M&A契約における基本合意書の法的効力
M&A取引に関する契約書は、買い手・売り手間の交渉段階に応じて締結する契約書の種類が異なります。
この記事では、M&A取引を検討中の買い手・売り手の各企業が交渉段階において締結することが多い基本合意書について説明します。
この記事の目次
基本合意書とは
基本合意書は覚書と呼ばれる他、Letter of Intent(LOI)、Memorandum of Understanding(MOU)と呼ばれることがあります。
M&A取引の類型や必要な契約は事案ごとに異なり、併せて基本合意書に定められる内容も変わります。大きく分類すると株式取得、事業譲渡、組織再編という手段があります。株式取得には相対取引による株式譲渡、公開買い付けによる株式譲渡、第三者割当という手段があり、組織再編は、合併、株式交換や株式移転、会社分割といった手段があります。加えて会社分割と株式譲渡を組み合わせる方法や、公開買い付けと株式交換を組み合わせる方法もあります。
このようにM&A取引はかなり多様であり、最終的に締結する契約の橋渡しとして機能する基本合意書の内容も、スキームに応じて変わってきます。
基本合意書の意義は、契約当事者に最終契約締結に向けて協議を促し、重要論点の合意形成、取引内容の明確化、独占交渉権を付与する点等にあります。
一般的には対象となる会社の精査・監査、いわゆるデュー・ディリジェンス(due diligence※本記事では主に「DD」と表記します。)未実施の段階で暫定的に合意に至った事項を定めるものであるため、内容変更を前提に作成されます。そのため、各種条項には、一部の条項を除いて法的拘束力を持たせないことが一般的です。
基本合意書の条項
基本合意書の主な条項は、一般的に取引内容、独占交渉権、表明保証、DDへの協力等です。最終契約にて株式譲渡契約を行う場合の基本合意書を前提として各条項について説明します。
取引内容
第1条(契約条件)
1 甲及び乙は、甲が保有する対象会社(丙)の発行済株式の全て(以下、「本件株式」という。)を対象とする株式譲渡(以下、「本件株式譲渡」という。)につき、甲が本件株式を乙に譲渡し、乙が甲からこれを譲り受ける内容の株式譲渡契約(以下、「最終契約」という。)を締結するため真摯に交渉する旨合意した。
2 本件株式の譲渡価額の総額は、〇〇円とする。なお、正式な本件株式の譲渡価額の総額は、最終契約時に決定する。
取引の対象、スキーム内容(株式譲渡や合併、会社分割等のM&Aの方法)、取引価格等について定める条項です。
基本合意書で規定される内容は交渉段階により異なりますので、締結後の交渉による内容変更を前提とした内容であったり、最終合意に近い内容で定められたりする場合もあります。
特に買取価格については、法的に拘束力がある形で合意せずに規定することが多く、最終的な買取価格については、あらかじめ正式な価格は最終契約時に決定する旨規定したり、一定の場合(例えば、DD実施後に買取価格に影響する新たな重大事情が発見された場合等)には修正が可能な旨を規定したりする場合があります。
有効期間
第2条(有効期間)
本合意書の有効期間は、本合意の締結日から令和〇年〇月〇日までとする。ただし、当事者間にて本合意書の有効期間を延長することを書面にて合意した場合はそれに従うものとする。
基本合意書の効力が認められる期間を定めたものです。一般的には、3~6カ月程度とされることが多いです。
独占交渉権
第3条(独占交渉権)
1 本日より●年●月●日までの間、甲は乙以外の第三者との間で、本件取引に類似する取引に関する一切の交渉、合意、契約を行わないことを保証する。
2 前項の規定にかかわらず、甲が第三者から本件取引に類似する取引に関する提案を受け、かつ当該提案に応じないことが甲の取締役の善管注意義務に違反するおそれが高いと合理的に判断される場合、甲は、乙に対して違約金として金〇〇万円を支払うことで、第三者との交渉を行うことができる。
基本合意書において、売主側企業から買主候補企業に対して独占交渉権を付与することがあります。逆に買主側が規定したり、他の買主候補企業に対して情報提供をすることは可能と規定するものもあり、両当事者間の力関係等に応じて規定される内容は様々です。
買主側からすれば、この後に続くDD、マネジメントインタビュー等を一定の期間集中して行うことになるため、売主側企業の吟味のためそれなりの時間と金銭を投じることになります。できるだけ売主が他の買主候補企業との交渉に移行するリスクを下げるため、買主側に有利な独占交渉権を要求することが多いです。
一方売主側からすると、最も有利な条件を提示してくれる買主候補企業と交渉を行うことを希望する場合が多く、独占交渉権を与えることについては慎重になります。そのため、基本合意書で独占交渉権を規定したとしても、売主側の要望により3カ月~6カ月程度を目安として期間を付与されることがあります。
さらに、売主側に有利な条項として、他のより最適な買主候補への売却機会を図るために独占交渉権の例外を規定することがあります。売主側が最適な売却先を選定する機会を確保し、売主側取締役の善管注意義務違反を避けるためです。このような条項はフィデュシャリーアウト条項(Fiduciary out条項)とも呼ばれます。
買主側としては例外規定を安易に適用されてはDD等に費やした時間や金銭が無駄になりかねません。そのため、売主側が例外を適用する場合に備え、例外規定を適用する場合には買主側に対して一定の金銭(違約金)を支払う義務を定めることがあります。
表明保証
第4条(表明保証)
甲は乙に対し、本合意が締結された時点において、以下の内容が真実かつ正確であることを表明し、保証する。
(1)売主(甲)に関する表明保証
ア 甲は、日本法に基づき適法かつ有効に設立され、有効に存続している株式会社である。
イ 甲は、支払い不能ではなく、甲に対する倒産手続等開始の申立ては行われておらず、この原因も存在しない。
ウ 甲は、本件株式を全て適法かつ有効に保持している。
エ 甲は、反社会的勢力ではない。 甲と反社会的勢力間に、直接または間接を問わず、取引、金銭の支払い、便益の供与その他の関係又は交流はない。甲において、反社会的勢力に属する者が役員又は従業員として任用されている事実はない。
(2)対象会社(丙)に関する表明保証
ア 丙は、日本法に基づき適法かつ有効に設立され、有効に存続している株式会社である。
イ 丙は、支払不能ではなく、丙に対する倒産手続等開始の申し立ては行われておらず、この原因も存在しない。
ウ 丙の発行可能株式総数は〇株であり、発行済株式総数は〇株である。これらすべてが適法かつ有効に発行された普通株式である。丙は、これらの株式を除き株式等を発行又は付与しておらず、第三者が権利を有していることはない。
エ 丙は、その役員又は従業員に対する報酬又は給与、金銭等の支払い義務をすべて履行済みであり、未払いの報酬又は給与は存在しない。
オ 丙が第三者から提起された訴訟は係属しておらず、またそのおそれも存在しない。
カ 丙は、反社会的勢力ではない。丙と反社会的勢力間に、直接または間接を問わず、取引、金銭の支払い、便益の供与その他の関係又は交流はない。丙において、反社会的勢力に属する者が役員又は従業員として任用されている事実はない。
当事者が他方の当事者に対して、一定時点の事柄が真実かつ正確であることを表明し、保証する条項をいいます。
表明保証条項は、株式譲渡契約等を行う最終契約時点においてDDを踏まえ、より詳細に定められることが多いです。上記の項目以外にも、知的財産権、計算書類、不動産、動産、知的財産権、資産、債権、締結済みの契約、人事労務、公租公課、年金、保険等、内容は多岐にわたります。基本合意書を締結する時点では記載されないこともありますが、DDへの協力条項を含め相手方からの積極的な情報開示を期待する意味でも、基本合意書締結段階から記載することが一般的です。
DDへの協力
第5条(デュー・ディリジェンス)
乙は、本基本合意書締結日から〇ヶ月間の間、丙に対して、乙及び乙が選任する弁護士、公認会計士その他これに準ずる者等が調査(以下「デュー・ディリジェンス」という。)を行うことができるものとし、甲及び丙は事業運営に支障のない限度でこれに協力する。
DDの対象範囲や協力義務の内容等を定めた条項です。
DDの種類としては、ビジネスDD、財務DD、法務DDがありますが、これ以外にも人事DD、IT-DD、環境DD等が行われることもあります。売主側、買主側にてそれぞれDDを行いますが、上記第5条のように基本合意書で一般的に想定されるのは買主側が売主側に対してDDを行う場合です。
買主側としては限られた期間の中で金銭を投資しDDを行う以上は、効果的かつ的確な成果をあげることが目標であり、これにあたり売主側の協力が必要不可欠となります。そこで、上記のように基本合意書において売主側のDDへの協力義務が規定されることが一般的です。
しかし、売主側が買主側との取引に積極的であればこのような義務を規定する意義は低いです。また、売主側と買主側の交渉が決裂した場合にまでDDに協力する義務を盾として情報の開示を求めていくことは、非合理的です。そのため、DDへの協力義務規定は法的拘束力がないとされることがあります。基本合意書にDDへの協力義務が法的拘束力を有するものとして定められる場合には、売主側はその義務の範囲を限定的にするよう交渉努力を行うことになります。
善管注意義務
第6条(善管注意義務)
1 甲及び丙は、最終契約締結までの間、善良なる管理者の注意をもって、業務執行及び財産の管理を行うものとする。
2 甲及び丙は、次に掲げる行為及びその他丙の経営内容に重大な影響を与える行為をしてはならない。ただし、乙の事前の書面による承諾がある場合はこの限りではない。
(1) 重大な資産の譲渡、処分、賃借権の設定
(2) 増資、減資
(3) 役員構成の変更
(4) 多額の新規借入の実行その他の債務負担行為
(5) 〇万円を超える設備投資
(6) その他財政状態及び将来の損益状況に大幅な変化をもたらすような行為
売り手側が対象となる会社の価値を毀損しないよう高度の注意義務を負うことを定めます。
交渉期間中に対象会社の価値が毀損されないよう、買い手側の立場を保障するために設けられる条項です。
法的拘束力
第7条(法的拘束力)
本合意書は、第〇条、第〇条及び第〇条を除き、法的拘束力を有しないものとする。
基本合意書の条項のうち、法的拘束力を有する条項を明確にするための条項です。
基本合意書は、最終契約に至る前のDD(デュー・ディリジェンス)未実施の段階での暫定的な合意を締結するものであるため、通常は法的拘束力がないものとされます。しかし、中には法的拘束力を与えることが望まれる条項もあります。具体的事案に応じて、当事者間にて法的拘束力が及ぶ範囲を定めることが、この先の交渉において重要となります。
秘密保持
これまで述べてきた項目以外の主な条項としては、秘密保持に関する条項が定められることがあります。基本合意書の締結前に秘密保持契約を結んでいない場合に締結されることが多いです。
秘密保持に関する条項については、基本合意書を締結する前に秘密保持契約を締結することもあり、このような場合には基本合意書にて記載する必要性は低いでしょう。なお既に秘密保持契約を締結している場合でも、基本合意書締結の事実自体を秘密としたい場合には、秘密情報の範囲を広げるため基本合意書にて再度規定することになります。
秘密保持契約に関する詳細な内容は下記記事にて解説しています。
まとめ
M&A取引において締結される契約や取引類型は事案により異なり、基本合意書の条項設定も様々です。
また、基本合意書を交わすタイミングにより表現を工夫するなど、より専門的で豊富な経験値が必要になります。
後々トラブルにならないよう、専門の弁護士へ相談し、慎重に作成することをお勧めします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務