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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ドイツの契約・売買法における瑕疵担保責任(Gewährleistung)

ドイツの契約・売買法における瑕疵担保責任(Gewährleistung)

ドイツ(正式名称、ドイツ連邦共和国)の民法典(BGB)に規定される売買法(§§433 ff. BGB)における瑕疵担保責任(Gewährleistung)は、日本の民法が定める契約不適合責任と類似する要素を持つ一方で、日本のサプライヤーや製造業者が想定するリスクの範囲を遥かに超える、極めて厳格かつ強制力の強い構造を持っています。特に日本企業がドイツでの取引において注意すべきは、買主の救済手段に行使の順序(階層)が課されている点と、売主の過失を問わず、瑕疵ある商品の取外しおよび再設置費用の負担が義務付けられている点です。特に後者の責任は、B2Bサプライチェーンにおける日本の部品サプライヤーにとって、製品価格を遥かに超えるコストリスクを内包しています。

本記事では、これらのリスクを明確化し、ドイツ法の根拠条文と最新の連邦裁判所(BGH)の判例を基に、日本企業が適切なリスクマネジメントを行うための知見を提供します。重要な点として、国際契約で使用される英語の「Warranty」という用語が、ドイツ法上の厳格な「Garantie」(保証)と解釈され、売主の過失の有無にかかわらず責任を負うリスクがある点、また、2023年のBGH判決により、取外し・再設置費用の償還義務が部品の予備加工段階で発生すると解釈された点が挙げられます。これらの知見は、ドイツ市場での予期せぬ巨額の出費を回避するために不可欠です。

ドイツ売買法における瑕疵責任の基本構造(BGB §§433 ff.)

ドイツ民法典(BGB)上の売主の基本義務

ドイツ民法典(BGB)§433は、売主の主要な義務として、買主に対して目的物を引き渡し、所有権を移転すること、そしてその目的物が瑕疵のない状態(mangelfrei)で引き渡されなければならないことを定めています。この義務が履行されなかった場合、すなわち引き渡された物品に瑕疵(Mangel)があった場合に、買主は$§437$ BGBに基づく権利を行使できます。 

瑕疵の定義(Sachmangel)は$§434$ BGBに規定されており、物品が「客観的」および「主観的」な要件を満たしていない場合に生じます。主観的要件とは、当事者間で合意された品質や性能を備えていることを指します。合意がない場合でも、客観的要件として、通常の使用に適していること、同種の物が通常有する品質を有していること、および公の場での言明(広告やラベルなど)に適合していることが要求されます。例えば、誤った数量の引渡し(Zuweniglieferung)や全く異なる物品の引渡し(Aliud)も、§434 Abs. 5 BGBによって瑕疵と同等に扱われます。

このドイツ法の瑕疵の概念は、日本の民法改正後の「契約不適合」責任の考え方(契約内容との不一致に基づく責任)と基本的に類似しており、引渡し時点での契約適合性が問われる現代的な売買法の共通認識であるということが言えます。

法定担保責任(Gewährleistung)と契約上の保証(Garantie)の区別

ドイツ法が日本法との間で特に明確な差異を持つ点として、法定担保責任(Gewährleistung)契約上の保証(Garantie)の区別があります。

Gewährleistungは、BGB §433以下に規定された、売主に強制的に課せられる法定義務です。これは物品の引渡し時点で存在していた瑕疵に対する責任であり、新品の場合、請求権の時効は通常2年間です。この責任は、基本的に売主の過失を問いません。すなわち、瑕疵という客観的事実があれば、買主は追完請求(Nacherfüllung)を行うことができます。 

一方、Garantieは、売主または製造業者が買主に対して任意で引き受ける追加的な約束です(§443 BGB)。特に、特定の期間、物品が特定の(欠陥のない)性質を保持することを約束する耐久性保証(Haltbarkeitsgarantie)が重要です(§443 Abs. 2 BGB)。保証は法定のGewährleistungとは独立して存在し、より広範な権利を規定することも可能です。

これらの区別において、日本企業が国際取引で頻繁に利用する英語の「Warranty」という言葉は、ドイツ法ではGewährleistungとGarantieの両方に翻訳される可能性があるため、重大なリスクを伴います。契約書上で「当社の製品は特定の期間、欠陥が発生しないことを保証する」といった趣旨の曖昧な表現を用いると、裁判所が意図せずそれを耐久性保証(Garantie)と解釈する可能性があります。 

この解釈がなぜ厳しい責任を生むのかというと、Gewährleistungに基づく損害賠償請求(§437 Nr. 3 BGB)は、原則として売主が債務不履行を「自己の責めに帰すことができない」(過失がない)と証明すれば責任を免れるのに対し(§280 Abs. 1 S. 2 BGB) 、Garantie責任が成立した場合、約束された性質が欠けていたという客観的事実だけで売主に厳格責任が課せられるため、売主の過失の有無が問題とならないことが多いからです。したがって、契約交渉において、損害賠償の請求基盤を過失を要するGewährleistungの枠内に明確に留めるのか、それとも過失不要のGarantie責任を負うのかが、企業のリスク管理の分水嶺となります。 

ドイツにおける買主の救済手段の階層構造と履行の追完(Nacherfüllung)

ドイツ売買法における瑕疵責任の体系は、買主が瑕疵を発見した場合に行使できる救済手段に、厳格な順序(階層)を課している点で、日本の契約不適合責任体系と大きく異なります。

買主の権利の体系とNacherfüllungの優先性

瑕疵ある物品が引き渡された場合、§437 BGBに基づき、買主は以下の権利を行使できます。

  1. 第一次的権利:履行の追完(Nacherfüllung)請求(§439 BGB)
  2. 第二次的権利:契約解除(Rücktritt)または代金減額(Minderung)(§§440,323,326 Abs. 5, 441 BGB)
  3. 第二次的権利:損害賠償(Schadensersatz)または費用償還(Aufwendungsersatz)(§§440,280,281,283,311a,284 BGB)

ドイツ法では、買主が第二次的な権利(契約解除、代金減額、損害賠償)を請求する前に、まず第一次的権利として履行の追完(Nacherfüllung)を売主に要求しなければなりません。これは、売主に欠陥を是正する機会を与える「二次的履行の権利」を強制的に優先させるというドイツ法の基本原則を示しています。

履行の追完には、買主の選択により、欠陥の除去(修理/Nachbesserung)または欠陥のない代替品の引渡し(Nachlieferung/代替品交付)のいずれかが含まれます(§439 Abs. 1 BGB)。売主は、選択された方法が他の追完方法と比較して不釣り合いな費用を伴う場合に、その追完を拒否することができます。 

この階層構造は、日本の契約不適合責任体系とは決定的に異なります。日本法では、追完請求と他の権利(解除、減額、損害賠償)を同時に検討し、比較的自由に選択することが可能ですが、ドイツ法の下では、売主の追完機会の提供が原則として強制されます。この構造は、売主(特に製造者)にとっては、常に最初に修理または交換の機会が与えられるという利益がありますが、買主にとっては迅速な契約解除や損害賠償請求が制限されるというビジネス上の制約となります。 

第二次的権利への移行条件

買主が第二次的な権利に進むことができるのは、第一次的権利である履行の追完が失敗するか、売主が追完を拒否した場合に限られます。通常、買主は売主に合理的な期間(Fristsetzung)を設定して追完を要求し、その期間が徒過する必要があるか、または追完が二度の試行で失敗した(Nacherfüllung scheitert)とされる必要があります。

売主が追完を「重大かつ決定的に拒否」した場合や、瑕疵が非常に重大で即時の解除が正当化されるような特別な状況がある場合には、例外的に期間設定が不要となり、買主は直ちに解除または損害賠償に進むことができます。しかし、この「二度の失敗」といった基準は、買主が早期に契約を清算することを難しくし、取引の解消に時間的遅延をもたらすということが言えます。 

ドイツの取外し・再設置費用(BGB §439(3))に関わる法改正

ドイツの取外し・再設置費用(BGB §439(3))に関わる法改正

BGB §439(3)による無過失責任の拡大

ドイツにおける部品サプライヤーや建設関連業者にとって、最も警戒すべき責任規定は、2018年1月1日に施行された$§439$ BGBの第3項です。

この規定は、瑕疵のある商品が、その種類と用途に従って買主によって他の物に既に組み込まれたり(eingebaut)、取り付けられたり(angebracht)した場合、売主は、履行の追完の一環として、その欠陥品を取り外し(Entfernen)、修理または交換された欠陥のない商品を再設置(Einbau/Anbringen)するために必要な全ての費用を負担する義務を負うと定めています。

最大の警告点として、この費用償還義務は、売主の過失の有無にかかわらず発生する、強制的な無過失責任であるという点です。

この法改正の歴史的意義は、それまで消費者取引(B2C)に限定されていたこの無過失の費用負担義務が、一般売買法、すなわち企業間取引(B2B)にも拡大された点にあります。これは、2014年4月2日の連邦裁判所(BGH)判決(VIII ZR 46/13)が、B2B取引におけるこの費用を売主の責任範囲外としていた従来の解釈を、欧州指令の趣旨に沿う形で覆すものです。結果として、低単価の部品サプライヤーは、自社が販売した部品の価格を遥かに超える、高額な解体・再設置のロジスティクスおよび人件費を負うリスクを抱えることになりました。

最新判例による前加工工程(Vorfertigung)への適用拡大

この費用負担義務の適用範囲は、2023年6月21日の連邦裁判所(BGH)判決(VIII ZR 105/22)によってさらに拡大されました。この判決は、サプライチェーンにおける日本企業のコストリスクを評価する上で極めて重要です。

この事件では、原告(買主)が被告(売主)からステンレス鋼管を購入し、最終的にクルーズ船に組み込むための予備的な工程(Vorfertigung)として、接続要素を用いて鋼管を溶接し「パイププール」と呼ばれる構造に結合しました。この段階で鋼管の材質上の欠陥が発覚したため、原告はパイププールを解体し、交換品で再構築するためにかかった高額な費用(1,372,516.82 EUR)の償還を求めました。

そして、BGHは、最終的な組み込みが完了していなかったとしても、買主が欠陥品を「その種類と用途に従って」他の物に組み込むための予備加工プロセス(Vorfertigung)を開始した時点で$§439$ Abs. 3 BGBの適用範囲が開かれると判断しました。裁判所は、瑕疵発見のタイミングが、最終的な設置後か、その前段階の予備加工中かという偶然に依存すべきではないと論じました。さらに、この予備加工プロセスによって新しい物(パイププール)が製造されたとしても、元の購買物が不可分に混合・結合されていない限り、費用償還請求権は失われないと確認されました。

この判決から、売主は、提供した部品が最終製品に完全に組み込まれる前であっても、買主の製造工程の初期段階で欠陥が発見された場合の解体・再構築費用について、無過失で責任を負うということが明確に示されたと言えます。これは、日本企業が提供する部品がサプライチェーンの上流で使用される場合、部品の価格を遥かに超える製造ラインの解体コストを負うリスクが、予備加工の段階から現実のものとなっていることを意味します。

ドイツにおける契約によるリスク排除の限界と国際契約ドラフティングの注意点

一般取引約款(AGB)による制限の困難性

ドイツ法の$§439$ Abs. 3 BGBに基づく無過失の取外し・再設置費用償還請求権は、契約の自由によって容易に排除できるものではありません。日本の企業間取引(B2B)において一般的な、瑕疵担保責任を限定する試みは、ドイツの一般取引約款(AGB)規制(§§305 ff. BGB)によって厳しく制限されます。

特に$§439$ Abs. 3 BGBが導入された際、消費者契約における特定の権利排除を禁止する$§309$ Nr. 8 b cc BGBが改正され、この費用償還権の制限も禁止対象に含まれました。この立法趣旨は、B2B取引においても、§307 BGB(不当な不利益を与える条項の無効)の適用を通じて影響を与えます。AGBにおいて$§439$ Abs. 3 BGBに基づく無過失の費用償還義務を全面的に排除または著しく制限する条項は、買主に不当な不利益を与えるものとして、無効と判断される可能性が極めて高いです。

売主が責任を回避できる可能性があるのは、買主が部品を組み込んだ時点でその瑕疵を知っていた場合、または重大な過失によって知らなかった場合(§439 Abs. 3 S. 3 BGBに準じて$§442$ BGBが適用)に限定されます。しかし、B2B取引においては、商法典(HGB)に基づく買主の検査・通知義務(§377 HGB)が存在するため、この免責要件の適用はさらに複雑になります。

サプライチェーンにおけるリコースの必要性

§439 Abs. 3 BGBによる厳格な責任は、サプライチェーンの上流に位置する日本の部品供給企業にとって、リスクの転嫁を必要とさせます。自社が負う解体・再設置費用をさらに川上(例:原材料供給元)のサプライヤーに遡って請求することが重要です。

ドイツ法には、最終販売者(小売業者など)が追完義務を負った場合に、前供給者に遡って責任を追及できる「サプライヤー・リコース(Lieferantenregress)」の規定(§§445a,445b BGB)が存在します。しかし、この規定はサプライチェーン全体のリスクを自動的に解決するものではありません。日本企業は、ドイツの顧客との契約だけでなく、自社のドイツ国内サプライヤーとの契約についても、サプライヤー・リコースの規定を考慮に入れた契約ドラフティングを行い、下流で発生した高額な費用を自社で吸収せずに済むよう、契約関係全体でのリスクヘッジを構築する必要があります。 

また、国際契約ドラフティングにおいては、前述の通り、英語の「Warranty」を法定責任(Gewährleistung)の範囲内の義務のみを意味するように厳格に定義し、過失の有無にかかわらず厳格責任を負うGarantie(保証)の性質を持たないよう明確に区別することが、意図せぬ厳格責任を避けるための必須の要件となります。

まとめ

ドイツ売買法における瑕疵担保責任(Gewährleistung)の体系は、一見すると日本法と類似していますが、その詳細には重大な落とし穴が潜んでいます。

特に、買主に対してまず履行の追完(Nacherfüllung)を請求させるという救済手段の階層構造、そして何よりも、BGB §439 Abs. 3による売主の無過失の取外し・再設置費用負担義務は、日本の経営者や法務部員が最も重視すべき点です。

この無過失の費用償還義務は、部品価格を遥かに超える解体・再設置費用をサプライヤーに課すものであり、B2B取引における一般取引約款(AGB)での排除も極めて困難です。さらに、2023年の連邦裁判所判決により、この責任は部品の予備加工段階から適用されることが明確化されました。このため、ドイツでの事業展開においては、契約段階でのリスクマージンの適切な設定、サプライチェーン全体を通じた品質管理の徹底、そして万が一の瑕疵発生時のコストをカバーするための保険戦略が不可欠となります。

モノリス法律事務所は、ドイツ法特有のこれらの厳格な責任体系を深く理解し、日本のビジネス慣習とドイツの法的要件との間のギャップを埋めるための契約戦略策定、AGBレビュー、および紛争解決に関するサポートをいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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