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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ポーランドM&A市場の概況と成功に導くための実務を解説

ポーランドM&A市場の概況と成功に導くための実務を解説

欧州連合(EU)加盟国の中でも堅調な経済成長を続け、中東欧地域の経済ハブとしての地位を確立しているポーランド共和国(以下、ポーランド)。ウクライナ復興支援のゲートウェイとしての地政学的重要性も高まり、製造業、IT、エネルギー、物流といった幅広い分野で、日本企業による投資機会が拡大しています。

しかしながら、ポーランドにおけるM&Aの実務は、日本法とは異なる概念や厳格な手続きの上に成り立っています。例えば、有限責任会社の持分譲渡における公証人認証の必須化や、事業譲渡に伴う従業員の自動転籍ルール、競争当局による強力な法執行などは、多くの日本企業が直面する課題です。特に、近年の地政学的緊張を背景とした外資規制(FDI)や、GDPR(一般データ保護規則)に基づく制裁金の高額化は、デューデリジェンス(DD)の重要性を一層高めています。

本稿では、ポーランドでのビジネス展開を検討されている日本の経営者および法務担当者の皆様に向け、M&Aの検討段階からクロージング後の統合(PMI)に至るまで、法的リスクを最小化し、取引を成功に導くための実務ポイントを解説します。日本法との「違い」に焦点を当て、具体的な法令や最新の判例・事例に基づいた詳説を行います。

ポーランドの会社法制と対象会社の法的形態

ポーランドにおけるM&A取引を理解する上で、まず前提となるのが対象会社の法的形態です。ポーランドの会社法制は商事会社法典(Kodeks spółek handlowych、以下「KSH」)によって規律されており、M&Aの主な対象となるのは、有限責任会社(Spółka z ograniczoną odpowiedzialnością、以下「Sp. z o.o.」)株式会社(Spółka Akcyjna、以下「S.A.」)の2種類です。

有限責任会社(Sp. z o.o.)の持分譲渡における厳格な形式要件

日本企業の現地法人や、買収対象となる中堅・中小企業の多くは、日本の「合同会社」と「非公開の株式会社」の性質を併せ持つ有限責任会社(Sp. z o.o.)の形態をとっています。ここで日本法と決定的に異なるのが、出資持分(Share)の譲渡手続きにおける形式要件です。

日本の非公開会社における株式譲渡は、当事者間の契約書(実印の有無を問わず)のみで効力が発生しますが、ポーランドのSp. z o.o.における持分譲渡契約は、公証人の認証ある署名(signatures officially certified by a notary)を含む書面で行わなければ、その効力を生じません(KSH第180条)

項目日本の株式会社(非公開)ポーランドの有限責任会社 (Sp. z o.o.)
譲渡契約の形式特段の形式不要(書面が一般的)公証人の認証ある署名が必須(効力要件)
効力発生時期当事者の合意時契約締結時(ただし公証人認証が必要)
対抗要件株主名簿書換会社への通知および登記裁判所への登録

この「公証人の認証」という要件は、単なる証拠保全ではなく、契約の有効性そのものに関わる効力要件(ad validitatem)です。したがって、日本企業が買主として契約書に署名する場合、以下のいずれかの対応が求められます。

  1. 代表者がポーランドに渡航し、現地の公証人の面前で署名する。
  2. 日本国内で、現地の代理人に署名権限を委任する委任状(Power of Attorney)を作成する。

実務上多く用いられるのは後者ですが、この委任状自体にも、本契約と同等の形式要件(公証人の認証)が求められます(ポーランド民法第99条)。そのため、日本で作成した委任状に、日本の公証人の認証を受け、さらに外務省によるアポスティーユ(Apostille)を取得する必要があります。この手続きを欠いた委任状に基づく契約締結は無効となるリスクが高いため、スケジュールの管理には細心の注意が必要です。

株式会社(S.A.)の特徴

一方、株式会社(S.A.)は、上場企業や大規模な金融機関などで採用される形態です。S.A.の株式は有価証券としての性質を持ちますが、近年の法改正により、株券の不発行(非物質化)が進み、株主名簿への電子的な登録が義務付けられています。S.A.の株式譲渡には、原則として公証人の関与は必須ではありませんが、譲渡制限が付されている場合や、特定の事業会社においては別途要件が課されることがあります。

ポーランドのM&Aストラクチャー選択と法的留意点

ポーランドのM&Aストラクチャー選択と法的留意点

M&Aの手法として主に用いられる「株式譲渡(Share Deal)」と「事業譲渡(Asset Deal)」について、ポーランド特有の法的論点を解説します。

株式譲渡(Share Deal):包括承継と簿外債務リスク

株式譲渡は、対象会社の法的人格をそのまま引き継ぐため、許認可や契約関係の移転手続きが比較的簡素であるというメリットがあります。しかし、買主は対象会社の持つ全ての資産とともに、簿外債務や偶発債務も包括的に承継することになります。

特にポーランドにおいては、過去の税務処理の不備や、EU規制(GDPR等)違反による潜在的な制裁金リスクが見過ごされやすいため、法務・税務・財務の各デューデリジェンス(DD)を徹底することが不可欠です。

事業譲渡(Asset Deal):連帯責任とVAT課税の問題

事業譲渡は、特定の事業資産や契約のみを選択的に取得する手法です。日本では簿外債務の遮断を目的に利用されることが多いですが、ポーランドにおいては民法(Civil Code)第55の4条により、買主は売主と連帯して、譲渡された事業に関連する債務を負担すると定められています。

この連帯責任は強行法規であり、当事者間の合意で排除することはできません(ただし、債権者の同意がある場合を除く)。買主の責任範囲は「取得した事業の価値」を上限とし、譲渡時に「知っていた」または「容易に知り得た」債務に限られますが、実質的に簿外債務のリスクを完全に遮断することは困難であると言えるでしょう。

また、税務上の論点として、譲渡対象が「組織化された事業の一部(Zorganizowana Część Przedsiębiorstwa、以下ZCP)」とみなされるか否かで、課税関係が大きく異なります。

区分単なる資産の譲渡組織化された事業の一部(ZCP)の譲渡
VAT(付加価値税)原則 23% 課税(買主は控除可能)課税対象外
PCC(民事法行為税)原則 非課税1% または 2% 課税

実務上、当事者が「資産譲渡」としてVATを支払った取引が、後に税務当局によって「ZCP譲渡」と認定された場合、買主が受けたVATの還付(仕入税額控除)が否認され、さらに本来支払うべきであったPCC(民事法行為税)の納付漏れを指摘されるという二重のリスクがあります。このため、契約前に税務当局の個別の解釈(Tax Ruling)を取得し、ZCP該当性を確定させることが推奨されます。

ポーランド労働法上の重要課題:従業員の自動承継

ポーランドにおけるM&A、特に事業譲渡において最も注意すべき労働法上の規定が、労働法典(Labour Code)第23の1条です。これはEUの事業譲渡指令を国内法化したものであり、事業所またはその一部が譲渡される場合、従業員との雇用契約は法律上当然に(自動的に)新使用者に承継されると定めています。

従業員の同意と労働条件の変更

日本の労働契約承継法とは異なり、原則として従業員の個別の同意は不要です。また、買主が特定の従業員を選別して承継しない(解雇する)ことは、事業譲渡のみを理由とする解雇として無効となる可能性が高いです。

買主は、承継した従業員の従来の労働条件を維持する義務を負います。労働条件を変更したい場合でも、譲渡を理由とする不利益変更は厳しく制限されており、譲渡後に通常の変更手続き(解約告知付変更など)を経る必要があります。

競業避止義務の非承継に関する判例

ここで重要なのが、退職後の競業避止義務に関する最高裁判所の判例です。最高裁判所決議(2015年5月6日、事件番号 III PZP 2/15)において、「事業譲渡に伴い雇用関係は承継されるが、退職後の競業避止義務契約は、別段の合意がない限り自動的には承継されない」との判断が示されています。

これは、M&Aにより獲得した重要な人材(キーマン)が、事業譲渡直後に退職し、競合他社に移籍することを防ぐための契約が、買主の下では効力を失っている可能性があることを意味します。このため、クロージングに合わせてキーマンと新たな競業避止契約を締結するなどの対策が不可欠です。

ポーランドの競争法と企業結合規制

ポーランドの競争法と企業結合規制

ポーランドで一定規模以上のM&Aを行う場合、競争・消費者保護庁(UOKiK)長官への事前届出とクリアランス(承認)の取得が義務付けられています。

届出基準とガン・ジャンピング規制

以下のいずれかの基準(売上高は当事者グループ全体で計算)を満たす場合、原則として届出が必要です。

  • 全世界売上高の合計が 10億ユーロ を超える場合
  • または、ポーランド国内売上高の合計が 5,000万ユーロ を超える場合

クリアランス取得前に株式の取得や統合行為(議決権行使や重要情報の交換など)を行うことは「ガン・ジャンピング(Gun Jumping)」として禁止されており、全世界売上高の最大10%の制裁金が科される可能性があります。

実際に、UOKiKによるAmeriGas Polskaに対する決定(2020年9月22日)では、クリアランス取得前に事実上の支配権を行使したとして、73万PLN(約2,700万円相当)の制裁金が科されています。この事例では、株式取得前であっても、契約により拒否権などを通じて経営に実質的な影響力を及ぼした時点で「支配の獲得」とみなされました。

外国直接投資(FDI)規制と日本企業の特例

国家安全保障の観点から、エネルギー、防衛、通信、ITなどの戦略的セクターに対する外国直接投資(FDI)規制が強化されています。特定投資規制法(Act on Control of Certain Investments)に基づき、対象企業の株式を取得する際には、所管大臣またはUOKiKへの届出が必要となります。

ただし、この規制は主に「EU、EEA(欧州経済領域)、およびOECD(経済協力開発機構)加盟国以外の投資家」を対象としています。日本はOECD加盟国であるため、日本企業が直接の買主となる場合、原則としてこの厳格な事前審査の対象外となります。

しかし、買収スキームの中にOECD非加盟国(例えばタックスヘイブンや特定の第三国)のペーパーカンパニーが介在する場合や、対象会社が極めて重要な「戦略的企業リスト」に掲載されている場合は、例外的に届出が必要となるケースがあるため、ストラクチャーの検討段階での確認が必要です。

データ保護とコンプライアンス(GDPR)

EU一般データ保護規則(GDPR)の遵守状況は、近年のDDにおける最重要項目の一つです。ポーランドの個人情報保護庁(UODO)は、違反に対して厳格な制裁金を科す傾向にあります。

  • Bisnode事件(2019年3月15日):公開情報から収集したデータをビジネス利用する際、本人への通知義務(GDPR第14条)を怠ったとして、約94万PLN(当時のレートで約2,700万円)の制裁金が科されました。
  • Morele.net事件(2019年9月):不十分なセキュリティ対策による個人情報漏洩に対し、約280万PLN(約8,000万円)の制裁金が科されました。

M&Aのターゲット企業が大量の顧客データを保有している場合、過去のデータ収集プロセスが適法であったか、またセキュリティ体制が十分かを確認しなければ、買収後に巨額の制裁金リスクを引き継ぐことになります。

まとめ

ポーランドにおけるM&Aは、魅力的な成長機会を提供する一方で、KSHに基づく厳格な形式要件、労働法典第23の1条による強力な従業員保護、そしてUOKiKによる活発な法執行など、日本法とは異なる法的ランドスケープへの適応が求められます。特に以下の点は、取引の成否を分ける重要なチェックポイントと言えるでしょう。

  1. 形式の遵守:Sp. z o.o.の持分譲渡における公証人認証とアポスティーユの準備。
  2. ストラクチャーの選択:事業譲渡における連帯責任リスクとVAT/PCC課税の最適化。
  3. 労働法対応:自動承継ルールの理解と、キーマンに対する競業避止義務の再契約。
  4. 規制対応:競争法(ガン・ジャンピング)およびFDI規制(OECD免除の確認)。

モノリス法律事務所では、ポーランドの法制度に精通した知見を活用し、M&Aの初期検討からDD、契約交渉、そしてクロージングに至るまで、貴社のビジネス展開を法務面からサポートいたします。複雑なクロスボーダー取引における法的課題に対し、実践的な解決策を提供することで、貴社の戦略的目標の達成に貢献いたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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