ノルウェーの外国直接投資(FDI)規制を弁護士が解説

ノルウェー王国(以下、ノルウェー)は、豊富なエネルギー資源と高度な海洋技術、そして安定した政治体制を有する北欧の戦略的要衝です。日本企業にとって、同国は石油・ガス、再生可能エネルギー、水産、海運、そして先端技術分野における重要なパートナーです。一般にノルウェーは「開かれた経済」を標榜し、外国資本に対して原則として差別を行わない自由な投資環境を提供してきましたが、近年の地政学的緊張の高まりを受け、その姿勢は「国家安全保障」を基軸とした厳格な管理体制へと急速にシフトしています。
特に2025年は、ノルウェーの投資規制環境において「規制強化」と「市場開放」という相反する二つの潮流が同時に押し寄せた転換点となりました。一方では、安全保障法(National Security Act:NSA)に基づく投資スクリーニングの厳格化や、2025年10月に施行された「デジタルセキュリティ法」によるサイバーセキュリティ要件の強化が進んでいます。これらは、重要インフラや機微技術への外国投資に対し、政府が強力な介入権限を行使する姿勢を明確に示すものです。他方で、2025年9月には欧州自由貿易連合(EFTA)裁判所が、長年ノルウェー政府が維持してきた金融機関への所有権規制(20-25%ルール)を違法とする歴史的な判決を下しました。これにより、銀行や保険分野におけるM&Aの門戸が大きく開かれる可能性があります。
本稿では、こうした最新の法改正や判例動向を踏まえ、ノルウェーのFDI規制の全体像を解説します。日本の「外国為替及び外国貿易法(外為法)」との比較を交えながら、国家安全保障法による横断的なスクリーニング制度と、水力発電や石油・ガスといった特定セクター固有の規制(コンセッション法等)の二層構造を紐解きます。日本企業の経営者および法務担当者の皆様が、ノルウェーへの進出や投資を検討する際に直面する法的リスクを正確に把握し、適切な戦略を構築するための一助となれば幸いです。
この記事の目次
ノルウェーの投資規制の全体構造と国家安全保障法
ノルウェーには、外国人投資家のみを対象とした統一的な「外資法」は存在しません。その代わり、投資規制は大きく分けて二つの法的枠組みによって構成されています。一つは、国の安全保障を脅かす恐れのある投資を阻止するための「国家安全保障法(NSA)」に基づくスクリーニング制度であり、もう一つは、重要資源(水力、石油、土地など)の管理を目的とした「セクター別規制法(コンセッション法など)」です。投資家は、検討中の取引がこれら双方の観点から適法であるかを確認する必要があります。
国家安全保障法(NSA)による投資スクリーニング
2019年に施行され、その後数次の改正を経て強化されている国家安全保障法(Lov om nasjonal sikkerhet / Security Act)は、現在のノルウェーにおけるFDI規制の中核です。この法律は、従来の物理的な防衛だけでなく、デジタルインフラやサプライチェーンのセキュリティ確保を目的としており、第10章において企業の所有権取得に関する詳細な規制を定めています。
日本の外為法が「指定業種」をあらかじめ告示でリスト化し、該当する上場企業への投資を一律に届出対象としているのに対し、ノルウェーのNSAは伝統的に「決定ベース(Individual Decision)」のアプローチを採用してきました。これは、各省庁が所管する企業の中から「国家の基本機能(Fundamental National Functions)」にとって重要であると判断した企業に対し、個別に通知を行って法の適用対象とする仕組みです。しかし、この仕組みは投資家にとって「どの企業が規制対象か外部から判別しにくい」という予見可能性の問題を孕んでいます。
2023年改正と2025年の規制動向
こうした課題に対応し、より包括的な管理を行うため、2023年にNSAの改正法が成立し、適用範囲の拡大や届出制度の強化が図られました。さらに2025年には、この改正法を実務的に補完する規則の詳細が議論され、制度の厳格化が進んでいます。
主な変更点として、届出が必要となる株式取得比率(閾値)の引き下げが挙げられます。従来は議決権等の3分の1以上の取得が基準でしたが、これが「10%」に引き下げられるとともに、以降20%、3分の1、50%、3分の2、90%という各段階を超えるごとに追加の届出が必要となる「反復届出義務」の導入が規定されました。これは、日本の外為法における事前届出基準(1%または10%)に近い水準ですが、段階的な追加取得のたびに審査が必要となる点は、迅速な経営判断を求める投資家にとって大きな留意点となります。
また、届出義務の対象も拡大されています。従来は取得者(買主)のみに義務がありましたが、改正によりターゲット企業(対象会社)および売却者(売主)にも届出義務が課されることとなりました。これにより、M&A取引の全当事者が規制遵守に対して連帯的な責任を負う構造となっています。審査期間は原則として60営業日以内とされていますが、当局からの質問に対する回答期間中は審査時計が止まる(Stop the clock)ため、実務上のスケジュールは流動的になる可能性があります。
日本の外為法との比較
日本とノルウェーの投資スクリーニング制度には、アプローチや運用面でいくつかの重要な違いがあります。以下の表に主要な比較点をまとめました。
| 比較項目 | 日本(外為法) | ノルウェー(国家安全保障法) |
| 規制の対象特定 | リスト方式(客観的) 財務省告示により指定された「コア業種」「非コア業種」に基づき、業種コード等から届出要否を判断可能。 | 決定方式および拡大する適用範囲(主観的・個別的) 当局が個別に指定した企業が中心だが、重要インフラや機微技術を持つ企業へ適用範囲が拡大中。公開リストが存在しないため、対象企業への確認が必須。 |
| 事前届出の閾値 | 1%以上(上場会社のコア業種等) ※2019年改正で厳格化。 | 10%以上 ※2023年改正法で導入(施行規則により具体化)。以降、20%、33.3%、50%等の段階ごとに再届出が必要。 |
| 審査期間 | 原則30日 実務上は2週間程度に短縮されることが多いが、重要案件は数ヶ月かかる場合もある。 | 原則60営業日 約3ヶ月に及ぶ上、質問対応期間中は審査期間が進行しないため、日本より長期化しやすい傾向がある。 |
| サンクション | 刑事罰および行政命令 株式売却命令などが主たる措置。 | 高額な制裁金および取引停止 違反時の罰金として、売上高の4%または社会保障基礎額の25倍(約310万クローネ)のいずれか高い方が課される可能性がある。 |
この比較から言えることは、ノルウェーへの投資においては、日本の外為法以上に「ターゲット企業の属性確認」と「契約上のリスクヘッジ」が重要になるということです。特に、公開情報だけで規制対象か否かを判断できない点は日本との大きな違いであり、デューデリジェンスの初期段階でターゲット企業に対し、NSAに基づく決定を受けているか、あるいは重要インフラや軍事転用可能な技術に関与しているかを徹底的に確認する必要があります。
ノルウェーの重要判例とセクター別規制の深層

2025年は、ノルウェーの特定セクターにおける規制環境が大きく動いた年でした。ここでは、金融、エネルギー、デジタルインフラの各分野における最新動向と固有の参入障壁について解説します。
金融セクター:20-25%ルールの撤廃(2025年9月30日 EFTA裁判所判決)
長年、ノルウェー金融市場への参入を検討する外国人投資家にとって最大の障壁となっていたのが、金融機関に対する所有権規制です。ノルウェー当局は、銀行や保険会社の株式について、適格な金融機関以外の株主が「20%から25%」を超えて保有することを、行政慣行として厳しく制限してきました。これは「所有の分散」を名目としていましたが、事実上の外資買収防衛策として機能していました。
この状況を一変させたのが、2025年9月30日にEFTA裁判所が下した判決(Case E-24/24)です。
- 判決の概要:裁判所は、ノルウェー政府がEUの自己資本要求指令(CRD IV)およびソルベンシーII指令で定められた基準(10%、20%、30%、50%の閾値)以外の独自の基準(20-25%上限など)を用いて承認を拒否する慣行は、EEA協定に違反すると認定しました。
- 実務への影響:この判決により、日本企業を含む投資家(プライベート・エクイティファンド等を含む)が、ノルウェーの銀行や保険会社の株式の25%以上、あるいは過半数を取得することが法的に可能となりました。EU法準拠の適格性審査(財務的健全性や経営者の資質など)さえクリアすれば、マジョリティ出資への道が開かれたことになります。これは、北欧金融市場における再編やM&Aの好機を示唆しています。
石油・ガスセクター:環境影響評価の厳格化(2025年5月21日 勧告的意見)
ノルウェー経済の柱である石油・ガス開発に関しては、「石油法(Petroleum Act)」に基づく厳格なライセンス制度が存在します。ライセンスの付与は、企業の技術力や財務基盤を総合的に評価して行われますが、EEA域外国の国家による支配がある場合には、安全保障上の理由から拒否される可能性があります。
これに加え、2025年5月21日にEFTA裁判所が示した勧告的意見(Case E-18/24)は、新規開発プロジェクトに新たなハードルを課すものとなりました。
- 判断の内容:裁判所は、石油・ガス開発プロジェクトの環境影響評価(EIA)において、採掘された化石燃料が燃焼される際に発生する「スコープ3排出(下流での排出)」も含めて評価する必要があると判断しました。
- 実務への影響:従来、開発企業は採掘現場での環境負荷のみを評価すれば足りましたが、今後はその石油が消費される際の排出量まで考慮しなければなりません。これは許認可プロセスの長期化や、環境団体による訴訟リスクの増大を招く要因となり、投資判断において高度な環境デューデリジェンスが求められることを意味します。
水力発電セクター:盤石な公的所有原則
再生可能エネルギー分野、特に水力発電においては、「産業ライセンス法」に基づく極めて厳格な規制が維持されています。
- 公的所有の原則:大規模な水力発電所(通常4000馬力以上)の所有権は、国、県、市町村といった公的主体に限定されています。民間企業(外国企業を含む)は、公的主体が資本および議決権の3分の2以上を保有する企業の少数株主としてのみ参画可能です。
- ESAによる確認(2025年2月):この「3分の2ルール」に対しては、EEA協定違反の疑義も呈されていましたが、EFTA監視当局(ESA)は2025年2月12日付の決定(Decision No:016/25/COL)をもって、関連する苦情処理手続きを終了しました。これにより、ノルウェーの水力発電における公的独占体制は、国際法上も当面維持されることが確定しました。したがって、日本企業が同分野に参入する場合は、マイノリティ出資や技術提携が現実的な選択肢となります。
不動産・農業セクター:居住義務とコンセッション
不動産の取得には「コンセッション法」が適用されます。特に農地や山林など、総面積が100デカール(10ヘクタール)を超える、または耕作地が35デカール(3.5ヘクタール)を超える不動産の取得には政府の許可が必要です。
ここで日本企業が注意すべきは「居住義務(Boplikt)」です。農地等の取得条件として、取得者自身がその土地に定住すること(個人的居住義務)、あるいは誰かを居住させること(非個人的居住義務)が課される場合があります。特に個人的居住義務は法人による取得を事実上不可能にするものであり、事業用地の取得に際しては、その土地の種別と居住義務の有無を事前に自治体に確認することが不可欠です。
ノルウェーのデジタルセキュリティ法と新たなコンプライアンス

2025年10月1日、ノルウェーでは新たに「デジタルセキュリティ法(Digital Security Act / Digitalsikkerhetsloven)」が施行されました。この法律は、EUのNIS指令(ネットワーク・情報セキュリティ指令)を国内法化したものであり、エネルギー、運輸、保健、金融、デジタルインフラなどの重要サービスを提供する事業者に対し、厳格なセキュリティ対策とインシデント報告を義務付けています。
この法律の施行により、対象となる事業者の経営陣(トップマネジメント)は、サイバーセキュリティに対する直接的な責任を負うことになりました。日本企業がノルウェーのIT企業やインフラ企業を買収する場合、ターゲット企業がこの新法に準拠した体制を構築しているかを確認することは、M&Aにおける重要なデューデリジェンス項目となります。また、サプライチェーン全体へのセキュリティ要求も強まるため、現地法人を設立する場合も、この法規制への対応コストを見積もる必要があります。
まとめ
ノルウェーのFDI規制環境は、2025年を経て新たなフェーズに入りました。NSAによる安全保障スクリーニングの強化とデジタルセキュリティ法の施行は、国家の重要機能に対する管理の厳格化を示しています。一方で、EFTA裁判所による金融セクター規制の撤廃判決は、長年の参入障壁を取り払う画期的な変化をもたらしました。
日本企業の経営者の皆様におかれましては、「ノルウェーは欧州の一部だからEUと同じだろう」という予断を持たず、同国固有の二層構造の規制(安全保障法とセクター別規制)を深く理解することが求められます。特に、M&A契約におけるクロージング条件(CP)として当局の承認取得を明記することや、ターゲット企業がNSAの適用対象か否かを契約交渉の初期段階で確認することは、必須のリスク管理策と言えるでしょう。
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カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































