逮捕歴や前科の実名報道の法的問題点~名誉毀損やプライバシー権侵害にはならないのか?~
「有罪判決を受けた」という「逮捕された」という事実は、人が通常公開を欲しない事がらです。
前科や逮捕歴を事実を実名で報道することは、一般にその人の社会的評価を低下させるだけでなく、プライバシー侵害にもあたります。
にも関わらず、新聞やテレビでは頻繁に実名による報道を見かけますが、これは、実名自体が「公共の利害に関する事実」にあたる、あるいは、実名を公表する利益が公表しない利益よりも優越するといった理由から、名誉毀損やプライバシー侵害による不法行為は成立しないと考えられています。
以前から、一部のジャーナリストや弁護士会などは、一般人が被疑者や被告人となっている事件の犯罪報道は原則として匿名とすべきであると主張しています。では、裁判ではどのように判断されているのでしょうか。
本記事では、実名報道で被害を受けたとして、愛知県警に逮捕され不起訴となった男性が、実名で報道した新聞社3社に損害賠償を求めた訴訟の経緯を解説します。
この記事の目次
事案の概略
名古屋市で経営コンサルタント業等を目的とする会社を経営していた男性が、2010年2月10日、偽造有印私文書行使罪の被疑事実で逮捕されました。
被疑事実の概要は、その4年ほど以前に、ある女性と共謀の上、同女性が裁判所に提起した連帯保証債務請求事件を有利にしようと企て、連帯保証人欄が偽造された経営委託契約書を同女性の代理人弁護士を介して裁判所に提出して行使したというものでした。
男性は一貫して被疑事実について否認し続け、3月3日まで勾留されましたが、不起訴処分となりました。
逮捕の翌日、毎日新聞、朝日新聞、中日新聞の三社が、男性の逮捕事実を実名で報道しましたが、各記事では、男性のことを「自称コンサルタント会社役員」とし、「偽造契約書を使った男逮捕」という見出しを付け、「〇〇容疑者は『事実無根だ』と否認している」とはあるものの、「偽造契約書を使った男」等の記載がある記事を掲載しました。
これに対し、男性は、名誉を毀損され、名誉感情及びプライバシーを侵害されたとして、損害賠償等を求めて、提訴しました。
争点となったのは記事内の「自称」や「偽造、見破ったり!」などの文章表現、それに伴う実名報道の是非です。
結果から言えば、各紙で結果は分かれました。裁判所の判断と各紙どのような結果になったのか、見ていきましょう。
原告の主張
原告は、
各記事は、共謀した女性経営者も書類送検されるという事実、弁護士も偽造であったことを認めており偽造されたことが確実であるという事実、原告が経営委託契約書を名古屋地方裁判所に提出したという事実等を摘示しており、社会的評価を低下させている。
また、職業に「自称」が付された新聞記事を読めば、一般読者としては、当該職業を詐称しているという印象を受け、真実その職業に就いている者に対して「自称」と記載すれば、その者の社会的評価を低下させる。
と主張しました。また、プライバシー侵害については、
氏名、年齢、職業、住所の一部等の個人情報も報道しており、これらの情報は一般人の感受性を基準として当該私人の立場に立った場合に公開を欲しない情報であるから、プライバシーに当たり、保護されるべきである。
としました。
新聞社の主張
これに対し、中日新聞は、
記事で摘示した事実は、偽造有印私文書行使という犯罪行為をした事実でも、偽造有印私文書行使という犯罪行為をしたかのような事実でもなく、愛知県警察が原告を偽造有印私文書行使の疑いで逮捕した事実、その逮捕事実を愛知県警察が発表した事実、及び原告が逮捕容疑を否認している事実なのだから、原告の社会的評価を低下させるものとはいえない。
と主張しました。また、原告の職業について「自称」と記載した点については、
原告が明らかに犯罪行為をしているにもかかわらず反省のない悪質な人物であるとの印象を与えるものではなく、愛知県警察の発表後、警察官を取材した際に、原告の職業についてコンサルタントであることの裏付けが取れていないと回答があったことから、こうした状況を「自称」と記載したのであって、裏付けがないにもかかわらず「コンサルタント」と書くのは、実態を反映しない記述となる可能性があるから、社会通念上許される表現である。
と主張しました。そして、実名報道については、
表現の自由と、プライバシー侵害の調整は両者の必要性を比較考慮した上で、その侵害が社会生活上の受任すべき限度の範囲内かどうかを検討すべきであるとして、犯罪報道における被疑者の特定は基本的要素であり、犯罪事実自体と並んで公共の重要な関心事であって、報道内容の真実性を担保したり、捜査機関の恣意的な情報操作がないかを監視したり、匿名報道による周辺地域社会内での犯人捜しや誤った噂の流布などの無用な混乱を防止したりするという重要な意味もあることからすれば、報道内容の公共性及び公益目的が認められ、当該報道内容が真実ないし真実であると信じたことについて相当の理由があり、名誉毀損による不法行為が成立しない場合には、原則としてプライバシー侵害を根拠とする不法行為も成立しないというべきである。
と各社主張しましたが、これは、一般的な見解です。
東京地方裁判所の判断
裁判所は、中日新聞の記事記述について、
大見出しのみを見れば、「偽造、見破ったり!」、「契約書、鑑定でダメ」との記載から、単に容疑をかけられているという事実を超えて、誰かが偽造の契約書を使おうとしたが、鑑定によって偽造であることが明らかとなったという事実を断定的に記載しているように読めなくもないが、小見出しに「容疑の会社役員逮捕、否認」とあり、さらに、本文では「愛知県警察は…逮捕し、発表した」、「中署によると…疑いがある」との記載があることからすれば、一般の読者としては、警察発表を基にした記事であると読むことができ、原告が偽造有印私文書行使罪を犯したと断定的な記載がされているとまではいえず、あくまで偽造有印私文書行使の容疑で原告が逮捕された事実とそれに対する原告の弁解内容を記載したにすぎない、そうすると記事は原告の社会的評価を低下させるとはいえない。
とし、他の2紙も同様に判断して、名誉毀損は認めませんでした。また、名誉感情の侵害についても、
「偽造、見破ったり!」、「契約書、鑑定でダメ」という記載について、読者の関心を引きつけ、偽造を見破られた犯罪者であるとして原告を揶揄するニュアンスを含むように読めなくもないが、およそ誰であっても、そのような行為をされたならば到底容認することができないと感じる著しい侵害行為とまでいうことはできないから、社会通念上許される受忍限度を超えて原告の名誉感情を侵害したとまではいえず、不法行為は成立しない。
としました。そして、プライバシー侵害については、
犯罪報道のあり方に関し、日本においても実名報道の原則を見直すべきであるとの議論がされてはいるものの、なお現在においても、犯罪報道における被疑者の特定は、犯罪報道の基本的要素であって、犯罪事実自体と並んで公共の重要な関心事であり、被疑者の氏名、年齢、職業、住所の一部等の個人情報とともに、逮捕された事実を報道することは、報道内容の真実性や正確性の担保のために一般的に必要であり、これによって報道内容の真実性を担保することで、捜査機関の捜査が適正にされているかや、恣意的な情報操作がないかなどを監視し、また、周辺地域内での無用な犯人捜し等を防止する役割を果たす側面があることを否定することはできない。そうすると、原告のプライバシーに属する事実を公表する必要性は決して小さいとはいえない。
東京地方裁判所2015年9月30日判決
とし、事件の基本的な要素である被疑者の氏名、年齢、職業、住所の一部等の個人情報とともに逮捕された事実を報道した本件各記事は、これを報じる意義、必要性が、これらのプライバシーに係る情報を公表されない法的利益に優先するとして、プライバシー侵害は成立しない、としました。
なお、毎日新聞の記事については、
有印私文書偽造の被疑事実は含まれていないにもかかわらず、原告が女性と共謀して契約書を偽造し、有印私文書偽造罪でも逮捕されたという記載は、警察発表と異なっている。そして、有印私文書偽造罪と偽造有印私文書行使罪は明らかに別個の犯罪であり、単なる偽造有印私文書行使罪を犯した場合と有印私文書偽造罪を伴う偽造有印私文書行使罪を犯した場合とでは犯情が異なるものとして評価されることからすれば、原告が有印私文書偽造罪で逮捕されたという事実については、たとえ併記されている同行使罪で逮捕された事実が真実であっても、その重要な部分について真実であることの証明があったとはいえない。
として、名誉毀損と名誉感情の侵害を認め、慰謝料50万円、弁護士費用5万円、合計55万円の支払いを、命じました。
原告は、これを不服として、控訴しました。
東京高等裁判所の判断
裁判所はまず、控訴人(1審原告)の、一般の読者は断定的な表現である本件各記事の見出しの印象・影響の下に本件各記事を読むことにより、控訴人が偽造契約書を行使した犯罪者であるという断定的な印象を受けるとの主張に対し、記事の見出しは偽造が見破られたことと契約書が鑑定で否定されたことといった事実や、連帯保証人に対する金銭請求に偽造契約書が利用されたとの断片的事実を表示するに過ぎない内容であり、これらの見出しを読んだ一般の読者が受ける印象やこれによる影響はごく限定的なものであり、また、いずれの記事の本文中にも、控訴人が犯罪の嫌疑を受けている段階であること、控訴人は容疑を否認していることが記載されているのだから、上記各見出しがあることによって、一般の読者において控訴人が偽造契約書を行使した犯罪者であるなどの断定的な印象を受けるとは認められない。
として、やはり、名誉毀損は認めませんでした。また、記事中の「自称」についても、
「自称」という言葉は、裏付けがとれていない場合にも広く一般的に用いられる表現であり、本件各記事について検討すると、控訴人の住所に続けて、「自称コンサルタント会社役員」や「自称コンサルタント」と記載しているに過ぎないのであり、その前後においてことさら「実際はそうではないのに」というニュアンスを付与するような記載はない。
そうすると、一般の読者が、上記「自称」の記載から、控訴人が職業を偽っているとの印象を持つとまでは認められず、同表現がそれ自体で控訴人の社会的評価を低下させるとは認められない。
としました。控訴人は、「控訴人の氏名を記載することが、公共性、公益目的性と無関係である。」と主張しましたが、
犯罪報道における被疑者の特定は、犯罪報道の基本的要素であって、犯罪事実自体と並んで公共の重要な関心事である。
また、逮捕に係る被疑事件は、裁判の公正を妨げ、司法制度全体に対する信頼を揺るがしかねない事件であって、決して軽微な事件とはいえず、司法制度を利用する多くの国民の利害に影響を与えるものであるから、これを報道する社会的意義は大きく、したがって、本件逮捕に係る事実は、公共の利害に関する事実であり、その報道はもっぱら公益を図る目的の下に行われたものと認められる。
このような犯罪報道の記事において、被疑者の氏名、年齢、職業、住所の一部等の個人情報を、逮捕された事実と共に報道することが、いかなる場合でも許されるかという点について検討をするに、逮捕をされた被疑者については無罪の推定が及ぶということ自体は、控訴人主張のとおりであり、この点を考慮すると、各事件における被疑事実の内容、被疑者の地位や属性などの具体的事情によっては、プライバシー保護の要請が上記のような意味での公共性に勝り、被疑者段階における実名等の個人情報を含む犯罪報道が、名誉毀損あるいはプライバシーの違法な侵害に当たる場合があることは否定できない。
東京高等裁判所2016年3月9日判決
としつつも、本件逮捕の場合には、被疑事実が決して軽微とはいえず、これを報道する社会的意義も大きいと認められるので、控訴人が逮捕された被疑者の段階であり、また一般の私人であることを考慮しても、控訴人の氏名を含めて報道をすることは、公共の利害に関する事実の報道に当たるとし、プライバシー侵害も認めませんでした。
なお、毎日新聞への損害賠償金は、110万円に増額されています。
男性はこれを不服として、最高裁判所に上告しましたが、2016年9月13日、最高裁判所第三小法廷は上告を棄却し、2審東京高等裁判所判決が確定しました。
まとめ
東京高等裁判所は、プライバシー保護の要請が公共性に勝る場合には、被疑者段階における実名等の個人情報を含む犯罪報道が名誉毀損あるいはプライバシーの違法な侵害に当たる可能性があると指摘したわけですが、本件はそのケースに当たらないと判断したことになります。
ただし、いかなる場合に実名報道が違法性を帯びるのかについて、この裁判例は具体的には指摘をしていません。裁判例の蓄積が待たれるところです。
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今回紹介した判例では、結論が分かれました。名誉毀損については、高度に専門的な知識が必要な部分です。さらに放置してしまえば情報が拡散して、さらに被害が拡大することもあります。
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