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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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インドにおける居住取締役の選任義務と滞在日数計算の留意点

インドにおける居住取締役の選任義務と滞在日数計算の留意点

インドにおいてビジネスを展開するにあたり、巨大な消費市場と高い経済成長率の恩恵を享受できる一方で、複雑かつ厳格な現地の会社法制に対する的確な対応が不可欠となります。現地のガバナンス体制を構築する上で最も重要な初期要件の一つが、インド会社法が求める居住取締役の選任義務です。事業年度内に182日以上インド国内に滞在した取締役を最低1名確保するというこの要件は、法人設立直後の意思決定プロセスや人員配置に多大な影響を及ぼします。

本記事では、日本から派遣する駐在員がこの居住取締役の要件を満たすための滞在日数の計算ルールや、新規設立時における比例計算の適用について詳述します。さらに、取締役に就任する際に必須となる取締役識別番号であるDINの取得手続きや、関連するインドの最新判例についても網羅的に解説し、インドビジネスにおける法的リスクを回避するための不可欠な知識を提供します。

インド会社法が求める居住取締役の要件と法的根拠

インドで事業を営むすべての会社は、現地における法令遵守と説明責任を担保するため、インド国内に生活の拠点を持つ取締役を選任しなければなりません。この居住取締役の選任義務は、2013年インド会社法第149条第3項によって厳格に規定されています。同法は、公開会社や非公開会社、あるいは外国法人の完全子会社であるかを問わず、インドで設立されたすべての企業に対して例外なく適用されます。

居住取締役とは、単にインド国内に住所を有している人物を指すのではなく、法定期間中に継続してインドに物理的に滞在している人物を指します。具体的には、当該事業年度において合計182日以上インドに滞在した取締役を最低1名、取締役会に配置することが義務付けられています。この要件の主要な目的は、インドの規制当局からの問い合わせや法的手続きに対して、迅速かつ確実に責任を負える連絡窓口を国内に確保することにあります。

インドの居住取締役の要件を理解する上で、日本の会社法制との違いを明確に認識しておくことは重要です。かつて日本においても、内国株式会社の代表取締役のうち少なくとも1名は日本に住所を有していなければならないという実務上の運用が存在しました。しかし、外国企業の日本への投資を促進する目的から規制緩和が進み、2015年3月16日以降、日本の法務省民事局は、代表取締役の全員が日本国外に居住している場合であっても株式会社の設立登記および代表取締役の変更登記を受理するようになりました(合同会社の場合は代表社員についても同様)。

参考:日本貿易振興機構の公式ウェブサイト(英語)

このように、現在の日本の法制度下では、取締役全員が海外居住者であっても法人の設立と維持が法的に可能となっています。この日本の感覚のままインドに現地法人を設立しようとすると、重大なコンプライアンス違反に直面することになります。インドでは、居住取締役の要件は単なる登記上の手続きではなく、継続的なガバナンスの根幹をなす義務として位置づけられており、外国企業であっても現地の法律に基づく厳密な滞在要件を満たす人物を必ず確保しなければなりません。

インド滞在日数の計算ルールと新規設立時の比例計算

インド滞在日数の計算ルールと新規設立時の比例計算

居住取締役の要件を満たすための滞在日数の計算は、適用される期間の定義を正確に把握することから始まります。当初、2013年インド会社法が施行された際、第149条第3項は「直前の暦年」において182日以上滞在していることを求めていました。しかし、この基準は企業会計の基準期間や税務上の居住者判定基準とズレが生じ、実務上多くの混乱を招きました。

この問題を解消するため、2017年会社法改正法(施行:2018年5月7日)により、算定基準期間が暦年から事業年度へと変更されました。インドの事業年度は4月1日から翌年3月31日までと定められており、現在の法令下では、対象となる事業年度内に合計182日以上の滞在実績があるかどうかが問われます。滞在日数のカウントにおいては、連続した滞在である必要はなく、出張等でインドを出入国した場合は、各滞在期間を合算して計算します。入国日および出国日もそれぞれインドに滞在した1日として算入される点も、正確な日数管理において重要です。

新たにインド法人を設立する場合、設立年度の初日から事業年度末までの期間が1年間に満たないケースがほとんどです。このような場合、182日という要件をそのまま適用することは物理的に不可能となるため、会社法第149条第3項の但し書きにおいて、新規設立企業の場合は当該要件が設立された事業年度の末日において比例的に適用される旨が明記されています。

項目規定内容および実務上の適用
根拠法令2013年インド会社法第149条第3項
算定基準期間事業年度(4月1日から翌年3月31日)
必要滞在日数合計182日以上(連続滞在である必要はなし)
入出国日の扱い入国日および出国日の両方を滞在日数として算入する
新規設立時の特例設立日から事業年度末までの日数に基づく比例計算を適用

比例計算の具体的な適用方法として、ある年の10月1日にインド法人が設立された場合を想定します。その事業年度の残り日数は翌年3月31日までの182日となります。この場合、通年の必要滞在日数である182日を365日で割り、それに設立後の存続日数である182日を乗じて算出される約91日が、設立年度における居住取締役の最低滞在要件となります。法人の設立準備を進める際には、設立登記が完了するタイミングと、日本から赴任する駐在員のビザ取得および渡航のタイミングを精密に調整し、この比例計算に基づく要件を確実にクリアできるスケジュールを構築する必要があります。

インド居住取締役の要件違反がもたらす法的リスクと関連判例

居住取締役の選任義務に違反した場合、会社およびその役員に対して行政処分とペナルティが科されます。インド企業省の管轄下にある会社登記所は、コンプライアンス違反に対して厳格な態度をとっており、第149条第3項自体に固有の罰則規定はないものの、同要件への違反に対しては会社法第172条(一般罰則)が適用されます。具体的には、会社に対しては5万ルピーの罰金に加え違反継続中は1日500ルピーを加算(上限30万ルピー)、違反に関与した役員それぞれに対しては5万ルピーの罰金に加え同加算(上限10万ルピー)の罰金が科されます。

実際の行政処分事例として、バンガロール会社登記所が2026年3月9日に下した裁定(PO/ADJ/03-2026/BL/01724)があります。この事案では、対象企業の居住取締役が2017年12月14日に辞任した後、残りの取締役が全員アメリカ合衆国に居住していたため、居住取締役の要件を満たせない状態に陥りました。企業側は2024年3月30日に新たな居住取締役を任命するまで、2297日間にわたりコンプライアンス違反の状態を継続しました。会社登記所は、企業が自主的に申告した裁定申請に基づき審査を行い、会社に対して30万ルピー、違反に関与した3名の役員それぞれに対して10万ルピーの罰金支払いを命じました。

さらに、親会社の買収に伴う経営陣の交代期間中に意図せず居住取締役が不在となった事案についても、全国会社法審判所による法的な判断が下されています。ムンバイ全国会社法審判所のProgress Software Solutions India事案(C.P. No. 155/MB/2022、2021年12月8日申立)では、2010年1月に親会社が米国企業に買収され、インド子会社でも経営陣の交代と事業停止が続いたため、コンプライアンス管理が長期間適切に行われない状態が生じました。その結果、2014年4月1日の会社法第149条第3項の施行時点でも居住取締役が不在のまま放置され、同社はこの義務違反に2018年になって初めて気づきました。しかし、当時は未提出書類が多数残っていたため、居住取締役候補を迎えることができず、最終的に2019年4月23日まで約5年間違反状態が継続しました。

審判所は、経営移行期であっても会社法上の義務は免除されないことを前提としつつ、コンプライアンス違反状態を解消するための和解手続きを処理しました。この審判所の公式な判断記録は、全国会社法審判所の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:全国会社法審判所の公式ウェブサイト

これらの事例から導き出される実務上の教訓は、親会社の買収・組織再編や取締役の辞任などを契機として、一時的であっても居住取締役が不在となる空白期間を決して生じさせてはならないという点です。経営体制の変化が生じる際には、インド会社法上の義務が自動的に継続することを念頭に置き、後任の取締役がインド国内に滞在を開始する日と前任者が辞任する日を切れ目なくリンクさせる緻密な人事計画が求められます。

インドの取締役識別番号制度とDIN取得の手続き

インドの取締役識別番号制度とDIN取得の手続き

インドで取締役として就任するためには、居住取締役であるか否か、あるいは国籍を問わず、すべての個人が取締役識別番号(DIN)を取得しなければなりません。DIN(Director Identification Number)はインド企業省から割り当てられる8桁の固有番号であり、生涯にわたって有効な識別コードとして機能します。このDIN取得は、2013年インド会社法第153条により義務付けられています。また、DIN取得の具体的な手続きは、2014年会社(取締役の任命および資格)規則の第9条および第10条によって詳細に定められています。

新規に会社を設立する際と、既存の会社に新たな取締役を追加する際では、DIN取得のプロセスが異なります。新会社の設立と同時に取締役に就任する場合は、設立申請のための統合ウェブフォームであるSPICe+を通じて、最大3名までのDIN割り当てを同時に申請することができます。一方、すでに設立済みの法人に新任の取締役として加わる場合は、専用の申請フォームであるDIR-3をインド企業省のポータルから個別に電子提出する必要があります。

参考:Companies (Appointment and Qualification of Directors) Rules, 2014)(IBC Laws掲載、非公式) 原典:Gazette of India, G.S.R. 259(E), April 2, 2014

日本から派遣される人員がインド法人の取締役に就任する際、DIN取得において最も時間と労力を要するのが身分証明書類の認証手続きです。インド人やインド居住者であれば、現地の公的機関が発行した証明書をそのまま利用できますが、外国居住者である日本人の場合、提出する書類の真正性を国際的なルールに則って証明しなければなりません。

DIN申請に必要な書類日本居住者が用意する際の実務上の対応と留意点
顔写真最近撮影された指定サイズおよびデータ形式の証明写真を用意する
身分証明書日本国籍者の場合はパスポートのコピーが必須要件となる
住所証明書運転免許証や直近1年以内の公共料金請求書を英訳して用意する
取締役就任同意書2014年会社(取締役の任命および資格)規則第8条に定める
DIR-2フォーム(取締役就任同意書)に署名を行う

外国人が居住国である日本からDIN取得の申請を行う場合、パスポートのコピーや住所証明書は、単なるコピーでは受理されません。日本の公証役場において公証人の認証を受けた上で、さらに外務省からアポスティーユ証明を取得する必要があります。インドと日本はともに外国公文書の認証を不要とするハーグ条約の締約国であるため、アポスティーユが付与された書類は、インド本国における領事認証を省略して直接公的な証明書類として提出することが可能です。

これらの認証手続きには数週間から1ヶ月程度の期間を要することがあります。したがって、インド法人の設立スケジュールや役員変更の期限から逆算して、日本国内での書類手配とアポスティーユ取得の手続きを計画的に進めることが、遅滞のないガバナンス体制構築の鍵となります。

DIN取得と維持に関連する法的紛争およびインドの判例動向

インド企業省は、一定期間にわたり年次報告書や財務諸表を提出していない休眠状態の企業に対して、厳格な取り締まりを行っています。会社法第164条第2項の規定に基づき、連続して3年間財務諸表等を提出しなかった会社の取締役は、その後5年間、他の会社の取締役に就任することができないという欠格事由に該当します。過去には、この欠格要件に該当した取締役のDINを、企業省のシステム上で一斉に無効化するという強硬な措置が取られたことがありました。

しかし、この行政手法に対しては、司法の場から違法であるとの判断が下されています。マディヤ・プラデーシュ州高等裁判所における『Abbas Maru v. The Union of India』事件(2022年6月9日判決)において、裁判所は、会社登記所が会社法第164条または第167条を根拠として取締役のDINを取り消したり無効化したりする権限は有していないとの判断を下しました。本件では、原告が設立した企業が事業を行わず3年間財務諸表を提出しなかったため、会社登記所により失格取締役としてリストアップされ、DINが無効化されました。高等裁判所は、法令上DINの剥奪という措置が明示的に許容されていないことを指摘し、不適法に無効化されたDINの再有効化を命じました。

この判決に関する記録は、インドの判例データベースであるIndian Kanoonのウェブサイト等で確認することができます。

参考:「Smt. Kalpana Parmar v. Union of India ほか(Abbas Maru v. Union of India を含む)」
2022年6月9日判決(WP No. 15683/2020 ほか)

また、DINは1人の個人に対して1つの番号という原則が厳格に貫かれています。会社法第155条は、すでにDINを割り当てられている個人が、追加のDIN取得を行うことを明確に禁止しています。実務上、過去にインド企業の役員を務めた際にDINを取得していた事実を忘れ、別の企業に就任する際に新たにDIN取得の申請を行ってしまうというミスが散見されます。

このような過失による重複取得であっても、発覚した場合には重いペナルティが科されます。バンガロール会社登記所の裁定PO/ADJ/03-2026/BL/01757(2026年3月20日)では、2019年にDINを取得していた個人が、その存在に気づかずに2023年に2つ目のDIN取得をしてしまった事案が扱われました。本人は誤りに気づいた後、速やかに重複するDINの放棄を申請し、自主的に裁定を求めました。しかし当局は、違反状態が809日間に及んだ事実を認定し、継続的な違反に対する罰金を課しました。違反が悪質なものでなく、自主的な是正が行われたことが考慮され、最高罰金額の25パーセントにあたる11万3500ルピーの支払いが命じられました。

この判例が示す通り、インドの会社法制においては知らなかったという抗弁は免責事由になりません。特に日本企業の駐在員が複数回にわたりインド赴任を経験する場合や、グループ内の複数企業の役員を兼任する場合には、個人のDINステータスを企業側がシステム的に管理し、毎年義務付けられている本人確認手続きであるDIR-3 KYCフォームの電子申告を怠らないよう徹底する必要があります。

まとめ

インドにおける事業展開を成功に導くためには、現地の法令に基づく厳格なコーポレートガバナンス体制の構築が第一歩となります。本記事で詳述した通り、インド会社法が義務付ける居住取締役の選任は、単なる登記上の要件ではなく、法人の設立から日々の運営に至るまで継続的に遵守しなければならない極めて重要な義務です。事業年度内に182日以上の滞在実績を持つ取締役を確保するためには、暦年ではなく4月から始まる事業年度を基準とした緻密な滞在日数の管理が求められます。

また、新規設立時の比例計算ルールの適用や、代表取締役の海外居住を広く認める日本の会社法との重大な差異についても、インドへ進出する前に十分に理解しておく必要があります。さらに、取締役に就任するための前提となるDIN取得においては、日本の公証役場および外務省でのアポスティーユ認証といった国際的な文書認証プロセスが必須となり、時間的な余裕を持った事前準備が不可欠です。インドの判例が明確に示している通り、居住取締役の欠如やDINの重複取得といったコンプライアンス違反に対しては、会社登記所による厳格な罰金措置が課される法的リスクが常に存在しています。

このような複雑かつ厳格なインドの法規制に対し、日本企業が単独で完全な対応を行うことは容易ではありません。モノリス法律事務所は特にIT関連に専門性を有する法律事務所です。モノリス法律事務所はインドの法律事務所と提携しており、現地法令や現地における手続きに対応することができます。当事務所は、現地の最新動向を踏まえた実践的な法的助言を提供しており、インド進出初期のガバナンス設計から、取締役の就任や退任に伴う各種認証手続き、当局からの指摘を未然に防ぐコンプライアンス管理に至るまで、専門的な知見に基づいた包括的なサポートを提供し、日本企業の安全で円滑なグローバルビジネスの展開に寄与いたします。

モノリス法律事務所は、インド法務に関する調査および情報提供を目的として、現地法律事務所Quest IP Attorneysと非独占的な提携関係(Associate Firm / Correspondent Firm)にあります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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