カザフスタン共和国のAIXの3種類の上場スキームと関連法制

カザフスタン共和国(以下「本件国」)におけるビジネス展開を検討する日本企業にとって、現地の資本市場を活用した資金調達やプレゼンスの向上は、極めて重要な経営課題となります。その中核を担うのが、本件国内に設立された経済特区であるAIFC(アスタナ国際金融センター)内に開設されたAIX(アスタナ国際取引所)です。AIXは、本件国の国内法人に対して普通株式による上場機会を提供しているだけでなく、特定の国や地域の企業に限定されることなく、外国企業に対して非常に柔軟で開かれた上場機会を提供している点に最大の特色があります。具体的には、外国法人がAIXに上場を果たすための主要なアプローチとして、グローバル預託証券(GDR)や米国預託証券(ADS)を用いた預託証券スキームと、預託証券の仕組みを介在させずに自社株式を直接上場させるスキームの二つが存在します。いずれの手法を選択した場合においても、創業者が保有する既存株式の売却(売出)のみに限定されるといった制約はなく、新株発行を伴う新たな資金調達(公募)を実施することが完全に認められています。
さらに特筆すべきは、他の主要な国際取引所との同時IPO(新規株式公開)を通じたクロスボーダーでのデュアルプライマリー上場が実務上積極的に行われている点です。記事全体の要点として、第一に、AIXを管轄するAIFC法は英米法の原則を基礎としており、日本の大陸法系の会社法や金融商品取引法とは根本的に異なる柔軟な法的基盤を提供しています。第二に、外国法人は預託証券を用いた上場のみならず、自社株式の直接上場や新株発行を伴う資金調達が完全に認められており、日本のJDR(日本版預託証券)スキームなどと比較して上場手法の選択肢が極めて広く設定されています。第三に、香港証券取引所など他の国際市場との同時IPOが実務上積極的に行われており、グローバルな資金調達と中央アジアでのプレゼンス向上を同時に達成できる環境が整っています。本記事では、これらの事項について、具体的な関連法令や最新の実例、そして日本法との構造的な異同についての詳細に解説します。
この記事の目次
カザフスタンにおけるAIFCの法的枠組みと日本法体系との根本的差異
アスタナ国際金融センター憲法的法律による独立法制の確立
AIXにおける上場スキームを正確に理解するためには、まずAIXが依拠するAIFCの法的枠組みと、本件国の一般国内法との関係性を明確に把握する必要があります。AIFCは、本件国を中央アジアおよびユーラシア地域における金融ハブへと成長させることを目的として設立された特別な法域です。この法域の根幹を成すのが「アスタナ国際金融センターに関するカザフスタン共和国憲法的法律(Constitutional Statute of the Republic of Kazakhstan on the Astana International Financial Centre)」です。同法第4条第1項においては、AIFCの現行法が本件国の憲法を基礎としつつも、イングランドおよびウェールズの法律の原則、法令、および判例に基づくことができると明記されています。
参考:カザフスタン共和国司法省法務情報システム|On “Astana” International Financial Center(アスタナ国際金融センター法)
この規定の存在は極めて重要です。本件国の一般国内法体系は、大陸法系の旧ソビエト法制の流れを汲んでおり、成文法主義を厳格に適用する構造を持っています。しかし、AIFC内においては、この一般国内法体系とは完全に切り離された、コモンロー(英米法)ベースの独立した法制が確立されています。これにより、国際的な金融取引や企業法務において世界的に親和性の高い英米法の概念がそのまま適用されることとなり、外国の投資家や企業にとって法的な予測可能性が飛躍的に高まる構造となっています。
カザフスタンの2つの上場市場の比較については、以下の記事にて詳しく解説しています。
日本の会社法および金融商品取引法との構造的比較
このコモンローを基盤とするAIFCの法体系は、日本の法体系と対比した場合に極めて対照的な特徴を持ちます。日本の会社法は、厳格な法定事項を重んじる大陸法系の伝統に深く根ざしており、株式会社の機関設計や株式の譲渡制限、資金調達の手続きに関して、法律で細かく強行規定が定められています。一方、AIFC会社規則(AIFC Companies Regulations 2017)は、当事者間の契約的自由を最大限に尊重するアプローチを採っています。
また、証券規制の側面においても大きな違いが存在します。日本の金融商品取引法は、投資家保護を目的として、有価証券届出書の提出から継続開示に至るまで、極めて精緻かつ厳格な日本語での開示義務を外国企業に対しても課しています。これに対して、AIFC市場規則(AIFC Market Rules:MAR)に基づくAIXの証券規制は、国際的なベストプラクティスに準拠しつつも、より実務的で柔軟な運用が行われています。日本市場への上場に伴う膨大なローカライズ費用と時間的コストの壁と比較すると、AIXの法制度から外国企業にとって極めてアクセスしやすい市場であるということが言えるでしょう。
| 比較項目 | 日本の法体系(会社法・金融商品取引法) | AIFCの法体系(AIFC会社規則・市場規則) |
| 法体系の基礎 | 大陸法系(成文法中心、強行法規が多い) | コモンロー系(英米法ベース、契約的自由を重視) |
| 開示言語と基準 | 原則として日本語による厳格な法定開示 | 英語による開示、IFRS(国際財務報告基準)の適用 |
| 目論見書の免除 | 非常に限定的(適格機関投資家向け等の例外のみ) | 他の適格取引所に18ヶ月以上上場している場合は免除要件あり |
| コーポレートガバナンス | 法定の機関設計の厳格な適用 | 定款による柔軟な制度設計が可能 |
カザフスタンのAIXにおける上場スキームの詳細

預託証券(GDRおよびADS)を通じた上場アプローチ
外国法人がAIXに上場するための有効な選択肢の一つが、預託証券(Depositary Receipts)を利用したスキームです。AIXでは、グローバル預託証券(GDR)や米国預託証券(ADS)を用いた上場が制度的に担保されています。AIXの「Admission and Disclosure Standards(上場および開示基準:ADS)」4.2.1においては、預託証券をAIXに上場させるための3つの要件が明確に定められています。第一に、原資産となる株式が主要取引所(Primary Exchange)で取引されている、あるいは取引される予定であること、第二に、原資産の発行者が預託証券の発行を承認している(すなわち発行をスポンサーしている)こと、そして第三に、上場前に預託契約書や信託宣言書などの関連文書の写しをAIXに提出することです。
このスキームを日本におけるJDR(日本版預託証券)制度と比較すると、その本質的な運用思想の違いが浮き彫りになります。日本の金融商品取引法および信託法に基づくJDRスキームは、外国株式を裏付けとする信託の受益証券を日本国内で発行するという複雑な構造を採っています。投資家はあくまで信託銀行等を通じて間接的に権利を保有するにとどまり、直接的な株主権の行使には一定の制約が伴います。また、日本の厳格な法定開示要件への適応が実務上の高いハードルとなってきました。対照的に、AIXにおける預託証券スキームは、既存のGDR等をシームレスにAIXの取引システムに統合することを主眼に置いて設計されています。
既存の上場構造をAIXに集約・最適化する動きも実務上見られます。その好例が、CIS諸国において大規模な鉄道貨物輸送事業を展開し、約65,000両の車両を運用するアブダビ・グローバル・マーケット(ADGM)設立法人であるGlobaltrans Investment PLCのケースです。同社は2024年10月15日、自社のグローバル預託証券(GDR)をAIXの公式リストに登録し、取引を開始するための申請を行ったことを発表しました。同社の取締役会は上場構造の合理化を目的としており、新株や新規のGDRの発行を伴うことなく、将来的にはAIXをGDRが上場し取引される唯一のプラットフォームとする計画を示しています。この動向から、AIXが単なる新規資金調達の場としてだけでなく、複雑化した国際的な上場維持コストを削減し、流動性を一極集中させるための効率的な「受け皿」としても国際企業から高く評価されているということが言えるでしょう。日本企業が欧州や新興国市場で発行したGDRの流動性が低下した場合や、コンプライアンス要件の変更に伴って上場維持が困難になった場合、AIXへの上場先の移管は実務的な解決策の一つとなります。
外国法人による株式の直接上場と公募の自由度
AIXは預託証券という形態に依存せずとも、外国法人が自社の普通株式を直接上場させることを認めています。この直接上場スキームにおいて特に注目すべき点は、資金調達の柔軟性と証券規制の合理性です。一般に、新興国の証券取引所においては、外国企業に対して既存株式の流動性提供(売出)のみを認め、新規の資金吸収(公募)に制限を設けるケースが散見されます。しかし、AIXにおいてはそのような制限は一切存在しません。AIFC市場規則の規定に従い適切な目論見書を作成すれば、新株発行による大規模な資金調達(公募)を行うことが完全に認められています。
さらに、AIFC市場規則(MAR)1.2.2(h)の規定によれば、他の適格な取引所においてすでに同一クラスの株式が18ヶ月以上継続して取引されており、かつその取引所における継続開示義務を遵守している外国法人については、目論見書の作成を免除して直接AIXに上場させることが可能とされています。
参考:AIFC金融サービス規制庁(AFSA)公式オンライン法令集
日本の市場においても外国企業による公募増資を伴う直接上場は法制上可能ですが、言語の障壁、日本基準またはそれに準ずる厳格な監査基準への適合、そして主幹事証券会社による引き受け審査の厳格さから、実際に日本市場で直接上場を果たし公募増資を行う外国法人の数は極めて限定的です。これに対し、AIXは英語を公用語とし、国際財務報告基準(IFRS)を標準的な会計基準として受け入れているため、日本を含む外国法人がグローバルな基準で作成した財務諸表や法務書類をそのまま活用して、直接上場および公募増資を実施できるという決定的な優位性を持っています。この柔軟な制度設計から、AIXは単なるローカル市場の枠を超え、国際的な資金還流のハブとして機能する意図を持っているということが言えるでしょう。
| 上場アプローチ | スキームの概要 | 日本市場(東証等)での対応する枠組み | AIXにおける優位性・特徴 |
| 預託証券(GDR/ADS) | 原株式を裏付けとする預託証券を上場 | JDR(日本版預託証券)スキーム | 既存のGDRプログラムを流用可能、信託法に基づく複雑な受益権構造が不要 |
| 直接上場(普通株式) | 外国法人が自社株式を直接市場に上場 | 外国株式の直接上場 | 英語での開示が前提、目論見書の免除規定あり、IFRS等の国際基準を利用可能 |
| 資金調達(公募) | 新株発行による市場からの資金吸収 | 公募増資(外国企業には実務上の壁が高い) | 完全な自由度があり、既存株式の売出のみに限定されない |
カザフスタンにおけるクロスボーダー上場とデュアルプライマリー(同時IPO)の実務

他の主要国際取引所との同時IPOの親和性
近年のグローバル資本市場において、企業の資金調達戦略は多様化しており、複数の取引所に同時に上場するクロスボーダーでのデュアルプライマリー上場(同時IPO)が重要な手法として認識されています。デュアルプライマリー上場とは、単なるセカンダリー上場(主たる規制を本国市場に委ね、従属的な形で他国に上場する形態)とは異なり、複数の取引所における上場審査基準を同時に満たし、それぞれの市場で一次的な上場企業としての地位を確立する手法です。AIXは、このような国際的な同時IPOの受け皿として、他の主要な国際取引所(例えば香港証券取引所など)との連携を深めています。
AIXの「Admission and Disclosure Standards(ADS)」4.2.2のガイダンスにおいても、他の取引所との同時上場を想定した規則運用がなされています。具体的には、原資産となる有価証券が他の取引所に同時に上場される場合、その取引所での取引開始がAIXでの預託証券の取引開始よりも先に行われるのであれば、AIXにおける「原資産が主要取引所で取引されていること」という要件を満たすものとみなすといった実務上の配慮が明記されています。日本において外国企業が東京証券取引所と海外の取引所で同時にデュアルプライマリー上場を実施しようとした場合、日米または日英の証券規制の要件を完璧に調整することは、極めて難易度が高いプロジェクトとなります。AIXでは、こうしたクロスボーダーでの規制の調和が制度として意図されている点に競争上の優位性があります。
参考:AIX(Astana International Exchange)公式 規則集ページ
実例検証:Jiaxin International Resources Investment Limitedの世界初同時IPO
AIXにおけるデュアルプライマリー上場の柔軟性と実効性を証明する最も顕著で最新の実例が、2025年8月に実施されたJiaxin International Resources Investment Limited(佳鑫国際資源投資有限公司)の同時IPO案件です。同社は香港に設立された法人であり、本件国のアルマトイ州に位置し、世界のタングステン鉱物資源量(酸化タングステン:WO3)において第4位の規模を誇るボグティ(Boguty)タングステン鉱山を独占的に運営している企業です。
同社は2025年8月28日に、香港証券取引所(HKEX)のメインボードとAIXの両市場において、世界初となるデュアルプライマリー上場を実施し、取引を開始しました。この画期的な同時IPOにおける最終的な公開価格は9.93人民元(HK$10.92に相当)に設定され、グローバル市場での需要は目標額の220倍以上となる340億米ドルを超えるという驚異的な記録を打ち立てました。この案件では、CICC(中国国際金融)が単独スポンサー、単独代表、および単独スポンサー兼全体コーディネーターを務め、China Galaxy Internationalとともに引受業務を主導しました。
このオファリングの詳細な構造を見ると、同社はグローバルで合計109,808,800株(オーバーアロットメント・オプション行使前)の募集を行い、約1億5300万米ドル(約12億香港ドル)の資金を調達することに成功しています。募集株式の内訳として、10,981,200株が香港での公募に、98,827,600株が国際オファリングに割り当てられました。そして、この国際オファリング枠の中から、1,317,600株がAIXを通じたオファリング枠として割り当てられ、AIXの公式リストに登録されました。
さらに本案件は、AIXが設けている「Belt and Road Initiative(一帯一路)」セグメントにおける初の新規株式公開であり、かつ中央アジアにおいて人民元建てで実施された初の上場案件であるという点でも歴史的な意義を持っています。同社の経営陣は、このデュアル上場が中国とカザフスタンの経済協力を深める確かな一歩であると述べており、グローバルな資本と現地の優良資産を結びつけるAIXの戦略的地位が浮き彫りになりました。
この事例から、AIXが単なる本件国の国内企業向けのローカル市場ではなく、中央アジアに優良な事業資産を持つ外国法人が、香港のような巨大なグローバル資本市場の流動性にアクセスしつつ、同時にプロジェクトの所在地である本件国のAIXにおいても正式な上場地位と資金調達の機会を確保するための、極めて戦略的なプラットフォームとして機能しているということが言えるでしょう。日本企業が本件国における資源開発やインフラ投資等の大型プロジェクトを行うための特別目的会社(SPC)や合弁会社を第三国(例えば香港やシンガポール)に設立した場合、このJiaxin社のスキームをモデルとして、事業の実体がある本件国での上場と、グローバル市場での上場を同時に達成することが現実的な選択肢となります。
まとめ
本記事では、カザフスタン共和国のAIX(アスタナ国際取引所)における上場スキームについて、法体系の基礎から具体的な上場手法、そして最新のクロスボーダー上場の実例に至るまでを網羅的に解説いたしました。本記事全体の要点として、第一に、AIXは旧ソビエト法制から切り離されたコモンローに基づくAIFC法に支えられており、日本の会社法や金融商品取引法といった厳格な大陸法系の規制と比較して、格段に高い柔軟性と契約的自由を備えています。第二に、外国法人は預託証券(GDRやADS)を利用した上場のみならず、目論見書免除規定を活用した自社の普通株式の直接上場や、新株発行を伴う積極的な資金調達(公募)を制限なく行うことが可能です。第三に、2025年8月のJiaxin International Resources Investment Limitedの事例に見られるように、香港証券取引所などの世界的市場との同時IPO(デュアルプライマリー上場)が実務レベルでスムーズに実現できる点は、日本企業がグローバルな資金調達戦略を構築する上で極めて魅力的な選択肢となります。
カザフスタンおよび中央アジア地域における事業拡大、インフラ投資、あるいは資金調達の多角化を検討されている日本企業にとって、本件スキームの正確な理解と法的リスクのコントロールは事業成功の必須条件となります。当事務所では、こうした現地の高度な金融法制に関する詳細な調査から、国際的な証券発行の手続き支援、法務リスクの分析に至るまで、海外展開を包括的にサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































