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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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フィリピンの税法を弁護士が解説

フィリピンの税法を弁護士が解説

フィリピン共和国におけるビジネス展開を検討する日本企業の経営層および法務・財務担当者にとって、現地税法の精緻な理解は事業の成功を左右する極めて重要な経営課題です。フィリピンの税体系は内国歳入法(NIRC:National Internal Revenue Code)を基本法典として構築されており、主要な税目として法人税、個人所得税、付加価値税(VAT)が存在します。法人税は原則として25%であり、純資産1億ペソ以下かつ課税所得500万ペソ以下の国内法人の場合は20%の軽減税率が適用されます。個人所得税は0%から35%までの累進課税方式が採られており、付加価値税は原則として12%です。外国法人に対してはフィリピン源泉所得に対して25%の税率が適用されるほか、フィリピン国内での滞在日数が180日以内の非居住外国人に対しても独自の税率が適用されるなど、外国資本や外国人労働者に対して特有の課税基準を設けている点が特徴的です。

フィリピンの税制には日本の税法体系には見られない独自のルールが複数存在し、事前の財務シミュレーションにおいてそれらを正確に把握することが不可避であることが挙げられます。例えば、設立4年目以降の法人に対して赤字であっても総所得の2%が課される最低法人所得税(MCIT)の存在や、不動産売却において譲渡益の有無に関わらず総販売価格等に対して6%が課されるキャピタルゲイン税の制度などは、日本法と根本的に異なるアプローチをとる部分です。さらに近年、フィリピン政府は積極的な税制改革を推進しており、2024年11月に施行されたCREATE MORE法(共和国法第12066号)による外資系企業への税制優遇措置の大幅な拡充や、2025年より本格運用される非居住デジタルサービスプロバイダーを対象とした新たなVAT課税(共和国法第12023号)など、ダイナミックな変化が生じています。加えて、2026年2月には日比租税条約の全面改定に向けた基本合意がなされるなど、国際税務の枠組みも新時代を迎えています。

本記事では、各制度が導入された背景やメカニズム、そして実際のビジネスにおいてどのような影響を及ぼすのかを日本の税務実務と比較しながら深く掘り下げます。これからフィリピンでの事業展開を本格化させる企業において、本書が堅牢な法的防衛策と効率的な税務戦略を構築するための確かな指針となることを目指しています。

フィリピン内国歳入法と税務行政の基本構造

フィリピンにおける国税の賦課および徴収の根幹を成すのが、内国歳入法(NIRC)です。この法律は度重なる改正を経て、今日のフィリピンの複雑な経済状況に対応する法典となっています。NIRCに基づく税務行政の実働を担うのが、フィリピン財務省(DOF)の管轄下に置かれている内国歳入庁(BIR:Bureau of Internal Revenue)です。BIRは、日本の国税庁に相当する政府機関であり、税務調査、税の徴収、さらには悪質な脱税事案に対する刑事告発の権限を有しています。

フィリピンの税務行政において日本企業の担当者が最初に直面する困難は、申告手続きにおける形式主義と厳格な期限管理です。個人所得税の確定申告期限は原則として翌年の4月15日と法律で定められており、この期限を徒過した場合のペナルティは非常に重く設定されています。法人の場合も、採用している会計年度の終了後、特定の期間内に年次の確定申告を行う義務がありますが、それに加えて四半期ごとの予納申告や付加価値税の月次・四半期申告、さらに源泉徴収税の細かな報告義務が課されています。

近年、こうした煩雑な税務手続きを改善し、納税者の負担を軽減する目的で「納税の容易化法(EOPT法:Republic Act No.11976)」が2024年に施行されました。この法律により、フィリピンにおける納税者の区分が事業規模に応じて明確化されるとともに、全国のどの認定代理銀行(AAB)やオンラインプラットフォームからでも納税が可能となるなど、申告納税プロセスの近代化が図られました。しかしながら、システムの電子化が進んだとはいえ、BIRの税務調査官による調査の実態は依然として形式的な書類の完全性を要求するものであり、日本のような「実質課税の原則」に基づく柔軟な運用は期待できません。したがって、フィリピンに進出する企業は、証憑書類の保管やインボイスの要件充足に関して、日本国内での実務以上に神経を尖らせる必要があります。

フィリピン法人税の仕組みと最新の税制改革

フィリピン法人税の仕組みと最新の税制改革

フィリピンでビジネスを展開する法人は、その設立準拠法によって課税範囲が明確に区別されます。内国法人(フィリピンの会社法に基づいて設立された法人)は、その所得が世界のどこで生じたかに関わらず、全世界所得に対して法人税が課されます。これに対し、外国法人(日本企業のフィリピン支店など、外国法に準拠して設立されフィリピンで事業を行う法人)は、フィリピン国内の源泉から生じた所得(フィリピン源泉所得)に対してのみ課税されます。この全世界所得課税と国内源泉所得課税の区別は、日本の法人税制における内国法人と外国法人の区別と基本的には同じ論理構造を持っています。

現在のフィリピンの法人税制において、NIRC第27条および第28条に基づく一般的な法人税率は25%です。日本の法人実効税率がおおむね29%から30%前後であることを考慮すると、フィリピンの基本税率はやや低い水準にあると評価できます。さらに、経済の基盤を支える小規模事業者を保護する観点から、純資産が1億ペソ以下(事業所が所在する土地の価値を除く)であり、かつ課税所得が500万ペソ以下の国内企業(MSME:零細・中小企業)に対しては、20%という軽減税率が適用されます。

CREATE MORE法による新たなインセンティブ制度

フィリピンの法人税制を語る上で欠かすことのできない最重要のテーマが、政府主導による強力な外資誘致政策に基づく税制優遇措置です。2021年に施行されたCREATE法(Corporate Recovery and Tax Incentives for Enterprises Act)は、それまで30%であった法人税率を一気に引き下げ、税制インセンティブの構造を抜本的に改革しました。そして、この流れをさらに加速させ、国際的な投資競争力を高めるために、2024年11月28日に「CREATE MORE法(Corporate Recovery and Tax Incentives for Enterprises to Maximize Opportunities for Reinvigorating the Economy Act:共和国法第12066号)」が施行されました。

CREATE MORE法は、投資促進機関(IPA)に登録された事業体(RBE:Registered Business Enterprises)に対するインセンティブを極めて魅力的なものへと進化させました。最も注目すべき点は、特別強化控除体制(EDR:Enhanced Deductions Regime)と呼ばれる仕組みです。この制度を選択した登録企業は、標準の25%ではなく、20%の優遇された法人税率を享受することができます。

さらに、以前の法律では税制優遇の対象が主に輸出型企業(全生産量の70%以上を輸出する企業)に偏りがちでしたが、CREATE MORE法のもとでは、一定の投資要件(例えば投資資本が150億ペソを超えるなど)を満たした国内市場向け企業(DME:Domestic Market Enterprises)に対しても、高度な税制優遇へのアクセスが大きく開かれました。これにより、フィリピンの旺盛な国内消費市場をターゲットとする日本の小売業やサービス業、インフラ開発企業にとっても、進出の採算性が飛躍的に向上することから、極めて有利な投資環境が整備されたということが言えるでしょう。

また、地方自治体が独自の裁量で課すことのできる地方税についても、上限を総所得の2%に制限する登録事業体地方税(RBELT)の制度が導入され、企業の税負担の予見可能性が大幅に高まりました。この法律の詳細な解説と公式発表は、フィリピン投資審査委員会の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:フィリピン投資審査委員会の公式ウェブサイト

フィリピンの最低法人所得税による独自の課税メカニズム

フィリピンへの進出を検討する日本企業の財務担当者が、現地の税制をシミュレーションする際に最も衝撃を受けるのが「最低法人所得税(MCIT:Minimum Corporate Income Tax)」の存在です。NIRC第27条(E)項に規定されるこの制度は、日本法には全く存在しない独自の強制的な課税メカニズムを有しています。MCITは、事業開始から4年目の課税年度以降の内国法人および事業に従事する居住外国法人に対して適用されます。その内容は、法人の「総所得(Gross Income)」に対して一律2%の税率を掛けた金額を計算し、通常の法人税(純所得に対する25%)と比較して、いずれか金額が大きい方をその年度の納付税額とするものです。

ここで極めて重要となるのが、フィリピン税法における「総所得(Gross Income)」の定義です。NIRCにおいて総所得とは、総売上高から売上返品、値引き、および「売上原価(Cost of goods sold)」を差し引いた金額を指します。売上原価には、商品を生産または現在の場所と状態に至らせるために直接発生した事業経費が含まれます。つまり、日本の会計基準でいうところの「売上総利益(粗利益)」にほぼ相当する概念です。

日本の法人税制においては、売上総利益から販売費および一般管理費(役員報酬、従業員給与、広告宣伝費、支払利息など)を差し引いた結果、営業利益や経常利益が赤字(欠損)となれば、法人税は課されません。さらに、生じた欠損金は翌年以降に繰り越して将来の黒字と相殺することが認められています。しかし、フィリピンのMCIT制度下では、販売費や一般管理費がどれほど巨額であり、最終的なボトムラインの利益が深い赤字に沈んでいたとしても、売上原価を引いた後の「総所得(粗利益)」がプラスである限り、その2%にあたる税金を必ず現金で納付しなければならないのです。

この厳格な制度が導入された背景には、フィリピンの税務行政が抱える歴史的な課題があります。かつて多くの企業が、架空の経費を計上したり、過度な役員報酬や関連当事者間の不透明な取引を通じて意図的に赤字を作り出し、法人税の支払いを免れるという租税回避行為が横行していました。MCITは、こうした経費の水増しによる脱税を物理的に封じ込め、政府として最低限の税収を確実に確保するための強力な防衛策として機能しています。

日本企業がフィリピンで大規模なインフラプロジェクトや製造拠点の立ち上げを行う場合、初期の設備投資に伴う多額の減価償却費や、市場開拓のための莫大な広告宣伝費が発生し、事業開始から4年以上継続して純損失を計上することは事業計画上珍しくありません。しかし、その状態であってもMCITによる現金の流出が容赦なく発生するため、事前の資金繰り計画(キャッシュフロー・プロジェクション)においてこのMCIT負担額を正確に組み込んでおかなければ、現地法人の資金ショートを招く重大なリスクとなることから、最大限の警戒が求められます。

フィリピンの個人所得税と外国人に対する厳格な居住性判定

フィリピンの個人所得税と外国人に対する厳格な居住性判定

フィリピンの個人所得税制は、法人税制と同様に居住者と非居住者で課税範囲が異なります。フィリピンの居住市民は全世界所得に対して課税されますが、フィリピンに居住する外国人(居住外国人)および非居住外国人は、フィリピン国内を源泉とする所得のみが課税対象となります。課税対象となる所得に対しては、0%から最大35%に設定された累進課税が適用されます。

以下の表は、2025年現在適用されている累進課税のブラケット(所得階層)と計算式です。

課税所得(フィリピンペソ)適用税率および計算式
250,000 以下0%(非課税)
250,001 ~,000250,000を超える部分の15%
400,001 ~,00022,500ペソ +,000を超える部分の20%
800,001 ~,000,000102,500ペソ +,000を超える部分の25%
2,000,001 ~,000,000402,500ペソ +,000,000を超える部分の30%
8,000,000 超2,202,500ペソ +,000,000を超える部分の35%

日本の所得税(最大45%)に住民税(一律10%)を加えた最高税率55%と比較すると、フィリピンの最高税率35%は数字上は比較的緩やかな水準に見えます。しかし、外国人駐在員や短期出張者に対する課税ルールの適用は非常に厳格かつ複雑に設計されており、表面的な税率だけでは測れない税負担が生じる可能性があります。

非居住外国人に対する課税と180日ルール

日本からフィリピンへ人材を派遣する際、法務部門や人事部門が最も注意を払うべきなのが、NIRC第25条に基づく「180日ルール」です。フィリピンの税法上、外国人の税務上の身分は、その滞在期間や滞在目的に応じて以下の3つに厳密に分類されます。

  1. 居住外国人(Resident Alien) フィリピンに長期間居住する意図を持って滞在する者です。一般的に1年を超える滞在が見込まれる駐在員などがこれに該当します。居住外国人はフィリピン国民と同様に、フィリピン源泉所得に対して上記の累進税率(0%〜35%)が適用され、個人的な基礎控除などを差し引くことが認められます。
  2. 事業に従事する非居住外国人(NRA-ETB:Non-Resident Alien Engaged in Trade or Business) 暦年(1月1日から12月31日までの期間)において、フィリピンでの滞在日数の合計が180日を超える外国人を指します。この区分に該当した場合、居住者とみなされるわけではありませんが、税務上の取り扱いは居住外国人等とほぼ同一となり、フィリピン源泉の純所得に対して0%〜35%の累進課税が適用されます。
  3. 事業に従事しない非居住外国人(NRA-NETB:Non-Resident Alien Not Engaged in Trade or Business) 暦年内のフィリピンでの合計滞在日数が180日以下の外国人を指します。日本企業からの短期出張者や技術指導員などが多くの場合これに該当します。この区分に該当した場合の税務処理は非常に過酷です。事業経費の控除や基礎控除などを一切差し引くことが許されず、フィリピン国内から得た「総所得(Gross Income)」に対して、一律25%のフラットな税率が課されます。

日本の税法において、居住者と非居住者の判定は、原則として「国内に住所を有するか、または現在まで引き続き1年以上居所を有する個人」という基準を中心に、客観的な事実関係を総合的に考慮して行われます。これに対しフィリピンでは、「暦年で180日」という極めて明確で機械的な閾値が存在する点が根本的な違いです。

例えば、日本企業のある技術者が、フィリピン現地法人の工場立ち上げ支援のために、1年間のうちに断続的に出張を繰り返し、滞在日数の合計が170日に達したとします。この場合、技術者はNRA-NETBに分類されます。もしフィリピン現地法人から出張手当や技術指導の対価を受け取っていた場合、そこからホテル代や交通費といった経費を差し引くことは一切認められず、受け取った総額に対してダイレクトに25%の高い源泉所得税が課せられることになります。このことから、日系企業のグローバル人事部門は、個々の従業員のフィリピン滞在日数を厳格にトラッキングし、180日の閾値を意識した緻密なタックスプランニングを行う必要があるということが言えるでしょう。

フィリピンの付加価値税とデジタルサービスへの新たな課税

フィリピンの付加価値税(VAT)は、商品やサービスの販売、財産のリース、および物品の輸入に対して、原則として12%の税率で課せられます。これは、日本の消費税(標準税率10%)と同様に、製造から最終消費に至るまでの各取引段階で生じた付加価値に対して課税され、仕入控除税額(Input VAT)を売上に対する税額(Output VAT)から差し引く多段階の税額控除方式を採用しています。しかし、フィリピンのVAT制度は、外資誘致のためのインセンティブ制度と密接に結びついているため、その運用は日本よりもはるかに複雑です。

登録事業体向けの付加価値税ゼロレート適用の明確化

これまで多くの外資系企業を悩ませてきたのが、優遇対象企業(RBE)が物品やサービスを購入する際のVATゼロ税率(0%)適用の要件です。CREATE法の施行以降、VATゼロ税率が適用されるためには、購入した物品やサービスが「登録事業に直接かつ専属的に使用される(directly and exclusively used)」ことという、極めて狭く厳格な条件が課されていました。

この「直接かつ専属的」という文言の解釈を巡り、税務当局と企業の間で深刻な見解の相違が頻発しました。例えば、工場を稼働させるための直接的な原材料はゼロ税率が認められても、工場施設の警備サービス、従業員の衛生を保つための清掃サービス、法務コンプライアンスのための弁護士費用や監査費用などは「直接かつ専属的に製造に関わるものではない」としてVATの免除対象から外され、企業側は予期せぬVAT負担を強いられる事態となっていました。

こうした実務上の大混乱と投資環境の悪化を是正するため、新たに施行されたCREATE MORE法では、この要件が大幅に見直されました。同法においてゼロ税率適用の条件は、「直接かつ専属的」から「直接帰属する(directly attributable)」という、より実質的で合理的な表現に緩和および明確化されました。これにより、事業を遂行する上で不可欠な付随業務である警備サービス、清掃サービス、金融サービス、そして人事・会計・法務などの管理業務に関連する費用についても、正当な事業活動の一部として正式にVATゼロ税率の対象となることが明文化されました。この法改正は、フィリピンに進出する日本企業にとって、経費負担の軽減と税務リスクの劇的な減少をもたらす非常に歓迎すべき改善点です。

デジタルサービスに対する付加価値税課税

一方で、課税ベースを拡大するための新たな動きも急速に進んでいます。フィリピン政府は、急速に拡大するデジタル経済から適切な税収を確保するため、2024年10月に共和国法第12023号(RA)を成立させました。この法律は、フィリピン国内の消費者に提供されるデジタルサービスに対して12%のVATを課すことを目的としています。この法律の実施に関する詳細な規則は、世界的会計ファームの解説記事でも確認することができます。

参考:歳入規則第3-2025号に関する概要

この法律が日本企業にとって重要な意味を持つのは、フィリピン国内に物理的な拠点を一切持たない非居住デジタルサービスプロバイダー(NDSP:Non-Resident Digital Service Provider)に対しても、強力な納税義務を課している点です。SaaS(Software as a Service)、クラウドコンピューティング、オンライン広告、デジタルメディアのストリーミング配信などをフィリピンのユーザーに向けて提供する外国企業は、過去12ヶ月間の総売上が300万ペソを超える場合、BIRに対するVAT登録が義務付けられます。

企業間取引(B2B)においては、「リバースチャージ方式(Reverse Charge Mechanism)」が適用されます。これは、サービスを利用するフィリピン国内のVAT登録企業が、外国企業(NDSP)に代わって12%のVATを計算し、自らBIRへ源泉徴収して納付する義務を負う仕組みです。この構造自体は、日本の消費税法における「越境リバースチャージ方式」と非常に似通っています。しかし、フィリピンの法律で特筆すべきは、コンプライアンスを担保するための行政の執行権限の強さです。BIRは、情報通信技術省などの関連当局と連携し、VAT登録義務を怠った非居住デジタルサービスプロバイダーのプラットフォームやウェブサイトへのフィリピン国内からのアクセスを物理的に遮断(ブロック)する権限を明確に付与されています。オンラインビジネスを展開する日本企業は、この強権的な執行リスクを避けるため、早急に現地の登録手続きを完了させる必要があります。

フィリピンの資産譲渡に関するキャピタルゲイン税の特殊性

フィリピンの資産譲渡に関するキャピタルゲイン税の特殊性

日本企業がフィリピンの子会社を売却して市場から撤退する際、あるいは事業再編に伴って現地法人所有の不動産を処分する際、キャピタルゲイン税(CGT:Capital Gains Tax)の取り扱いは極めて重大な論点となります。フィリピンの内国歳入法(NIRC)では、譲渡する資産の種類によって、日本の税制とは全く異なる独自の課税ルールが設けられています。

株式の譲渡益に対する課税

フィリピンの証券取引所に上場されていない非上場株式の譲渡によって得られたキャピタルゲインに対しては、NIRC第24条(C)項等に基づき、原則として15%の税率が課されます。この課税は、株式の譲渡価格からその株式の取得費や譲渡に要した費用などを差し引いた「純利益(Net Capital Gain)」に対して行われます。利益に対して課税されるというこの仕組みは、日本の株式譲渡益課税(約20%)と基本的な性質を共有しており、日本企業にとっても比較的理解しやすい制度であると言えます。

不動産売却に対するみなしキャピタルゲイン税

しかし、フィリピン税法において法務・財務担当者が最も警戒を要するのが、NIRC第24条(D)項に基づく不動産のキャピタルゲイン税です。個人または法人が保有する「資本資産(Capital Assets)」に分類される不動産(通常業務で使用されていない土地や建物)を売却する場合、「総販売価格(Gross Selling Price)」またはBIRが定める「公正市場価格(Fair Market Value)」のいずれか高い方の金額に対して、6%の最終税が課されます。

この不動産キャピタルゲイン税の恐ろしい点は、課税の基準(課税標準)が「実際に得られた利益額」ではなく、「取引の総額または不動産の評価額そのもの」であるという点です。日本の譲渡所得税の計算においては、「収入金額(売却額)」から「取得費」と「譲渡費用」を差し引き、結果として利益が出て初めて課税対象となります。したがって、不動産価格が下落し、購入時よりも安い価格で売却して損失が出た場合(譲渡損が発生した場合)には、譲渡所得税は発生しません。

これに対し、フィリピンの不動産CGT制度では、購入時の価格を考慮しません。仮に市況の悪化によって不動産価格が暴落し、購入額を大幅に下回る価格で大赤字を出して不動産を手放したとしても、法律上「キャピタルゲインがあったものと推定(presumed to have been realized)」され、売却額面(または評価額)の6%を無慈悲に納税しなければならないのです。このため、フィリピンにおける不動産投資や、自社ビル・遊休地を保有する現地法人の清算スキームを構築する際には、出口戦略において多額の税務コストが現金流出を伴って発生することを、初期の投資評価段階から財務モデルに組み込んでおく必要があります。

日本とフィリピンの間の租税条約の改定動向

国境を越えた投資や取引を行う際、法人税や源泉徴収税による国際的な二重課税を排除し、税務上の予測可能性を高めるために、二国間の租税条約の存在は不可欠です。日本とフィリピンの間には、1980年に発効し、2008年に一部改正された「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とフィリピン共和国との間の条約」が存在します。

しかし、締結から数十年が経過し、経済の急速なデジタル化や多国籍企業によるグローバルなサプライチェーンの複雑化が進む中で、現行条約の枠組みでは現代のビジネス環境の要請に十分に対応しきれない部分が顕在化していました。これを受けて、両国政府の財務省および税務当局は条約の全面改定に向けた交渉を開始し、2026年1月27日から30日にかけてマニラで第1回となる公式交渉を実施しました。そして、両国の強力なパートナーシップを背景に協議は極めて迅速に進展し、わずか数日後の同年2月4日、新租税条約に関する実質的な基本合意に達しました。

参考:外務省公式ウェブサイト

新たに締結される租税条約では、OECDのモデル条約やBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトで確立された最新の国際課税基準が全面的に取り入れられます。具体的には、事業所得の課税根拠となる恒久的施設(PE)の認定要件が現代の取引形態に合わせて明確化されるとともに、企業が最も関心を寄せる配当・利子・使用料(ロイヤルティ)に対する源泉地国での制限税率のさらなる引き下げが期待されています。さらに、脱税や租税回避を防止するための税務当局間の相互協力規定も強化されます。

日本企業にとってこの条約改定は、フィリピン子会社からの利益還流(配当)コストの大幅な低減や、クロスボーダーの知的財産ライセンス契約における税務上の摩擦解消に直結するため、対フィリピン投資環境の劇的な改善をもたらすものと高く評価されています。新条約は、今後両国政府による文言の確定と署名、そして国内承認手続き(日本の場合は国会での承認)を経て正式に発効することとなります。

フィリピンの司法手続きと近年の重要な税務判例

フィリピンの司法手続きと近年の重要な税務判例

フィリピンにおいて内国歳入庁(BIR)の更正処分や課税決定に対して不服が生じた場合、納税者は行政手続きを経た後、最終的に租税控訴裁判所(Court of Tax Appeals:CTA)および最高裁判所(Supreme Court)へと争いを持ち込むことができます。フィリピンの司法府は、憲法上の権利である適正手続(Due Process)の保障を非常に重んじる傾向にあり、税務当局による法律の拡大解釈や権限の逸脱した行使に対しては、政府機関であっても厳格な司法審査を行い、納税者の権利を保護する判決をたびたび下しています。

近年のフィリピンにおける税務実務に甚大な影響を与え、日本企業の法務担当者が必ず知っておくべき最高裁判所の画期的な判例として、以下の事案が挙げられます。

適正手続の遵守と送達の効力に関する判例

事案:Mannasoft Technology Corporation v. CIR(フィリピン最高裁判所判決、2023年7月10日)

この事件は、BIRの形式的な手続きの瑕疵が課税処分の有効性にどう影響するかが争われた重要な事例です。BIRは、法人納税者に対して多額の追徴課税を求める正式賦課決定通知書(FAN:Formal Assessment Notice)を発行しましたが、その送達先において、法人の代表者や正式な従業員ではなく、受付に勤務していた外部委託の警備員にFANを手渡して送達を完了したと主張しました。その後、納税者である法人は結果的にFANの内容を認識し、指定された期間内に抗議申立を行いました。

最高裁判所は、FANは法律の規定に従い、納税者本人または適法に権限を付与された代理人に対して個人的に確実に送達されなければならないと明確に判示しました。警備員は法人の正式な受領権限を持つ代表者ではないため、彼に対する送達は無効であると判断しました。特筆すべきは、納税者が後に通知書を受け取って抗議手続きを行っていたという実体的な事実があるにも関わらず、最高裁判所は「送達手続きという適正手続(Due Process)の厳格な要件をBIRが満たしていない以上、その後に続く課税処分そのものが無効である」という極めて厳格な判断を下した点です。適正手続を何よりも重んじるフィリピン司法の姿勢から、税務当局による手続き上の些細な形式的瑕疵は、企業側にとって不当な課税処分を根本から覆すための極めて強力な防御手段になり得るということが言えるでしょう。

虚偽申告に基づく除斥期間延長の厳格化

事案:McDonald’s Philippines Realty Corporation v. CIR(フィリピン最高裁判所判決、2023年8月8日)

通常、フィリピン税法における税務調査の時効(賦課権の除斥期間)は、確定申告書の提出期限から3年と定められています。しかし、納税者が「虚偽の申告(False Return)」や詐欺的な申告を行った場合、BIRはその事実を発見した時から10年間という長期間にわたって税額の決定を行うことができるという例外規定が存在します。これまでBIRは、単なる計算ミスや見解の相違による申告漏れであっても、これを「虚偽の申告」と拡大解釈し、10年の時効延長規定を恣意的に適用して古い年度の税務調査を強行する傾向がありました。

この事案において最高裁判所は、過去数十年にわたって踏襲されてきた判例法理を覆し、新たな基準を打ち立てました。裁判所は、単なる過失、計算ミス、あるいは法律の解釈違いによる誤りをもって「虚偽の申告」と認定することはできないと判示しました。10年の除斥期間を適用するためには、申告書に誤りがあるという客観的事実に加え、その誤りが納税者による「意図的または故意(deliberate or willful)」なものであることをBIR側が明確に立証しなければならないと宣言したのです。この画期的な司法判断により、税務当局による無制限かつ恣意的な時効の引き延ばしに強力な歯止めがかけられ、フィリピンで活動する企業の法的安定性と予見可能性が大きく向上することとなりました。

国境を越えたデジタル通信に対する課税基準

事案:Aces Philippines Cellular Satellite Corporation v. CIR(フィリピン最高裁判所判決、2022年8月30日)

この事件は、前述したデジタルサービスに対する新課税(RA)の理論的基礎ともなった、越境取引の源泉地判定に関する極めて重要な判例です。バミューダに設立された非居住外国法人であるAces Bermudaは、宇宙空間にある人工衛星をインドネシアの管制センターから操作し、フィリピンの内国法人であるAces Philippinesに対して衛星通信サービスを提供していました。Aces Philippinesは、その対価としてAces Bermudaに通信料(エアタイムフィー)を支払っていました。

Aces Bermuda側は、「収益を生み出す活動(衛星による電波の送受信)は宇宙空間およびインドネシアで行われており、フィリピン国内には一切の設備を所有していないため、この通信料はフィリピン源泉所得には該当せず、フィリピンでの課税対象にはならない」と主張しました。しかし最高裁判所は、この主張を退け、当該通信料はフィリピン源泉所得として課税対象となると判断しました。裁判所は、サービスが最終的にフィリピン国内のゲートウェイで受信され、フィリピンの消費者に届けられて初めてそのサービスは「完結」すると論じました。

そして、このサービスシステムによって生み出された「経済的利益の流入(inflow of economic benefits)」の最終的な源泉がフィリピン国内の顧客ベースにある以上、物理的な設備の所在や活動の中心地が国外や宇宙空間であっても、その所得はフィリピンを源泉とするものであるという画期的な解釈を示しました。この判決が示した「経済的利益の流入地」という概念は、物理的な拠点を伴わない現代のクロスボーダーのデジタルプラットフォームビジネスに対して、フィリピン税務当局が広く課税網を掛けるための強力な法的根拠を提供することとなりました。

まとめ

本記事で詳細に解説したように、フィリピンの税法は、近年施行されたCREATE MORE法に基づく魅力的な投資インセンティブ制度の拡充により、外資系企業にとって非常に有利な事業環境を整備しつつあります。しかしその一方で、MCIT(最低法人所得税)による赤字企業への強制的な課税メカニズムや、実際の損益に関わらず取引額そのものに課税される不動産キャピタルゲイン税など、投資家のキャッシュフローや財務リスクに直結する極めて厳格で独自性の強いルールが並存していることを見落としてはなりません。

また、デジタルサービスに対する新たなVAT課税の導入や、180日ルールに基づく外国人の厳格な居住性判定など、クロスボーダー取引とグローバルな人事異動におけるコンプライアンス要件は日々複雑さを増しています。フィリピンの法制度は社会経済情勢に合わせて頻繁にアップデートされるうえ、BIRによる税務執行の実務は日本の国税庁の柔軟なスタンスとは大きく異なり、形式的要件を徹底的に追及する厳格さを持っています。そのため、法令の条文を表面上理解するだけでは到底不十分であり、最高裁判所の判例の動向や行政の執行実態を踏まえた、極めて実践的で堅牢な防衛策をプロジェクトの初期段階から構築することが不可欠です。

モノリス法律事務所では、フィリピンをはじめとする成長著しい東南アジア諸国への進出や事業再編を検討される日本企業の皆様に対し、各国の複雑な税法規制と企業法務の連関を精緻に分析し、法的リスクを最小化するためのトータルなリーガルサポートを提供いたします。ダイナミックに変化する国際税務のフレームワークにおいて、企業価値を守り抜き、現地の法規制を遵守しつつビジネスを成功に導くための確固たる法務基盤の構築を強力にサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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