カザフスタン共和国の2つの証券市場における上場プロセスと必要期間

中央アジア最大の経済規模を誇るカザフスタン共和国は、豊富な地下資源を背景とした高い経済成長率を維持しており、近年ではグローバル企業の進出先や投資対象として大きな注目を集めています。日本企業がカザフスタン国内での事業基盤を確立し、さらなる資本調達や現地子会社の自立的成長を促進する上で、現地の証券市場を活用した上場(IPO)は極めて強力な選択肢となります。しかしながら、同国における証券市場は、伝統的な国内法制に基づくカザフスタン証券取引所(KASE)と、国際金融センターとしての独自の英米法体系を適用するアスタナ国際取引所(AIX)という、統治構造の異なる二重の市場システムが並存しています。このため、上場を目指す企業は、それぞれの市場における具体的な登録要件、必要となる審査プロセス、さらには手続完了までに要する期間の相違を深く理解し、自社の財務状況やビジネスモデルに適合する最適な市場を選択する必要があります。
本記事では、カザフスタン共和国における二つの主要な証券取引所への上場プロセスとそれに必要な期間について、具体的な根拠法令を交えながら、日本の法制度との異同を含めて詳細に解説します。
この記事の目次
カザフスタン共和国における二大証券取引所の特徴と法的枠組み
カザフスタン共和国の金融資本市場を理解する上で最も重要なポイントは、国内法体系が直接及ぶ国内市場と、独自の特別法域が適用されるアスタナ国際金融センター(AIFC)の二つの枠組みが共存している点にあります。
カザフスタン証券取引所(KASE)は、1993年に設立された伝統的な取引所であり、同国の「証券市場法」に基づきカザフスタン共和国国立銀行(NBK)および金融市場監督開発庁(FMSA)の厳格な監督を受けています。KASEは国債や社債、マネーマーケット取引が圧倒的なシェアを占めており、カザフスタンの現地通貨テンゲ(KZT)による資金調達を主目的とする企業に適しています。
一方、アスタナ国際取引所(AIX)は、2018年にAIFCの主要な金融インフラとして稼働を開始した新しい取引所です。AIFCはカザフスタン共和国憲法に基づく特別法(AIFC憲法的法律)を法的根拠とし、国内の民法や会社法の制約を受けず、イングランド・ウェールズのコモン・ローに準拠した「AIFC Acts」を適用する独自の法域(Jurisdiction)を有しています。規制監督は独立したアスタナ金融サービス庁(AFSA)が担っており、グローバルスタンダードに合致した投資家保護ルールが整備されています。さらに、AIFC内では、現地外為法による外国為替規制(FX restrictions)の適用が免除され、企業の自由な多通貨決済が認められている点も日本企業にとって大きな利点となります。
なお、この二大証券取引所については、以下の記事で詳しく解説しています。
カザフスタン証券取引所(KASE)における上場の基準と審査プロセス

カザフスタン証券取引所(KASE)の公式上場リスト(Official List)は、発行体の規模や有価証券の性質に応じて「メインボード(Main)」、「オルタナティブボード(Alternative)」、「混合ボード(Mixed)」、「プライベートプレースメントボード(Private placement)」の四つの区分に分けられています。
上場基準
カザフスタン証券取引所(KASE)への株式上場(IPO)を目指す一般的な企業が対象となるメインボードの「第1カテゴリ(First Category)」への上場要件は、カザフスタン国立銀行の要求事項(NBK Requirements)等に基づいて厳格に設定されています。具体的には、発行体が3年以上存続していること、および国際財務報告基準(IFRS)または米国会計基準(US GAAP)に準拠した過去3年間の監査済み財務諸表を提出することが義務付けられます。財務諸表が6ヶ月以上古い場合には、追加で監査またはレビューを受けた中間財務諸表を提出しなければなりません。また、正式な取引開始に先立ち株式の公募・割当て(IPO)手続きを完了させていること、200名以上の株主が存在すること、および市場の流動性を維持するためのマーケットメーカーを確保することが求められます。さらに、自己資本(OC)が最低100億テンゲ(約30億円相当)以上であり、IPOによる調達額が45億テンゲ以上(カザフスタン領内での調達額が22.5億テンゲ以上)であること、かつ過去2年間連続で黒字であること、あるいは自己資本が最低50億テンゲ以上で、IPOによる調達額が25億テンゲ以上(カザフスタン領内での調達額が12.5億テンゲ以上)であり、過去3年間連続で黒字であることのいずれかの基準を満たす必要があります。
これに対し、中小規模の企業が利用する「第2カテゴリ(Second Category)」では要件が緩和され、1年間以上の存続実績と1年分の監査済み財務諸表の提出で上場申請が可能です。
審査プロセス
KASEへの上場プロセスは、まず適格な監査法人の選定と、非金融機関では必須とされる「財務コンサルタント(Financial consultant)」の雇用から始まります。その後、マネーロンダリング防止(AML)およびテロ資金供与対策(CFT)、ならびに国際経済制裁制度への適合を確認するための厳格な顧客確認(KYC)手続きが行われ、所定のアンケート(Questionnaire No.1からNo.3)や会社憲章(Charter)の提出を求められます。これらのデューデリジェンスを通過したのち、KASEのオンラインシステムから上場申請書類を正式に提出します。
なお、上場後も厳格な監視が続けられ、マーケットメーカーの不在が1ヶ月以上続いた場合や、年間上場料の未払い、定期開示義務の違反(12ヶ月以内に6回以上の期日超過)があった場合には、上場委員会(Listing Commission)の決定によってデリスティング(上場廃止)となる厳しい規律が存在します。
上場手続きの必要期間
KASEでの上場に要する具体的な期間は、申請手続きの形式(フル上場手続きまたは簡易上場手続き)によって異なります。
通常の株式上場に適用される「フル上場手続き(Complete/Full Listing Procedure)」においては、KASEが申請書を受理してから「事前意見書(Preliminary Opinion)」を発行するまでに最長で20営業日を要します。その後、提出書類の確認や発行体の要件適合性に関する詳細なチェックを行い、KASEの審査部門が適合性結論(Conclusion)を作成して上場委員会(Listing Commission)に提出するまでに最長で15営業日(申請受付の翌営業日から起算)が必要です。上場委員会による承認決定後、発行体には入場料および年間上場料の請求書が発行され、発行体は20営業日以内にこれらを支払う義務があります。KASEは、上場委員会の決定が効力を生じた後、2営業日以内に上場決定を発行体に通知します。
一方で、すでにKASEに上場している企業が発行する「コマーシャルペーパー(Commercial bonds)」などの特定の債券については「簡易上場手続き(Simplified Listing Procedure)」が適用され、発行の登録手続きが3営業日以内、上場手続き自体は5営業日以内という極めて迅速な期間で完了します。
しかしながら、実際の株式IPOの全体スケジュールにおいては、公認監査人による過去3年分の英文財務諸表の監査手続きや、財務コンサルタントによる投資メモランダム(Investment memorandum)の作成およびKASEとの間での最大10営業日にわたる事前調整、引受シンジケート団による需要予測(ブックビルディング)といった実務上の準備が並行して発生するため、プロジェクトの開始から実際の上場・取引開始(Trading debut)にいたるまでには、通常は数ヶ月から1年以上の期間を見込む必要があります。
カザフスタン証券取引所における詳しい上場ルールや、タイムライン、監査法人の指定リストなどの実務資料は、以下の公式ウェブサイトのポータルより確認できます。
アスタナ国際取引所(AIX)における上場の基準と審査プロセス

アスタナ国際取引所(AIX)における上場は、AIFCが定めるグローバル市場基準に準拠した手続きが採用されており、主に行政監督を担うアスタナ金融サービス庁(AFSA)およびAIX自身のビジネス規則が基準となります。
上場基準
AIXに上場を希望する企業(Reporting Entity)は、まず設立国において適法に設立された法人であること(AIFC市場上場規則MLR)、および健全な経営体制を監督できる実効的な取締役会(Board of Directors)や監査委員会を設置していること(MLR)を証明しなければなりません。さらに、取締役および経営陣が金融専門職としての適格性と誠実性(Management fit and propriety)を有していることが審査されます。
審査プロセス
株式(Equity)の上場申請を行う場合、過去3年間の監査済み財務諸表の提出が必要となります。この財務諸表には、少なくとも1年分のネット利益(純利益)が計上されていなければなりません。提出する監査報告書は、AIXが認める独立した適格なグローバル監査法人によるものである必要があり、上場予定日時点で、監査済みの年間財務諸表は原則として15ヶ月以内(監査済みの中間財務諸表を含む場合は18ヶ月以内)の最新のものでなければなりません。
時価総額に関する基準(Market Capitalization)としては、株式の発行体(Equity issuers)の場合、上場時における見込みの総時価総額(Aggregate Market Value)が最低100万米ドル(約1億4000万円相当)以上であることが要求されます。なお、債券(Debt)の発行体の場合は最低50万米ドル以上と、比較的参入しやすい基準が設定されています。
AIX上場における核心的なステップは、開示書類である「目論見書(Prospectus)」の作成とAFSAおよびAIXによる厳格な承認プロセスです。目論見書には、発行体のコーポレートガバナンス構造(MAR)、財務諸表の要約、各種事業リスク(Risk factors)、および資金の使途について、誤解を招かない正確な開示を行う必要があります。これに加え、株主声明書(Shareholder statement)やプライシング(値決め)に関する報告書などを提出して承認を得る必要があります。
上場手続きの必要期間
AIXにおける実際の上場手続きの期間は、申請準備の深度や規制当局の審査期間によって変動します。
AIXに提出された目論見書の正式な承認プロセス自体は、すべての必要書類が完璧に整ってから通常20営業日以内に完了し、発行体に対して上場承認の決定が通知されます。これに加え、正式な審査に入る前に、AIXによる「目論見書草案の予備審査(Draft prospectus for preliminary review)」が行われるため、これに伴う修正対応に数週間を要することが一般的です。さらに、上場日の48時間前までに株主声明書や最終プライシング報告書などを提出し、AIXとの間で取引開始日(Trading debut)について最終合意を行うプロセスが必要となります。
このように、取引所による承認手続き自体は極めてシステマチックで迅速ですが、上場前段階(Pre-IPO)でのプロフェッショナルなアドバイザー(リードマネージャー、法律顧問、監査法人など)の選定に約1週間、上場に向けた目論見書の起草やデューデリジェンスの実施に約9週間、機関投資家向けのマーケティングやロードショーに約3週間、一般の売出期間に数週間を要するため、実務的な観点からIPO全体の準備期間としては通常5ヶ月から6ヶ月、市場環境や会社の財務状況の整理具合によっては1年以上を要することがあります。
AIXへの上場プロセスや、必要なドキュメントのチェックリスト、手数料スケジュールなどの具体的な実務リソースは、以下の公式オンラインプラットフォームで確認できます。
カザフスタンの二大証券取引所における主要要件の比較
カザフスタンにおける二つの取引所への上場を検討するにあたり、企業の規模、調達希望通貨、および適用される法域の違いを踏まえて選択する必要があります。以下に、株式(普通株)上場時に求められる主要な要件およびプロセス上の比較をまとめました。
| 比較項目 | カザフスタン証券取引所(KASE)第1カテゴリ | アスタナ国際取引所(AIX)株式上場 |
| 主な根拠法令 | カザフスタン共和国証券市場法、NBK要求事項 | AIFC市場規則(MAR)、AIXビジネス規則 |
| 適用法域・裁判所 | カザフスタン共和国法・国内普通裁判所 | AIFC法(英米コモン・ロー)・AIFC裁判所 |
| 監督当局 | 金融市場監督開発庁(FMSA)、カザフスタン国立銀行(NBK) | アスタナ金融サービス庁(AFSA) |
| 存続年数要件 | 3年以上 | 制限なし(ただし3年分の財務諸表が必要) |
| 財務諸表要件 | 過去3年間の監査済み諸表(IFRS / US GAAP) | 過去3年間の監査済み諸表(うち1年は純利益獲得) |
| 規模・時価総額基準 | 自己資本が50億〜100億テンゲ等、複雑な基準あり | 上場時の見込み時価総額100万米ドル(約1.4億円)以上 |
| 株主数要件 | 正式な取引開始に先立ち株式の公募・割当て(IPO)手続きを完了、株主数200名以上 | 制限なし(ただし目論見書の株主開示は必要) |
| 主要な取引通貨 | カザフスタン・テンゲ(KZT) | 米ドル(USD)、ユーロ、テンゲ等多通貨決済対応 |
| 承認プロセスの期間 | 申請受付から事前意見書20営業日、適合結論15営業日 | 目論見書の正式審査開始から通常20営業日以内 |
KASEは国内の投資家基盤が非常に厚く、現地通貨建てでの大規模な債券発行や資金調達に強みがあります。一方で、AIXは時価総額の絶対的基準が約100万米ドルからと比較的低く設計されており、外貨建てでの国際的な資金調達や、外資系企業によるアプローチに非常に有利な構造となっています。
カザフスタンにおける上場の実務上の留意点
日本企業がカザフスタン国内で現地法人や合弁会社を立ち上げ、上場による資金調達を図るにあたっては、日本の金融商品取引法や会社法と異なる「実務上の特殊な規制」への配慮が欠かせません。
国外上場制限(証券市場法第22条の1)とAIFCの例外規定
カザフスタンの証券制度において最も特徴的であり、かつ日本企業にとって留意が必要なのが、カザフスタン居住企業が国外の証券取引所で上場または発行を行う際(Offshore Securities)の「国外上場制限」です。証券市場法第22条の1に基づき、カザフスタン居住企業が海外取引所に上場・有価証券の配置を行う場合は、事前に国家の規制当局(FMSA等)の承認を得なければなりません。この承認を得る条件として、発行体は発行・配置する全証券のうち「少なくとも20%」を同時に国内のKASEにおいて売り出す義務(Local Offer Requirement)を課されます。
しかし、法改正により、この国外上場制限に対してAIFC(AIX)を通じた発行の場合に極めて有利な例外が設けられました。カザフスタン居住企業が、AIFCのAIXにおいて新規に証券を発行し、かつその20%以上をAIXにおいて配置・売り出す(AIFC Offer Requirement)場合には、第22条の1に基づくNBKやFMSAの事前承認の取得、およびKASEへの重複上場・売出義務が完全に免除されます。この制度により、多くのカザフスタン企業がAIXに重複上場することで、ロンドン証券取引所(LSE)や米国のナスダック(Nasdaq)といったグローバル市場へ直接上場する道を開いています。
ただし、このAIX免除特例はすべての業種に一様に適用されるわけではありません。カザフスタン銀行法(Banking Law)第16条の3第2項に基づき、現地のコマーシャルバンク(商業銀行)については、たとえAIXでの20%売出を行ったとしても、海外で証券を発行・配置する場合には常にFMSAの事前承認を個別に取得しなければならないと規定されています。これは、2018年に銀行セクターへの規制を強化する目的で導入されたものであり、後から制定された銀行法が、先に制定された証券市場法の例外規定に優先するというカザフスタンの「法形式の優先順位(Hierarchy of laws)」の実務に由来します。
アスタナ国際金融センターにおける独自の司法制度と普通裁判所との管轄分担

カザフスタン国内には、通常の国内民商法を司る地方裁判所や最高裁判所のほかに、アスタナ国際金融センター(AIFC)内に設置された「AIFC裁判所(AIFC Court)」という独立した司法機関が存在します。AIFC裁判所は、通常のカザフスタン共和国の裁判システムからは完全に切り離されており、イングランド・ウェールズのコモン・ローの原則、基準、および判例にガイドされて裁判を行います。英語が公式言語として採用され、訴訟手続きも電子プラットフォーム(eJustice)を介して非対面で迅速に進められます。
AIFC内に入居(登録)する企業と取引を締結する場合や、AIXに上場する会社の株主間契約を締結する場合には、どの法域(AIFC法かカザフスタン国内普通法か)を選択し、どの裁判所に合意管轄を持たせるかについて、事前に高度な検討が必要となります。
上場株式における配当課税免除と市場取引流動性要件
カザフスタンに進出する日本企業にとって極めて大きなメリットであった上場株式の配当に対する免税措置(withholding tax exemption)ですが、2023年1月1日に施行された改正税法によりその条件が大幅に厳格化されました。
従来の税法では、株式がKASEまたはAIXの公式リストに単に「上場(listing)していること」だけで配当の源泉所得税や法人税が全面的に非課税とされていました。しかし、改正税法の施行後は、単に上場を維持していることだけでは不十分であり、該当する課税期間(Tax period)において、取引所内で「活発な取引(active trades)」が実際に行われていた場合に限り、配当の非課税措置が認められることとなりました。もし取引が極めて不活発であるとカザフスタン税務当局(State Revenue Committee)に判定された場合には、上場株式であっても源泉地(支払側)および受取側において課税対象となるリスクが存在します。
したがって、カザフスタンで上場子会社を設立する場合や、現地法人へ出資して配当の還流を受ける場合には、単に取引所に株式を登録するだけでなく、一定の出来高(政府が定める十分な取引基準)を維持するための市場形成・流動性維持策を講じなければ、予期せぬ税務コスト(10%等のフラット源泉税等)が発生する可能性があります。
まとめ
カザフスタン共和国は、伝統的な国内資本市場を強みとするKASEと、国際的なビジネス利便性に富んだAIFC内のAIXという、極めてユニークな並存構造を構築しています。KASEにおける株式上場プロセスは、3年間の存続要件や自己資本制限など国内大企業向けに厳格に設計されている一方で、AIXは100万米ドルの時価総額基準やAIFC市場規則に基づく合理的な審査により、比較的迅速な上場を可能にしています。
カザフスタンでの資金調達や上場戦略を円滑に進めるためには、カザフスタン証券市場法第22条の1による国外上場制限の特例措置の適用有無、銀行セクターに課せられた例外、さらには配当の免税措置に関わる市場取引流動性の要件といった複雑な国内法・AIFC法の実務を十全に把握する必要があります。また、紛争が生じた際にはAIFC裁判所とカザフスタン通常裁判所の管轄境界を冷静に見極める必要があります。
当事務所では、カザフスタンをはじめとする中央アジアでの新規事業進出、合弁スキームの立ち上げ、現地におけるIPOプロセスの法的評価、契約交渉のサポート、さらにはこれらに伴う租税法や現地会社法制に照らした各種法的コンプライアンスの検証について、幅広いリーガルサポートを提供しております。カザフスタン証券市場での資金調達や上場対応を検討される際には、個別の法的状況やビジネス目標に基づいたアドバイスなどを通じて全面的にサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































