チャット機能やメルマガ機能を有するSaaSサービスと電気通信事業法の関係
以前は、ソフトウェアはCD-ROMなどのパッケージ販売が主流でしたが、最近はソフトウェアをクラウドサービスとして提供するSaaS(Software as a Service)が急速に普及しています。
SaaSであれば、これらを利用するクライアントは、必要なときに必要な範囲のソフトウェアを手軽に利用することができます。
また、パソコンにソフトウェアをインストールする必要がないことから、インターネット環境さえ用意できればオフィス以外の場所で別の端末からクラウド上のデータにアクセスすることも容易です。
このため、特に外出先から利用することの多いクラウド営業支援ツールなどはSaaSとして提供される事例が目立ちます。もっとも、SaaSの中にチャット機能やメルマガ機能などのコミュニケーションツールが組み込まれている場合には、電気通信事業法の適用を受ける可能性があります。
そこで、クラウド営業支援ツールを開発・販売する事業者に向けて、電気通信事業法上の登録又は届出が必要となるのはどのような場合であるか解説します。
この記事の目次
電気通信事業法の概要
電気通信事業法は昭和60年4月に施行された法律で、旧電電公社の民営化(NTTの設立)により電気通信事業に競争原理が導入されたことに伴い、電気通信事業を規律するために作られた法律です。通信の秘密の保護や重要な通信の確保などを目的とした法律です。
電気通信事業法では、「電気通信事業」(法2条4号)に該当する事業を営もうとする者は、登録(法9条)又は届出(法16条1項)を行い、「電気通信事業者」となる必要があることを定めています。
このため、SaaSとして提供されるクラウド支援ツールの提供が電気通信事業法の適用を受けるかを判断するためには、「電気通信事業」にあたるかを検討する必要があります。
「電気通信事業」とは
「電気通信事業」とは、「電気通信役務を他⼈の需要に応ずるために提供する事業(放送法(昭和25年法律第132 号)第118 条第1項に規定する放送局設備供給役務に係る事業を除く。)」(法第2条第4号)をいいます。
したがって、電気通信事業法の適用を受けるかについては、以下の2つの要件に該当するかを検討する必要があります。
- 電気通信役務を他人の需要に応ずるために提供しているか(要件1)
- 事業であるか(要件2)
「電気通信役務」とは(要件1)
「電気通信事業」の定義の中にある「電気通信役務」とは、「電気通信設備を⽤いて他⼈の通信を媒介し、その他電気通信設備を他⼈の通信の⽤に供すること」(法第2条第3号)をいいます。
ここでいう、「他⼈」とは、⾃⼰以外の社会通念上独⽴の⼈格を有すると考えられる者をいいます。例えば、法⼈Aが法⼈Bの⼦会社という関係にある場合でも、別法⼈であれば、法⼈Aと法⼈Bは「他⼈」と判断されることになります。
また、「他⼈の通信」とは、⾃⼰の通信以外の通信であり、⾃⼰と他⼈との間の通信も含まれます。例えば、Aが設置する電気通信設備を⽤いてAとBとの間で通信をする場合は、Aはその設備を他⼈であるBの通信の⽤に供していると判断されます。
電気通信役務を「他人の需要」に応ずるために提供しているか(要件1)
電気通信役務を「⾃⼰の需要」のために提供している場合には、要件1に該当しないことになります。これに対して、「他人」に対してサービスを提供しているような場合には、「他人の需要」に応ずるために電気通信役務を提供していることとなります。
「他人」といえるかは、上で説明したとおり法人格が別であるか否かによって判断されます。
「事業」であるか(要件2)
「事業」とは、主体的・積極的意思、⽬的をもって同種の⾏為を反復継続的に遂⾏することをいいます。したがって、以下のようなケースでは「事業」に該当しないと考えられています。
- ⾮常事態時に緊急・臨時的に行うこと
- ⼀時的に行うこと
- 提供者が利⽤者の法的権利に応えて行うこと
また、電気通信役務以外のサービスに付随して電気通信役務の提供を行うことは「事業」に含みません。ただし、付随したものといえるかは電気通信役務の提供が独⽴した事業として把握できるか否かを踏まえて実質的に判断されます。
電気通信事業法の適用除外
上記の要件1及び要件2を満たし、「電気通信事業」に該当する場合でも、法第 164 条第1項第1号〜3号に該当する場合には、電気通信事業法が適用されず、登録又は届出が不要とされています。具体的には、以下のとおりです。
第164条
この法律の規定は、次に掲げる電気通信事業については、適用しない。
1.専ら一の者に電気通信役務(当該一の者が電気通信事業者であるときは、当該一の者の電気通信事業の用に供する電気通信役務を除く。)を提供する電気通信事業
2.その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(これに準ずる区域内を含む。)又は同一の建物内である電気通信設備その他総務省令で定める基準に満たない規模の電気通信設備により電気通信役務を提供する電気通信事業
3.電気通信設備を用いて他人の通信を媒介する電気通信役務以外の電気通信役務(ドメイン名電気通信役務を除く。)を電気通信回線設備を設置することなく提供する電気通信事業
電気通信事業法
このうち、法164条3号における「他人の通信を媒介」とは、他⼈の依頼を受けて、情報をその内容を変更することなく、伝送・交換し、隔地者間の通信を取次、⼜は仲介してそれを完成させることをいいます。
クラウド営業支援ツールの機能ごとの検討
以上の電気通信事業法の解釈を前提として、具体的な事例を検討します。ここでは、クラウド営業支援ツールの機能としてよく利用されるコメント機能とメルマガ機能について、電気通信事業法の適用を受けるかを考えてみたいと思います。
コメント機能は電気通信事業法の適用を受けるか
クラウド営業支援ツールを提供する事業者が、サービスを実際に利用する者と異なる場合には、サービスを導入するクライアント企業は「他人」にあたります。したがって、このようなケースでは、コメント機能を搭載したクラウド営業支援ツールの提供は「他人の通信の用に供している」といえ、「電気通信役務」に該当することとなります。
また、自社の通常のビジネスとしてSaaSを他人に提供して対価を受け取っている以上は、「事業」に該当することにはそれほど争いがないでしょう。
したがってSaaSによるクラウド営業支援ツールにコメント機能が搭載されている場合には、基本的には「電気通信事業」にあたることになります。
ただし、コメント機能において、コメントできる「ユーザー」がサービスを導入した企業の内部の者に限定されている場合(営業先の担当者など外部の者とのやり取りは行わない場合)には、「他人の通信を媒介する」とはいえませんので、適用除外(第3号)にあたる可能性があります。
メルマガ機能は電気通信事業法の適用を受けるか
一般的に、メルマガ機能が主体となるサービスのオプション機能としての位置付けであり、主体となるサービスに付随して電気通信役務の提供を行っているにすぎない場合には、「事業」であるとはいえず、登録又は届出不要といえる余地があります。
「事業」に該当しない例としては、メルマガの事例ではありませんが、ホテルの宿泊サービスの⼀環として提供される電話やインターネットサービス等があります。これらが「事業」にあたらない理由は、あくまでホテル事業自体が「電気通信事業」ではなく、それに付随するサービスであることによります。
したがって、メルマガ機能を除くサービスがそもそも「電気通信役務」に該当せず、メルマガ機能が当該サービスに付随するものであるといえるケースであれば、「事業」に該当せず、届出又は登録が不要である可能性があります。
もっとも、メルマガ機能を除くサービス自体が「登録又は届出を要しない電気通信事業」に該当する可能性があるケースでは、メルマガ機能を付随するサービスと位置付けることができず、「事業」に該当することがあります。この場合には、電気通信事業法の適用を受けることとなります。
まとめ
IT分野はもともと金融業界や不動産業界などと比べると厳しい法規制が存在しない業界でした。このような背景もあってか、SaaSサービスの提供において電気通信事業法の届出又は登録が必要になることがあること自体を認識していない事業者は意外と存在します。
しかし、従来型のオフラインで使用するソフトウェアであればともかく、クラウドサービスを提供する場合には基本的に電気通信事業法の検討をすべき場合が多いでしょう。
電気通信事業法に違反した場合には、刑事罰が適用されることもありますのでクラウドサービスの提供を検討する企業は事前に法の適用について十分に確認をすることが大切です。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務