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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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アルメニアでの契約書作成・交渉時に問題となる民法・契約法

アルメニアでの契約書作成・交渉時に問題となる民法・契約法

アルメニアの法体系は、1998年に制定された民法典を基礎とする大陸法(シビル・ロー)系であり、一見すると日本法と類似しているように見えるかもしれません。しかし、その細部には、日本法務の常識からは予測し難い、独自の規定や解釈が数多く存在します。これらの「日本法との違い」を認識しないまま、日本国内や他の国で使用している契約書のひな形(テンプレート)をそのまま流用することは、将来の法務紛争において深刻な不利益を招くリスクを伴います。

本記事では、アルメニアでのBtoB(企業間)取引における契約書作成に際し、日本企業が特に留意すべき主要な論点を、具体的な民法典の条文や現地の判例動向を交えて解説します。特に、BtoB取引における厳格な「書面形式」の要求と、それに違反した場合の「証人尋問の制限」という特異な効果(民法典第298条第1項)、日本企業のひな形を「無効」にしうる「違約金」の二重の上限規制(民法典第372条)、そして「サプライヤーの不履行」を不可抗力と認めない厳格な免責規定(民法典第418条)、さらには「契約の無効性」を巡る仲裁判断の可否に関する近年の重要な法改正まで、実務的な観点から詳説します。これらの特異性を事前に理解し、契約実務に反映させることが、アルメニアでの安定した事業展開の礎となるでしょう。

アルメニアにおける契約の成立要件とオファーの「撤回不能性」

契約の成立要件自体は、日本法と同様、当事者間の「申込み(オファー)」と「承諾(アクセプタンス)」の合致によって成立します。アルメニア民法典第454条によれば、承諾は「完全かつ無条件(full and unconditional)」でなければならないとされています。

しかし、申込み(オファー)の拘束力に関して、日本法とは重要な違いが存在します。日本の民法(第525条)では、承諾期間の定めがない場合、申込みは承諾の通知を発するまでは原則として撤回が可能です。これに対し、アルメニア民法典第452条は、「申込みの撤回不能性(Irrevocability of an Offer)」として、以下のように定めています。

被申込者(相手方)によって受領された申込みは、その承諾のために設定された期間中、撤回することができない。ただし、申込み自体に別段の定めがあるか、またはその申込みの性質もしくは状況から(撤回可能であることが)明らかである場合は、この限りでない。

この規定から言えることは、アルメニア法において、一度相手方に到達したオファーは、日本法におけるよりも強力に、原則として「撤回不能」の拘束力を持つということです。日本企業がアルメニア企業に対し、価格や納期を記載した「見積書」や「提案書」を送付した場合、それが法的に「撤回不能なオファー」とみなされるリスクがあります。もしオファーを発行した後に、原材料費の高騰や為替の急変などの事情変更が生じても、承諾期間中は一方的にオファーを撤回できないという事態に陥りかねません。

実務上の防衛策としては、オファーとしての法的拘束力を意図しない予備的な交渉文書(見積書など)には、それが民法典第453条にいう「申込みの誘引(invitation to make offers)」に過ぎないこと、または、第452条のただし書きに基づき「本オファーは撤回可能である(This offer is revocable at any time.)」と明確に記載することが、極めて重要となります。

アルメニアのBtoB契約書形式に関する重要論点

アルメニアのBtoB契約書形式に関する重要論点

「簡易書面形式」の強行的要件

日本における企業間取引では、契約自由の原則に基づき、契約の「形式」は原則として自由です。口頭での合意も、立証の難しさは別として、法的には有効な契約として成立します。しかし、アルメニア法はこの点で、根本的に異なるアプローチを採用しています。

アルメニア民法典第297条第1項(1)は、取引の形式について、以下のように規定しています。

公証を必要とする取引を除き、以下の取引は『簡易書面形式(simple written form)』で締結されなければならない: (1) 法人相互間、および法人と市民との間の取引

この規定は、BtoB取引のほぼ全て(公証が必要な不動産取引などを除く)において、「書面形式」を法的に要求する強行規定であることを示しています。日本企業がアルメニア企業と行う商取引は、この第297条の適用を直接受けることになります。日本の商慣習にみられるような、電話や会食での「口約束」で取引を先行させ、契約書は後回しにする、といった実務は、アルメニア法下では明確な法令違反となります。

なお、ここでいう「簡易書面形式」とは、必ずしも両当事者が一通の文書に署名することだけを意味するものではありません。実務上の解釈として、郵便、電信、ファクシミリ、または当事者とその意思表示を確実に識別できる電子通信(Eメールなど)による文書の交換も、書面形式の要件を満たすとされています。また、電子署名の使用も一定の条件下で認められています。

書面要件違反の効果

では、民法典第297条の書面要件に違反し、例えば口頭のみでBtoB取引を行った場合、その契約はどうなるのでしょうか。多くの日本の法務担当者は、契約が「無効(invalid)」になるのではないかと推測するかもしれません。しかし、アルメニア民法が定める効果は、それとは異なり、より実務的かつ深刻な「ペナルティ」を課すものです。

民法典第298条第1項は、この「簡易書面形式の不遵守の結果」について、以下のように規定しています。

簡易書面形式の不遵守は、紛争が生じた場合、当事者がその取引およびその条件を確認するために証人尋問(witness testimony)に依拠する権利を剥奪する。ただし、書面による証拠またはその他の証拠(other evidence)を提出する権利は剥奪しない。

この第298条第1項の規定は、日本の法務担当者が最も注意すべき「トラップ」の一つです。契約は直ちに「無効」(第298条第2項が適用される限定的な場合を除く)とはなりません。このため、当事者は取引が有効に存在していると誤解したまま実務を進めてしまいがちです。

しかし、ひとたび紛争が発生し、例えば「納品数量は100個ではなく50個で合意したはずだ」と相手方が主張したとします。日本であれば、交渉担当者や役員が証人として出廷し、「あの日の会議で、確かに100個と合意した」と証言することが、立証活動の中心となります。ところがアルメニアでは、第298条第1項により、その「証人尋問」という立証手段が法的に封じられてしまうのです。

この規定から導かれる結論は、アルメニア法下では、契約の存在およびその「全ての条件」について、Eメール、請求書、仕様書、一部の履行の事実など、「書面またはその他の証拠」のみによって立証できなければ、事実上、権利を主張できなくなるということです。これは、BtoB取引における口頭での合意や、取引途中の口頭による仕様変更・条件変更を一切許容せず、全ての合意事項を何らかの「書面」(Eメールを含む)に残すことを法的に強制する、極めて強力な規定であると言えるでしょう。

アルメニア民法典の定める特有の強行法規

アルメニア民法典には、日本企業の標準的な契約書ひな形(テンプレート)に記載されている条項を、そのまま「無効」にしてしまう可能性のある、特有の強行法規が複数存在します。

違約金(Penalty)条項の二重の上限規制

日本法では、当事者が合意した違約金(損害賠償額の予定、日本民法第420条)の金額について、公序良俗に反するような著しく高額なものでない限り、裁判所がその効力を否定することは稀です。当事者の合意が広く尊重されます。

これに対し、アルメニア民法典は、違約金(default penalty)に対して、極めて厳格かつ具体的な上限規制を設けています。民法典第372条第1項は、違約金条項に対して「二重の上限(ダブルキャップ)」を課しています。

  1. 年間上限(年率): 契約によって定められる違約金の「年率」は、アルメニア中央銀行が定める銀行金利の「4倍」を超えてはならない。
  2. 総額上限: 契約によって定められる全ての違約金の「総額」は、いかなる場合も、その時点における「債務元本額(the principal amount of the debt)」を超えてはならない。

この規制の最も恐ろしい点は、その違反の効果にあります。民法典第372条第2項は、この上限規制に違反する当事者間の合意について、「無効(null and void)」であると明確に断じています。

これは、実務に深刻な影響を与えます。例えば、多くのグローバル企業や日本企業の契約書ひな形には、「支払遅延の場合、月利1.5%(年利18%)の遅延損害金を課す」といった条項が一般的に見られます。この年利18%という利率は、アルメニア中央銀行の金利水準次第では、容易に「4倍キャップ」に違反する可能性があります。また、「契約解除の場合、残存期間のサービス料全額を違約金として支払う」といった規定は、ほぼ確実に「元本額キャップ」に違反します。

これらの条項は、アルメニア法下では「無効」と判断されるリスクが極めて高いです。いざ債務不履行が発生し、契約書に基づいて高額な違約金を請求しようとしても、その条項自体が法的に無効とされ、債権回収が著しく困難になるシナリオが想定されます。したがって、アルメニア向けの契約書では、グローバル・テンプレートの違約金条項をそのまま使用することは絶対に避け、第372条の二重の上限を遵守する内容に修正することが不可欠です。

違約金が「著しく不均衡」な場合の裁判所による減額

上記の絶対的な「ハードキャップ」規制に加え、アルメニア民法典は、司法による裁量的な減額も認めています。民法典第372条第3項は、たとえ上記の上限規制の範囲内であったとしても、定められた違約金が「義務違反の結果と明らかに不均衡(obviously disproportionate)」である場合には、裁判所または金融メディエーターが、債務者の申請に基づき、その金額を「減額することができる」と定めています。

この規定自体は、日本の裁判所が損害賠償額の予定を減額する実務と類似しています。しかし、アルメニア民法が、減額を考慮する事情の一つとして「不可抗力(force majeure condition)により義務の適切な履行が不可能であった場合」を例示している点は注目に値します。

これらの違約金に関する一連の強行規定から言えることは、アルメニア法は「契約自由の原則」よりも、高額な違約金による「債務者の過度な負担の防止」を優先する思想が強いということです。日本企業(特に債権者側)としては、高額な違約金条項による債務履行の「抑止力」に依存したリスク管理は、アルメニアでは機能しない可能性が高いと認識すべきです。違約金によるプレッシャーは限定的であると割り切り、前払金の確保、担保権の設定、信用状(L/C)の利用など、他の実質的な債権保全手段を重層的に検討する戦略が求められます。

不可抗力(Force Majeure)条項の厳格な定義

BtoB契約において、不可抗力(Force Majeure)条項は、当事者の責に帰すことのできない事由による義務の不履行を免責するための、標準的な条項です。しかし、アルメニア民法典は、この「不可抗力」と認められる事由の範囲について、非常に厳格な定義を採用しており、これもまた日本企業のひな形(テンプレート)にとって大きな「トラップ」となります。

アルメニア民法典(例えば第418条など)は、不可抗力を「所与の状況下で不可避であった異常かつ予測不可能な事態」と定義していますが、より重要なのは、不可抗力に「含まれない」ものとして、以下の事由を明確に列挙している点です。

  1. 債務者の取引相手(サプライヤー等)による義務違反
  2. 履行に必要な物品の市場における欠如(サプライチェーンの混乱)
  3. 債務者が必要な資金を保有していないこと(資金繰りの悪化)

この定義は、日本企業の法務実務に深刻な影響を及ぼします。日本企業が使用するグローバル契約書の不可抗力条項には、免責事由として「サプライヤーの不履行」「部品の供給不足」「労働力または原材料の不足」「市場の急激な変動」などが広く列挙されていることが一般的です。

しかし、アルメニア法下では、これらの事由は「不可抗力」とは法的に認められません。例えば、アルメニア国内の工場が、中国の部品メーカーからの供給が途絶えた(上記1および2)ために、アルメニア国内の顧客への製品納入が遅れたとします。この場合、日本企業が契約書に記載された「サプライヤーの不履行」という不可抗力条項を盾に免責を主張しても、アルメニアの裁判所は、民法典第418条に基づき、「それらは法的に不可抗力ではなく、債務者が負担すべき通常の商業リスクである」と判断する可能性が極めて高いです。

したがって、アルメニア法下では、サプライチェーンの混乱や、下請け業者の倒産といったリスクは、ほぼ全て「債務者(日本企業)が負担すべき商業リスク」とみなされます。日本で通用する感覚での「不可抗力」による免責は期待できません。このリスクをヘッジするためには、契約書で不可抗力条項を広く書くこと(法的に無意味となる可能性が高い)に頼るのではなく、納期の柔軟性を確保する条項(「… reasonably required」など)を挿入したり、違約金とは別に、契約全体の「賠償責任の上限額(Limitation of Liability)」を明確に設定したりする方が、はるかに現実的かつ法的に有効な戦略となります。

アルメニアにおける契約違反時の解除と「重大な違反」の定義

契約解除の要件としての「重大な違反」

契約関係を終了させる「解除(rescission)」の要件についても、確認が必要です。アルメニア民法典第466条によれば、一方の当事者による契約違反があった場合、他方の当事者は、裁判所の判断を通じて、契約の変更または解除を請求することができます。

ただし、いかなる軽微な違反でも解除が認められるわけではなく、解除が正当化されるのは、その違反が「重大な違反(essential violation)」である場合に限られます。同条は、「重大な違反」を以下のように定義しています。

「一方の当事者による重大な違反とは、それが他方の当事者に対し、その者が契約締結時に期待することを正当に権利として有していたものを、実質的に奪う(significantly deprives)ほどの損害をもたらす違反をいう。」

この「期待したものを実質的に奪う」という定義は、CISG(国際物品売買契約に関する国連条約、アルメニアは加盟国です)やユニドロワ国際商事契約原則(PICC)など、国際的な契約法のスタンダードに沿ったものであり、日本の法務担当者にとっても比較的理解しやすい概念です。

しかし、この定義は本質的に抽象的であり、具体的に「何が」重大な違反にあたるかは、結局のところ、紛争後の裁判所の事後的な判断に委ねられるという不確実性を内包しています。アルメニア法は「契約は当事者の法律である」という「当事者自治の原則」も広く認めています。

この不確実性を回避するため、日本企業が契約書を作成する際には、この民法典第466条の抽象的な定義に依存すべきではありません。当事者自治の原則に基づき、契約書自体において、「どのような違反が、本契約における民法典第466条の『重大な違反』とみなされるか」を、予め具体的に列挙し、定義しておくことが最善の策です。例えば、「本契約の第X条(秘密保持)、第Y条(品質基準)、または第Z条(支払義務)への違反は、第466条にいう『重大な違反』とみなされ、相手方は即時に本契約を解除できる」といった形で、解除のトリガーを明確化しておくべきでしょう。

アルメニアでの紛争解決と準拠法

アルメニアでの紛争解決と準拠法

準拠法の選択における「当事者自治」と「強行法規」

国際的なBtoB取引において、紛争の準拠法(どの国の法律で解決するか)を定める条項は、極めて重要です。アルメニア民法は、国際私法の原則に基づき、外国籍の当事者が関わる契約において、当事者が契約の準拠法を自由に選択することを認めています(「当事者自治の原則」)。したがって、日本企業がアルメニア企業との契約において、準拠法を「日本法」と指定すること自体は、原則として有効です。

しかし、この「当事者自治」は絶対的なものではありません。ここにも、アルメニア法の重要な制限が存在します。当事者がいかなる準拠法(例えば日本法や英国法)を選択したとしても、アルメニアの特定の「強行法規(imperative norms)」の適用を排除することはできません。

アルメニア民法典第438条は、契約が、その締結時に有効な「当事者を拘束する強行法規」に準拠しなければならないと定めています。本記事で既に解説した「違約金の二重の上限規制(民法典第372条)」は、まさにこの強行法規の典型例です。その他、アルメニア国内の不動産取引に関する公証・登記要件や、消費者保護法に関する規制なども、現地の強行法規として、当事者の準拠法選択にかかわらず適用される可能性が極めて高いです。

この点から言えることは、「準拠法を日本法にする」という契約条項は、紛争リスクに対する万能の盾にはならないということです。たとえ契約書上の準拠法を日本法にしたとしても、アルメニア国内で事業を遂行し、アルメニアの裁判所や仲裁廷で(あるいは仲裁判断の執行として)争われる以上、アルメニア民法典の「強行法規」を特定し、それに準拠した契約書を作成する作業(特に違約金条項や不動産関連規定)は回避できない、と認識すべきです。

仲裁合意と「契約無効」に関する重要判例の変遷

国際取引における紛争解決手段として、裁判所の訴訟に代わり、仲裁(Arbitration)を選択することは一般的です。アルメニアは1997年に「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)」に加盟しており、UNCITRAL(国連国際商取引法委員会)のモデル法に準拠した2007年商業仲裁法(Law on Commercial Arbitration, HO-55-N)も整備しています。これらの法制度は、アルメニアが国際基準に沿った「仲裁フレンドリー(pro-arbitration)」な国であることを示しています。

しかし、この親仲裁的な法制度は、2014年にアルメニアの司法判断によって大きく揺さぶられることになりました。アルメニア破毀院(最高裁判所)は、2014年7月18日付の判決(事件番号 EKD/1910/02/13)において、衝撃的な判断を下します。それは、「契約の有効性・無効性(invalidity)に関する紛争」は、その性質上、仲裁廷(arbitral tribunal)の管轄には属さず、「国家の裁判所のみが管轄権を有する」というものでした。

この2014年の判決は、アルメニアの仲裁実務を事実上「麻痺させた」と厳しく批判されています。なぜなら、仲裁合意をしたにもかかわらず、仲裁を回避したい債務者側が、単に「この契約は無効である」と主張するだけで、仲裁廷は管轄権を失い、紛争は(遅延がちで専門性の低い)国家の裁判所に持ち込まれてしまうことになったからです。

この国際標準から著しく逸脱した司法判断に対し、アルメニアの立法府が迅速かつ明確に対応したことは、特筆に値します。 第一に、破毀院判決の直後、2015年に民法典が改正され、判決の根拠とされた条文が修正され、「民事上の権利の保護は、裁判所または仲裁廷によって行われる」と明記されました。これは、仲裁の地位を明確に認める立法府の意思表示でした。

しかし、この2015年の改正後も、司法実務が2014年判決の影響から完全に脱却しなかったため、立法府は2023年に更なる法改正を行いました。この改正により、商事仲裁法が修正され、「契約の無効性に関する紛争」が仲裁可能であること(arbitrability)が明確に確認され、2014年の破毀院判決のロジックは、立法によって完全に「覆された」のです。

この司法と立法の間のダイナミックな動きから言えることは、アルメニアの司法(少なくとも過去の破毀院)は国際実務から逸脱した判断を下すリスクがあったものの、アルメニアの立法府(政治)は、国際標準に沿った「親仲裁(プロ・アービトレーション)」および「ビジネスフレンドリー」な法環境の維持・発展に極めて強くコミットしている、ということです。司法が一時的に生み出した混乱を、立法府が二度にわたって積極的に是正したという事実は、外国企業や投資家にとって、むしろアルメニアの法制度に対する長期的な信頼を置く上でのポジティブな材料と評価できるでしょう。

現在、日本企業は、契約の無効性に関する紛争も含め、仲裁廷での一括した解決を前提とした紛争解決条項を起草することが、アルメニア法下で明確に支持されていると理解して差し支えありません。

まとめ

アルメニアの民法・契約法は、日本と同じ大陸法系を基礎としながらも、その実務運用においては、日本の法務担当者が予期し得ない多くの「違い」を含んでいます。

第一に、法体系が大陸法とコモン・ローのハイブリッド的な特性を持ち、民法典の条文だけでなく、破毀院(最高裁判所)の「先例」の動向を常に注視する必要がある点です。 第二に、日本法務との最大の違いとも言える、契約実務における厳格な形式主義の存在です。BtoB取引における「簡易書面形式」の強行的な要求、そして、それに違反した場合のペナルティが「契約の無効」ではなく「証人尋問という立証手段の剥奪」であるという特異なルールは、口頭での合意や変更を一切排除し、全ての合意を書面(Eメールを含む)に残すことを法的に強制するものです。 第三に、日本企業やグローバル企業の標準的な契約書ひな形(テンプレート)が、アルメニアの強行法規によって「無効」とされるリスクが極めて高い点です。特に、①違約金の「二重の上限規制」(民法典第372条)と、②「サプライヤーの不履行」や「市場での部品不足」を不可抗力と一切認めない厳格な免責定義(民法典第418条)は、契約書ドラフトの段階で、アルメニア法に準拠した修正が必須となる項目です。 第四に、これらの強行法規は、たとえ契約の準拠法を「日本法」と指定したとしても、その適用を免れることはできません。 最後に、紛争解決手段としての仲裁は、過去に司法判断(2014年 EKD/1910/02/13判決)によって深刻な混乱があったものの、その後の立法府による積極的な是正措置(2015年・2023年改正)により、現在は国際標準に沿った形で機能することが法的に強く担保されています。

アルメニアの契約法は、このように日本法とは異なる厳格なルールを多く含んでいます。これらの現地法特有の要件を軽視し、日本での商慣習やグローバル・テンプレートをそのまま持ち込むことは、予期せぬ契約の無効や、紛争時の立証困難といった深刻な事態を招きかねません。

アルメニアでのBtoB取引や契約書の作成・レビュー、現地法規制の調査など、クロスボーダー法務に関する課題に直面された際には、当事務所がサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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