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カザフスタン共和国の2つの上場市場の関係性や相違点の解説

カザフスタン共和国の資本市場を理解する上で最も重要な特徴は、国内の一般法に基づく伝統的な市場と、特区法に基づく国際的な市場が並存している点です。日本においては、金融商品取引法と会社法という統一された強固な法体系のもとで東京証券取引所などの市場が一元的に運営されていますが、カザフスタン共和国においては法的基盤の全く異なる二つの主要な証券取引所が存在しており、企業は資本戦略に応じて上場する市場を選択することができます。

一つ目は旧首都アルマトイに拠点を置くカザフスタン証券取引所(KASE)です。1993年に設立されたKASEは、同国における最大の証券取引所であり、国内の主要な銀行、通信会社、資源関連企業が上場しています。KASEの運営および上場に関する法規制は、カザフスタン共和国憲法を頂点とし、民法、証券市場法(2003年7月2日付法律第461号)、および株式会社法(2003年法律第415号)といった同国の成文法体系に完全に依拠しています。国家機関による強力な監督下にあり、カザフスタン共和国の経済の根幹を担う市場として機能しています。二つ目は首都アスタナの「アスタナ国際金融センター(AIFC)」内に2017年に設立されたアスタナ国際取引所(AIX)です。AIFCは海外からの直接投資を促進するために国家戦略として設立された金融特区であり、その最大の特徴は、法制度がイングランドおよびウェールズのコモンロー(英米法)の原則に基づいている点です。AIFC憲法制定法により、AIXの運営規則やAIFC内での企業設立に関する規則は、国内の一般法からは独立して適用されることが規定されています。カザフスタン共和国の一般法が適用されるのは、AIFCの独自の規則で規定されていない事項に限られます。この仕組みは、現地の言語や旧ソ連圏特有の法体系に不安を抱く外国人投資家に対して、国際的に馴染みのある法的環境を提供することを目的としています。このような二重構造から、カザフスタン共和国へ進出する日本企業は自社の目的や資金調達の規模に応じて適用される準拠法や管轄裁判所を戦略的に選択できると言えるでしょう。

本記事では、これら二つの市場の法体系や上場要件の実務的差異に加え、実際にAIXやKASEを活用している海外資本や日本企業の実例、最新の判例動向、そして2066年まで適用される強力な税務優遇措置について詳細に解説し、日本企業がカザフスタン市場をいかに戦略的に活用すべきかの要点を明らかにします。

この記事の目次

カザフスタン共和国の証券市場における二重の法体系の俯瞰

カザフスタン共和国の証券市場における二重の法体系の俯瞰

日本の統一的法体系との構造的な相違

カザフスタン共和国の資本市場制度を理解するにあたり、まず前提として認識すべきは、日本の法制度との構造的な違いです。日本においては、企業が資本市場にアクセスする際、その基盤となるのは会社法に基づく企業の内部統制や機関設計であり、市場での有価証券の募集や売出し、継続的な情報開示、そして不公正取引の防止等は金融商品取引法によって一元的に規律されています。東京証券取引所をはじめとする国内の取引所はすべてこの単一の法体系の傘下にあり、上場する市場によって適用される準拠法や管轄裁判所の根本的なルールが変わることはありません。日本企業は、統一された強力な法規制のもとで予見可能性の高いビジネス環境を享受しています。

これに対して、カザフスタン共和国では、国家の一般法に服する伝統的な市場と、特別法によって切り出されたコモンロー(英米法)ベースの国際的な市場が、同じ国家内に物理的かつ制度的に並存しています。日本企業が同国でビジネスを展開し、資金調達や上場を検討する場合、単にどの取引所が商業的に有利かという観点だけでなく、自社をどちらの法体系の管轄下に置くかという極めて重大な法務戦略上の決断を迫られることになります。

カザフスタン証券取引所を規律する一般法の構造

カザフスタン証券取引所(KASE)は、旧ソ連からの独立直後である1993年に設立され、同国の民法典および各種の経済法規に基づく伝統的な成文法(シビルロー)体系に属しています。KASEを規律する中核的な法律は、2003年7月2日付で制定された証券市場法(法律第461号)および株式会社法(法律第415号)です。これらの法律は、カザフスタン共和国憲法を頂点とする国内法秩序に完全に組み込まれており、国家の金融市場規制・発展庁(ARDFM)による直接的かつ強力な監督を受けています。

証券市場法は、証券市場の国家規制の目的、市場インフラの整備、投資家保護の原則を定めており、ARDFMは不公正取引の監視やインサイダー取引の防止に向けた広範な行政処分権限を有しています。また、株式会社法は企業の設立、株式の発行、株主の権利義務、機関設計を定めています。日本企業がKASEに上場する、あるいはKASE上場企業を買収する場合、その取引はカザフスタン共和国の一般法に従って解釈され、万が一紛争が生じた場合には同国の国家裁判所における民事訴訟手続に服することになります。

なお、2023年にはカザフスタン大統領から、証券市場の重複を避けるためにKASEとAIXを一元管理下に統合する可能性を検討するよう指示が出されましたが、2024年7月にカザフスタン国立銀行は統合プロセスを一時停止したと発表しました。このため、当面はこれら法的基盤の異なる二つの取引所が独立して並存する構造が維持されることになります。

アスタナ国際金融センターの特区法がもたらす革新性

一方、アスタナ国際取引所(AIX)は、2015年に制定されたアスタナ国際金融センターに関する憲法制定法(法律第438-V号)に基づき、2017年に設立されました。この法律の第4条は極めて革新的であり、AIFCにおける現行法がイングランドおよびウェールズの原則、規範、判例に依拠して制定されるAIFC独自の規則から構成されることを明記しています。カザフスタン共和国の一般法は、AIFCの独自規則によって規律されていない事項についてのみ補充的に適用されます。

このAIFCの中に設置された証券取引所がAIXであり、AIXの運営規則や上場基準、そしてAIFC内に設立された企業(AIFC参加者)の組織規範は、すべてこの英米法ベースの規則に従います。日本法やカザフスタン共和国の一般法のような大陸法系の成文法とは異なり、衡平法(エクイティ)の概念や判例法の蓄積を重視する英米法の論理が適用されるため、国際的な金融取引に精通した外国人投資家にとっては極めて予見可能性が高い環境が提供されています。AIXの規制枠組みは、国家の一般行政から切り離された独立の規制当局であるアスタナ金融サービス局(AFSA)によって管理されており、カザフスタン共和国の証券市場法による直接的な規制を免れています。

AIFC憲法制定法に関する公式文書は、カザフスタン共和国司法省法務情報システムウェブサイトで確認することができます。

参考:カザフスタン共和国司法省法務情報システム|On “Astana” International Financial Center(アスタナ国際金融センター法)

KASEとAIXにおける上場要件と情報開示ルールの実務的差異

証券取引所における上場要件の構造において、KASEとAIXは異なるアプローチを採用しています。これらの要件の差異から、各市場がターゲットとする企業層や投資家の性質が明確に表れているということが言えるでしょう。

KASEの多層的な市場区分とシビルローに基づく厳格な基準

KASEの公式リストは、企業の規模や特性に応じて「メイン」「オルタナティブ」「ミックス」「プライベート・プレースメント」という複数のプラットフォームに細分化されており、さらにその中でセクターやカテゴリーが分かれています。メイン市場は、最低3年以上の事業実績を持つ大企業向けに設計されており、国際財務報告基準(IFRS)または米国会計基準(US GAAP)に基づく3年分の監査済み財務諸表の提出が義務付けられています。

オルタナティブ市場は、中小企業向けに上場基準を緩和し、情報開示要件を引き下げたセグメントです。日本のグロース市場に近い位置づけであり、国内の中小規模の企業が資金調達を行いやすいように設計されています。さらに、KASEでは2021年11月から「KASEグローバル」と呼ばれるセクターが開設され、米国のNASDAQやニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場している数十銘柄の外国株式が取引できるようになっており、国際的な金融商品へのアクセスも拡大しています。KASEの複雑に細分化された構造は、国内の多様な産業セクターの企業に対して、それぞれの事業規模に見合った上場機会を提供するためのものです。

AIXにおける国際基準の採用と新規設立法人への柔軟な特例

これに対し、AIXの上場規則は、より国際的かつ機関投資家向けに一本化された基準を持っています。株式の発行者がAIXに上場するためには、上場時点で100万米ドル以上の時価総額を有している必要があり、負債証券の発行者については、上場対象となる債券等の発行残高が50万米ドル以上であり、償還条件や利払い条件等が明確に定められていることが求められます。財務要件としては、IFRS等のAIXが容認する基準で作成された3年分の監査済み財務諸表の提出が求められます。

しかしながら、AIXの大きな特徴はその柔軟性にあります。AIFCは海外投資家を誘致するために新設された特区であるため、AIFC内に新たに設立された持株会社などが現地事業会社を束ねて上場を希望する場合、必ずしもその持株法人単体で3年分の監査済み財務諸表を用意できないケースがあります。AIXの規則では、こうした新規設立法人であっても、対象となる主要事業の過去の実績やビジネスの性質など、他の重要な要因を個別に審査することで上場を認める例外規定を設けています。

さらに、AIXは中央アジアの中堅企業向けに株式を通じた資金調達へのアクセスを改善するため、「地域株式市場セグメント(REMS)」を導入しています。REMSでは、浮動株時価総額が2億米ドルを超えない企業を対象とし、必要とされる監査済み財務諸表の期間を1年に短縮し、過去の純利益の証明要件を免除し、浮動株の最低比率を15パーセントに引き下げるなど、大幅な規制緩和を行っています。これにより、実績の浅い新興企業であっても国際的な市場環境にアクセスすることが可能となっています。

比較項目カザフスタン証券取引所(KASE)アスタナ国際取引所(AIX)
準拠法カザフスタン共和国一般法(シビルロー)AIFC憲法制定法に基づく独自規則(コモンロー)
監督機関金融市場規制・発展庁(ARDFM)アスタナ金融サービス局(AFSA)
財務諸表要件(本則)IFRSまたはUS GAAPによる3年分の監査済みIFRS等による3年分の監査済み(特例措置あり)
新興企業向け市場オルタナティブ市場地域株式市場セグメント(REMS)
紛争解決の管轄カザフスタン共和国の国家裁判所AIFC裁判所

AIXへの上場スキームと関連法制については、下記の記事で詳しく解説しています。

海外資本・日本企業によるカザフスタン市場の活用実例

海外資本・日本企業によるカザフスタン市場の活用実例

日本企業がカザフスタンへ進出する際には、先行する海外企業や日本企業が現地市場やAIFCをどのように利用しているかを確認することが重要です。

第一に、大規模な資金調達の例として、カザフスタンのフラッグシップ・キャリアであるエア・アスタナ(Air Astana JSC)の事例が挙げられます。同社は2024年2月にロンドン証券取引所(LSE)、AIX、そしてKASEの3市場において同時上場(IPO)を果たし、国内外の多様な投資家から資金を調達しました。

第二に、クロスボーダー上場の実例として、タングステン鉱山を運営するJiaxin International Resources Investment Limitedが、香港証券取引所(HKEX)とAIXにおいて同時IPOを実施しました。これはカザフスタンと中国間の初のクロスボーダーIPOであり、人民元建てで実施された画期的な事例として注目を集めています。さらに、中国の国有ファンドである中国投資(シルクロード基金)や上海証券取引所、米国のNASDAQといった国際的な金融機関がAIXの株主として参画している点も、同市場の国際的な信頼性を裏付けています。

また、日本企業の活用例も増加しています。2020年から2021年にかけて、Smart Eco System、Number 1 Solution、Nippon Investment Operating Companyなどの日本企業がコンソーシアムを組み、AIFC内においてセキュリティ・トークン・オファリング(STO)を通じた暗号資産取引所の立ち上げや、ブロックチェーン技術を導入するデジタルプロジェクトに対して投資を行う契約を締結しました。

このように、伝統的な資源企業や航空会社から最先端のフィンテック企業に至るまで、多種多様な海外資本がAIFCの英米法ベースの法的保護とAIXの柔軟な上場制度を実務において活用しているということが言えるでしょう。

カザフスタンにおけるコーポレートガバナンスと取締役の善管注意義務

日本企業が現地法人を設立し上場させる場合、あるいは現地上場企業の取締役に就任する場合に極めて重要なのが、取締役の義務と責任に関する法規制です。日本の会社法第330条および民法第644条に基づく善管注意義務、ならびに会社法第355条に基づく忠実義務の枠組みと比較すると、KASEとAIXの法体系の違いが顕著に表れます。

日本法およびカザフスタン共和国一般法の下での取締役の責任

KASEに上場する企業に適用されるカザフスタン共和国の株式会社法の下では、役員の責任やコーポレートガバナンスの規定は、シビルローの影響を受けて発展してきました。株式会社法第85条等により、企業は自己の財産と参加者の財産を分離し、独立した法人格を持つことが定められていますが、日本法のように判例の蓄積によって緻密に構成された経営判断の原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)が同国で十分に確立しているとは言い難いのが現状です。

近年、国家政策としてコーポレートガバナンス基準の遵守や財務諸表の透明性向上が推進されており、2022年の証券市場法等の法改正により金融市場の健全性確保に向けた規制強化が行われました。しかしながら、取締役に対する株主代表訴訟や債権者からの責任追及において、国家裁判所が経営判断の合理性をどの程度尊重し、過失をどのように認定するかについては不透明な部分が残されており、外資系企業にとっては司法の予見可能性に課題があるということが言えるでしょう。

AIFC会社規則に基づく英米法型のフィデューシャリー・デューティー

AIXに上場するためにAIFC内に設立された企業、またはAIFCに登記された企業に対しては、「AIFC会社規則2017(AIFC Companies Regulations 2017)」が適用されます。この規則の第76条から第83条において、イングランド会社法に極めて近い形で取締役の義務(フィデューシャリー・デューティー)が明文で規定されています。

具体的には、以下のような厳格な義務が法定されています。

  • 権限の範囲内で行動する義務(第77条):取締役は会社の定款に従い、付与された権限をその目的のためにのみ行使しなければなりません。
  • 会社の成功を促進する義務(第78条):取締役は、株主全体の利益のために会社の成功を促進するよう、誠実に判断して行動する義務を負います。
  • 独立した判断を行使する義務(第79条):他者の指示に盲目的に従うことなく、自らの独立した裁量を行使しなければなりません。
  • 合理的な注意、スキル、および勤勉さを行使する義務(第80条):日本法の善管注意義務に相当するものであり、その取締役に合理的に期待される一般的な知識やスキルに加えて、その取締役が実際に持っている専門的な知識やスキルに基づく高い水準の注意が要求されます。
  • 利益相反を回避する義務(第81条)、第三者からの利益受領の禁止(第82条)、取引に関する利害関係の開示義務(第83条):日本法の忠実義務や利益相反取引の制限に相当する厳格なルールです。

AIFC会社規則第84条によれば、これらの義務に違反した場合、取締役は規則違反を犯したとされ、会社から損害賠償請求や衡平法上の救済措置を受ける可能性があります。英米法の蓄積された判例法理が適用されるため、日本企業の法務担当者にとっては、イギリスやシンガポール等の法域と同様の高度なコンプライアンス体制を構築する必要があるものの、結果としての法的安定性や予見可能性は極めて高いものとなります。

AIFC会社規則は、AIFCの公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:AIFC公式ウェブサイト|AIFC Companies Regulations (full text)

カザフスタンの紛争解決メカニズムと管轄裁判所の戦略的選択

日本企業が投資や証券取引に関する紛争に直面した場合、どの裁判所や仲裁機関を利用するのかは重要な検討事項です。カザフスタンでは、国内の通常裁判所とは別に、AIFC独自の紛争解決制度が設けられています。

カザフスタン共和国の国家裁判所における証券訴訟と判例動向

KASEにおける取引や、一般法に基づく証券市場での不公正取引、あるいはコーポレートガバナンスに関する紛争は、カザフスタン共和国の国家裁判所(地方裁判所、控訴裁判所、最高裁判所)が専属的に管轄します。これらの裁判所はロシア語またはカザフ語で審理を行い、国内の民事訴訟法に基づいて手続が進められます。

国家裁判所における訴訟では、行政機関による厳しい制裁処分と外資系企業の利益が対立するケースが散見されます。特筆すべき判例として、カザフスタン最大の油田開発プロジェクトであるカシャガン油田を運営し、日本のINPEXなども参画するコンソーシアムであるNCOC(North Caspian Operating Company)に対する巨額の環境制裁金を巡る訴訟が挙げられます。カザフスタン政府は硫黄の不適切保管を理由に約42億米ドルに上る歴史的な罰金を科しましたが、アスタナ控訴裁判所は2023年8月の判決においてNCOC側の主張を認め、この罰金を取り消す判断を下しました。その後、2024年7月に最高裁判所がこの事件を新たな控訴審に差し戻す決定を行うなど、法廷闘争は複雑な経緯を辿っています。この事件は、国家機関の強力な法執行と外資系投資家の権利保護との間の法的な緊張関係が、国家裁判所の場でどのように裁かれるかを示す極めて重要な事例です。国家裁判所の判決は国内において強力な執行力を持ちますが、法解釈の透明性という観点で、外国人投資家がリスクを感じる要因となることがあります。

AIFC裁判所の独立性と判例法理の形成

このような懸念を払拭し、国際水準の司法環境を提供するために設立されたのが、AIFC裁判所(AIFC Court)です。AIFC裁判所はカザフスタン共和国の国家司法制度から完全に独立した司法機関であり、民事および商事紛争を専門に取り扱います。

AIFC裁判所の最大の特徴は、裁判官全員がイングランドおよびウェールズのコモンローに精通した著名な元裁判官や勅選弁護士(KC)で構成されている点です。例えば、Thomas Montagu-Smith KC氏やSaima Hanif KC氏といった国際的な法曹が裁判官を務めています。公用語は完全に英語であり、英語による証拠提出や証人尋問が行われます。

管轄権については、AIFC参加者同士の紛争や、AIFC法に準拠する取引に関する紛争について排他的な管轄権を有しています。さらに重要なのは、当事者の国籍やAIFCへの登録の有無にかかわらず、当事者間の書面による合意(オプトイン)があれば、AIFC裁判所を管轄裁判所として指定できる点です。

具体的な商業訴訟や債務関連の判例も蓄積されつつあります。例えば、Michael Wilson & Partners Limitedが複数の企業を相手取って起こした一連の訴訟事件(事件番号:AIFC-C/CA/2023/0040など)において、AIFC裁判所は2024年2月に訴訟費用の支払いを命じる執行命令(Execution Order)を発付し、その後強制執行に向けた手続きが進められています。

このように、AIFC裁判所では複雑な企業間紛争における判決だけでなく、それに続く執行命令の手続きまでが英米法の厳密な手続に則って着実に機能していることが実証されています。また、「Haileybury Almaty Non-Profit Joint-Stock Company 対 Mahammad Mirzaei Kahagh等」の事件(事件番号:AIFC-C/SCC/2025/0043、2026年4月1日判決)のように、教育機関と個人間の債務に関する小額訴訟手続から複雑な商業訴訟に至るまで、幅広い事案に対して迅速な裁判が行われています。

AIFC裁判所の判決記録は、公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:AIFC裁判所公式ウェブサイト

AIFC裁判所判決の国内および国外における執行力と留意点

AIFC裁判所の判決は、カザフスタン共和国内において、国家裁判所の判決と全く同等の効力をもって強制執行されます。AIFC裁判所が発行した執行命令(Execution Order)は、現地の執行官によってそのまま執行対象となるため、現地資産に対する差押えや債権回収は非常にスムーズに行われます。

一方で、実務上の留意点として、AIFC裁判所の判決をカザフスタン国外(第三国)で執行しようとする場合には法的な不確実性が存在します。国家間の判決承認執行に関するミンスク条約やキエフ条約において、AIFC裁判所という特殊な独立裁判所が明示的に規定されていないためです。相手方がカザフスタン国内に資産を持たず、国外の資産に対して強制執行をかける必要がある場合には、事前に執行先の国の法制度を綿密に調査する必要があります。

カザフスタンの税務上の優遇措置と外資誘致の法的インセンティブの差異

企業が上場市場や設立拠点を展開する上で、税務上の負担は極めて重要な決定要因となります。この点においても、AIFCはKASEを中心とする国内一般法に基づく市場に対して、圧倒的な競争優位性を持っています。

一般法下における法人税の原則

カザフスタン共和国の一般的な法人税率は原則として20パーセントであり、KASEに上場する事業会社には通常の税制が適用されます。日本企業がカザフスタン国内に一般的な現地法人(LLPやJSCなど)を設立して事業を行う場合、この一般税率に基づく納税義務が発生します。

憲法制定法第6条に基づく2066年までの免税措置

しかし、AIFC憲法制定法の第6条は、AIFC参加者に対する破格の税務インセンティブを規定しています。具体的には、AIFCの規制当局(AFSA)から認可を受けた金融サービスプロバイダーは、銀行業務、保険業務、イスラム金融、資産運用等の特定の金融サービスから得た所得について、2066年1月1日までの長期間にわたり法人税(CIT)が完全に免除(0パーセント)されます。デジタル資産取引所から生じる所得は例外として免税の対象外とされていますが、それ以外の伝統的な金融サービスにおいては極めて有利な環境です。

さらに、一般の投資家にとって直接的な恩恵となるのが証券税制です。同法第6条に基づき、個人および法人は、AIXの公式リストに掲載されている有価証券の売却から生じたキャピタルゲイン、ならびに当該有価証券から生じた配当金および利息について、2066年1月1日まで個人所得税および法人税が免除されます。また、AIFC参加者である法人の株式や持分の売却益についても同様に免税措置が講じられています。

この税務上の免除措置を適法に享受するためには、AIFC参加者は税務目的で明確な区分経理(Separate Accounting)を行う法的義務を負います。免税対象となる金融サービスから生じた所得と、それ以外の課税対象となる事業活動からの所得を厳密に分離し、税務当局に対して適切に報告する社内体制を構築することが、コンプライアンス上の必須条件となります。

カザフスタンへ進出する日本企業の戦略的活用法

カザフスタン共和国へ進出する日本企業の戦略的活用法

資金調達の規模と目的に応じた法制度の選択

これまで見てきたように、カザフスタン共和国の資本市場は、単なる二つの取引所の並存ではなく、シビルロー体系に基づくカザフスタン一般法と、コモンロー体系に基づくAIFC法という、全く異なる法哲学に基づく二重の法体系の並存です。

日本企業は近年、カザフスタン共和国に対して80億米ドル以上の直接投資を行っており、資源分野だけでなく、医療、デジタル通信、サイバーセキュリティ、ブロックチェーン技術といった幅広い産業での協力が進んでいます。これらの日本企業が現地で事業を展開し、資金調達やエグジット戦略として上場を視野に入れる場合、自社の目的に応じて法制度を戦略的に選択することが重要です。

現地の事業基盤に深く根ざし、カザフスタンの内需向けのビジネスを展開する企業や、現地の大手銀行からの資金調達を主軸とする企業にとっては、カザフスタン共和国の一般法に基づくKASEへの上場や資金調達が自然な選択肢となります。一方で、国際的な機関投資家からの資金調達を目的とする場合や、取締役の責任や企業統治について国際基準の厳格さと予見可能性を求める場合、さらには事業から生じるキャピタルゲインや配当に対する抜本的な税務メリットを享受したい場合には、AIXへの上場およびAIFC内での企業設立が極めて有効な選択肢となります。

契約実務における管轄合意と法務リスクの低減

さらに、証券市場への上場を直ちに予定していない企業であっても、この二重構造を利用して法務リスクを大幅に低減することが可能です。カザフスタン国内の企業との間でM&Aや重要な業務提携を行う際、契約書において「紛争解決の専属的管轄をAIFC裁判所とする」旨の合意(オプトイン)を条項に組み込むことができます。

これにより、国家行政の影響から独立した、英語での公正な英米法ベースの裁判手続を確保することができます。現地特有の複雑な行政規制や予見可能性の低い司法手続に巻き込まれるリスクを回避し、ロンドンやシンガポールでの国際仲裁に匹敵する安定した紛争解決メカニズムを現地で利用できることは、カントリーリスクを低減するための法務戦略として、日本企業にとって計り知れない価値を持ちます。

まとめ

カザフスタン共和国の資本市場は、日本法における金融商品取引法と会社法による一元的な市場運営とは異なり、国内一般法に基づく伝統的なKASEと、特区法に基づく国際的なAIXという法基盤の異なる二重構造が存在することがわかります。KASEは同国のシビルロー体系に依拠し国家経済の根幹を担う一方で、AIXは英米法に基づく独自の規則体系で運営されており、すでに多数の海外資本や日本企業が同時上場やデジタルプロジェクトへの投資基盤としてAIXやAIFCを積極的に活用しています。上場要件における特例措置の柔軟性や、取締役のフィデューシャリー・デューティーの厳格さ、さらには2066年まで適用される強力な免税措置といった実務上のあらゆる側面に両市場の違いが表れています。

とりわけ、AIFC裁判所は英語による英米法ベースの独立した司法制度と着実な執行実績を提供しており、日本企業が現地での法務リスクを低減するための強力なツールとなります。進出を検討する企業は、自社の目的や資金調達の規模に応じて、どちらの法制度の保護下に置かれるべきかを多角的に検証し、適用される準拠法や管轄裁判所を戦略的に選択することが重要です。モノリス法律事務所では、こうしたカザフスタン共和国の二重の法体系の分析に基づく最適なスキーム策定、各種法的要件の調査、現地の法務環境に適応した契約書の作成および管轄合意のレビューなど、同国市場へのビジネス展開を法務面から総合的にサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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