M&A「事業譲渡」の手続きを解説 メリット・デメリット、注意点は?
企業の経営者にとって新しい事業を立ち上げて軌道に乗せるのは簡単なことではありません。一方で大切な事業を第三者に売却する「事業譲渡」も簡単に決断し実行できることではありません。
M&Aにおける「事業譲渡」とは一体どのような時に選択する経営判断なのか、実施に当たっては具体的にどのような手続きで行い、メリットやデメリットにはどのようなものがあるのかなど、分からないことが多いと思います。
今回は、経営者にとって大きな経営判断となる「事業譲渡」のスキームとメリット・デメリット、及び手続き上の注意ポイントについて分かりやすく解説します。
この記事の目次
事業譲渡の特徴
事業譲渡とは、会社の事業の一部又は全部を第三者に売却するM&Aの手法の1つで、事業の一部を売却する場合を「一部売却」、全部売却する場合を「全部売却」と言います。
事業には、「のれん」や「ブランド」などの無形資産、特許やノウハウなどの知的財産、技術、人材、運営組織、販売チャネル、許認可、仕入れ先などの各種取引先、工場や設備など多岐にわたります。
事業を承継するにはそれらをセットにするのが原則ですが、事業譲渡は必要なものだけを選択的に売買できるのが特徴です。
事業承継の手法にはこの他に「会社分割」という手法もあり、詳しく知りたい方は下記記事にて詳述しています。
買い手が事業譲渡を選択する理由
2020年に三菱UFJリサーチ&コンサルティングが全国の中小企業約3万社を対象に実施した「中小企業の事業再編・統合、企業間連携に関する調査」では、買い手が事業譲渡を選択した理由の上位を占めたのは次の2つです。
- 取得したい資産や従業員、取引先との契約を選別できた 65.6%
- 簿外債務の引継ぎや想定外のリスクを回避できた 29.6%
買い手からすると不要なものやリスクなどを避けて、欲しいものだけを選択的に入手できる点が事業譲渡の最大のメリットになっています。
事業譲渡における売り手のメリット
後継者問題の解決策として
高齢化している中小企業の経営者が抱える最大の問題は後継者不足です。
廃業すると事業に関わる従業員の雇用や仕入れ先などの取引先への悪影響も懸念されるため、事業譲渡によって事業の存続を図ることができます。
不採算事業を切り離すことができる
本業は順調でも不採算部門を抱えていると会社全体の経営に悪影響を与えます。そのような場合に、不採算事業を売却できれば損失を軽減し経営再建を図ることが可能になります。
資金の調達ができる
事業譲渡によって得られた資金は、本業の強化・拡充、あるいは新規事業のための技術開発や設備増強などに対する投資に使うことができます。
会社を残すことができる
長年築き上げてきた会社の信用や土地建物などの資産、さらには取引先との関係などは事業譲渡を選択することによってそのまま残すことが可能です。
事業譲渡における売り手のデメリット
手続が複雑で時間がかかる
企業譲渡などとは異なり、事業譲渡は事業の承継に必要なさまざまなものを譲渡・移転する必要があるため、他のM&Aの手法と比べて手続きが多く、時間がかかります。
中には売り手と買い手の間だけでは完了できない、取引先との契約や事業に関わる従業員との雇用契約などもあります。
株主総会での特別決議が必要
※後段の「事業譲渡手続きにおける注意ポイント」で詳しく解説します。
法人税がかかる
課税されるのは譲渡金額から譲渡資産の簿価を差し引いた「譲渡益」に対してですが、簿価よりも安い価格で譲渡するとマイナスの譲渡益となってしまいます。この場合には、マイナス分の法人税は差し引かれることになります。
優秀な人材を失う可能性がある
承継した事業を実際に運用するには必要な知識と経験を持つ人材が必要になるため、事業譲渡と共に人材も買い手の要望で移るケースが少なくありません。
中にはその事業にやりがいを感じ自分から移籍を希望する社員も出てくる可能性があり、事業の譲渡と引き換えに優秀な人材を失うリスクがあります。
競業避止義務がある
会社法では事業の売り手に対して次の競業避止義務が定められています。
- 当事者の別段の意思表示のない限り、同一の市町村の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から20年間は、同一の事業を行ってはならない。
- 譲渡会社が同一の事業を行わない旨の特約をした場合、その特約は事業を譲渡した日から30年の期間内に限り効力を有する。
- 前二項に該当しない場合でも、譲渡会社が不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない。
事業譲渡のプロセス
手続きの多い事業譲渡の基本的なプロセスは次のようになります。
- 譲渡資産のリストアップ及び譲渡計画の作成
- 譲渡価格の見積もり(バリュエーション)
- 案件概要書の作成
- 譲渡先の選定、交渉、基本合意契約の締結
- 取締役会の決議
- 事業譲渡契約書の締結(※株主総会の承認を条件として締結)
- 株主総会の事業譲渡契約書の承認
- 臨時報告書の提出
- 株主への通知または公告
- 株主総会の特別決議
- 財産等の名義変更手続き、及び取引先や従業員との契約
事業譲渡手続きにおける注意ポイント
譲渡価格の見積もり
事業を譲渡するには、自社の事業がどれ位の価値があるか客観的に評価し譲渡価格を算出しなければなりません。企業価値の評価法をそのまま応用することもできますが、手間と費用がかかり、計算方法によっては結果が大きく変わる可能性もあるので中小企業の場合にはあまりおすすめできません。
事業価値評価によく使われる手法は、事業価値を「時価譲渡資産」と「営業権(のれん)」の合計金額とする考え方です。
営業権(のれん)にはブランド・技術・ノウハウ・運営組織・取引先との関係などの無形資産も含まれており金額換算が難しいので、計算方法としては「過去2〜5年の実質利益」×「評価倍率」を目安とする方法がよく使われています。評価倍率は業界やトレンドなどによって異なります。
臨時報告書の提出
有価証券報告書の提出義務のある企業は以下に該当する場合には「臨時報告書」の提出が必要となります。
- 事業譲渡によって資産額が最近事業年度の末日現在の純資産額に対し30%以上減少または増加する場合
- 事業譲渡によって売上高が最近事業年度の実績に対して10%以上減少または増加する場合
株主への通知または公告
事業譲渡を行う場合には、会社はその効力発生日の20日前までに、株主に対し事業譲渡の実施について通知または公告しなければなりません。同時に、反対株主の株式買取請求権についても知らせ買取請求の機会を設けます。
株主総会の特別決議
事業譲渡に関し次のいずれかに該当する場合には、その効力発生日の前日までに株主総会の特別決議による承認を得なければなりません。
- 事業の全部を譲渡する
- 事業の重要な一部を譲渡する
但し、例外として次の2つの事業譲渡の場合には特別決議が不要または省略することが可能です。
簡易事業譲渡
譲渡資産の帳簿価額が売り手企業の総資産の20%を超えない場合は、簡易事業譲渡に該当し株主総会での特別決議は不要となります。
略式事業譲渡
買い手企業が特別支配会社(議決権のある株式を9/10以上保有している会社)である場合、略式事業譲渡に該当し株主総会での特別決議を省略することが可能です。
事業の移転手続き
事業譲渡の場合には、土地や建物などの不動産、機器類、債券・債務、知的財産権、営業権など有形無形の資産を個別に移転しなければなりません。
不動産であれば登記簿の名義変更手続き、特許権や商標権であれば移転登録手続き、さらには取引先との契約や移籍する従業員との雇用契約など、異なる手続きが複数あるので移転手続きのスケジューリングをしっかりと行うことが重要です。
まとめ
「事業譲渡の特徴」「買い手が事業譲渡を選択する理由」「事業譲渡における売り手のメリット・デメリット」「事業譲渡のプロセス」「事業譲渡手続きにおけるポイント」について解説してきました。
中小企業のM&Aでは「株式譲渡」と並び最も選択されることの多い「事業譲渡」ですが、有形・無形の資産の譲渡や取引先との契約などさまざまな手続きや契約が必要となるため慎重に進めなければなりません。
そのためには、専門的な法律知識と経験豊富なM&Aアドバイザーでもある法律事務所に譲渡計画を作成する段階から相談し、進め方や注意点などのアドバイスを受けることをおすすめします。
「事業承継をM&Aで行うメリットと手続き」について詳しく知りたい方は下記記事にて詳述しています。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務