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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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タイの税務を弁護士が解説

タイの税務を弁護士が解説

東南アジア諸国連合(ASEAN)における中核的な経済拠点であるタイ王国(以下、タイ)は、強固なサプライチェーンと親日的なビジネス環境を背景に、長年にわたり多数の日本企業が進出を果たしてきました。製造業からサービス業、IT産業に至るまで、タイを海外展開の重要な拠点として位置づける企業は後を絶ちません。しかし、異国でのビジネスを成功に導き、持続可能な企業成長を達成するためには、現地の法制度、とりわけ税務コンプライアンスに対する正確かつ網羅的な理解が不可欠です。タイの税務体系は、法人税や個人所得税、付加価値税といった基本的な税目の構成において日本の税制と一見類似しているように見えます。しかし、その実務的な運用や申告義務の範囲、コンプライアンス要件の厳格さにおいて、日本の法律や商慣習とは根本的に異なる独自のメカニズムを多数内包しています。

タイの税制は主に法人税、個人所得税、付加価値税(VAT)、源泉徴収税によって構成されています。法人税は原則として全世界所得に対して20%の税率が適用され、中小企業向けの軽減税率も存在します。個人所得税は0%から35%の累進課税方式が採られ、年間180日以上の滞在で居住者とみなされます。特筆すべきは、日本のような雇用主による年末調整制度が存在せず、すべての納税者が翌年3月末までに自ら確定申告を行わなければならない点です。また、2024年より国外源泉所得の課税ルールが厳格化され、国外で得た所得をタイ国内に持ち込む際の課税上の免税余地が実質的に撤廃されました。付加価値税は暫定税率7%が適用され、売上高180万バーツを超える事業者に登録義務が課されます。

さらに、タイ特有の極めて厳格な制度として、企業間取引の多くに源泉徴収義務が課され、毎月15日までの申告・納付が求められます。税務申告手続きにおいては、事業年度終了から150日以内に全法人が公認会計士による監査済み財務諸表を提出する義務を負い、期中には中間申告も必要です。タックスヘイブン対策税制は明示的には存在しませんが、移転価格税制に基づく調査や、実質優先の原則を用いた厳しい課税処分が行われています。万が一申告漏れや無申告が発覚した場合、最大100%から200%の加算税と月利1.5%の延滞税という、日本と比較しても極めて重い罰則が課されるため、事前の緻密な対策が企業防衛の要となります。

本記事では、タイへの事業展開や駐在員の派遣を検討している日本企業の経営者および法務担当者に向けて、タイの税務の全体像から実務上の留意点、最新の法改正動向までを詳細に解説します。

タイにおける法人税の制度設計と日本法との比較

タイにおける法人税(Corporate Income Tax)は、タイ歳入法(Revenue Code)第65条および関連規定に基づき、タイ国内で事業を営む法人または法人格を有するパートナーシップに対して課税されます。日本法と同様に、タイ国内で設立された内国法人はその全世界所得(Worldwide Income)に対して課税される一方、外国法人はタイ国内で営まれる事業から生じた所得、またはタイ国内の源泉から生じた特定の所得に対してのみ課税義務を負います。

法人税の基本税率は、純利益に対して20%と定められています。日本の法人税の実効税率が国税と地方税を合わせて約30%前後となることと比較すると、タイの基本税率は比較的低く設定されていることから、外資系企業にとって税負担の面で一定の魅力があると言えるでしょう。また、特定の条件を満たす中小企業(SME)に対しては軽減税率が適用されます。タイにおける中小企業の定義は、会計年度末における払込済資本金が500万バーツ以下であり、かつ対象となる会計期間の事業収入が3000万バーツ以下の法人とされています。この条件を満たす場合、以下の表に示す通り、利益水準に応じた累進的な軽減税率の恩恵を受けることができます。

純利益の範囲(バーツ)適用税率
~,000免税(0%)
300,001 ~,000,00015%
3,000,000 超20%

課税標準となる純利益の算出にあたっては、日本の法人税法と同様に発生主義が採られ、益金から損金を控除して計算されます。しかし、損金算入に関するルールは日本よりも厳格に規定されている部分が多々あります。タイ歳入法第65条の3(Section 65 Ter)には損金不算入となる項目が詳細に列挙されており、事業に直接関係のない個人的な費用や、税務上の罰則金、証明不可能な支出などは損金として認められません。

日系企業の経理実務において特に注意を要するのが交際費(Entertainment Expenses)の扱いです。タイでは交際費の損金算入限度額が「総収入金額または払込済資本金のいずれか大きい額の0.3%」かつ「最大1,000万バーツまで」と極めて厳格な上限が設けられています。日本の交際費課税においては、資本金1億円以下の中小法人であれば年間800万円まで全額損金算入できる定額控除限度額制度や、飲食費の50%を損金算入できる特例措置などが存在し、一定の柔軟性が確保されています。しかしタイの制度では、算定基礎に基づく上限額を超過した金額は無条件で損金不算入となり、課税所得に加算されるため、駐在員による顧客接待費等の厳密な予算管理と証憑の保存が求められます。

減価償却費に関しても独自の規定が存在します。原則として定額法が用いられ、建物は5%機械設備や家具は20%リース権は10%(またはリース期間に基づく)といった償却率が定められています。また、中小企業に対しては、コンピュータやその周辺機器について取得時に40%の特別償却(初期償却)を認め、残額を3年間で償却できる特例措置が設けられており、企業のIT投資を促進する政策的な意図が見受けられます。公式な税率や各種控除に関する詳細なガイダンスは、タイ国政府歳入局の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:タイ国政府歳入局の公式ウェブサイト

タイにおける個人所得税の構造と居住者判定の厳格性

タイにおける個人所得税の構造と居住者判定の厳格性

タイの個人所得税(Personal Income Tax)は、暦年(1月1日から12月31日)を課税期間とし、個人が当該期間に得た所得に対して課されます。個人の納税義務の範囲を決定する上で最も重要な基準となるのが居住性の判定です。タイ歳入法第41条に基づき、タイ国内に年間合計180日以上滞在する個人は、税務上の「居住者(Resident)」として分類されます。日本の所得税法では、非居住者、非永住者(過去10年以内の国内居住期間が5年以下)、永住者という複雑な区分が存在し、それぞれ課税される所得の範囲が異なりますが、タイの居住者判定は180日という滞在日数の客観的基準のみで決定されるため、非常に明確です。

タイの居住者は、タイ国内で発生した源泉所得(給与、事業所得、不動産収入など)に対して課税されるのみならず、タイ国外で発生した源泉所得をタイ国内に持ち込んだ場合にも課税対象となります。一方、年間滞在日数が180日未満の非居住者は、タイ国内で発生した源泉所得についてのみ納税義務を負います。個人所得税の税率は、以下の表の通り0%から35%までの累進課税方式が採用されています。

課税標準所得(バーツ)適用税率
~,000免税(0%)
150,001 ~,0005%
300,001 ~,00010%
500,001 ~,00015%
750,001 ~,000,00020%
1,000,001 ~,000,00025%
2,000,001 ~,000,00030%
5,000,001 超35%

日本における個人の所得税の最高税率が45%(住民税を含めると実質約55%)であることと比較すると、タイの最高税率35%は表面的には負担が軽いように見えます。しかし、タイでは各種所得控除の枠が日本と比較して限定的です。例えば、基礎控除や配偶者控除はそれぞれ6万バーツ(約25万円程度)に設定されており、日本の基礎控除額(48万円)や配偶者控除額(最大38万円)と比べると控除額が小さくなっています。結果として、日系企業の駐在員など一定水準以上の給与を得ている層にとっては、課税標準所得が圧縮されにくく、実質的な税負担が想定以上に重くなる傾向があります。

さらに、日本の税務実務に慣れた駐在員が最も直面しやすい落とし穴が、タイには「年末調整(Year-end Adjustment)」の制度が存在しないという事実です。日本では、給与所得のみを有する大半の会社員は、雇用主が毎月の給与から源泉徴収を行い、年末に生命保険料控除や扶養控除などを反映させて過不足額を精算するため、自ら確定申告を行う必要がありません。しかしタイにおいては、雇用主が毎月の給与から源泉徴収を行う義務(歳入法第50条)を負っているものの、それはあくまで概算の前払い的性質を持つに過ぎません。すべての納税義務者は、翌年の3月31日(オンライン申告の場合は通常4月上旬まで期限が延長されます)までに、自ら個人所得税の確定申告書(P.N.D. 90またはP.N.D.)を作成し、歳入局へ提出して最終的な税額の精算を行わなければならないのです。

タイの国外源泉所得に関する2024年ルールの抜本的変更

近年、タイに進出している日本人駐在員や事業家にとって最も影響の大きい法改正が、国外源泉所得に関する課税ルールの抜本的な変更です。タイ歳入法第41条第2項は、タイの居住者が国外での労働、事業、または財産から得た所得をタイ国内に持ち込んだ場合、個人所得税の対象となる旨を定めています。従来、この条文に対するタイ歳入局の長年の公式見解(1985年の決議に基づく)では、「所得が発生した年と同一の暦年内にタイ国内に持ち込まれた場合にのみ課税対象となる」と解釈されていました。この解釈に則り、多くの外国人居住者は、日本国内の不動産から得た賃貸収入や証券口座でのキャピタルゲインといった国外源泉所得を、所得が発生した年は日本やオフショアの銀行口座に留保し、翌年以降にタイ国内に送金することで、合法的にタイでの個人所得税を回避するというタックスプランニングを広く行っていました。

しかし、タイ歳入局はこの長年の慣行を問題視し、2023年9月15日に局長通達第161/2566号(Por. 161/2566)を公布して、従来の解釈を完全に撤回しました。この新ルールは2024年1月1日より施行され、同日以降に発生した国外源泉所得は、発生から何年経過してタイ国内に持ち込まれたとしても、持ち込まれた時点の年度の課税所得としてタイの個人所得税が課されることとなりました。この改正から、タイ税務当局が国際的な租税回避に対する監視を飛躍的に強化し、富裕層や外国人居住者からの適正な税収確保に本腰を入れているということが言えるでしょう。

この変更は、タイに居住しながら日本国内の資産運用益を生活費としてタイへ送金している日本人にとって、深刻な二重課税のリスクを生じさせます。ただし、激変緩和措置として、2023年12月31日以前に発生し蓄積された国外源泉所得については、2024年以降にタイに持ち込んでも新ルールの対象外(非課税)となることが歳入局のQ&A等で明確化されています。したがって、日系企業の駐在員や経営者は、今後タイへ資金を送金する際、その資金が「いつ発生した所得であるか」を明確に証明できる銀行取引明細や日本の確定申告書などの証拠書類を厳密に区分・保存する運用が不可欠となります。

この国外源泉所得に関する課税ルールの詳細については、タイ国政府歳入局が発行した公式な解説文書で確認することができます。

参考:タイ国政府歳入局の公式解説文書

タイにおける付加価値税の実務と電子サービスへの課税

タイにおける付加価値税の実務と電子サービスへの課税

タイにおける付加価値税(Value Added Tax:VAT)は、日本の消費税に相当する間接税であり、タイ国内での商品やサービスの提供、および物品の輸入に対して課されます。歳入法上の標準税率は10%と規定されていますが、継続的な王令による暫定措置として長らく7%に引き下げられて運用されており、現在もこの7%が実務上の適用税率となっています。年間売上高が180万バーツ(約750万円)を超える事業者は、売上高が閾値を超えた日から30日以内にVAT事業者として登録する義務を負います。日本の消費税における免税事業者の売上基準が原則1,000万円であることを考慮すると、タイのVAT登録義務のハードルはやや低く設定されていることが分かります。

VATの実務運用において日本の消費税制と決定的に異なるのは、その申告・納付の頻度と煩雑さです。日本の消費税は、前年の税額等に応じて年1回の確定申告のほかに中間申告(年1回、3回、または11回)が行われますが、原則的な計算と精算は年次で完結します。これに対し、タイのVAT制度では、すべてのVAT登録事業者に「毎月」の申告と納付が厳格に義務付けられています。事業者は、毎月の売上に係るVAT(アウトプットVAT)と仕入に係るVAT(インプットVAT)を集計し、タックス・インボイス(税額票)の要件を厳格に満たした書類と照合した上で、翌月の15日(電子申告を利用する場合は23日)までに月次VAT申告書(Form VAT)を提出しなければなりません。この毎月のVAT申告業務は、タイに進出する日系企業の経理部門にとって極めて重い実務負担となっており、入力ミスやインボイスの要件不備が後日の税務調査で多額の罰則を招く主要な原因となっています。

また、デジタル経済の進展に伴い、タイでは国境を越える電子サービスに対する課税の網を広げるため「VAT for Electronic Service(VES)」という制度が導入されています。これは、タイ国内のVAT非登録者(一般消費者など)に対してインターネットを通じて電子サービス(ソフトウェア配信、ストリーミング、オンライン広告など)を提供する外国企業や海外の電子プラットフォームに対し、タイ国内での年間収入が180万バーツを超える場合にVAT登録と7%の納税を義務付けるものです。日本企業であっても、タイの消費者向けに直接デジタルコンテンツを販売する場合には、タイ国内に拠点がなくともこのVES制度に基づくコンプライアンス要件を満たす必要があります。

タイの広範な源泉徴収税制度による徴税メカニズム

タイの税務行政において、日本の実務家が最も戸惑う点の一つが、極めて広範かつ厳格な源泉徴収税(Withholding Tax:WHT)制度の存在です。日本の税制において源泉徴収の対象となるのは、主に個人に対する給与や特定の士業等への報酬、あるいは法人に対する配当や利子といった限定的な範囲に留まります。一般的な法人間の業務委託やサービス提供において、支払側が税金を天引きするケースは例外的です。

しかしタイでは、法人間の通常のビジネス取引の大部分において、支払側に源泉徴収義務が課されています。この制度は、税務当局が企業間の資金の動きをリアルタイムで捕捉し、徴税漏れを未然に防ぐための極めて強力なメカニズムとして機能しています。具体的には、法人がタイ国内の他の法人に対して支払いを行う場合、取引の性質に応じて以下のような所定の税率で税額を天引き(源泉徴収)しなければなりません。

支払いの種類適用される源泉徴収税率
配当(国内法人向け)10%
利子1%
ロイヤルティ3%
サービス報酬・専門家報酬3%
不動産の賃借料5%
広告料2%
運賃(輸送費)1%

例えば、日系企業がタイのシステム開発会社に100万バーツの業務委託費(サービス報酬)を支払う場合、全額を振り込むことは法律違反となります。企業は3%にあたる3万バーツを源泉徴収し、残りの97万バーツを開発会社に支払うと同時に、源泉徴収票(Withholding Tax Certificate)を発行しなければなりません。そして、徴収した3万バーツを翌月の7日(電子申告の場合は15日)までに歳入局へ申告・納付する義務を負います。

もし支払側(日系企業)が源泉徴収を失念して全額を支払ってしまった場合、税務調査において未納付の源泉所得税額の支払いが「支払側」に求められるだけでなく、重い延滞税と加算税が支払側に課される点にあります。タイで事業を営む日系企業は、あらゆる請求書を受領するたびに「この取引は源泉徴収の対象か、対象であれば税率は何%か」を正確に判定し、毎月の煩雑な申告業務を遺漏なく処理する強固な経理体制を構築することが求められます。

タイの税務申告手続きと全法人に課される法定監査

タイの税務申告手続きと全法人に課される法定監査

法人税の確定申告と中間申告

タイの法人は、原則として12か月の会計期間を採用し、事業年度終了日から150日以内に法人税の確定申告書(P.N.D.)を提出するとともに、確定した税額を納付しなければなりません。日本における法人税の確定申告期限が、原則として事業年度終了の日の翌日から2か月以内(監査の都合等により延長申請が可能)であることと比較すると、タイの申告期限(約5か月)は表面上長く設定されているように見えます。しかし、これには後述する法定監査の完了が絶対条件となっているという背景があります。

また、タイにおいても日本の中間申告制度に相当する制度が存在します。法人は事業年度開始から6か月が経過した日から2か月以内に、半期分の法人税申告書(P.N.D.)を提出し、中間納付を行う義務があります。この中間申告における課税標準の算出方法には重大な特徴があります。上場企業や金融機関等の特定の法人は、実際の半期の実績純利益に基づいて計算しますが、一般的な非上場企業(大多数の日系現地法人を含む)は、「当該事業年度の1年間の見積純利益(Estimated Net Profit)」を自ら算出し、その半額を申告・納付することとされています。

ここで日系企業が陥りやすいのが、見積りの正確性に関するペナルティのリスクです。歳入法第67条の3(Section 67 Ter)の規定によれば、正当な理由なく、確定申告時の実際の通期純利益に対して、中間申告時の見積純利益を25%以上低く見積もって申告していた場合、不足税額に対して20%の加算税(Surcharge)が課されます。日本の中間申告(予定申告)では、前年度の納税実績の半分を納付するという機械的な計算が認められているため、業績予測のブレによるペナルティリスクは基本的にありません。しかしタイの実務においては、下半期の市況変動や突発的な損失などを見越した上で、過少見積りによる20%のペナルティを回避するための精緻な業績予測と予算管理が経理部門に重くのしかかります。

全法人に義務付けられる法定監査

日本とタイの法制度において、実務上の負担とコストに関する最も顕著な違いの一つが「法定監査(Statutory Audit)」の適用範囲です。日本の会社法では、資本金が5億円以上または負債総額が200億円以上のいわゆる「大会社」、あるいは監査等委員会設置会社など一定の要件を満たす株式会社に対してのみ、公認会計士または監査法人による外部監査が義務付けられています。合同会社や、日本に存在する大多数の一般的な中小規模の株式会社には法定監査の義務はありません。

対照的にタイでは、歳入法第69条およびタイ民商法典(Civil and Commercial Code)第1206条などの強力な規定により、事業規模の大小、資本金の額、さらには売上の有無にかかわらず、タイ国内で登記されたすべての有限会社(Private Limited Company)に対して法定監査が義務付けられています。たとえ設立直後で事業活動を全く行っていない休眠状態の法人であっても、タイの公認会計士(CPA)による監査を受けた財務諸表を作成し、年次株主総会での承認を経た上で、事業年度終了から150日以内に商務省事業開発局(DBD)および歳入局へ提出しなければならないのです。

この厳格な要件に違反し、監査済み財務諸表の期限内提出を怠った場合、法人およびその代表取締役は刑事罰の対象となり、最大20万バーツの罰金が科される可能性があります。日系企業がタイに販売拠点や情報収集目的の小規模な現地法人を設立する際、売上が立たない初年度から必ず外部の監査法人に対する監査報酬が発生し、期末の決算スケジュールが監査法人の手続要件に大きく制約されることは、事業計画の段階で確実に織り込んでおくべき重要なコンプライアンス要件です。

タイの移転価格税制とタックスヘイブン対策税制の現状

歳入法第71条に基づく移転価格税制の強化

多国籍企業における関連会社間の取引価格(移転価格)を意図的に操作し、意図的な利益移転による租税回避を防ぐため、タイでも近年移転価格税制が厳格化されています。タイ歳入法第71条の2(Section 71 bis)および第71条の3(Section 71 ter)の規定により、タイ国内の法人で、年間の総収入が2億バーツ以上の要件を満たす場合、法人税の確定申告書と同時に「移転価格開示フォーム(Transfer Pricing Disclosure Form)」を提出することが義務付けられています。

この開示フォームには、関連会社の名称、関係性、取引金額などの詳細を記載する必要があります。また、税務調査官から要求があった場合、納税者は60日から120日以内に詳細な移転価格文書(ローカルファイルなど)を提出しなければならず、これに違反したり不完全な情報を提出したりした場合には、最大20万バーツの罰金が科されます。日本においても移転価格税制に基づく文書化義務(マスターファイル、ローカルファイル、国別報告事項など)が整備されていますが、タイにおける2億バーツ(約8億円強)という適用閾値は比較的低く設定されています。そのため、製造拠点として設立された中堅規模の日系現地法人の多くが適用対象となる可能性が高く、独立企業間価格(Arm’s Length Price)に基づいた取引価格の妥当性の証明と、文書化の準備が不可欠です。

タックスヘイブン対策税制の不在と最低法人税率の導入

日本の税制には、租税回避地(タックスヘイブン)に設立されたペーパーカンパニー等を利用した過度な節税を防ぐためのタックスヘイブン対策税制(CFC税制:Controlled Foreign Company Rules)が存在します。これは、実体を持たない外国子会社の留保利益を親会社の所得と合算して日本で課税する強力な制度です。しかし、タイの現行の歳入法においては、正式なCFC税制は導入されていません。したがって、タイの法人が税率の低い国に子会社を設立し、そこに利益を留保したとしても、直ちにタイの親会社で合算課税されるという直接的な法規制は設けられていないのが現状です。

もっとも、この状況からタイにおける国際的な租税回避への対応が甘いということが言えるわけではありません。経済協力開発機構(OECD)が主導するBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトの第2の柱(Pillar Two)に基づく「グローバル最低課税(Global Minimum Tax)」の導入に向けて、タイ政府も国内法の整備を急速に進めています。2024年12月には「グローバル最低課税に係る緊急勅令(Emergency Decree on Top-up Tax B.E.)」が官報で正式に公布されました。これにより、連結売上高が7.5億ユーロ以上の多国籍企業グループを対象に、タイの構成会社の実効税率が15%を下回る場合にトップアップ税(上乗せ税)を課す枠組みが導入されました。タイは伝統的にBOI(タイ投資委員会)を通じた強力な免税恩恵を外資に付与してきましたが、このグローバル最低課税の導入により、租税優遇措置と国際基準の調和に向けた大きな転換期を迎えています。

タイの重い罰則規定と税務調査の脅威

タイの重い罰則規定と税務調査の脅威

タイにおける税務コンプライアンスの重要性を語る上で避けて通れないのが、法に違反した場合のペナルティの苛烈さです。日本の国税通則法に基づく加算税(過少申告加算税が原則10%~15%、無申告加算税が原則15%~20%、悪質な仮装・隠蔽を伴う重加算税が35%~40%)と比較して、タイの歳入法が定める罰則規定は、企業経営を揺るがしかねないほど極めて重いものとなっています。タイの歳入法では、申告および納税に不備があった場合、主に以下の2種類の金銭的ペナルティが課されます。

第一に、納付期限の遅延に対して課される「延滞税(Surcharge)」です。歳入法第27条の規定により、未納本税に対して月利1.5%(年利18%に相当)の割合で、納付されるまでの期間に応じた延滞税が加算されます。ただし、この延滞税の総額は未納本税の額(100%)を上限とすると規定されています。

第二に、そして最も脅威となるのが、申告内容の誤りや無申告に対する「加算税(Penalty または Fine)」です。歳入法第22条および第26条等に基づき、税務調査によって申告漏れや過少申告が発覚し当局から更正処分を受けた場合、不足税額に対して最大100%(つまり本来の税額と同額)の加算税が課されます。さらに、申告自体を行っていなかった(無申告)場合には、不足税額に対して最大200%(本来の税額の2倍)の加算税が課されることになります。

例えば、本来納めるべき法人税額が100万バーツであったところ、日系企業が無申告と判断された場合を想定します。本税100万バーツに加え、最大200万バーツの加算税、さらに長期間経過していれば最大100万バーツの延滞税が上乗せされ、合計で本来の税額の4倍にあたる400万バーツもの請求を受けるリスクが制度上存在します。これらの罰則は、税務調査官の裁量や、納税者が自発的に修正申告を行ったか否かにより、歳入局長等の承認のもとで一定の減免措置(罰金の減額規定)を受ける余地は残されているものの、コンプライアンス違反が露見した際の経済的ダメージは日本国内の比ではありません。毎月の源泉徴収漏れやVATの計算ミスなど、日常の経理業務の小さな綻びが、数年後の税務調査で莫大なペナルティとなって跳ね返ってくるのがタイの税務の実態です。

タイの裁判例に見る実質優先の原則と租税回避への対応

タイの歳入法には、租税回避を包括的に否認する一般租税回避否認規定(GAAR:General Anti-Avoidance Rule)は明文として存在しません。しかし、タイの税務当局や裁判所は「実質優先の原則(Substance-over-Form Doctrine)」を積極的に適用し、契約書面という形式的な枠組みにとらわれず、取引の実質的な経済的効果に基づいて課税要件を満たしているかを厳しく判断する傾向が強まっています。この原則が適用され、外資系企業に多額の課税処分が下された注目すべき判例がいくつか存在します。

マイナーフードグループ事件(最高裁判決)

タイの最高裁判所が2010年に下したマイナーフードグループ事件(The Minor Food Group Plc v. Thai Revenue Department)の判決は、国境を越えるフランチャイズ契約における費用負担の実質が問われた画期的な事案です。この事案において、米国のフランチャイザー(Pizza Hut)とタイのフランチャイジー(Minor Food Group)との間の契約では、タイのフランチャイジーに対し、総売上高の3%以上をタイ国内でのブランドマーケティング活動に支出することが義務付けられていました。実際のマーケティング費用は米国のフランチャイザーに直接支払われたのではなく、タイ国内の第三者である広告代理店等に支払われていました。

しかし、タイ歳入局は、米国のフランチャイザーがマーケティング活動の内容やブランド構築のプロセスを完全に統制し、監督している実態を重く見ました。歳入局は、この第三者への支払いは、フランチャイザーが本来自らのブランド価値を維持するために負担すべき費用をフランチャイジーに肩代わりさせたものであり、実質的には米国フランチャイザーに対するロイヤルティ(特許権使用料等)の支払い(Deemed Royalty)であると認定し、フランチャイジーに対して源泉徴収税およびVATの納付漏れを指摘しました。最高裁判所は歳入局の主張を全面的に支持し、形式的には第三者への支払いであっても、実質的な経済的利益が海外のフランチャイザーに帰属していると判断しました。

ABBエンジニアリング事件(中央租税裁判所判決)

もう一つの重要な判例が、同じく2010年にタイ中央租税裁判所(Central Tax Court)で争われたABBエンジニアリング事件です。この事案では、タイ国内の多国籍企業ABBグループの一社(ABBエンジニアリング)が、タイ国内の他の姉妹会社2社に対して、対価の受領や合理的な事業上の理由がないにもかかわらず、約330万ドルの「補助金(Subsidies)」を支払いました。この資金移動の真の目的は、資金提供を受けた姉妹会社が、スイスにある共通の親会社からのグループ内借入金を返済できるように支援することでした。

タイ歳入局は、この取引の経済的実体を分析し、「タイ子会社から国内の姉妹会社を経由した、スイス親会社への実質的な配当の支払い(Constructive Dividend)」であるとみなしました。その結果、日タイ租税条約等に基づく配当に対する源泉徴収税(10%)の納付漏れであるとして更正処分を行いました。中央租税裁判所もこの処分を適法と認めました。これらの判例から、タイにおける事業再編やグループ内での資金移動、無形資産のライセンス契約等を行う際には、形式的な契約書の作成だけでは不十分であり、税務当局の「実質優先」の視点に耐えうる明確な商業的合理性(Commercial Rationale)を備えたタックスプランニングが不可欠であるということが言えるでしょう。

日タイ租税条約の活用と二重課税の排除

日タイ租税条約の活用と二重課税の排除

日本とタイとの間には、国際的な二重課税の排除と脱税の防止を目的とした「所得に対する租税に関する二重課税回避及び脱税防止のための日本国とタイとの間の条約(日タイ租税条約)」が締結されています。この条約は、国境を越えて経済活動を行う日系企業にとって、現地の厳しい税負担を適法に最適化し、法務リスクを低減するための極めて重要な法的基盤となります。

投資所得に対する源泉徴収税率について、日タイ租税条約ではタイの国内法よりも有利な限度税率が定められています。例えば、タイの法人が日本の親会社に対して支払う配当について、租税条約では一定の持ち株要件を満たす場合には15%、それ以外は20%という限度税率が設けられています。しかしながら、タイの国内法における配当の源泉徴収税率は原則として10%であるため、実際の実務においては国内法のより低い税率が優先して適用されます。

一方で、日本の親会社がタイの子会社に対して貸付を行う場合の「利子」や、技術供与を行う場合の「ロイヤルティ」については、租税条約の適用要件を満たすことが極めて重要です。タイの国内法では、非居住者法人に対する利子の支払いには15%、ロイヤルティには15%の源泉徴収税が課されます。これに対し、租税条約の規定を適用することで、日本の金融機関等に対する利子の支払いは10%に軽減され、特定の要件を満たすロイヤルティの支払いについても限度税率の保護が与えられます。

さらに、二重課税を最終的に排除するための主要な手段として外国税額控除(Foreign Tax Credit)のメカニズムが規定されています。日タイ租税条約第21条では、タイの居住者が日本で租税を納付した場合、その納付額をタイの租税から一定の限度内で控除できること、また逆に日本の居住者がタイで租税を納付した場合も、日本の税法に従って外国税額控除の適用を受けられることが明記されています。これにより、同一の所得に対して両国で重複して税金を納める事態を防ぐことが制度的に担保されています。日タイ租税条約の全文や法的解釈については、以下の公式文書で確認することができます。

参考:財務省公式ウェブサイト(日タイ租税条約英語正文)

まとめ

タイという国は外資の誘致に積極的であり、ビジネスに親和的な環境を提供する一方で、税務行政においては徹底した監視網と重厚な罰則を機能させています。とりわけ、毎月発生する源泉徴収税や付加価値税の申告、全法人を対象とする法定監査、そして移転価格税制への対応は、日本国内でのバックオフィス業務の感覚のままでは対応が困難です。さらに、税務当局の実質優先による課税姿勢や、法改正による国外所得への課税強化など、現地の法的動向を的確に捉えることが求められます。

こうした複雑かつ厳格な現地の税務要件に対して遺漏なく対応し、経営を揺るがす重大なペナルティを回避するためには、専門知識に基づいた綿密な法務・税務体制の構築が不可欠です。タイでの事業展開や駐在員のコンプライアンス確保に向けた法的課題の解決について、モノリス法律事務所がサポートいたします。企業理念と事業目標をタイの地で適法かつ安全に実現するための法務パートナーとして、ぜひご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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