モナコ公国における不動産購入に関わる法制度

モナコの不動産市場は、限られた国土と高い需要に支えられ、長期的な資本増価を期待できる投資機会として知られています。また、個人所得税や固定資産税が存在しないという独自の税制は、日本の税法とは大きく異なります。
本記事では、モナコでの不動産購入および所有に関する法制度の概要から、日本人を含む外国人が不動産を購入する際の具体的な手続、費用、税制、そして日本の法制度との重要な相違点について解説します。
この記事の目次
モナコにおける外国人による不動産購入の基本原則
モナコ公国では、不動産の購入に関して国籍による特定の制限は設けられていません。日本人を含む外国人も、モナコの居住者であるか否かにかかわらず、原則として自由に不動産を購入することが認められています。ただし、宮殿近隣に位置する特定の物件については、例外的に購入制限が適用される可能性があります。
また、モナコでの不動産取得は、モナコの居住許可(Carte de Séjour)を取得するための主要な要件の一つとなります。このため、不動産投資は、単なる資産運用の手段でなく、モナコの有利な法的・税制環境へのアクセスを獲得するための手段としても機能します。モナコの金融機関は国際的な顧客との取引経験が豊富であり、不動産購入のための資金調達も比較的円滑に進められるとされています。
このような開放政策と安定した法的・税制環境の組み合わせが、国際資本を継続的に誘致し、不動産市場の流動性と高い価値を維持する基盤となっています。日本人投資家にとっても、投資政策が変動しやすい他の国の市場と比較して、より安定的な資産形成を期待できると言えるでしょう。
モナコにおける不動産購入プロセスと関連費用

モナコにおける不動産購入プロセスは、通常、書面による購入申込から始まります。この申込書には、売主からの回答期限が明記されており、売主が申込を承諾すると、買主と売主双方に法的拘束力を持つ仮契約が締結されます。仮契約の締結時には、通常、購入価格の10%に相当する手付金が、公証人によって管理されるエスクロー口座に預託されます。公証人は、この段階で物件に対するデューデリジェンス(適正評価手続き)を実施し、法的な問題がないことを確認します。最終的な所有権の移転は、公証人の立会いのもとでの最終売買契約の署名と、購入代金、公証人手数料、不動産仲介手数料などの諸費用の全額支払によって完了し、これにより物件の所有権が法的に買主に移転します。この一連のプロセスは、通常3〜4ヶ月程度の期間を要するとされています。
公証人の役割
モナコにおける公証人(Notaire)は、不動産取引において日本の司法書士や弁護士とは異なる、中心的な役割を担う公的機関です。公証人は、法的文書の作成、その真正性の証明、そして保管を法的に委託されており、彼らが作成するすべての行為(合法化、認証、真正証書)においてその責任が問われます。彼らの役割は、取引の法的安全性を保証し、すべての法的義務が遵守されていることを確認することで、買主と売主双方の利益を保護することにあります。具体的には、取引当事者の身元確認、物件の権利証の確認、過去の所有履歴の調査、抵当権などの負担の有無の確認といった重要なデューデリジェンスを行います。さらに、仮売買契約書の作成から最終的な真正証書の作成までを監督し、取引の有効性と登録に必要なすべての手続きを管理します。
モナコには公証人事務所が3つしか存在せず、この公証人の集中的かつ強固な役割が、モナコでの不動産取引に高い法的安全性をもたらしています。日本人投資家にとっては、法的手続の複雑さが軽減され、取引の健全性を信頼できる公的機関が保証してくれるため、デューデリジェンスの負担が軽減される可能性があります。また、公証人の数が限られているため、取引を円滑に進めるためには、早い段階で公証人を確保することが重要であると考えられます。
購入関連費用
モナコで不動産を購入する際には、物件価格に加えて、いくつかの関連費用が発生します。これらの費用は、取得方法や買主の法人形態によって税率が変動するため、事前に詳細な確認が必要です。
- 登録税(Transfer Tax)
- 個人またはモナコに登録された「透明な」民事会社(Société Civile Immobilière, SCI)の場合は4.75%、「非透明な」オフショアまたは外国会社による取得の場合は10%です。この詳細は後述します。
- 新築物件、オフプラン物件、または建設中の物件を個人またはモナコSCIが取得する場合は、登録税1%です。
- 不動産を所有するモナコ会社の株式取得の場合も、同様の登録税が必要です。
- 公証人手数料(Notary’s Fees): 物件価格の約1.5%が一般的です。
- 不動産仲介手数料(Estate Agent’s Fee): 買主が物件価格の3%にVAT(付加価値税)20%を加算した額を支払うのが一般的です。売主は5%にVAT 20%を加算した額を支払います。不動産仲介業者の利用は法的に必須ではありませんが、モナコでの複雑な購入プロセスを円滑に進めるためには強く推奨されます。
- 付加価値税(VAT): 新築物件の売買にはVATが適用され、現在の税率は20%です。大規模な改修を伴う不動産取引も、その範囲と性質に応じてVATの対象となる場合があります。
- 固定資産税: モナコには固定資産税が存在しません。日本における固定資産税や都市計画税のように毎年課される税金がないため、長期的な不動産保有を検討する投資家にとって大きな利点となります。高額な初期費用は発生しますが、継続的な固定資産税のないことでバランスが取られている、という構造です。
モナコ不動産購入時の主要費用と日本法との比較を以下の表に示します。
費用項目 | 負担者 | 概算税率/手数料率 | 日本法との比較(主な相違点) |
登録税 | 買主 | 4.75% (透明な法人/個人) / 10% (非透明な法人) | 日本の登録免許税(所有権移転登記)や不動産取得税に相当しますが、税率や計算方法が大きく異なります。特に、法人形態による税率差は日本にはない特徴です。 |
公証人手数料 | 買主 | 1.5% | 日本の司法書士報酬に相当しますが、モナコの公証人は取引全体の法的安全性を保証する公的機関であり、その役割がより広範かつ中心的です。 |
不動産仲介手数料 | 買主 | 3% + VAT 20% | 日本では売主・買主双方がそれぞれ支払うのが一般的ですが、モナコでは買主が支払うことが主です。売主は5% + VAT 20%を支払います。 |
VAT(付加価値税) | 買主 | 20% (新築物件等) | 日本の消費税に相当しますが、不動産取引への適用範囲や税率が異なります。 |
固定資産税 | なし | 0% | 日本では固定資産税や都市計画税が毎年課されますが、モナコでは不動産所有に対するこれらの税金は存在しません。 |
「非透明な」オフショアまたは外国会社による取得
先述のように、個人またはモナコに登録された「透明な」民事会社(Société Civile Immobilière, SCI)による取得の場合、物件価格の4.75%が適用されます。これは、2023年10月1日以降に施行された法律第1.548号(2023年7月6日制定)による改正で、以前の4.5%から引き上げられたものです。これに対して、「非透明な」オフショアまたは外国会社による取得の場合、登録税は物件価格の、7.5%から10%に引き上げられました。
この税率の差異は、マネーロンダリングやテロ資金供与対策の一環として、所有権の透明性を促進するというモナコ政府の政策によるものです。
「非透明な」オフショアまたは外国会社とは、その実質的支配者(Beneficial Owner)が自然人として特定できない、あるいはその公式文書から実質的支配者が明確に確認できない法人を指します。モナコ公国は、マネーロンダリングやテロ資金供与対策の一環として、所有権の透明性を強化する政策を進めており、この「非透明性」の判断基準は厳格化されています。
具体的には、実質的支配者とは、最終的に顧客を所有または管理する自然人、あるいは取引が実行される自然人、または法人や法的取り決めに対して最終的に実効的な支配を行使する自然人を指します。モナコでは、会社の資本または議決権の25%以上を直接的または間接的に最終的に所有する自然人、またはその他の手段(例えば、執行機関のメンバーの過半数を任命または解任できる能力)によって会社を実効的に支配する自然人が実質的支配者とみなされます。たとえ外国会社が自国で実質的支配者を明確に特定できていたとしても、モナコの税務当局に対してその身元が適切に開示され、モナコの「透明な」エンティティの要件を満たさない限り、高い税率が適用されることになります。
情報が公的にアクセスできない、透明性に欠ける、外国の会社や信託が関与している、検証に外国の協力が必要となる、あるいは登記上の所有者が弁護士、会計士、会社サービス事業者などの専門家である場合などは、「不透明性」と判断される可能性があります。近年、モナコは民事会社(SCIを含む)の透明性要件を強化しており、取締役や実質的支配者の身元開示、年次申告、株主名簿の保持などが義務付けられています。これにより、複雑で不透明な所有構造を利用するインセンティブを減らし、国際的な透明性基準への準拠を促進しています。
モナコの「透明な」エンティティの要件を満たさない限り、高い税率が適用されることになります。これは、モナコ政府がマネーロンダリング対策の一環として、所有権の透明性を強く推進している政策を反映しています。
モナコでの不動産所有にかかる税金

モナコは、その税制上の優遇措置によって国際的に広く知られています。公国は、個人所得税、キャピタルゲイン税、固定資産税、そして富裕税を課していません。これは、日本において不動産所有にかかる固定資産税や都市計画税、また不動産の譲渡益にかかる所得税や住民税といった税金が通常課されることとは大きく異なる点であり、モナコが「タックスヘイブン」と呼ばれる主要な理由の一つです。不動産を売却する際にも、原則としてキャピタルゲイン税は発生しません。
ただし、賃貸に供されている物件については、年間賃料の1%の税金が課される場合があります。この税金は、不動産そのものに対する固定資産税とは異なり、賃貸収入に対して課されるものであり、日本の不動産所得税の概念とは異なる性質を持ちます。
モナコは大きな税制優遇を提供しますが、モナコ国外に税務居住者である者は、自国の税務義務を確認する必要があるという重要な点があります。特にフランス国籍の居住者は、1963年のフランス・モナコ租税条約の規定により、フランス国内で所得税の納税義務を負う例外が存在します。これは、単にモナコに不動産を所有するだけでは、すべての税制優遇が自動的に適用されるわけではないことを示しています。モナコの税制上の恩恵を最大限に享受するためには、モナコでの税務居住地確立(通常、物理的な滞在と住居の証明が必要)が不可欠となる場合が多いです。単に不動産投資を行うだけでは不十分であり、税務および居住計画について総合的に考える必要があるということです。
モナコにおける不動産を介した居住許可取得
モナコで不動産を所有または賃貸することは、モナコ居住許可(Carte de Séjour)を取得するための主要な要件の一つです。居住許可を取得するための不動産購入に最低取引額は設定されていませんが、モナコの不動産はヨーロッパで最も高価な部類に属します。居住許可取得には、住居の証明(モナコで賃貸または所有する物件の証明)、十分な資金の証明(通常、モナコの銀行口座に50万ユーロの預金が必要)、および犯罪歴がないことの証明が求められます。
不動産は単なる資産ではなく、居住許可へのゲートウェイとして機能します。調査資料は、不動産所有または賃貸が居住許可と密接に結びついていることを明確に示しており、不動産が単なる受動的な投資対象ではなく、居住許可取得という目的を達成するための能動的なツールであることを意味します。また、取得する物件は、居住者の人数に見合ったものでなければならないという厳格な要件が存在します。例えば、4人家族がスタジオアパートメントで居住許可を得ることはできません。これは、モナコ政府が単に物件の価値だけでなく、実際の居住に適しているかどうかも厳しく審査していることを示しています。日本人個人や企業にとって、モナコでの不動産取得は、モナコの広範な経済的・税制上の優位性を活用するための物理的な拠点を確立する一歩となることが多いです。不動産投資が単独の目的ではなく、居住許可とその恩恵を得るための手段であるため、物件選びの際には投資リターンだけでなく、居住許可申請の要件を満たすかどうかも考慮に入れる必要があります。
居住許可は初回3年間発行され、その後更新が可能です。申請プロセスは通常2〜5ヶ月かかります。なお、モナコには不動産投資による市民権取得プログラムは存在しません。市民権は、12年間の永住後、帰化によって取得可能ですが、その際には元の国籍を放棄する必要があります。
まとめ
モナコは外国人による不動産購入に国籍制限を設けておらず、個人所得税、キャピタルゲイン税、固定資産税、富裕税がないという極めて有利な税制を提供しています。これは、日本の税制と比較して、長期的な資産保全や世代間の富の移転において大きなメリットをもたらす可能性があります。しかし、その一方で、不動産購入プロセスにおける公証人の中心的な役割や、所有形態(特にSCI)による登録税率の違い、そして居住許可取得のための資金要件など、日本とは異なる複雑な側面も存在します。特に、「非透明な」オフショアまたは外国会社による不動産取得に対する高い登録税率は、モナコ政府がマネーロンダリング対策として所有権の透明性を強く求めていることを示しており、実質的支配者の特定が重要となります。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務