インド不動産法及びリースとライセンスの厳格な区別を解説

インドという巨大な市場への進出を検討する日本企業にとって、現地の不動産確保は事業開始の第一歩でありながら、最も躓きやすい法的障壁の一つです。インドの不動産法制は、19世紀の英国統治時代に制定された法律と現代的な消費者保護法制が複雑に絡み合い、さらに州ごとに異なる規制が存在するため、その権利関係は極めて難解です。特に、日本の「賃貸借」に相当する概念として「リース(Lease)」と「ライセンス(License)」という2つの法的枠組みが存在し、どちらを選択するかによって借主としての法的地位やリスクが劇的に変化するという点は、日本法にはない特異な論点です。
また、長らく「不透明」の代名詞であったインドの不動産開発分野において、2016年に施行された「不動産(規制・開発)法(RERA)」は、市場の構造を根本から変えるパラダイムシフトをもたらしました。開発業者に対する厳格な情報開示義務と資金管理規制は、外国企業がインドで不動産取引を行う際のデューデリジェンス(適法性調査)の手法を一変させています。
本稿では、インド法務の専門的見地から、不動産取引の核心であるリースとライセンスの法的性質の違い、最高裁判所による判断基準、そしてRERAコンプライアンスの重要性について解説します。
本記事の要点は以下の通りです。
- リースとライセンスの厳格な区別:財産移転法に基づく「リース」は強力な財産権と排他的占有権を借主に与える一方、イーズメント法に基づく「ライセンス」は個人的な使用許可に過ぎず、権利移転を伴いません。
- 実質判断の原則:契約名称にかかわらず、当事者の意図や排他的占有の実態により、ライセンスがリースと認定されるリスクがあります。
- RERAによる透明化:2016年施行のRERAは、プロジェクトの強制登録、詳細情報の公開、70%エスクロー口座による資金流用防止を義務付け、市場の透明性を飛躍的に高めました。
- デューデリジェンスの必須化:日本企業は、契約形態の選択やRERAウェブサイトを通じたプロジェクト確認など、法制度に即した綿密な事前調査を行う必要があります。
なお、インドの包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。
この記事の目次
インドの財産移転法とイーズメント法における二元的な権利構造
インドにおける不動産の利用権原に関する法制度は、主に2つの古い、しかし現在も有効な法律によって規律されています。それが、1882年財産移転法(Transfer of Property Act)と1882年インド・イーズメント法(Indian Easements Act)です。日本の民法が賃貸借契約を一元的に規定しているのに対し、インド法では「権利の移転」を伴うか否かという観点から、契約形態を明確に峻別しています。
財産移転法に基づくリースの法的性質
インドにおける「リース(Lease)」は、単なる契約上の債権関係を超えた、より強力な法的地位を借主に付与します。その定義は、財産移転法第105条に規定されています。同条によれば、不動産のリースとは、「当該不動産を享受する権利の移転(transfer of a right to enjoy such property)」と定義されています。ここでのキーワードは「移転(Transfer)」と「権利(Right/Interest)」です。リース契約が締結されると、不動産そのものに対する一種の物権的な権利(Interest in the property)が貸主(Lessor)から借主(Lessee)へと切り出され、移転します。
この「権利の移転」により、借主には排他的占有権(Exclusive Possession)が発生します。これは、借主が貸主を含むあらゆる第三者を排除して物件を使用・収益する権利を持つことを意味します。契約に特段の禁止条項がない限り、借主は取得した権利(Leasehold Interest)を第三者に譲渡(Assign)したり、転貸(Sub-let)したりすることが可能です。また、借主が死亡した場合、リース権は相続財産として法定相続人に承継されます。さらに、貸主が物件を第三者に売却した場合でも、リース権を持つ借主は新所有者に対して居住権を主張し続けることができます。
しかし、強力な権利には相応の義務と規制が伴います。1908年登録法(Registration Act)第17条に基づき、期間が1年を超えるリース契約、または年ごとの賃料支払いを定めるリース契約は、管轄当局への登記(Registration)が強制されます。これには契約金額に応じた印紙税(Stamp Duty)と登録料の納付が必要となり、初期コストが増大します。さらに、リース契約は各州の「レントコントロール法(家賃統制法)」の適用対象となる可能性が高くなります。この法律は、借主保護のために賃料の引き上げ制限や立ち退きの制限を定めており、一度リース関係が成立すると、貸主が借主を退去させることは法的に極めて困難になるケース(Statutory Tenancy)が存在します。
イーズメント法に基づくライセンスの法的性質
これに対し、「ライセンス(License)」は、権利の強さにおいてリースとは対極に位置します。その根拠法はインド・イーズメント法であり、第52条に定義があります。同条は、ライセンスを「ある者が他の者に対し、自らの不動産において、当該権利がなければ不法となるような行為を行う権利を付与することであり、かつその権利が地役権(Easement)や不動産に対する権利(Interest in the property)に該当しない場合」と定義しています。
ライセンスの本質は、権利の不移転にあります。ライセンスは単なる「許可」であり、不動産に対する権利(Interest)の移転を伴いません。法的な占有(Legal Possession)は依然として貸主(Licensor)に残っていると解釈されます。また、ライセンスは特定の個人に与えられた特権であるため、一身専属性(Personal Right)を持ち、譲渡や相続は認められません。借主(Licensee)が死亡すれば、ライセンスは当然に消滅します。さらに、契約に別段の定めがない限り、貸主は比較的容易にライセンスを取り消すことができます。
実務上、特に住居やオフィスの短期利用において「Leave and License Agreement(リーブ・アンド・ライセンス契約)」が多用されるのは、リースに伴う厳格な登録義務やレントコントロール法のリスクを回避しつつ、簡易に物件を使用させるためです。
日本法との比較および整理
日本の法律家や経営者がこの違いを直感的に理解するために、日本法との対比を表で整理します。日本の「賃貸借契約」は、インド法の「リース」に非常に近い強力な保護を与えられています。一方、インド法の「ライセンス」に相当する概念は日本法には完全には存在しませんが、あえて言えば「使用貸借」(無償の場合)や、一時使用目的の賃貸借に近い側面があります。しかし、インドのライセンスは商用で「有償」であっても権利性が弱い点が決定的な違いです。日本では当たり前の「借りているのだから住み続けられる」という常識が、インドのライセンス契約では通用しないという点に注意が必要です。
| 特徴 | インド法のリース (Lease) | インド法のライセンス (License) | 日本法の賃貸借 |
| 法的性質 | 不動産に対する「権利」の移転 | 行為の「許可」(権利移転なし) | 債権契約だが、借地借家法により物権化 |
| 占有の性質 | 排他的占有権あり | 使用権のみ(法的な占有は貸主に留保) | 引渡しにより対抗要件を備える |
| 第三者対抗力 | あり(売買は賃貸借を破らない) | なし(所有者が変われば契約終了) | あり(登記または引渡し) |
| 譲渡・転貸 | 原則可能(特約で制限可) | 不可(一身専属) | 貸主の承諾が必要 |
| 相続 | 相続される | 相続されない | 相続される |
| 適用法規 | 財産移転法、レントコントロール法 | イーズメント法 | 民法、借地借家法 |
インド司法判断における区別基準

契約書のタイトルを「ライセンス契約」としたからといって、必ずしも法的にライセンスとして扱われるわけではありません。インドの裁判所は、レントコントロール法を潜脱するために形式的にライセンスを装う事例に対し、厳格な審査を行ってきました。実質がリースであると認定されれば、借主には強力な占有権が認められます。
最高裁判所によるテストとAssociated Hotels事件
この分野におけるリーディングケースとして、インド最高裁判所の Associated Hotels of India Ltd. v. R.N. Kapoor(判決日:1959年5月19日)があります。ホテル内の理髪店スペースの使用契約が、レントコントロール法の適用を受ける「リース」か、適用外の「ライセンス」かが争われた事案です。最高裁は、排他的な占有が与えられているかどうかが重要な指標であるとしつつ、文書が不動産に対する権利(Interest)を創設しているかどうかが決定的であるとしました。この判決により、文書の名称にかかわらず、実質的に権利を移転し、排他的占有を与えているならば、それはリースであるという原則が確立されました。
当事者の意図の優越とDelta International事件
その後、時代の変化とともに、裁判所は契約自由の原則をより尊重する姿勢を見せ始めました。Delta International Ltd. v. Shyam Sundar Ganeriwalla(判決日:1999年4月9日)において、最高裁は新たな解釈指針を示しました。この事件では、契約書に「ライセンス」と明記され、かつ「リースを意図していない」旨の条項が存在しました。最高裁は、「当事者の意図(Intention of the Parties)」が最も重要な判断要素であるとし、契約書が法的に有効な手段(ライセンス)を選択してその意図を明確にしているのであれば、たとえそれがレントコントロール法の適用回避を目的としていても、その選択は尊重されるべきであると判示しました。
これにより、実務上は契約書に「本契約はライセンスであり、リースとしての権利(Interest)を創設する意図はない」「排他的占有権は借主(Licensee)にはなく、貸主(Licensor)が鍵を保持する」といった条項を周到に盛り込むことで、ライセンスとしての法的性質を維持することが可能となっています。
参考:Delta International Ltd. v. Shyam Sundar Ganeriwalla(賃貸借と使用許諾の区別に関する判例)
インドにおける登録義務と印紙税の実務的対応
インドで不動産契約を結ぶ際、コストとリスクのバランスを左右するのが「登録(Registration)」と「印紙税(Stamp Duty)」です。インドに進出した日本企業が頻繁に遭遇するのが「11ヶ月契約」の提案です。その根拠は、1908年登録法第17条(1)(d)にあります。同条は、「年ごとのリース、または1年を超える期間のリース」について登録を義務付けています。したがって、期間が1年未満(12ヶ月未満)の契約であれば、登録義務が生じないという解釈が成立します。登録を回避することで、煩雑な手続き(当事者が登記所に出頭する必要がある等)と、登録料の支払いを免れることができるため、実務上、11ヶ月ごとに契約を更新する手法が慣行化しています。
ただし、この「11ヶ月ルール」が通用しない地域や、印紙税の取り扱いが異なる地域があることに注意が必要です。例えば、マハラシュトラ州(ムンバイ、プネ等)では、1999年マハラシュトラ・レントコントロール法第55条により、契約期間にかかわらず、すべてのリーブ・アンド・ライセンス契約の登録が義務付けられています。したがって、ムンバイで11ヶ月契約を結んでも登録は必須であり、これを怠ると貸主・借主双方に罰則が科される可能性があります。
インド不動産(規制・開発)法(RERA)による透明性の確保

2016年に施行された「不動産(規制・開発)法(The Real Estate (Regulation and Development) Act)通称RERA)」は、インド不動産市場における「消費者保護」と「透明性」の金字塔です。日本企業がオフィスを購入、あるいは開発プロジェクトに関与する場合、RERAの理解はデューデリジェンスの核心となります。
プロジェクトの強制登録と情報開示
RERA以前のインド不動産市場は、開発業者の力が圧倒的に強く、プロジェクトの遅延、資金の流用、事前説明と異なる仕様での引渡しが常態化していました。RERA第4条は、開発用地が500平方メートルを超える、またはアパートメント数が8戸を超える不動産プロジェクトについて、州ごとのRERA当局への事前登録を義務付けています。登録されたプロジェクトは、RERAウェブサイト上で詳細な情報を公開しなければなりません。
これには、開発計画、レイアウト、工期、使用する建設資材の仕様、開発業者の過去の実績、現在の財務状況、訴訟履歴、建築許可や環境許可などの承認状況が含まれます。日本企業は、MahaRERA(マハラシュトラ州)やUP-RERA(ウッタル・プラデーシュ州)などのウェブサイトを通じて、検討中の物件が適法に登録されているか、遅延リスクがないかを自ら確認することができます。
エスクロー口座による資金保全と遡及適用
RERAの最も画期的な規定の一つが、資金管理に関する規制です。同法第4条(2)(l)(D)は、開発業者が購入者から受け取った資金の70%を、スケジュール銀行(Scheduled Bank)に開設した専用の「エスクロー口座(別段預金口座)」に預託しなければならないと定めています。この口座の資金は、土地取得費用と建設費用にのみ充当することが法律で義務付けられており、開発業者が他のプロジェクトに資金を流用したり、個人的な用途に使ったりすることを防ぎます。資金の引き出しには、エンジニア、建築家、および公認会計士(Chartered Accountant)の3名による進捗証明書が必要とされ、工事の進捗と資金の支出が厳格にリンクされています。
また、RERA施行時に既に建設中であったプロジェクトへの適用可否について、インド最高裁判所は M/s Newtech Promoters and Developers Pvt. Ltd. v. State of UP(判決日:2021年11月11日)において、購入者保護を優先する歴史的な判断を下しました。最高裁は、RERAの規定は施行時点で完了していないプロジェクトに対して将来に向かって適用される「遡及的効果(Retroactive)」を持つと判断しました。これにより、RERA施行前に開始されたプロジェクトであっても、完了証明書を取得していない限りRERAへの登録義務があり、遅延に対する利息支払いや返金義務などの規制に従わなければならないことが確定しました。
資料:Internet and Mobile Association of India v. RBI(規制の憲法適合性と比例原則)
まとめ
インドの不動産法務は、「リースとライセンスの峻別」という英米法由来の伝統的な権利概念と、「RERAによる透明化」という現代的な規制改革の2つの軸で動いています。リースは強力な権利ですが、登録や法規制のコストを伴います。ライセンスは柔軟で低コストですが、権利の安定性に欠けます。このトレードオフを正しく理解し、事業のフェーズや目的に応じて最適な契約形態を選択することが、インドビジネスのリスク管理の第一歩です。また、RERAの登場により、かつてブラックボックスであった開発プロジェクトの内部情報にアクセス可能となったことは、日本企業にとって大きな追い風です。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































