ネパール連邦民主共和国の外国投資・技術移転法が定める投資と送金の法制度

ネパール経済は近年、外国直接投資(FDI)を経済成長の重要な柱と位置付け、積極的な誘致政策を推進しています。その中核をなすのが、2019年(ネパール暦2075年)に制定された「外国投資・技術移転法」(Foreign Investment and Technology Transfer Act, 2019、以下「FITTA」)です。この法律は、従来の1992年法を廃止し、投資環境の改革と手続きの合理化を目的として導入されました。
FITTAとその後の改正(特に2023年から2025年にかけての更新)は、投資承認プロセスの自動化ルートの導入、特定の産業における最低投資額の撤廃など、投資家の利便性を大幅に向上させることを目指しています。特に、2024/25会計年度の最初の9ヶ月間で、FDIコミットメントの約97%がこの迅速なチャネルを通じて行われたと報告されており、政策の自由化が直接的に投資増加に繋がっています。
なお、ネパールでは、西暦とは別にビクラム暦という独自の暦が使われています。ビクラム暦は紀元前57年を起年とし、西暦の4月半ばを新年とします。例えば、西暦2000年はビクラム暦では2056年又は2057年です。先述した「2019年(ネパール暦2075年)」という表記は、このビクラム暦によるものです。
本記事では、ネパールの外国投資・技術移転法が定める投資と送金に関する法制度について弁護士が詳しく解説します。
また、ネパールの法律の全体像とその概要に関しては以下の記事で解説しています。
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この記事の目次
ネパールにおける外国投資の承認機関と投資要件

外国投資承認の基本原則
ネパールにおける外国投資は、FITTA 2019に基づく承認制度が基本となります。この法律は、外国投資家がネパール国内の産業や企業に対して行う多様な投資形態、具体的には下記等を認めています。
- 外国通貨による株式投資
- 企業が得た配当の再投資
- 航空機や機械設備などへのリースファイナンス
- ベンチャーキャピタルファンドへの投資
- 上場証券市場での証券取引
- ネパールで設立された企業の株式や資産の購入
- 外国資本市場での証券発行を通じた銀行チャネルからの資金調達
- 技術移転
- ネパール国内での支店設立や拡張
特に、2025年の改正では、証券委員会(Securities Board of Nepal: SEBON)に登録されたベンチャーキャピタルファンドや専門投資ファンドのユニットへの投資も外国投資の定義に明示的に追加され、投資の選択肢がさらに広がりました。間接的な投資や技術供与も「投資」と定義することで、多様なビジネスモデルや資金調達ニーズに対応しているによるものです。
外国投資家は、ネパール国内の産業またはネパール国民と単独または共同で投資を行うことができ、ネパールに設立された産業の資産または株式を購入することによっても投資が可能です。ネパールは原則として100%外国資本による企業設立を奨励しており、合弁事業の義務付けがないため、この意味での自由度が確保されています。
投資額に応じた承認機関の役割
ネパールでは、外国投資の承認機関が投資額に応じて産業省(Department of Industry: DOI)とネパール投資委員会(Investment Board Nepal: IBN)に分かれています。
産業省(DOI)の管轄と自動承認ルート
DOIは、産業・商業・供給省の実施機関として、主に中規模から大規模産業の外国投資誘致と手続きの合理化を担っています。FITTA制定当初、DOIはネパールルピー(NPR)60億ルピー(約60億円)以下の外国投資プロジェクトの承認を担当していました。FITTA 2019では、DOIは完全な申請書類が提出されてから7日以内に承認を決定することとされています(FITTA第15条(2))。実務上は1~2週間かかることが多いとされていますが、これは投資家が初期段階で直面する手続きの障壁を低減する意図があります。
さらに、2023年には、特定のセクターおよびNPR 5億ルピーまでの投資に対して、オンライン自動承認システムが導入されました。この自動承認ルートは、多くの標準的なプロジェクトにおいて事前の官僚的承認プロセスを不要にし、処理時間を大幅に短縮しています。2024/25会計年度の最初の9ヶ月間で、ネパールへのFDIコミットメントの約97%(約NPR 580億ルピー相当)がこの迅速なチャネルを通じて行われたと報告されています。
ネパール投資委員会(IBN)の管轄と大規模プロジェクト
IBNは、首相が議長を務める高レベルの政府機関であり、大規模かつ戦略的な投資を促進することを目的としています。IBNは、NPR 60億ルピーを超える大規模な投資、特にメガインフラプロジェクトや大規模エネルギープロジェクト、その他の国家的に重要なプロジェクトを担当してきました。IBNによる承認プロセスは、プロジェクトの規模と複雑性から、通常45〜60日以上を要する場合があります。これは、IBNがこのような大規模案件に対して、省庁間の調整やプロジェクト開発協定の支援など、より手厚い投資促進サービスを提供するためです。
2024年半ばのFITTA改正により、DOIに外国投資承認の上限が撤廃されたとされていますが 、実務上はIBNが引き続き大規模プロジェクトや公共民間パートナーシップ(PPP)案件を主導する役割を担っていると指摘されています。法的な文言と実際の運用に一時的な乖離が生じている可能性があります。
以下に、ネパールにおける外国投資承認機関の管轄範囲をまとめます。
投資額(ネパールルピー) | 担当機関 | 承認プロセス | 承認期間の目安 | 備考 |
〜NPR 5億ルピー | 産業省(DOI) | 自動承認ルート(オンライン) | 即時(仮承認) | 特定セクターに限る。FDIコミットメントの97%がこのルート経由(2024/25年度実績) |
NPR 5億ルピー超〜NPR 60億ルピー | 産業省(DOI) | 通常申請(手動審査) | 7日以内(実際は1〜2週間) | 完了書類提出後。ワンストップサービスセンター経由 |
NPR 60億ルピー超 | ネパール投資委員会(IBN) | 通常申請(手動審査) | 45〜60日以上 | 大規模・戦略的プロジェクト、閣僚承認が必要な場合あり |
最低投資額の規律とIT企業への特例
FITTA 2019の当初の規定では、外国投資の最低投資要件としてNPR 5,000万ルピー(約38.5万米ドル)が設定されていました。しかし、小規模投資を奨励し、より幅広い投資家を誘致するため、この閾値はNPR 2,000万ルピー(約15万米ドル)に引き下げられました。
さらに、ネパール政府は2023年後半に、情報技術(IT)セクターへの投資については、自動承認ルートを利用する場合、最低資本要件を撤廃しました。これは、外国投資家が最低FDI額なしでネパールにIT企業を設立できることを意味し、テック系スタートアップの市場参入を大幅に容易にしています。これは、国の経済構造を高度化し、国際競争力を高めるための明確な産業政策の一環といえ、日本のIT企業にとって重要な参入条件となります。
日本法との比較
日本の外為法では、健全な投資を促進しつつ、国の安全保障に関わる技術などの流出を防ぐことを目的として、外国投資家が日本の企業に対して特定の投資を行う場合に事前届出を義務付けています。この事前届出の対象となる「外国投資家」には、非居住者である個人(日本国籍者を含む)、外国法令に基づき設立された法人、非居住者や外国法人に議決権の過半数を保有された日本法人、外国法人等が50%以上出資する組合などが含まれます。
事前届出が必要な投資の種類は広範であり、上場会社株式の1%以上、非上場会社株式の1株以上の取得、外国投資家またはその関係者が役員に就任することへの合意、事業の譲渡などが該当します。届出受理から原則30日間は投資が禁止される「投資禁止期間」が設けられており、この期間は最大5ヶ月まで延長される可能性がありますが、国家安全保障を阻害しないと判断されれば短縮されることもあります。特定の条件を満たす外国投資家に対しては、事前届出が免除され事後報告で足りる制度も存在しますが、その要件は厳格であり、特に「コア業種」と呼ばれる国家安全保障上重要な分野への投資や、過去に外為法違反で処分を受けた者、国有企業などには適用されません。
ネパールにおける投資資金、利益、配当等の送金(レパトリエーション)
送金の原則と法的根拠
ネパールでは、外国投資家は、ネパール法に基づきすべての適用税金を支払った後、ネパール中央銀行(Nepal Rastra Bank, 以下「NRB」)の承認を得て、投資資金、利益、配当などを送金する権利がFITTA第20条によって保障されています。これは「外国為替(規制)法」(Foreign Exchange (Regulation) Act, 1962, 以下「FERA」)によっても規制されています。送金は、投資が行われた通貨またはNRBの承認を得て他の外貨で行うことができます(FITTA第20条(2))。送金時の為替レートは、その時点の市場レートが適用されます(FITTA第20条(3))。
送金可能な項目と条件
FITTA第20条は、以下の項目が送金可能であることを明記しています。
- 外国投資を伴う株式の売却代金
- 外国投資から得られた利益または配当
- 産業または会社の清算・解散後にすべての負債を支払った後の残余金
- 技術移転契約に基づくロイヤルティ(酒類産業における商標使用ロイヤルティには総売上高の5%という上限がある場合あり)
- リース投資に基づくリース料
- ネパールにおける訴訟、仲裁、その他の法的手続きの最終和解から得られた損害賠償金または補償金
- その他、現行法に基づき送金可能な金額
送金には、まず関係する外国投資承認機関(DOIまたはIBN)の承認を得る必要があり、その後NRBに申請し、最終承認を得るという二段階のプロセスが一般的です。DOI/IBNは申請受領後15日以内に承認を付与し(FITTA第20条(7))、NRBも15営業日以内に決定を下すこととされています。ただし、全体の送金プロセスには1〜2ヶ月かかる場合があるとされています。承認期間の目安が設定されているものの、実務上の所要時間には幅があるため、資金計画には余裕を持つべきだと思われます。
重要な制限として、外国投資家は投資後最初の1年間は投資元本の送金が認められていません。NRBが承認時にこの条件を設定します。
2025年の法改正(Ordinance to Amend Some Nepal Acts Relating to Improving Economic and Business Environment and Investment Promotion 2025)により、特定の専門投資ファンド(Specialized Investment Fund, SIF)への投資から得られた収益の送金については、証券委員会(SEBON)の承認があればNRBの追加承認は不要となるという規定が導入されました。これは、投資ファンドを通じた投資の促進を目的とした特例と考えられます。今後も、投資形態による送金手続きの簡素化に関わる制度が新設される可能性があり、動向に注目が必要です。
日本法との比較
日本の外為法は、居住者と非居住者の間の資金移動を原則として自由化しており、対外送金についても、特定の目的(例:マネーロンダリング、テロ資金供与)や、経済制裁対象国・地域への送金を除けば、原則として許可・承認は不要です。ただし、一部の取引については、事後の報告義務が課せられています。配当や利息などの経常収益の送金は、通常、税務上の手続きを経て自由に行うことができます。日本の制度は、資本移動の自由を確保しており、送金に関する事前規制は限定的です。
外国投資におけるその他の留意点

外国投資が制限・禁止される分野
ネパールでは、ほとんどのセクターで外国投資を歓迎し、100%の外国資本所有を許可していますが、一部の産業や事業分野において外国投資が制限または禁止されています。これらは主に、国内の中小企業保護や伝統的スキルの維持、国家安全保障上の理由によるものです。FITTAのスケジュール(Schedule)に列挙されており、例えば、家禽飼育、漁業、養蜂、一次農産物生産、零細・小規模産業、理髪・仕立て・運転などの個人サービス業、武器・弾薬製造、原子力・放射性物質生産、建設業を除く不動産事業、小売業、国内宅配サービス、両替・送金サービス、航空、旅行代理店、ガイド、マスメディア(新聞、ラジオ、テレビ、オンラインニュース、国語映画)、経営・会計・工学・法律コンサルティングサービス、語学・音楽・コンピュータトレーニングなどが含まれます。これらの制限分野は、ネパールの産業保護政策を反映しており、投資を検討する際に最初に確認すべき重要な点です。ただし、技術移転は外国投資が制限されている分野でも認められる場合があります。
ワンストップサービスセンターの活用と手続きの効率化
FITTAは、外国投資家に対する免除、便宜、譲歩、またはサービスを単一のサービスメカニズムを通じて提供する「ワンストップサービスセンター」の新しい規定を導入しました 。このセンターは、産業登録、会社登録、外国投資承認、労働許可、ビザ取得、環境影響評価承認など、さまざまな政府機関との調整を担い、手続きを合理化することを目的としています 。このセンターの設置は、複数の政府機関を回る手間を省き、外国投資家にとっての利便性を高めるための重要な取り組みだと言えるでしょう。
紛争解決メカニズムと仲裁の利用
外国投資家とネパール国民の間で外国投資に関する紛争が生じた場合、FITTAはまず相互協議または交渉による解決を促進するよう規定しています(FITTA第40条)。紛争が合意に至らない場合、ネパールの仲裁法に基づき仲裁によって解決されることになります。外国仲裁判断はネパールで執行可能であり、そのための条件は仲裁法に定められています。予測可能な紛争解決メカニズムの存在は、外国投資家にとって重要なリスク管理要素です。
2025年の法改正では、「公共の利益」を理由とした仲裁判断の取消し規定が削除され、「公序良俗」のみが取消し事由とされました。この変更は、仲裁判断の執行可能性を大幅に高めるものであり、投資家保護の観点から非常に重要です。従来の「公共の利益」は広範で恣意的に解釈される可能性がありましたが、「公序良俗」に限定されることで、法的な予測可能性が向上したと言えます。
まとめ
ネパールは、その地理的優位性、豊富な天然資源、成長する経済、そして政府の積極的な投資誘致政策により、日本企業にとって魅力的な投資先になりつつあると言えます。FITTA 2019とその後の改正、特にIT分野への優遇措置や自動承認ルートの導入は、投資手続きの簡素化と迅速化を進め、参入障壁を低減しています。
しかし、外国投資の承認機関の複雑な管轄区分(DOIとIBN)、IT企業を除く最低投資額の規律、そして投資後の1年間は元本送金ができない制限、さらには投資資金や利益の送金における二段階承認プロセス(DOI/IBNの承認後、NRBの最終承認)など、日本法とは異なる独自の法的・実務的課題も存在します。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: ネパール連邦民主共和国海外事業