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F1における「合法的なズル」の歴史 ~ルールブックの抜け道を巡る、天才たちの終わりなき攻防~

弁護士 谷川 智

執筆:弁護士 谷川 智

セナとプロストの因縁「セナプロ対決」が鈴鹿で頂点に達した1989年に生まれる。父の影響で幼少期からF1を観戦し、最初に心を奪われたのはマクラーレンMP4-5B。現在もサーキットを訪れ、ヨーロッパにも遠征。ピットウォールの動きやレギュレーション解釈にも目を凝らし観戦中。「好き」が高じて競技規則や技術規定などのルールにも興味を持つ。弁護士という立場からF1と法務の問題について考える。

F1の華やかな世界の裏側で、もう一つの戦いがあるのをご存知ですか?それは、天才エンジニアとルールを定めるFIA(Federation Internationale de l’Automobile、国際自動車連盟)との「ルールの解釈」をめぐる頭脳戦です。

どんなに詳細なルールブックがあっても、必ず解釈の余地、いわゆる「グレーゾーン」が生まれます。エンジニア達はその隙を突き、「合法的にズルい」マシンを開発しようとします。その代表例が、風の力で意図的に羽をしならせて空気抵抗を減らし、ムダなく速く走ってタイムを縮める「フレキシブルウイング」です。

本記事では、「フレキシブルウイング」の技術と規制の攻防史を法律家の視点で解説します。ルールを巡る戦いを知れば、F1観戦がもっと面白くなるでしょう。

2025年、フレキシブルウイング規制が再び強化される

2025年5月末に開催されたスペインGPは、オスカー・ピアストリ(マクラーレン所属)がランド・ノリス(マクラーレン所属)を2.471秒引き離してトップでチェッカーを受け、ポール・トゥ・ウィンで今シーズン5勝目を挙げるという結果となりました。

名門マクラーレンにおけるチームメイト同士のチャンピオンシップ争いに注目が集まる中、このスペインGPではもう一つ、技術面で注目すべき点がありました。

それは、FIAが新たにフロントウイングに関するテスト規定を強化したことです。2026年のレギュレーション大改定を前にした既存レギュレーションの晩年ともいえる2025年、既存技術に対する理解が熟し空力性能をめぐる競争が激化する中、いくつかのチームがウイングの柔軟性を利用した「グレーゾーン」の設計を進めていた疑念が背景にあるようです。

テクニカルレギュレーション第3.15条改訂の内容とは

テクニカルレギュレーション第3.15条改訂の内容とは

そもそも、2025年シーズン途中でのテクニカルレギュレーション改訂に至った経緯は、FIAが2024年シーズン後半のベルギーGP以降の一連のレースにおいて、全チームのマシンにカメラを設置し、空力挙動を詳細にモニタリングしたことに始まります。その結果、既存の規制だけでは不十分、すなわち許容された限度を超えてウイングが可変している可能性があると判断し、2025年テクニカルレギュレーション第3.15条を改訂したのです。

3.15.4 Front Wing Bodywork Flexibility

The flexibility of Front Wing Bodywork will be tested by applying a load of \[0, 0, -1000]N at points \[XF, Y, Z] = \[-800, ±800, 250] or \[-1000, ±800, 250]. The load will be applied in a downward direction using a 50mm diameter ram on a rectangular adaptor measuring 350mm in the X-direction and 150mm in the Y-direction. This adaptor must be supplied by the team and should:

a. Have a flat top surface without recesses.

b. Be fitted to the car so as to apply the full load to the bodywork at the test point and not to increase the rigidity of the parts being tested.

c. Be placed with the inner face 725mm from Y=0.

d. Be placed with its forward face at XF=-1100mm.

e. Be placed with its top face at Z=250.

f. Have a mass of no more than 2kg.

The deflection will be measured relative to the survival cell and along the loading axis. When the load is applied symmetrically to both sides of the car, the vertical deflection must be no more than 15mm. When the load is applied to only one side of the car, the vertical deflection must be no more than 20mm.

Guidelines | FIA

第3.15.4条では、もともとフロントウイングに100kgの荷重を両側からかけた際の変形許容値は15mm、片側荷重時には20mm以内に留めるよう定められていました。今回の変更により、この変形許容値はそれぞれ10mmと15mmに縮小されました。

3.15.5 Front Wing Flap Flexibility

Any part of the trailing edge of any front wing flap may deflect no more than 5mm, when measured along the loading axis, when a 60N point load is applied normal to the flap.

Guidelines | FIA

また、第3.15.5条では、ウイングフラップ後端の変形許容値が5mmから3mmに引き下げられました。

3.15.17 Rear Wing Mainplane Tip Flexibility

The distance between the two sections of RV-RW-PROFILES and RV-RW-TIP inboard of Y=525, must not vary more than 2mm when two loads of \[0,0, -750]N each, are applied simultaneously to the Rear Wing Profile forward-most section only. The loads will be applied at \[XR=330, ±525, 910]. The loads will be applied through adaptors, supplied by the Competitor, that lie between 490mm and 610mm from Y=0 with a maximum plan view area of 15000mm² each side. The upper surface of each adaptor must lie at Z=910. The adaptors must not contact the Rear Wing Tip’s rearmost profile at any time; the shapes must allow fitment and removal with vertical (Z-axis) movement only.

Guidelines | FIA

そして、リアウイングについても、第3.15.17条が改訂され、端部に75kgの荷重を加えた際のスロットギャップの変化量が、段階的に2mmから0.5mmへと縮小されました。

これらの強化された試験は、シーズンを通じて不定期に実施されます。予選後や決勝後のパルクフェルメ(車両保管庫)下で行われることもあり、試験用と実戦用のウイングを使い分けるといった抜け道を封じる狙いから「ランダム」に実施されます。

この一連の改訂について、FIAシングルシーター部門責任者のニコラス・トンバジス氏は、近年まれに見るチーム間での技術格差が縮小している事情を背景に、「接戦が続く中でチーム間の疑念が高まり、規制の信頼性を保つ必要があった」と説明しました。

フレキシブルウイングとは何か

では、そもそもF1における「フレキシブルウイング(flexi-wings)」の問題とはどのような問題でしょうか。

この問題はここ数年に始まったものではなく、非常に長い歴史を持ちます。フレキシブルウイングとは、空力性能を向上させるために意図的に柔軟性を持たせたウイングのことを指します。

走行中のスピードに応じてしなり方が変わり、低速で侵入するコーナーでは、固定された形を保つウイングによってダウンフォース(車を地面に押し付ける力)が生まれ、グリップ力が向上します。反面、ハイスピードが必要な直線区間では、風圧によってウイングがしなり、空気抵抗が減少、より効率的に加速できることで、ラップタイムの短縮につながります

F1マシンのすべてのパーツは、素材の性質上、物理的にある程度の柔軟性を持っていますが、特にウイングは走行状況に応じて空力的な挙動を変化させるような設計が可能です。

この柔軟性を巡る争いは、「合法と違反の境界線」をいかに解釈するかという、F1らしい知恵比べの場でした。マシン設計者はルールブックを隅々まで読み込み、FIAの検査方法も計算に入れて、「合法的にズルい」設計を模索してきたのです。

空力開発競争が激化した1990年代から2000年代

フレキシブルウイングの進化は、何シーズンにもわたって続編が制作される連続ドラマのようであり、時にドライバー同士以上に熱い戦いが繰り広げられてきました。その物語は、1990年代末にF1が空力技術に新たな局面を迎えたことから始まります。

当時、自動車メーカーが本格的にワークスチームとしてF1に参戦し始め、企業間の競争が激化。湯水のように研究開発費をつぎ込み、次々に新技術を開発したのです。当時は年間100億円単位の予算をかけて、空力・エンジンにフル投資されていたこともあったようです。いくつかのチームは、高速走行時にリアウイングが後方へ傾くよう設計し、直線スピードとコーナリング性能を両立させようと試みました。

2005〜2006年には、ウイングのフラップとメインプレーンの隙間を空気の流れとしなりで自動的に閉じる構造が登場。直線では空気抵抗を減らし、コーナーではダウンフォースを最大化するという構造でしたが、FIAは2006年カナダGPからセパレーターの装着を義務付けて対処しました。

鬼才 エイドリアン・ニューウェイとレッドブルによる画期的な空力開発

鬼才 エイドリアン・ニューウェイとレッドブルによる画期的な空力開発

そして2010年代初頭、レッドブル・レーシングが再び主役として登場します。

2010年のレッドブル・レーシングが開発したF1カー「RB6」は“空力の鬼才”と呼ばれたエイドリアン・ニューウェイによる設計であり、静的荷重検査を完全にクリアしつつ、走行中にはフロントウイング外端が地面に吸い寄せられるように沈み込む構造を備えていました。これは、ある荷重までは剛性を保ち、それを超えるとたわむ特殊なカーボンコンポジット素材の応用により実現されたものでした。

このRB6によって2010年のレッドブル・レーシングは、全19戦中15戦でポールポジションを獲得、予選では他を圧倒する速さを見せました。終わってみれば、チーム創設以来初となるコンストラクターズチャンピオンとドライバーズチャンピオンのダブルタイトルを獲得する、圧倒的な成功を収めました。

当時のFIAテクニカルレギュレーション(2010年版)では、付属書3第3.17項に「フロントウイングは100kgの荷重で10mm以上たわんではならない」と規定されていましたが、これは静止状態での検査に限られており、レッドブルはこの試験をパスしながらも、実走行中には空力的に“沈み込む”動きを引き出していたのです。

つまり、規則の「文言」には従いながらも、「意図」をかいくぐるという極めて挑戦的な手法でした。これにより、ダウンフォースとフロアへの気流誘導が最適化され、特にサイドポッド下部からディフューザーへの空気の導入効率が飛躍的に向上しました。

ライバルチームからの抗議が相次ぎましたが、FIAは当時のテクニカルレギュレーションと照らし合わせて「合法」と判断。検査基準内で設計されたマシンが規則の「文言」に違反することはなく合法という「判例」として認定された瞬間でした。しかしそれは同時に、次なる規制強化の呼び水でもあったのです。

こうしてフレキシブルウイングの進化は、チームの創意工夫とFIAの後追い対応によって繰り返されてきました。

判例変更?規則の「文言」を守るだけでは不十分な時代へ

そして、静的試験をめぐる攻防が一段落したかに見えたその矢先、再びFIAとレッドブルの間で緊張が高まります。次にレッドブルが仕掛けたのは「ブロウンディフューザー」と呼ばれる空力装置です。エンジンからの排気を戦略的にディフューザーに吹きつけることで、マシン後方のダウンフォースを増大させるという巧妙な仕組みでした。

この手法に対して、FIAは上記の「判例」を見直し、「規則の精神」という概念を持ち出して対応し始めたのです──

次回は、FIAがこのブロウンディフューザーにどのように対応し、最終的に“違法”と判断したのか、そこにどのような技術的・法的な解釈の違いがあったのかを詳しく見ていきます。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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