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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ベルギー王国の電子商取引法

ベルギー王国の電子商取引法

ベルギーの電子商取引に関する法律は、EUの広範な法的枠組みに準拠しているため、日本の「特定商取引に関する法律」や「消費者契約法」と共通する基本原則を数多く有しています。これにより、日本のオンライン事業者がEU市場に参入する際、ある程度の共通理解のもとで事業を展開できる側面があります。しかし、近年、消費者保護と環境の持続可能性という観点から、日本の法規制とは一線を画す独自の義務が次々と導入されており、これらが日本企業に新たなコンプライアンス上の課題を提示しています。中でも、2024年3月に成立し、同年9月より本格的に適用されることになった新しい配送オプション提供義務は、B2C(企業対消費者)取引を行う日本のオンライン事業者にとって、その事業モデルの根幹に関わる重要な規制です。

本稿では、この新しい配送法をはじめ、日本よりも厳格なWEEE指令(廃電気電子機器指令)や包装法といった環境関連規制について、その法的根拠と具体的な内容を明らかにしながら詳細に解説します。日本の法制度との重要な違いを多角的に比較することで、ベルギー市場への進出を検討する上で不可欠となる、物流戦略や法務戦略の立案に役立つ知見を提供します。

ベルギー経済法典における電子商取引の法的枠組み

法的構造と広範な適用範囲

ベルギーの経済法典(Code de droit économique)は、市場慣行、競争、消費者保護など、経済活動全般を包括的に規定する法律です。電子商取引に関する規定は、主に「第6巻:市場慣行と消費者保護(Livre VI)」および「第12巻:電子経済法(Livre XII)」に定められています。これらの規定は、EUの電子商取引指令(E-commerce Directive)や消費者権利指令(Consumer Rights Directive)をベルギーの国内法として具体化したものです。

日本の「特定商取引に関する法律」が、通信販売や訪問販売といった特定の取引形態に焦点を当てて、事業者の表示義務や書面交付義務を課す一方、ベルギー経済法典は、より包括的な消費者保護の理念に基づき、オンライン取引全体を広く規制対象としています。この包括的なアプローチは、日本の法制度が個別の商取引の類型ごとに法律を定めているのとは対照的であり、ベルギーにおける事業展開を考える際には、より広範な消費者保護原則を理解することが不可欠となります。

罰則の厳格性と二重構造

ベルギーの法制度には、電子商取引に関する規定に違反した場合の罰則が「第15巻:法執行(Livre XV)」にまとめられています。この罰則は、単に高額な行政罰が科されるだけでなく、消費者との契約関係にも直接的な影響を及ぼすという、厳格な二重のペナルティ構造を有している点に特徴があります。

例えば、後述する新しい配送オプション提供義務に違反した場合、最大で1万ユーロ、または直近の会計年度の売上高の4%という高額な罰金が科される可能性があります。これに加え、最も重大な影響として挙げられるのが、「消費者がオンラインで締結した契約に拘束されない」という法的結果です。このことは、単なる法務上のコンプライアンス問題に留まらず、オンライン販売で成立したはずの契約が実質的に無効となり、商品代金の回収が困難になるなど、事業の継続性そのものに深刻なリスクをもたらすことになります。

このような二重のペナルティ構造は、ベルギー(ひいてはEU)が、単なる行政指導や罰金といった間接的な手段に頼るのではなく、消費者自身の権利を直接的に保護し、市場全体の健全性を強力に確保しようとする、強い意思を示していると言えるでしょう。

ベルギーECの新たな義務:配送オプションの多様化と法的要件

ベルギーECの新たな義務:配送オプションの多様化と法的要件

「最低2つの配送オプション提供義務」の導入

2024年3月21日に公布された法律によって、ベルギー経済法典第6巻に新たに第45条の2(Article VI. 45/2 of the Economic Code)が追加されました。この新規定は、B2C向けのオンラインショップに対し、消費者に対して最低でも2つの異なる配送オプションを提供することを義務付けています。この義務は、同年9月21日より本格的に適用されることになっています。

この義務が導入された目的は、主に「消費者利便性の向上」と「環境持続可能性」の2つに集約されます。ラストマイル配送における再配達の増加は、消費者にとって手間であるだけでなく、都市部の交通渋滞やCO2排出量の増大という環境問題を引き起こすことが指摘されていました。宅配ロッカーや集荷ポイントでの受け取りといった選択肢は、消費者が自分の都合の良い時間に荷物を受け取れるようにすることで利便性を高めると同時に、複数荷物の一括配送や配送ルートの最適化を可能にすることで、ラストマイル配送の効率を向上させ、環境負荷の低減に貢献すると期待されています。

義務の適用範囲と実務上の注意点

この新しい義務は、ベルギー国内の消費者への配送に適用され、ベルギーに拠点を置かない日本のオンラインショップであっても、ベルギーの消費者に商品を販売する場合は例外なく対象となります。したがって、日本からベルギー市場への越境ECを行う企業は、この要件を満たすための物流体制を構築しなければなりません。

実務上重要なのは、単に複数の運送会社と契約するだけでは不十分であり、消費者に物理的に異なる配送方法を提供する必要がある点です。例えば、複数の運送会社を通じて「自宅配送」のみを提供することは認められません。自宅配送に加え、宅配ロッカーや集荷ポイントでの受け取りといった選択肢を、必ず一つ以上用意することが求められます。なお、事業を開始して3年未満のスタートアップ企業や、実店舗での商品引き取りのみを提供している企業、または商品の性質上、自宅配送以外の方法が不可能な場合(大型家具など)には、この義務が適用されないという例外規定も設けられています。

この新法規制は、単なる国内法にとどまらず、EU全体で推進されている「循環経済(Circular Economy)」という壮大な経済戦略の一環として位置づけられると考えることができます。EUは、資源の効率的な利用と環境負荷の低減を経済活動の根幹に据えるというビジョンを掲げています。この観点から見ると、ラストマイル配送におけるCO2排出量削減は、その具体的な施策の一つに過ぎません。後述するWEEE指令や包装法も、それぞれ個別の法律として存在するものの、その根底には「持続可能性」という共通した思想があると言えるでしょう。この一貫した政策思想を理解することは、ベルギー市場、ひいてはEU市場全体で事業を展開する上で、単なる法令遵守を超えた長期的な戦略を策定する上で重要になります。

ベルギー特有の厳格な環境関連規制

ベルギー特有の厳格な環境関連規制

ベルギーの電子商取引法を特徴づけるもう一つの側面は、環境保護に関する厳格な規制です。これらの規制は、日本の法制度と比較して、その適用範囲の広さと義務の重さにおいて大きな違いがあります。

WEEE指令(廃電気電子機器指令)

WEEE指令(Waste Electrical and Electronic Equipment Directive)は、電気電子機器の製造者・輸入者に対し、製品のライフサイクル終了時における使用済み製品の回収・処理責任(Extended Producer Responsibility, EPR)を課すものです。ベルギーでは、事業者はRecupelのような公的な生産者責任機関(Producer Responsibility Organization, PRO)に登録し、販売量や製品の種類に応じた「エコ貢献金」を支払うことで、この義務を履行するのが一般的です。

この規制と日本の「家電リサイクル法」を比較すると、その対象範囲に大きな違いが見られます。日本の法律が、テレビ、エアコン、冷蔵庫、洗濯機という特定の4品目に限定されているのに対し、WEEE指令は「電気または電磁気エネルギーを必要とする」ほぼすべての機器に適用される「オープン・スコープ」を採用しています。これには、スマートフォン、パソコン、さらには電気的な機能を持つ家具や衣類なども含まれるため、日本の事業者にとって、予想外の製品が規制対象となる可能性があります。

さらに、WEEE指令は、ベルギー国内に物理的な拠点を置かない日本のオンラインショップであっても、ベルギーの消費者に直接製品を販売する場合、「生産者」として登録・報告義務が課されるという点も特筆すべきです。日本の法制度では、海外の販売者に対する直接的な回収義務は限定的であるため、この広範な適用範囲は、日本企業が事前に把握しておくべき重要な点です。AmazonやZalandoといった主要なオンラインマーケットプレイスが、出品者に対してRecupelへの登録番号の提出を義務付けていることは、このEPR義務が極めて厳格に執行されていることを物語っており、義務を怠れば、プラットフォームから出品を停止されるといった商業的なペナルティに直面する可能性があることを示しています。

包装に関する法規制

ベルギーでは、製品の包装についても、電気電子機器と同様にEPRが適用されます。家庭用包装廃棄物の回収・リサイクルはFost Plusが、業務用はValipacがそれぞれ公的なPROとして担っています。年間300kg以上の包装材をベルギー市場に出す事業者は、いずれかのPROに登録し、使用量に応じた報告と費用負担が義務付けられています。

この義務の最低限の基準(年間300kg)は、日本の「容器包装リサイクル法」が一定の年間売上高を基準としているのとは異なり、中小規模のオンラインショップであっても比較的容易に到達する可能性があるため、注意が必要です。

また、この分野ではEU全体で規制強化の動きが加速しています。2024年12月に採択された「包装・包装廃棄物規則(PPWR)」により、ベルギーの包装規制はさらに厳格化されます。具体的には、2026年8月以降、e-コマースの梱包における不必要な空きスペースは40%を超えてはならないといった効率性の基準が導入されます。さらに、2027年以降は、QRコードなどによるデジタルラベリングが義務化され、包装材の素材やリサイクルに関する情報を消費者が容易に確認できるようになります。これらの規制は、日本の法制度には見られない、より先進的かつ厳格な規制動向であり、ベルギー市場への進出を検討する企業は、物流や包装戦略の早期見直しが求められます。

ベルギー法と日本法の比較

以下に、本稿で解説したベルギーの電子商取引法における主要な規制と、日本法との主な相違点をまとめます。

ベルギー(EU)法日本法
配送オプション義務最低2つの異なる配送オプションを提供義務(自宅配送+宅配ロッカーなど)。違反時は契約不履行となる可能性あり。特になし。事業者が自由に配送方法を設定可能。
電気電子機器のEPRWEEE指令に基づき、電気または電磁気エネルギーを必要とするほぼすべての機器が対象。海外事業者も生産者として登録義務あり。家電リサイクル法により、特定の4品目(テレビ、エアコン、冷蔵庫、洗濯機)が対象。海外事業者への直接的な回収義務は限定的。
包装のEPR年間300kg以上の包装材を市場に出す場合、PROへの登録・報告義務あり。容器包装リサイクル法により、一定の年間売上高以上の事業者が対象。

この比較表から、ベルギーの規制が、個別の問題を解決する日本の法律とは異なり、一貫した「持続可能性」という理念に基づいて、その適用範囲を広範かつ重層的に設定していることが明らかになります。

まとめ

ベルギーの電子商取引法は、EUの法的枠組みを背景に、日本の法規制とは異なる消費者保護と環境配慮の義務を課しており、特に、最低2つの配送オプション提供義務、WEEE指令に基づく広範な回収義務、そして包装に関する報告・登録義務は、日本企業にとって予期せぬコンプライアンスリスクとなり得ます。

これらの規制に対応するためには、単にウェブサイトの記載を変更するだけでなく、現地の物流パートナーとの連携、RecupelやFost PlusといったPROへの登録とエコ貢献金の支払いなど、事業の根幹に関わる戦略を再考する必要があります。また、違反時の罰則が極めて重く設定されていることから、進出前の段階で専門家による法務デューデリジェンスを綿密に行うことが不可欠です。

モノリス法律事務所は、日本の法律に精通しているだけでなく、EU法、特にベルギーの電子商取引関連法に深い知見を持つ専門家チームを擁しています。新たな法規制への対応、現地法人設立時のコンプライアンス体制構築、物流・包装戦略の法的側面に関するアドバイスなど、ベルギー市場への進出を計画される日本企業の皆様に対し、総合的なリーガルサポートを提供することが可能です。複雑な法的課題に直面された際は、ぜひ一度弊所にご相談ください。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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