経営者や医者、教授などの「準公人」のプライバシー権を解説
「公人」とは、国会議員、地方自治体の長、議員その他要職につく公務員などを指しますが、公人に対する事実に基づいた批判は国民の知る権利に資するため、名誉毀損の除外対象となります。
一方、私人であっても社会的に一定の影響力を持つ人、経営者や医者や大学教授等に対する批判は事実の公共性の要件を満たす場合があり、こうした人々を公人に準ずるという意味で「準公人」や「みなし公人」と呼ぶことがあります。
準公人に対するプライバシー権侵害はどのように取り扱われているのかを解説します。
この記事の目次
準公人のプライバシー
いわゆる「著名人」については、その私生活の一部も社会の正当な関心事とされ得ること、またそのような職業を選びまた著名となる過程で一定の限度でプライバシーを放棄していると理解されることから、その人が著名となった分野に関連する情報については、その公開が違法でないとされることがあります。
公人及び準公人についても、プライバシー権侵害においては、私生活上の事実であっても、その適否、資質の判断材料として提供された場合において、表現の内容及び方法がその目的に照らし不当でないときには、違法性がないとされてきました。
準公人のプライバシー権侵害と職業上の行為
問題となった事案は医師に対する名誉毀損です。医師の診察時のセクハラ行為について患者が提訴しました。それに伴って、訴訟代理人の弁護士が会見で訴状の写しを司法記者クラブに配布し、その訴訟提起について実名で報じました。その後、セクハラ提訴については患者の敗訴(医師の勝訴)が決定したものの、医師が名誉毀損及びプライバシー侵害として、弁護士及び新聞社に損害賠償を請求した事例があります。以下、事例を詳細に解説していきましょう。
訴訟の経緯
出生後男性として養育されていたが、思春期のころから女性としての身体的特徴が発現し、成人に達する前から女性としての生活を送るようになっていた患者が、膣形成手術の相談のために埼玉医大総合医療センターの形成外科で、性同一性障害者に対する医療分野における先駆的立場にある医師の診断を受けました。
その診療時に医師から患者に対して深刻なセクハラ行為があったと主張。患者は不法行為に基づく損害賠償を提訴しました。
この訴訟を知った報道機関各社からの問い合わせに対し、訴訟代理人の弁護士は、業務を中断しながら個別に不十分な説明をするよりも、準備した上で統一した説明をしたいと考え、記者会見を行って訴状の写しを配布し、患者の主張と医師の名前と住所を発表し、新聞がこれを報道しました。
このセクハラ訴訟では「患者の供述は不自然で、セクハラ行為が真実とは認められない」として提訴者の敗訴(医師の勝訴)となりました。ですが、その後に、医師が名誉毀損及びプライバシー侵害として、新聞社に損害賠償を求め、提訴しました。結論から先に言えば、裁判所は原告(医師側)の請求を棄却しました。
裁判所の判断
裁判所はまず名誉毀損につき、
記者会見は訴えを提起した事実とその請求原因事実を摘示したにとどまるものとし、司法記者を相手に事実を説明したにすぎず、直接これに接した司法記者との関係では前提事件の被告である医師の名誉を毀損するものではない
としました。
新聞報道については、
医師が診察上のセクハラ及び名誉毀損等を理由として民事訴訟を提起されたとの事実に接した一般国民は、患者がセクハラと受け取るような何らかの行為があったのかもしれないと考える可能性があり、特に現代では診察上のセクハラが破廉恥行為に当たるとの社会通念が形成されつつあるから、摘示されたセクハラ等を理由として患者が事件を提訴した事実自体は、その限度で医師の社会的評価を低下させその名誉を毀損するものといえる
としつつも、医科大学教授の職にあり、性同一性障害者に対する医療分野における先駆者的立場にある医師であるので、本件記者会見や報道の目的は公益を図ることにあったとして、名誉毀損を認めませんでした。
また、
医科大学教授の大学病院での診察中の行為という高度の専門的職業にある者の職業上の行為が問題とされているのであり、医師の社会的活動、社会に向けての発言に関わる事柄であり、個人の私的領域に属する事柄ということはできない
とし、
原告の氏名も 行為の主体を特定する事柄であり…プライバシーとして保護されるべき事柄ではない
東京高等裁判所2006年8月31日判決
として、プライバシー権侵害も認めませんでした。
専門職にある者の職業上の行為が問題とされている場合には、訴訟内容や住所は個人の私的領域に属する事柄とはならず、プライバシーの保護対象とならないという判断です。
投稿による準公人のプライバシー権侵害
「爆サイ.com」に投稿された書き込みにより名誉を毀損され、プライバシーを侵害されたと主張して、歯科医師が経由プロバイダに発信者情報開示を請求した事例があります。この事案では名誉毀損だけでなく、プライバシー侵害も認められました。
訴訟の経緯
「爆サイ.com」の「関東版」「高崎市雑談」の「△△」というスレッドに、
「○○のX先生」が「□□で不倫ざんまい」
との記事が投稿されました。
これにつき、原告は、
「○○のX先生」とは、高崎市に隣接する「○○市」の「X」という名前の「医師」又は「歯科医」を指していることは疑いようがない。そして、○○市には、「X」という名前の医師又は歯科医師は、原告以外にいないことからすれば、本件書き込みの「X先生」という表示が、原告を指すものであることは明らかであり、本件書き込みは原告が不倫ざんまいであるとの事実を摘示し、これを閲覧した者に対し、原告が不倫行為を日常的に行っているかのような印象を与え、その社会的評価を低下させるとともに、原告の私生活に関するプライバシーを侵害するものであることは明らかである
として、発信者情報開示を請求しました。
これに対し、経由プロバイダは、
原告が歯科病院の院長という一定の社会的地位を有することからすれば、その私生活に関する事項についての書き込みに公共性及び公益目的がないとはいえないので、本件では、違法性阻却事由(違法性が否定される事情)が存在する可能性を否定できない
とし、「権利が侵害されたことが明らか」であるとは認められないとしました。
裁判所の判断
裁判所は、プライバシーの侵害を認めました。理由は下記の通りで、
本件書き込みの「○○のX先生」という表示は原告を指しているものと理解され、高崎市内に「□□村」と呼ばれる飲み屋街が実際に存在することより、本件書き込みの「□□で不倫ざんまい」との記載は一般人の普通の注意と読み方によれば、原告が高崎市内の□□村でしばしば不倫をしていること、又は、不倫の相手と□□村に行っているという事実を摘示するものであるので、本件書き込みは原告の名誉を毀損するものであり、私生活に関するプライバシーを侵害するものであることは明らかである
としました。また、
原告が歯科医院の院長であり、一定の社会的地位を有するとしても、同人が不倫をしているという事実と歯科医としての技術又は歯科医院における治療等とは何ら関係がないから、本件書き込みに記載されている事実について公共性があると認めるのは困難である
本件書き込みの内容の真実性及びそれが真実であると信じたことについての相当な理由があるとも認められない
東京地方裁判所2015年3月20日判決
として、経由プロバイダに、発信者の情報開示を命じました。
原告が準公人であったとしても、投稿により適示された事実と歯科医としての技術又は歯科医院における治療等とが何ら関係がない場合には、名誉毀損だけでなく、プライバシー権侵害も認められるという判断です。
なお、この事案は歯科医院の院長の不倫に関する事案ですが、経営者の不倫に関する裁判例については、以下の記事でまとめています。
まとめ
準公人については、私生活上の事実であっても、表現の内容及び方法がその目的に照らし不当でないときに限りますが、プライバシー権の侵害とみなされない場合があります。
このプライバシー権侵害が認められるか否かの判断は難しい場合が多いので、経験豊かな弁護士にご相談ください。
カテゴリー: 風評被害対策