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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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イタリアでの契約書作成・交渉時に問題となる民法と契約法

イタリアでの契約書作成・交渉時に問題となる民法と契約法

イタリア(正式名称、イタリア共和国)でのビジネス展開を検討する日本企業の皆様にとって、現地の契約法体系を深く理解することは、予期せぬ法的リスクを回避し、円滑な事業運営を実現する上で不可欠です。イタリアの法制度は、日本と同様に民法を基盤とする大陸法系に属しますが、その中核には日本法にはない独自の概念や、実務上の運用において重要な相違点が存在します。

本記事では、イタリア民法典(Codice Civile)に定められた契約の基本原則を解説するとともに、特に日本の法律実務家が慣れていない、もしくは注意すべき重要な法的概念に焦点を当てます。具体的には、契約の目的を厳格に審査する「Causa」の概念と非典型契約の有効性、契約不履行時の立証責任の原則、そして時効期間の複雑な運用について、日本法との比較を交えて詳細に論じます。これらの知見は、イタリアにおける契約交渉やリスクマネジメントにおいて、皆様の羅針盤となるはずです。

イタリア契約法の基盤と契約自由の原則

民法典(Codice Civile)の役割と「契約」の定義

イタリア契約法の主要な法源は、1942年制定の民法典(Codice Civile)です。同法典は、契約に関する一般的な規定を第1321条から第1469条にわたって包括的に定めており、商取引を含む全ての契約に適用される、イタリア民事法の中心的な法源としての地位を確立しています。

民法典第1321条は、契約を「2人またはそれ以上の当事者間で、相互の財産的法律関係を創設、規律、または消滅させるための合意」と定義しています。この定義は、合意の意思表示(Accordo)法律上の関連性(Rapporto Giuridico)、そして財産的性質(Carattere Patrimoniale)という3つの要素を強調しており、日本の民法が定める「契約は、法律行為であり、当事者の合意によって成立する」という理解と本質的に同じです。

「契約自由の原則」と非典型契約の厳格な審査

イタリア民法は、当事者が自己責任の下で契約内容を自由に形成できる「契約自由の原則(principio di libertà contrattuale)」を基本原則としています。民法典第1322条第1項は、「当事者は、法律が課す制限の範囲内で、契約の内容を自由に決定することができる」と定めています。この規定は、日本の民法が定める契約自由の原則と同趣旨であると言えます。

しかし、注目すべきは同条第2項です。この規定は、当事者が法律に明記されていない類型の契約(非典型契約)を締結することも認めていますが、「法秩序に従って保護に値する利益(interessi meritevole di tutela)を実現する限りにおいて」という厳格な要件を加えています。この条文は、法典に明記されていないリース(Leasing)フランチャイズ(Franchising)といった契約類型を法的に有効とする根拠となっています。

日本法も同様に、民法の規定にない契約類型(非典型契約)を当事者の合意によって自由に作成できると解釈されていますが、その有効性は主に「公序良俗」に反しないかという消極的な審査に留まります。一方、イタリア法の「保護に値する利益」という要件は、単に契約内容が法律に抵触しないかという形式的なチェックを超え、裁判所が、当事者が契約を通じて追求する「目的」が社会的に正当で、かつ法的に保護する価値があるかを積極的に実質審査することを示唆しています。

この厳格な審査は、日本の法務担当者が慣れていないリスクを生み出す可能性があるため、非典型契約の締結に際しては、その契約の具体的な「目的」が、イタリアの法秩序から見て「保護に値する」と判断されるかという観点からの事前検討が不可欠です。 

イタリア非典型契約における「Causa」の概念と最高裁判例

イタリア非典型契約における「Causa」の概念と最高裁判例

イタリアにおける契約の成立要件と「Causa」

イタリア民法典第1325条は、契約の必須要件として「当事者の合意(accordo)」「Causa」「目的(oggetto)」「形式(forma)」の4つを挙げています。このうち「Causa」は、日本の法律には見られない独特な概念であり、契約の有効性を判断する上で極めて重要な役割を果たします。

「具体的なCausa(causa in concreto)」の審査

近年、イタリアの判例は、この伝統的な解釈から、当事者が個々の契約で追求する具体的な目的や利益を重視する「具体的なCausa(causa in concreto)」へと解釈が移行しています。この「具体的なCausa」は、「契約が具体的に実現しようとする当事者の利益の合成」であると定義されており、単なる当事者の個人的な動機(motivi)とは明確に区別されます。この概念の確立は、非典型契約の「保護に値する利益」審査の法的根拠を強化し、裁判所の介入範囲を拡大する結果をもたらしていると言えます。もし契約の目的が違法であったり、あるいは単に「保護に値しない」と判断されれば、契約全体が無効となる可能性があるのです。 

非典型契約の有効性に関する最高裁判例

非典型契約の有効性に関する議論に終止符を打つ上で重要な指針を示したのが、イタリア最高裁判所、統一法廷が2023年2月23日に下した判決(判決番号5657号)です。 

この事案では、外貨建ての「為替リスク条項」を含む不動産リース契約が、非典型的な「金融派生商品」として「保護に値する利益」を欠き、無効ではないかという点が争われました。 

最高裁判所は、この契約の「為替リスク条項」が「保護に値しない(immeritevole di tutela)」とは判断せず、契約全体を有効と認めました。その理由として、最高裁は以下の重要な原則を述べました。第一に、meritevolezza(保護に値すること)の審査は、契約そのものではなく、当事者が契約を通じて達成しようとした「目的」、すなわち「具体的なCausa(scopo pratico, la causa concreta)」に対して行われるべきであるとしました。第二に、契約当事者間のパフォーマンスに単純な不均衡があったとしても、当事者が自らの意思と自由な判断でそのリスクや不利益を理解し、受け入れたのであれば、その事実だけで「契約を保護に値しないもの」にする理由にはならないと判断しました。最後に、判決は、契約自由の原則(libertà negoziale)が、裁判所の介入を限定する重要な原則であることを再確認しました。 

この判例は、過去の「単純な不均衡の是正」を重視する傾向に歯止めをかけ、非典型契約の審査が「契約の根本目的の正当性」に絞られるという明確な指針を示しました。このことから、日本企業がイタリアでの契約交渉において、不利益に見える条項を単純に排除するだけでなく、その条項が契約全体の中でどのような「正当な目的」を果たすのかを明確に論理立てて説明できるよう、契約書作成の段階から戦略的に取り組む必要があると言えるでしょう。

イタリアにおける契約不履行時の救済と実務上の留意点

「契約は当事者間に法律の効力を発生させる」原則

イタリア民法典第1372条は、「契約は、当事者間に法律の効力を発生させる」と定めています。これは、日本の民法が定める契約の法的拘束力と同一の趣旨であり、一度有効に成立した契約は、当事者間の合意による場合や法律が認める場合(例:不履行による解除)を除き、一方的に解除できないことを意味します。

履行請求・契約解除・損害賠償

契約不履行(inadempimento)とは、債務者が契約上の義務を履行しない、または不完全な形で履行する状態を指します。不履行が発生した場合、債権者は、相手方に対して「契約の履行を請求する(azione di adempimento)」か、あるいは「契約を解除する(risoluzione per inadempimento)」かを選択することができます。いずれの場合も、損害賠償を請求する権利は失われません。 

契約解除は、不履行が「重大(grave)」である場合に限られます。裁判所は、不履行が契約関係の均衡を崩すほどに重大であるかを、客観的・主観的なすべての事情を考慮して判断します。建設請負契約(contratto di appalto)における不履行をめぐり、最高裁は、発注者側の不履行により契約が解除された場合、請負業者は、未履行部分に対する逸失利益(lucro cessante)を損害賠償として請求できるとの判断を示しています。この際の逸失利益は、通常、契約額の10%として算定されるパラメトリックな基準が用いられることもあります(カッサーツィオーネ、第一法廷、2023年10月2日判決、判決番号27690号)。 

不履行における立証責任の所在

契約不履行時の立証責任は、日本の法実務家が最も注意すべきイタリア法の重要な特徴です。イタリア民法典第1218条は、「債務者が、債務不履行または履行遅滞が、自己に帰責性のない事由による履行不能によって生じたものであることを証明しない限り、債務不履行によって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めています。

判例法上、この原則により、債権者は訴訟において「契約の存在」と「債務不履行の事実」を主張・立証すれば十分とされます。一方で、債務者は、損害賠償責任を免れるために、自らに責任がないこと(不可抗力など)を証明しなければなりません。 

この立証責任の構造は、一見すると日本の民法第415条の債務不履行責任と似ているように思えますが、イタリア法は、より厳格に「履行が不可能であること(impossibilità)」と「それが自己に帰責性のない原因によること(causa non imputabile)」の二つを同時に証明することを求めています。これは、日本の法実務家が慣れ親しんだ「単なる過失の有無」の議論よりもはるかに厳しい基準であり、契約上のリスクを債務者側に大きく偏らせる実体法上の大きな特徴です。したがって、日本企業がイタリアで債務者となる契約を締結する場合、契約履行が不可能となる事態を想定し、それが「自己に帰責性のない事由」であると証明するための記録(例:不可抗力事由の発生、公的機関の命令など)を詳細に残すことが極めて重要となります。

イタリアにおける債権の時効期間に関する短期時効

イタリアにおける債権の時効期間に関する短期時効

イタリア法における時効(prescrizione)の一般原則は、民法典第2946条に定められた10年間です。これは、日本民法の債権の消滅時効(原則5年、商事債権は5年)と似ています。 

しかし、イタリア法では、特定の契約や債権に対して、10年より短い時効期間が多数定められており、実務上の注意が必要です。例えば、賃貸借の家賃や、損害賠償請求権(不法行為に基づく場合)は5年、自由職業人(弁護士、公認会計士など)の報酬請求権は3年、運送契約や保険契約の権利は1年、宿泊施設の債権は6ヶ月といった短期時効が適用されます。 

この多様な短期時効の存在は、債権管理の実務に大きな影響を与えます。日本企業は、取引の相手方がイタリアの事業者である場合、その取引がどの短期時効の対象となるかを正確に把握しなければなりません。時効は、債務者への書面による請求(intimazione di pagamento)や訴訟の提起、あるいは債務者による債務の承認によって中断されます。中断が発生すると、時効期間は最初から再計算されます。この手続きを怠ると、日本の基準ではまだ時効が成立しないと考えていた債権が、イタリア法下ではすでに消滅している、という事態が発生しうるため、定期的な債権管理と時効中断措置を講じることが、不測の損失を防ぐ上で不可欠となります。 

まとめ

本記事では、イタリア契約法の核心的な概念と、日本法との重要な相違点について解説いたしました。特に、非典型契約の有効性に対する厳格な審査を可能にする「Causa」の概念と、契約不履行時における債務者側の重い立証責任は、日本のビジネス実務では馴染みが薄く、注意が必要です。また、多岐にわたる短期時効の存在は、債権管理のあり方そのものに影響を及ぼします。

イタリア法日本法留意点
非典型契約の有効性民法典第1322条「保護に値する利益(meritevole di tutela)」を要件とする積極的な司法審査民法第90条「公序良俗」に反しないかという消極的な審査が中心契約の「具体的な目的」が正当であるか、事前に精査する必要がある
契約不履行時の立証責任民法典第1218条 債権者は不履行を証明すれば足り、債務者側が帰責性のない履行不能を証明する義務を負う民法第415条 債権者は債務不履行の事実を立証し、債務者は自己に帰責事由がないことを反証する債務者側に極めて重い責任が課されることを認識し、リスク管理を徹底する
債権の時効期間民法典第2946条 原則10年だが、特定の類型で1年、3年、5年などの短期時効が多数存在民法第166条、商法第522条 原則5年(商事債権)または10年(民事債権)契約の性質に応じて時効期間を正確に把握し、時効中断措置を怠らない
契約の目的民法典第1325条 「Causa in concreto」の概念により、当事者が個々の契約で追求する具体的な目的が重視される「目的」 通常は法律行為が目指す法的効果を指し、イタリアのような司法審査の対象とはならない契約の「真の目的」を明確に言語化し、正当性を論理的に説明できるよう準備する

これらの複雑な法制度を理解し、イタリアでの事業を円滑に進めるためには、現地の法的専門知識に基づいた契約構築とリスク管理が不可欠です。モノリス法律事務所は、日本の皆様が直面しうるこのような法的課題に対し、深い知見と豊富な経験に基づいた包括的なサポートを提供いたします。イタリア進出に関するご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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