分野

この法律によるスクリーニング(審査)の対象は、以下の要素を両方満たす投資です。

1. 規制対象となる投資家

EU域外(第三国)の自然人または法人が「外国投資家」として定義されます。したがって、日本企業や日本の投資家による直接・間接の投資は、原則としてこの法律の対象となります。

(※EU域内の子会社を通じた投資であっても、最終的な支配者が日本企業である場合は対象に含まれ得ます。)

2. 規制対象となる分野

法律は、エストニアの安全保障や公共秩序にとって重要な経済分野を指定しています。具体的な例としては、以下のような分野で活動する企業への投資が対象となります。

  • ライフライン提供者(エネルギー、ガス、水、交通、運輸など)
  • 通信インフラ、データ処理、金融インフラの運営
  • 軍需品およびデュアルユース(軍民両用)品目の製造・取引
  • 主要メディア(日刊新聞、テレビ、ラジオ等)
  • 港湾、空港、鉄道などの重要インフラの管理・運営

審査当局とプロセス

審査を担当する当局は、消費者保護技術監査局 (Consumer Protection and Technical Surveillance Authority, 略称 CTA または TTJA) です。

対象となる投資を行おうとする外国投資家は、取引を実行するに、TTJAに対して承認申請(届出)を行わなければなりません。TTJAは、その投資がエストニアや他のEU加盟国の安全保障または公共秩序に脅威を与えるかどうかを評価し、承認、条件付き承認、または不承認の決定を下します。承認が得られるまで、その投資(株式取得や資産買収)を完了することはできません。

参考:公式ウェブページ

日本法(外為法)との比較と留意点

このエストニアの新しい制度は、日本の**外国為替及び外国貿易法(外為法)**における「対内直接投資規制」と非常に類似しています。

日本においても、外国投資家が、国の安全保障、公共の秩序の維持等を損なうおそれがある「指定業種」(例:武器、航空宇宙、原子力、電力、ガス、通信、重要インフラなど)に属する日本企業の株式を一定割合以上取得しようとする場合、原則として事前届出が義務付けられています。

エストニアも日本と同様に、原則自由な投資環境を維持しつつ、安全保障上センシティブな分野については、政府が介入できる枠組みを整備したことになります。

エストニアへの進出や投資、特にM&Aを検討する日本企業は、対象企業の事業分野が、この「外国投資信頼性評価法」の規制対象(重要分野)に該当しないか、事前に詳細なリーガルチェックを行うことが不可欠です。該当する可能性がある場合は、TTJAへの事前承認プロセス(申請書類の準備、審査期間など)を十分に考慮したスケジュールを組む必要があります。

まとめ

本記事では、エストニアの会社法に関して、2023年に施行された3つの重要な法制度(最低資本金要件の撤廃、株主名簿管理の一元化、外国投資信頼性評価法の導入)について解説しました。

エストニアの法制度は、「電子国家」としての起業促進と透明性向上のための大胆な規制緩和(資本金撤廃、株主名簿一元化)と、地政学的リスクに対応するための厳格な規制導入(外資規制)という、二つの側面を同時に、かつ迅速に推し進めている点が特徴です。

特に、日本企業がエストニアで会社(OÜ)を設立・運営する際には、日本法との違いを正確に理解することが重要です。資本金を2,500ユーロ未満に設定した場合に株主が負う可能性のある潜在的な責任や、株主情報が国の登記簿で公的に管理される仕組みは、日本の株式会社の制度とは大きく異なります。また、インフラや通信、エネルギーといった分野への投資を検討する際には、新たに導入された外資規制(FDI)の対象とならないか、事前の確認が必須となりました。

これらの法改正は、エストニアでのビジネス展開において、新たなチャンスと留意点の双方をもたらすものです。現地での会社設立、M&A、または規制分野への投資をご検討の日本企業の皆様におかれましては、これらの最新の法制度を遵守し、適切に対応することが成功の鍵となります。

モノリス法律事務所では、エストニアの会社法や外資規制に関する最新の動向を踏まえ、日本企業の皆様の現地進出や事業展開に関する法務面でのご相談について、サポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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