上場審査に影響を及ぼす風評被害~具体例と対策を解説~
企業が自社の株式の上場を、マザーズ・JASDAQ・東京証券取引所などの各取引所に対して申請する場合、「上場審査」を受ける必要があります。
上場審査は、大きく、主幹事証券会社の引受審査部門によって行われる「引受審査」と、各取引所によって行われる「公開審査」に分かれます。
そして、こうした上場審査においては、各取引所の上場審査基準に照らした審査が行われます。その過程で、インターネット上のネガティブな情報、いわゆる風評被害が問題になります。風評被害が深刻な場合、その対策が必須です。
先に結論を述べれば、インターネット上の風評被害は、それが「風評」である限り、企業の実態ではありません。
しかし特に昨今、主幹事証券会社にネガティブな印象を与えてしまい、上場審査に影響を及ぼすことがあるため、主幹事証券会社の目は、インターネット上のレピュテーションに対しても厳しいものとなっています。
では、上場審査の構造と、どのような風評被害が審査過程で問題とされ得るのか、またどのような風評被害対策をとればいいのかについて解説を行います。
この記事の目次
上場審査基準の構造
例えば東京証券取引所の場合、上場審査基準は、まず、業務規定を受けた有価証券上場規程によって規定されます。これは、本記事執筆時点の最新版(平成30年6月1日の一部改正後の規定)では、全1606条から構成される、「業務規程第1条の3第4項の規定に基づき、有価証券の上場、上場管理、上場廃止その他上場有価証券に関して必要な事項を定める」という目的の規定であり、これを受けた有価証券上場規程施行規則が規則として制定されています。
この上場審査基準は、大きく、「形式審査」の基準と、「実質審査」の基準に分かれます。形式審査基準とは、株主数・流通株式・時価総額・事業継続年数・利益や純資産の額などを指します。これらは文字どおり「形式」的な審査基準であるため、適切な数値目標を設定し遵守していれば、これらの基準を充足することが出来ます。
実質審査基準とは
そして、企業経営の実態などを問われるのが「実質審査基準」なのですが、この実質審査基準で「風評被害」が問題となってきます。例えばマザーズの場合、下記の5項目が審査基準です。
- 企業内容、リスク情報等の開示の適切性:企業内容、リスク情報等の開示を適切に行うことができる状況にあること
- 企業経営の健全性:事業を公正かつ忠実に遂行していること
- 企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性:コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が、企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していること
- 事業計画の合理性:相応に合理的な事業計画を策定しており、当該事業計画を遂行するために必要な事業基盤を整備していること又は整備する合理的な見込みのあること
- その他公益又は投資者保護の観点から東証が必要と認める事項
また、JASDAQの場合は、下記の5つです。
- 企業の存続性:事業活動の存続に支障を来す状況にないこと
- 健全な企業統治及び有効な内部管理体制の確立:企業規模に応じた企業統治及び内部管理体制が確立し、有効に機能していること
- 企業行動の信頼性:市場を混乱させる企業行動を起こす見込みのないこと
- 企業内容等の開示の適正性:企業内容等の開示を適正に行うことができる状況にあること
- その他公益又は投資者保護の観点から東証が必要と認める事項
ガイドラインによる具体化
そして、上記のような「実質審査基準」、例えば、「企業の存続性:事業活動の存続に支障を来す状況にないこと」というものが具体的にどのような点を問うものなのかについて、「上場審査等に関するガイドライン」「新規上場ガイドライン」が策定されており、これらガイドライン内で具体化が行われています。
例えば「企業の存続性」については、
(1)新規上場申請者の企業グループの損益及び財政状態の見通しが今後の企業の存続に支障を来す状況にないこと。この場合において、次のa又はbに該当するときは、当該損益及び財政状態の見通しが企業の存続に支障を来す状況にないものとして取り扱うものとする。
[PDF]新規上場ガイドブック
a 新規上場申請者の企業グループの最近における損益及び財政状態の水準を維持することができる合理的な見込みのあるとき。
b 新規上場申請者の企業グループの損益又は財政状態が悪化している場合又は良好でない場合において、当該企業グループの損益及び財政状態の水準の今後における回復又は改善が客観的な事実に基づき見込まれるなど当該状況の改善が認められるとき
といった点が記載されており、端的に言えば、この「存続性」というものが、企業活動それ自体や収益に関する継続性をも問題とするものであることが分かります。
なお、本記事では概略的な解説を行っていますが、正確な文言や詳細な解説に関しては、日本取引所グループがサイト内で取引所・年別に公開している新規上場ガイドブックが参考になります。
上場審査基準において特に問題視されるポイント
以上のような上場審査基準を踏まえると、実質審査において特に大きな問題とされる点は、概ね下記の5要素であると言えます。
- 企業の継続性及び収益性:安定的な利益計上の可能性
- 企業経営の健全性:経営陣の公正等
- コーポレートガバナンス等:人員確保の観点など
- 開示の適正性:財政等の開示
- 公益・投資者保護:経営活動や業績に影響の与える紛争の有無
そして、インターネット上のネガティブな情報、いわゆる風評被害の存在は、下記のような意味で、上記の各ポイントに関わります。
例1:迷惑電話評判等
営業力の強い企業が上場準備開始前などにいわゆる電話営業を行っていた場合、当時のネガティブな情報が、いわゆる迷惑電話データベースや匿名掲示板等に残っているケースがあります。特に多いのは、下記のようなケースです。
- 上場準備開始前に、いわゆる一括資料請求系のサイトを利用していた
- 一括資料請求によって自社の資料の請求を受けた場合、サイト側から開示される顧客電話番号に対して架電を行っていた
- しかし一括資料請求系サイトのユーザーの中には、ポイントなど目的で「どの会社に対して資料請求を行ったか」を覚えておらず、電話がかかってくると「どこかから名簿が漏れて電話がかかってきたに違いない」と考えてしまう者もいる
- そうした者が「この企業は迷惑電話をかけている」といった投稿をインターネット上に行い、それが残っている。
こうした投稿が存在すると、当該企業の収益構造は「迷惑電話」という違法・社会的に非難されるべき手段に支えられており、その継続性が疑わしいといった評価を受ける可能性があります。
上記のようなケースでは、「迷惑電話」といったネガティブな評判を受け入れなければならないと断言は出来ません。弁護士によるデータベースサイトとの交渉等で、ネガティブ投稿を削除できる可能性があります。
例2:反社会的勢力との関係等
創業期から現在までの役員などの一部について、反社会的勢力との繋がりがあるのではないかといったネガティブな情報が存在することは、企業経営の健全性という面から厳しい目を向けられる事象です。そうした反社会的勢力との関与が事実無根なのであれば、弁護士に依頼を行い、そうしたネガティブな情報を削除することが極めて重要です。
なお、こうした情報は、必ずしも断定的に記載されるものではなく、「疑惑」といった形でネット上に投稿されるケースが多いと言えます。
しかし、「断定的な記載でなければ削除できない」とも言えません。
例3:ブラック企業評判
労働法規違反などのいわゆるブラック企業評判が存在することは、人員確保の観点からも、コーポレートガバナンス等の点で重大な問題とされるケースが多いと言えます。その他、具体的には、
労働組合の状況について
労働組合との争議などにより、申請会社の企業グループとしての事業運営が著しく滞るような状況にないかどうか。
といった点も問われます。
ブラック企業評判は、匿名掲示板などに記載されるケース、転職関連レビューサイト等に記載されるケースがありますが、いずれも、弁護士による裁判外交渉や裁判所手続などで削除し得るものです。
例4:粉飾の疑い
過去の決算に関する不適切な処理、粉飾などの疑いがあるといった評判は、開示の適正性との関係で問題となり得ます。
「過去に違法行為を行った」という意味内容の投稿は、少なくともそうした事実がない場合は端的に名誉毀損と言えるケースが多いため、風評被害対策が必要です。
例5:問題ある販売行為
例えばサプリメントなどに関して薬機法違反の販売行為を行っていた、といったネガティブな投稿は、そうした販売行為に関わる返金請求訴訟などが今後提起される可能性を示唆するものであるため、経営活動や業績に影響の与える紛争の有無に関わり、公益・投資者保護の観点からも問題視されます。
薬機法違反に限らず、「詐欺」「騙された」といったように、顧客側から不満・不正・違法を訴えるような投稿が存在する場合、弁護士に相談し、そうした投稿を削除できないか検討すべきであると言えるでしょう。
まとめ
以上5つの事例はあくまで例ですが、インターネット上の風評被害は、上場審査基準との関係で、上記のように様々なポイントで問題視されます。
特に昨今、主幹事証券会社による引受審査は、厳格化が進んでいます。上場直後などに不祥事が発生してしまうと、引受審査を担当した証券会社の引受審査部門の責任問題になりかねないため、引受前の段階で不祥事の発生可能性を厳格に審査し、上場承認後に、迷惑電話問題・反社会的勢力との関係の判明・労働問題・不適切な会計処理の判明・返金請求訴訟や消費生活センターの介入などが発生する可能性があるのであれば引受を行わない、といった姿勢になりやすい構造となっていると言えるでしょう。
インターネット上の風評被害は、それが「風評」である限り、本来的に企業の「実態」ではありませんが、主幹事証券会社にネガティブな反応を受けないためという意味でも、対策が必要でしょう。今回例示した「迷惑電話」や「ブラック企業」などのネット上の情報は「風評」である限り消去することが可能です。専門知識を有する弁護士にすぐにご相談するのがおすすめです。
カテゴリー: 風評被害対策