インドの税法および物品・サービス税(GST)を解説

インド市場への進出を検討する日本企業にとって、同国の税制は最大の関心事の一つであり、同時に最も複雑な障壁の一つでもあります。インドの税法体系は、英国法由来の概念を基礎としつつも、連邦制国家特有の中央政府と州政府の権限配分により、日本とは大きく異なる構造を持っています。特に近年は、物品・サービス税(GST)の導入による間接税の一元化や、デジタル経済への課税強化、そして2024年財政法による外国法人税率の引き下げなど、目まぐるしい変化が生じています。
本記事では、インド憲法に基づく課税権の構造から、日本企業に直接影響を与える法人税制の最新改正、そして実務上の最大リスクとなっているGST関連の重要判例までを網羅的に解説します。日本の法制度と比較しながら、単なる条文の羅列ではない、経営判断に資する法的インサイトを提供します。
この記事の目次
インド税法の憲法的構造と日本法との相違
インドの税制を理解する上で、まず認識すべきは日本との統治構造の違いです。日本が単一国家として比較的統一された税制を持つのに対し、インドは厳格な連邦制を採用しています。インド憲法第265条は「法の権威によらなければ、何人も租税を賦課され、又は徴収されない」と規定しており、これは日本国憲法第84条の租税法律主義と軌を一にするものです。しかし、その「法」を制定する権限は、憲法第7附則(Seventh Schedule)によって連邦議会(中央)と州議会(地方)に厳格に配分されています。
具体的には、所得税(農業所得を除く)、関税、法人税などは中央政府の専管事項(リストI)である一方、農業所得税や、後述するプロフェッショナル税などは州政府の専管事項(リストII)とされています。この二重構造により、企業は中央政府と進出先の州政府双方の税務コンプライアンスを遵守する必要があります。特に2017年の物品・サービス税(GST)導入は、憲法改正により中央と州が同時に課税権を行使するという、インド憲政史上画期的な「協調的連邦主義」への転換点となりました。
インド直接税の体系と2024年財政法による外国法人税率の改正

インドの直接税の中核をなすのは1961年所得税法(Income Tax Act)です。日本の法人税法と所得税法が分かれているのとは異なり、インドでは個人の所得税と企業の法人税が単一の法典で規定されています。日本企業がインドで事業を行う場合、最も注目すべき最新の動向は、外国企業に対する法人税率の引き下げです。
外国企業に対する法人税率の歴史的引き下げ
長らくの間、インドにおける外国企業(支店やプロジェクトオフィスを含む)の基本税率は40%に設定されていました。しかし、2024年財政法(Finance Act)において、この基本税率を2024年4月1日開始の会計年度より35%へ引き下げることが決定されました。これはインド政府が外国投資を促進するための強力なシグナルと解釈できます。
ただし、インドの法人税実効税率を計算する際には、基本税率に加えて「サーチャージ(Surcharge)」と「保健教育セス(Health and Education Cess)」が上乗せされる点に注意が必要です。日本の地方法人税や住民税とは異なり、これらは税額そのものに対する付加税として機能します。
以下の表は、課税所得が1億ルピー(約1.7億円)を超える外国企業における、改正前後の実効税率の変化を示したものです。
| 税目 | 改正前 (FY 2023-24) | 改正後 (FY 2024-25) | 備考 |
| 基本税率 | 00% | 00% | 2024年財政法により5%引き下げ |
| サーチャージ | 00% (税額の5%) | 75% (税額の5%) | 所得が1億ルピー超の場合の料率 |
| 小計 | 00% | 75% | |
| 保健教育セス | 68% (小計の4%) | 47% (小計の4%) | 全納税者に一律適用 |
| 実効税率 | 68% | 22% | 約5.46%の負担減 |
この改正により、日本企業がインドに支店形態で進出する場合や、恒久的施設(PE)認定を受けた場合の税負担は大幅に軽減されます。
居住性の判定とPOEM基準
日本法人がインドで課税されるか否かの境界線は「居住性」にあります。日本では「本店所在地」が内国法人の判定基準となりますが、インドでは「実質的な管理の場所(Place of Effective Management:POEM)」という概念が導入されています。たとえ登記上の本店が日本にあっても、重要な経営上の意思決定が実質的にインドで行われていると判断されれば、その日本法人はインド居住者とみなされ、全世界所得に対してインドで課税されるリスクがあります。
インドの国際税務とクロスボーダー取引における法的論点
日本本社とインド子会社間でのロイヤリティ支払いや技術指導料(FTS)の授受は、頻繁に行われる取引ですが、ここにも重要な法改正と司法判断の影響が生じています。
ロイヤリティ・FTS課税と日印租税条約
2023年の改正により、インド国内法における非居住者へのロイヤリティおよびFTSに対する源泉徴収税率が、従来の10%から20%へと倍増しました。これにより、日本企業にとっては、国内法税率ではなく、日印租税条約(DTAA)に基づく軽減税率(10%)の適用を受けることが経済的に不可欠となりました。
日印租税条約の適用を受けるためには、居住者証明書(TRC)の取得に加え、インド税務当局が指定する「フォーム10F」の電子提出が義務化されています。かつては書面提出で足りていたものが、現在は電子申告のためにインドの納税者番号(PAN)の取得が事実上必須となるなど、手続き面でのハードルが上がっている点に留意が必要です。
最恵国待遇(MFN)条項とNestle SA判決
租税条約の解釈に関して、2023年にインド最高裁判所が下したAssessing Officer Circle (International Taxation) New Delhi vs. M/s Nestle SA(判決日:2023年10月19日)の判決は、国際税務実務に激震を走らせました。
この事案では、インドが他国(OECD加盟国)と結んだ条約でより有利な税率が設定された場合、それを自動的に適用できるか(最恵国待遇:MFN条項)が争点となりました。最高裁判所は、MFN条項の発動にはインド政府による別途の「通知(Notification)」が必須であり、条約に規定があるだけでは自動適用されないという判断を示しました。これにより、過去に遡って有利な税率の適用を否認されるリスクが生じており、条約適用の前提条件を厳格に確認する必要があります。
均等税(Equalization Levy)の廃止
デジタル課税の一環として導入されていた「均等税(Equalization Levy)」ですが、2024年財政法により廃止の方針が示されました。eコマース供給に対する2%の均等税は2024年8月1日以降適用されず、オンライン広告サービスに対する6%の均等税も2025年4月1日をもって廃止されることとなりました。これはOECD主導の国際的な課税ルール(第1の柱・第2の柱)への対応の一環であり、デジタルサービスを展開する日本企業にとってはコンプライアンスコストの低減につながります。
インド間接税(GST)の構造と重要判例が及ぼす影響

2017年に導入された物品・サービス税(GST)は、インドの間接税制を劇的に簡素化しましたが、その運用を巡っては多くの訴訟が起きています。日本の消費税とは異なり、インドのGSTは取引の性質(州内か州間か)によって適用される税目が異なります。
GSTの基本構造と日本との比較
| 項目 | 日本の消費税 | インドのGST |
| 税目 | 消費税(国)+地方消費税(地方) | CGST(中央)+SGST(州)または IGST(統合) |
| 区分 | 区分なし(一括納付) | 州内取引:CGSTとSGSTを同時課税 州間取引:IGSTを課税 |
| 税率 | 標準10%(軽減8%) | 5%, 12%, 18%, 28%の4段階が主(物品・サービスによる) |
| 申告 | 国税当局へ一括申告 | 中央および州のシステムを通じて申告・納税 |
駐在員派遣とGST課税(Northern Operating Systems判決)
日本企業にとって現在最大のリスクの一つが、インド子会社への駐在員派遣に関するGST課税です。2022年の最高裁判決C.C.,C.E. & S.T. – Bangalore vs. Northern Operating Systems Pvt Ltd.(判決日:2022年5月19日)において、裁判所は、海外親会社からインド子会社への従業員の出向(セカンドメント)について、実質的には海外親会社による「人材派遣サービスの提供」であると認定しました。
この判決により、インド子会社が親会社に支払う給与負担金(Reimbursement)に対し、サービスの輸入としてリバースチャージ方式によるGST納税義務が生じることとなりました。これを受け、多くの日系企業に対して過去に遡った課税指摘がなされています。ただし、その後の通達により、インド子会社が完全な仕入税額控除(ITC)を受けられる場合には、評価額をゼロとみなす救済措置も示されており、契約形態の見直しと理論武装が急務です。
海上運賃への二重課税の否定(Mohit Minerals判決)
輸入取引に関しては、納税者に有利な判決も出ています。Union of India vs. Mohit Minerals Pvt. Ltd.(判決日:2022年5月19日)において、最高裁判所は、CIF(運賃保険料込み)条件での輸入において、輸入者が関税評価額の一部としてIGSTを支払っているにもかかわらず、さらに海上運賃に対するサービス税(GST)を別途徴収することは違憲であるとの判断を下しました。これにより、CIF輸入における海上運賃へのGST二重払いのリスクは解消されました。
インドにおける州税としてのプロフェッショナル税
最後に、見落とされがちなのが州レベルの「プロフェッショナル税(Professional Tax)」です。名称から専門職への課税と思われがちですが、実態は「雇用に対する税」であり、サラリーマンも対象となります。
インド憲法第276条は、州政府が職業や雇用に対して課税することを認めていますが、その上限額を「年額2,500ルピー」と定めています。この上限額は数十年据え置かれており、現代の経済水準からすると少額ですが、州ごとに異なる法律で運用されており、企業には源泉徴収および納付の義務があります。未納付はコンプライアンス違反となるため、進出する州の規定(マハーラーシュトラ州、カルナータカ州など州により異なる)を正確に把握する必要があります。
まとめ
インドの税法は、連邦制に基づく複雑な統治機構と、急速な経済発展に伴う頻繁な法改正が組み合わさり、極めて流動的な状況にあります。2024年の外国法人税率引き下げや均等税の廃止といったポジティブな要素がある一方で、セカンドメント課税や条約適用の厳格化といった新たなリスクも顕在化しています。
特に、最高裁判所による判決が実務を大きく変更させるケース(Northern Operating Systems判決やNestle SA判決など)が多く、条文の理解だけでは不十分です。日本企業がインドで持続的に成長するためには、これらの法的・税務的リスクを適時に把握し、予防的な対策を講じることが不可欠です。モノリス法律事務所では、複雑化するインド税務・法務に関する包括的なサポートを行っております。インド進出や現地法人の運営における法的課題について、ぜひお気軽にご相談ください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































