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モロッコ王国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

モロッコ王国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

モロッコ王国の経済は安定した成長を遂げており、2022年のGDPは約1,341.8億米ドルに達しました。伝統的な基幹産業である農業(麦類、オリーブ、柑橘類など)や水産業(タコ、イカ、イワシなど)、そして豊富なリン鉱石資源を活かした鉱業が国の経済を支えてきましたが、近年その産業構造は大きな変容を遂げています。

特に目覚ましい発展を遂げているのが製造業です。対内直接投資額は前年比21.6%増と力強い伸びを示し、その約70.0%が製造業に集中しています。中でも、自動車生産は製造業全体の53.0%を占める突出したセクターであり、モロッコが欧州市場向けの重要な生産拠点となっています。さらに、電子部品や航空部品といった高度な技術を要する産業も成長しており、高付加価値な製品の生産ハブとしての地位を確立しつつあります。

モロッコの主要な投資国は、歴史的なつながりが深いフランスですが、これは単なる歴史的関係にとどまりません。モロッコの法制度は、フランスの影響を強く受けた大陸法系を基本としており、これがフランス企業にとって法務上の予見可能性を高め、投資リスクを低減させていると考えられます。

日本の主要産業である自動車部品や電子部品の分野で、モロッコが国際的なサプライチェーンの一角を担うようになったことから、今後、日本企業が合弁会社を設立するなどの形で新たなビジネスチャンスを獲得するといった動きも見られるようになるかもしれません。

本記事では、モロッコの法律の全体像とその概要について解説します。

モロッコ法制度の全体像

モロッコ王国の法体系は、歴史的な経緯からフランス法の影響を色濃く受けており、日本と同様に大陸法を基本とする成文法主義を採用しています。商取引や会社設立、契約に関する法規は、主に民法、商法、そして最も重要な「債務契約法典」(Dahir des Obligations et des Contrats)といった法律に基づいて構築されています。

一方で、モロッコの法制度には、その王国のアイデンティティを形成するイスラム法(シャーリア)や、ユダヤ教徒のコミュニティに適用されるユダヤ法が融合しているという独特な側面もあります。特に、家族法や相続といった個人の身分に関する分野では、イスラム法が適用されるのが一般的です。このような法体系の二重性は、商業取引の枠組みでは馴染みやすいものの、人事労務管理においては注意すべき点となり得ます。例えば、現地従業員の結婚や離婚、相続といった個人的な事由が絡む場合、日本の世俗的な法体系とは異なる文化的・法的背景に基づいた対応が求められる可能性があります。したがって、事業展開に際しては、商業法務以外の分野でも、専門家のアドバイスを仰ぐことが賢明です。

立法プロセスも特徴的です。法律案は国王、首相、または議会の議員グループによって提出され、両院での承認を経て、国王による「Dahir」(勅令)として公布されることで効力を発します。司法権は立法府と行政府から独立しており、第一審裁判所、控訴裁判所、最高裁判所といった通常の裁判所に加え、商業裁判所や行政裁判所といった専門裁判所も存在します。

モロッコの契約法:成立要件と「約因」の有無

契約法:成立要件と「約因」の有無

モロッコの契約法は、日本と同じ大陸法の原則に基づいており、その核心には「意思自治の原則」があります。これは、契約が当事者間の合意をもって成立するという考え方です。

モロッコ法において有効な契約を成立させるためには、以下の4つの要件が満たされる必要があります。

  • 合意(Consentement): 契約当事者双方の意思が合致していること。
  • 能力(Capacité): 契約を締結する法的能力があること。
  • 目的(Objet): 契約の対象が合法かつ特定可能であること。
  • 原因(Cause): 契約が締結された正当な理由や目的があること。

日本の民法と同様、モロッコ法も契約の成立要件として「原因(Cause)」を重視します。これは、契約に正当な根拠がなければ、その効力が認められないという大陸法に共通の考え方です。

モロッコにおける会社設立の法的枠組み

モロッコで事業を展開する際、最も一般的に選択される企業形態は、日本の会社法と類似した有限会社(Société à Responsabilité Limitée: S.A.R.L.)と株式会社(Société Anonyme: S.A.)です。会社設立手続きは、地方投資管理センター(Centres régionaux d’investissement: CRI)が提供するワンストップサービスを通じて効率的に行うことができます。

設立手続きの主な流れは、まず産業財産権庁(OMPIC)で商号登録証明書を取得し、会社の所在地を確保します。その後、弁護士や公認会計士の協力を得て会社定款を作成し、銀行に資本金を払い込みます。そして、税務局や商業裁判所での登記、社会保険センターへの登録、および法定公告紙への公告を経て完了します。

日本の会社法との最も重要な違いは、各企業形態の設立要件に見られます。日本の会社法では、株式会社と合同会社の両方で最低資本金制度が撤廃され、出資者は1人から設立が可能です。これに対し、モロッコの有限会社(S.A.R.L.)は最低払込資本金が設定されておらず、出資者も1人から50人までと柔軟な設立が可能です。この柔軟性は、小規模な現地法人や実験的な事業拠点を設立する際に大きな利点となります。一方、株式会社(S.A.)を設立するには、最低30万ディルハム(公開会社の場合は300万ディルハム)の払込資本金が必要であり、かつ5人以上の出資者が求められます。また、株式会社は規模を問わず会計監査人の選任が義務付けられていますが、有限会社は年間売上高が5,000万ディルハムを超える場合にのみ義務となります。

企業形態モロッコ:有限会社(S.A.R.L.)モロッコ:株式会社(S.A.)日本:合同会社(GK)日本:株式会社(KK)
最低資本金なし30万ディルハム(公開会社は300万ディルハム)なしなし
出資者数1人以上50人以内5人以上1人以上1人以上
会計監査人年間売上高5,000万ディルハム超で義務義務任意会計監査人設置会社では義務
設立手続きCRIによるワンストップサービスCRIによるワンストップサービス登記のみで完結登記のみで完結

モロッコの労働法の概要と留意点

労働法の概要と留意点

モロッコにおける雇用関係は、「労働法典」(Law no. 65-99)を主軸に、労働者の権利保護を強く意識した法制度によって規律されています。

雇用契約は、口頭でも有効に成立しますが、後々の紛争を避けるため書面での締結が強く推奨されます。無期雇用契約(CDI)と有期雇用契約(CDD)が主な形態であり、CDDは特定の業務や一時的なプロジェクトに限定されます。試用期間は役職によって異なり、マネージャー職で最大3ヶ月、それ以外の従業員で1.5ヶ月が一般的です。

法定の労働時間は週44時間制で、1日の最大労働時間は10時間と定められています。週に連続24時間の休息日が義務付けられている点も特徴です。残業には割増賃金が支払われ、時間帯や曜日によって25%から100%の割増率が適用されます。

解雇規制は非常に厳格です。雇用主は正当な理由がない限り従業員を解雇することはできません。正当な理由には、従業員の重大な非行(不正、無謀な行動、職場規則への繰り返し違反など)や、会社の再編、技術革新といった事業上の理由が含まれます。解雇に際しては、従業員の勤続年数と役職に応じた法定の解雇予告期間が設定されており、さらに法的に定められた退職手当(severance pay)を支払う必要があります。この退職手当は、勤続年数に応じて時間単位で明確に計算されます。

この厳格な解雇規制は、日本の労働法制との大きな違いです。日本では解雇予告期間は勤続年数にかかわらず一律30日であり、退職手当の支給は法律上の義務ではなく、会社の就業規則や慣習に委ねられることが一般的です。モロッコの制度は、労働者保護を重視する一方で、企業にとっては人件費や解雇にかかるコストを事前に正確に把握できるという利点ももたらします。

勤続年数に応じた解雇予告期間と退職手当の概要

勤続年数解雇予告期間(役員)解雇予告期間(非役員)退職手当(時間給換算)
1年未満1ヶ月8日規定なし
1年~5年2ヶ月1ヶ月96時間分(月給の50%)
5年超3ヶ月2ヶ月144時間分(月給の75%)※6年〜10年

外国人労働者の雇用に関する法的要件

モロッコで外国人労働者を雇用する場合、日本の企業は、就労許可と滞在許可証の両方を適切に取得する必要があります。この手続きには、日本の法制度にはない独自の要件が含まれています。

就労許可は、モロッコ雇用・能力促進局(ANAPEC)を通じて取得します。この際、重要なのが、「当該職務に適した国内の労働者がいないこと」を証明する「Non-lieu」証明書をANAPECから取得する必要がある点です。これは、モロッコが外国人労働者の受け入れに際して、自国の雇用市場保護を強く意識していることを示唆しています。日本から専門職の駐在員を派遣する場合であっても、単に社内異動として捉えるのではなく、その職務の専門性や特殊性をANAPECに対して論理的に説明し、説得する準備が不可欠となります。

就労許可が下りた後、外国人労働者は3ヶ月を超える滞在のために滞在許可証(Carte de Séjour)を取得しなければなりません。この申請は、入国後15日以内に所轄の警察署で行う必要があります。この滞在許可証は、銀行口座の開設や自動車の登録など、現地での生活に不可欠な様々な行政手続きに必要となります。

まとめ

モロッコ王国は、製造業などの発展もあって、日本企業にとって魅力的な投資先となりつつあります。しかし、厳格な労働法、外国人労働者の雇用規制、そして独自の文化的・法的背景といった課題も存在します。これらの課題を乗り越え、円滑な事業展開を実現するためには、現地の法制度を深く理解し、実務に即した専門家のサポートを得ることが不可欠です。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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