2019年のネット上の名誉毀損とプライバシー侵害の裁判例を解説
誹謗中傷やなりすまし等、それらに伴う名誉毀損とプライバシーの侵害は2019年も減る気配は見えません。2010年代の傾向としては、雑誌の数、新聞等の発行部数の減少に伴い、ネット上での名誉毀損が増えてきていることです。2019年におけるネットに係る裁判例の中で、名誉毀損、プライバシーの侵害に関するもののいくつかを取り上げ、概観してみたいと思います。どのような行為が問題とされ、どのような判決が出されているのか、最新の傾向を見ることができるでしょう。
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この記事の目次
男性モデルのInstagramなりすまし
Instagramでモデル男性になりすました偽アカウントにつき、裁判所は、Facebook社に投稿者の情報を開示するよう命じる仮処分決定を出しました。男性は2014年にInstagramでアカウントを開設して投稿を行ってきましたが、氏名と顔写真をかたった偽アカウントが乱立し、このうち3件について、発信者の情報開示を求めていました。男性は裁判で、偽アカウントによってSNS上でどれが正規アカウントなのか判別できない状況となり、
「他人になりすまされない権利(アイデンティティー権)が侵害された」として、プライバシーの侵害を訴えていました。(東京地方裁判所2019年1月17日判決)
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女性の個人情報書き込み
ネット掲示板に個人情報を書き込まれ精神的に苦痛を受けたとして、元風俗店従業員の20代女性が、投稿した男性に損害賠償を求めた訴訟の判決がありました。元客である男性は、ネット掲示板に女性が当時勤務していた風俗店名や非公開の実名を書き込み、「地獄見せたるわ」などと投稿しました。
被告は口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかったので、プライバシーの侵害を自白したものとみなされ、裁判所は発信者情報開示・投稿削除に要した費用22万6280円、引っ越し代3万2400円、仕事に行けず収入がなくなったことによる減収176万4000円、精神的損害50万円、弁護士費用25万2200円、合計277万4880円の支払いを命じました。(仙台地方裁判所2019年4月12日判決)
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教授への「阿呆方珍獣」メール
パワハラ行為を問われた大学の男性教授が、同僚の教員が回覧したメール中で「阿呆方珍獣」と言われたなどとして、大学と教員ら5人に慰謝料などを求めた訴訟で、裁判所は、男性教授に関して職員に対するパワハラ行為と授業について学生からの不満、相談があったとする同僚宛のメールについては、パワハラ行為はプライバシーに該当する事項ではなく、また相談された情報は真実であるから名誉毀損も成立しないとしました。
しかし、メールのうちの1通については、名誉毀損を認め、一審の高松地方裁判所が認定した11万円の賠償額を、77万円に増やしました。
判旨では、
「その内容は、控訴人の教育内容とは全く関係がないことに加え、控訴人を『阿呆方珍獣』などと称して、控訴人が女性の太ももをさすりまくっていたとし、写真を添付しているものであるところ、その表現内容及び態様は控訴人を著しく侮辱するものであるとともにその名誉を侵害する行為であるが、当該事実は明らかに職務と無関係な私的行為に関する事実であるし、控訴人が上記摘示した事実に当たる行為をしたことやこれに関する写真を添付した行為が控訴人に対する処分や処遇決定に何らかの意味を有していたとも認められず、当該メールの表現を見ても、単なる控訴人に対する人格攻撃あるいは中傷目的で行われたものであると認められるから、公共の利害に関する事実であるとか、公益目的で行われたものとは認められない。」
高松高等裁判所2019年4月19日判決
としています。
教員「病休」とのウェブサイト公表
過重労働でうつ病を発症して約1年間病気休職となったなどとして、県立高校の50代男性教員が県に損害賠償を求めた訴訟の判決で、佐賀地方裁判所は過重労働を認めず請求を棄却し、また校長がストレスによる原告の健康状態の変化を認識し又は予見することができたとは認められないからとして、原告に対する安全配慮義務違反は認めませんでした。
一方、学校だよりに教員の病気休暇を記載しウェブサイト上でも閲覧可能にしたことにつきプライバシーの侵害を認めましたが、原告の病気休暇が公表されたものの病気の詳細は明らかにされておらず、学校だよりの配布先は当時の生徒であり、ウェブサイトに掲載されたのは5か月弱であって、学校のウェブサイトを閲覧する者の多くは生徒、保護者、教職員などの学校関係者であるのが通常である、という事情を踏まえて、慰謝料は10万円としました。( 佐賀地方裁判所 2019年4月26日判決)
人権団体代表への中傷、二審も違法
人権団体の代表が、沖縄の基地反対運動などを巡り、ツイッターで中傷されたとしてフリージャーナリスト男性を名誉毀損の罪で訴えた裁判の控訴審判決で、同ジャーナリストによる名誉毀損を認めた一審判決に対する原告、被告の各控訴が棄却されました。
判決は「投稿は原告の社会的評価を低下させるもので,違法性は阻却されない」と名誉毀損を認め、一審と同じ55万円の賠償を命じました。
同ジャーナリストはツイッターで同代表について「北朝鮮等の工作員」「テロリスト」「スリーパーセル(潜伏工作員)」などと書き込んでいたのですが、
裁判所は、
「被告の経歴を踏まえても、本件一連の投稿の内容自体において摘示事実の真実性に係る根拠の薄弱さは明らかであり、それがツイッター上の発言であることからも、摘示事実についてツイッターを閲覧した者のうちこれを真実と受け止めなかった者も相当数存在するであろうことがうかがわれる」
東京高等裁判所2019年6月20日判決
とし、被告に対し、手厳しい判決となりました。
検索サイトでの検索結果削除求めた原告の上告を棄却
Googleで会社名を検索すると「詐欺」などと表示され名誉が傷つけられたとして、インターネット関連会社が検索結果242件の削除を求めた訴訟の上告審で、最高裁判所は原告の会社側の上告を棄却する決定をしました。
原告の会社側は、会社や社長の名前を検索画面に入力すると「詐欺師」「だまされた」との結果が表示され、社会的評価が低下すると主張しましたが、1審の東京地方裁判所は2018年1月、
「検索結果が真実でない証拠がない」
として会社側の削除請求を退け、2審の東京高等裁判所も同年8月、会社側の控訴を棄却していました。(最高裁2019年7月16日決定)
Twitterに削除命令
原告男性は約7年前、旅館の女湯の脱衣所に侵入し、建造物侵入罪で仙台簡易裁判所に公訴を提起され、裁判所は罰金10万円に処する旨の略式命令をし、男性は同罰金を納付しました。Twitterの検索でこの逮捕歴が表示され、人格権を侵害されたなどとして、男性が削除を求めた訴訟の判決で、東京地方裁判所はプライバシーの侵害を認め、ツイートを削除するよう命じました。
Twitterで原告氏名を入力して検索した場合、検索結果としてこの逮捕歴が表示され閲覧することが可能な状態にあり、ただGoogleで原告の氏名を入力して検索した場合には、検索結果として表示されませんでした。
裁判所は、
Twitter自体はネット上のウェブサイトの一つにすぎず、Google等の検索事業者による検索結果の提供のように、ネットを利用する者にとって必要不可欠な情報流通の基盤となっているとまではいえないし、逮捕から約7年が過ぎ、当時大きく取り上げられた事件でもないなどから、公益性は低い
と指摘しました。そして、男性の新生活の平穏や更生が妨げられないよう保護されるべきだとして、
「Twitterの伝達される範囲は限られるとしても、公表されない場合の利益が優越する」
東京地方裁判所2019年10月11日判決
と、判断しました。
女性タレントの母親の名誉を毀損したとして、投稿者の発信者情報開示を命令
子役出身で舞台俳優である女性タレントの母親が、Twitterで虚偽の内容を投稿され名誉を傷つけられたとして、投稿者の発信者情報を開示するよう求めた訴訟の判決で、裁判所は、経由プロバイダに発信者情報開示を命じました。
女性タレントは子供の頃から、Twitterにおけるいじめに関する発言等で知られており、新聞や雑誌等に引用されることも多く、著書もあるのですが、あまりの論理力や文章力の高さに、一部から反発を買い、「母親がなりすまして投稿しているのではないか」と誹謗中傷されることが長期間続いていました。この中で、2018年10月Twitterで「彼女の両親自体が失敗作」等とする投稿をされ、
裁判所は、
「母親の社会的評価を低下させることは明らかで、根拠も全く示されていない」として、母親には名誉毀損に対する損害賠償請求のために投稿者情報開示を求める理由があると判断しました。
東京地方裁判所2019年11月1日判決
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京都アニメーション放火殺人事件に絡み、発信者情報開示を命令
京都アニメーションの放火殺人事件に絡み、発信者がネット上の複数の投稿を編集し、NHKディレクターの実名をあげて、「なぜ放火犯の遺留品を回収したのか」とするタイトルを付けたまとめ記事を、事件の8日後に公開しました。記事の中では「警察よりも早く、事件の犯人の遺留品を回収するNHK取材クルー」「N〇Kの依頼殺人じゃね?」「NHK共犯説唱えられても仕方ないぞ」などの投稿が掲載されました。
裁判所は、
「原告の職員が本件放火事件の遺留品を回収したとの事実を適示して、これを閲覧する一般の閲覧者に対して、原告又は原告の職員が本件放火事件に関与しており、その関与を隠蔽するために、警察よりも前に犯人の残した遺留品を回収したとの印象を与えるものであるから、原告の社会的評価を低下させる表現行為であり、これが流通したことにより原告の名誉ないし信用が侵害されたことが明らかというべきである」
とし、
投稿の大部分は元サイトに掲載された投稿であり、発信者が自ら一次的に行った表現行為ではないが、本件投稿の発信者は自ら新たにタイトルを付して添付する画像を選択し、元サイトに掲載された多数の投稿の中から投稿に掲載するものを選択、編集しており、その結果として、閲覧者に対して上記のような印象を与えるものとなっているのだから、発信者は、投稿が元サイトに掲載された投稿を再編集したものであることを理由に投稿による原告の損害の賠償義務を免れるものではないとし、投稿により原告の名誉ないし信用が侵害されたことが明らかであるから、原告が本件投稿の発信者に対する損害賠償請求等を行うために、被告に対して本件発信者情報の開示を求めることには正当な理由が認められる
大阪地方裁判所2019年12月3日判決
として、サイトのサーバー管理会社に発信者情報開示を命じました。
逮捕歴の検索結果の削除をGoogleに命じる
Googleで自身の逮捕歴が表示されるのはプライバシーの侵害だとして、7年前の事件で不起訴となった男性が米グーグル社に検索結果の削除を求めた訴訟の判決で、裁判所は原告側の訴えを認め、検索結果の削除を命じました。
原告男性は、当時住んでいた北海道で女性に性的暴行を加えたとして、強姦(現・強制性交)容疑で北海道警に逮捕され、その後嫌疑不十分で不起訴となりましたが、Googleで検索すると逮捕記事が表示されるとして、検索結果の削除を求めて提訴しました。
原告は、本件被疑事実を本件逮捕の時から一貫して否認しており現に嫌疑不十分により不起訴処分を受けている、さらに逮捕から7年以上が経過していることからすれば、今後本件被疑事件が起訴される可能性はほとんどない、と主張しました。
裁判所は、
嫌疑不十分を理由に不起訴処分となり裁判を受けることもなかったし、釈放された後一度も取調べを受けることがないまま7年以上が経過しており、公訴時効は完成していないものの(刑事訴訟法250条2項3号)、今後本件被疑事実について起訴される現実的な可能性は事実上なくなっており、本件検索結果の表示を維持する社会的必要性は低い
として、
「本件検索結果の表示を維持する必要性よりも本件事実を公表されない原告の法的利益が優越することは明らかであるから、被告は、本件検索結果を削除すべきであるということが認められる。」
札幌地方裁判所2019年12月12日判決
として、米グーグル社に検索結果の削除を命じました。
まとめ
ここで取り上げた事例以外にも、2019年には多くのネット上の名誉毀損、プライバシーの侵害に係る裁判がありました。12月の「逮捕歴の検索結果の削除をGoogleに命じる」のように、新しい動きも見られた1年でした。
ネット上の名誉毀損、プライバシーの侵害は今後、ますます増加することでしょう。名誉毀損、プライバシーの侵害の問題を抱えることになったら、被害が拡大しない早いうちに、経験豊かな弁護士にご相談ください。
カテゴリー: 風評被害対策