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風評被害対策

逮捕後に嫌疑不十分で不起訴 逮捕報道の検索結果削除は可能か

風評被害対策

逮捕=有罪と思われがちですが、必ずしもそうとは限りません。逮捕された後に冤罪や無罪だったり、嫌疑が不十分などの理由で不起訴になった場合、有罪にはなりません。逮捕された人物からすれば、その逮捕報道の記事の検索結果は削除したいと思うのが自然です。一方、日本では、逮捕された段階でメディアが殺到し、報道が行われますが、不起訴処分になった場合の続報は少なく、逮捕報道のみが検索結果として残ることが多くあります。

検索結果削除について、最高裁は2017年1月31日に以下のように決定しています。「当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができる」この決定以降、逮捕記事・逮捕歴に関する検索結果は削除しにくくなったという声が多いのですが、嫌疑不十分で不起訴という記事の検索結果削除はどのように判断されているのでしょうか。

不起訴記事の検索結果削除

逮捕されたからといって、その人が有罪であることが確定したわけではありません。無罪であったり、冤罪であったりする場合もありますし、不起訴という場合もあります。

不起訴と嫌疑不十分

不起訴処分には主に次の3種類があります。このほか、罪とならない場合、被疑者の死亡、親告罪の告訴取り下げ、など様々なものもあります。

  • 起訴猶予(嫌疑があるが軽微な犯罪である、示談が成立しているなど、検察官が様々な事情を考慮して起訴しないとすること)
  • 嫌疑なし(捜査の結果、犯罪の疑いがない)
  • 嫌疑不十分(疑いが完全に晴れたわけではなくても、起訴するには証拠が不十分)

これらの不起訴のうち、嫌疑不十分で不起訴となった原告が、検索結果削除を請求した事例があります。

検索結果削除を請求した裁判

原告が、被告であるウェブサイト検索サービスを提供する事業を営むGoogle LLCに対し、検索サイトGoogleにおいて、本件検索ワードを条件として検索すると、原告が逮捕された事実等の内容が書き込まれたウェブサイトのURLと表題及び抜粋が表示されることから、原告のプライバシーが侵害されていると主張しました。原告は人格権に基づき、URL等情報の削除を求めるとともに、本件URL等情報を削除する義務が被告にはあるにもかかわらず、原告の本件URL等情報の削除を求める要請に応じず、これによって原告のプライバシーが侵害されている状態が無用に継続していると主張して、不法行為に基づき、損害賠償を求めた事例があります。

原告は2012年強姦の被疑事実により逮捕され,勾留されましたが、処分保留のまま釈放され、検察庁は原告について、嫌疑不十分として不起訴処分としました。

原告は2017年6月2日、被告に対し、原告代理人弁護士を通じて、本件URL等情報の削除を求めました。これに対して、被告が原告の主張を裏付ける資料の提出を求めたところ、原告代理人弁護士は、不起訴処分告知書(原告が不起訴処分になった理由の記載はなし)を送付しました。その後、交渉が続けられましたが、被告は同年6月23日、本件URL等情報を削除しない旨の決定をしたことを原告に連絡し、原告はこれを受けて、プライバシーが侵害されていると主張して、人格権に基づいて検索結果削除を求め、また原告が削除要請に応じないために、原告のプライバシーが侵害されている状態が無用に継続していると主張しました。そこで、不法行為に基づき慰謝料100万円、弁護士費用30万円、合計130万円の損害賠償金を求めて、裁判を提起しました。

不起訴であることの証明

「嫌疑不十分」の不起訴であることの証明としては、「不起訴処分告知書」に不起訴理由の書かれたものを取りよせることができます。特定の嫌疑事件を起訴するか、不起訴とするかは検察官が決めるものですが、不起訴となっても、被疑者に自動的に、「あなたは不起訴となりました」という不起訴処分告知書が交付されるわけではありません。不起訴処分告知書を得るためには、刑事訴訟法第259条に基づき、被疑者から検察官に請求して発行してもらう必要があります。

検察官は、事件につき公訴を提起しない処分をした場合において、被疑者の請求があるときは、速やかにその旨をこれに告げなければならない。

刑事訴訟法第259条 

一般的には、不起訴処分告知書に不起訴理由は記載されていないので、不起訴理由の書かれたものを申請する必要があります。被疑者から検察官に対する請求によって、不起訴となったことの告知を受けたとしても、検察官には不起訴の理由まで開示する義務があるわけではないのですが、不起訴処分告知請求の際に理由の開示も求めると、検察官が文書で不起訴理由を開示してくれることも多いようです。

原告と被告の主張

原告は、本件被疑事件は冤罪であって、原告は本件被疑事実を本件逮捕の時から一貫して否認しており、現に嫌疑不十分により不起訴処分を受けている。さらに、本件逮捕から7年以上が経過しており、今後本件被疑事件が起訴される可能性はほとんどない。また、原告は、著名人でもなく一般人であるから、本件逮捕等の事実がインターネット上で公開されている社会的意義は全くないし、また、本件逮捕等の事実は他人にみだりに知られたくない原告のプライバシーに属する事実であるが、実際に、原告は、職場の同僚や知人から検索結果として表示された本件逮捕等の事実について尋ねられるなどの社会生活上重大な不利益を受けており、本件URL等情報が表示され続ければ、原告の友人や子供が本件逮捕等の事実に接するおそれがあり、社会生活上の不利益は将来にわたって継続することになる、と主張しました。

これに対し、被告は、本件URL等情報の多くが、本件逮捕等の事実に加えて、原告が処分保留で釈放され、嫌疑不十分として不起訴処分となった事実も伝えているから、原告にとって本質的に不利益な事実とはいえないと主張しました。しかし、原告は、逮捕されたという事実は、それだけで犯罪を行ったと思わせるというのが現実であるし、本件URL等情報の多くも、真犯人がいることが判明し、本件被疑事件が冤罪であることまでを内容としたものではないから、原告は、本件URL等情報が表示されることによって、大きな社会生活上の不利益を被っている、と主張しています。

また、被告は、嫌疑不十分は、検察官が捜査を尽くした結果、犯罪の成立を認定すべき証拠が不十分な場合をいうにすぎず、今後起訴される可能性がなくなったわけではないし、本件逮捕から7年以上が経過しているが、強姦罪の公訴時効が10年であることからすれば、本件逮捕等の事実は現在においても公共の利害に関する事項である、とも主張しています。

裁判所の判断

裁判所は、2017年1月31日の最高裁判所決定が示した比較衡量の規範に基づいて検討し、強姦の被疑という本件事実は、一般的には、社会における正当な関心の対象であるとしました。一方で、

嫌疑不十分を理由として不起訴処分となり(略)、釈放された後一度も取調べを受けることがないまま、7年以上が経過しているのであって(略)、このような本件被疑事件の捜査経過に鑑みれば、原告が真実本件被疑事実に係る行為を行ったと認めるに足りる十分な証拠があるとは到底考え難いし、公訴時効は完成していないものの(刑事訴訟法250条2項3号)、今後本件被疑事実について起訴がされる現実的な可能性は既に事実上なくなっているということができる。

札幌地方裁判所2019年12月12日判決

としました。そこで「本件検索結果の表示を維持する必要性よりも本件事実を公表されない原告の法的利益が優越することは明らか」であるとして、被告に本件検索結果の削除を命じました。

この判断においては、本件被疑事実に係る行為が職務遂行の過程で行われたものでもなく、地位を利用して行われたものでもないことも、本件検索結果の表示を維持する社会的必要性が低い理由としてあげてあります。

なお、裁判所は、「嫌疑不十分を理由として不起訴処分となっているものの、ある者が逮捕されると、その者が当該逮捕に係る被疑事実を行ったと思われてしまうことが現実的には多い」、「本件検索結果を閲覧した者や本件検索結果を利用して本件事実が書き込まれたウェブサイトを閲覧した者が、法律上の無罪推定の原則に反して、原告が本件被疑事実を行ったという有罪の嫌疑を抱く可能性は高いといわざるを得ない」と認めています。ただ、日本においては「逮捕された」は「有罪である」とほぼ同義に受け取られているという現実があるので、これは正しい指摘といえます。

ただし、検索結果削除とともに、被告が削除要請に対して合理的な理由なく応じなかった結果、プライバシーが侵害される状態が現在も継続することとなり、これによって精神的苦痛を被っているとして、原告が求めていた損害賠償金130万円については、2017年最高裁判所決定を参照しても、事案の異なる本件において、検索結果の削除が認められるかについて、一義的な判断ができるわけではないし、原告が、交渉において、不起訴処分の理由が嫌疑不十分であることを客観的に裏付ける資料(不起訴処分理由告知書など)を提示することができていない以上、被告としても、原告が真に嫌疑不十分を理由として不起訴処分を受けたのかについての判断をすることはできなかったとして、認めませんでした。

「嫌疑不十分で不起訴」は、最高裁決定の「明らかな場合」という要件を満たしていると判断されたわけですが、「不起訴処分告知書(原告が不起訴処分になった理由の記載はなし)」では、裁判所の言う「不起訴処分の理由が嫌疑不十分であることを客観的に裏付ける資料(不起訴処分理由告知書など)」には当たらないようです。

まとめ

最高裁決定以後、裁判所では、逮捕記事・逮捕歴に関する検索結果削除は認められにくくなったとされていますが、嫌疑不十分で不起訴という場合の検索結果削除は、あくまでも比較衡量の結果ではあり、他の条件にもよりますが、認められる可能性が高いと言えます。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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