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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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スペインでの契約書作成・交渉時に問題となる民法・契約法の解説

スペインでの契約書作成・交渉時に問題となる民法・契約法の解説

スペイン(正式名称、スペイン王国)でのビジネス展開を検討するにあたり、現地の法的基盤、特に民法および契約法の構造と運用慣行を理解することは、予見可能性の確保とリスク管理のために重要です。スペイン法は、1889年に公布された民法典(Código Civil)を中核とする大陸法系に属し 、多くの点で日本の法体系と共通のルーツを持ちますが、実務上の運用や近年の法改正、および判例法理(Jurisprudencia)の役割において、重大な差異が存在します。

スペインの契約法は、日本法と同様に契約自由の原則を基礎としつつも、契約の「有効性」に関する独自の概念(「原因」)、債権回収の「時効期間」、および複数当事者が関与する際の「責任構造」に関して、日本企業の標準的な商慣行とは異なるアプローチを採用しています。特に2015年の時効期間の劇的な短縮や、経済環境の変化に対応するための判例法理の進化は、現地で長期的な取引を行う際に必須の知識です。

本記事では、日本の経営者や法務担当者が特に留意すべき、スペイン契約法の重要相違点について、具体的な法令を根拠として解説します。特に、契約の有効性に深く関わる「原因」(Causa)の概念、契約債権の一般時効期間が5年へと短縮されたこと、そして複数債務者の責任に関する原則(不可分責任)と判例による例外(黙示の連帯責任)の適用範囲拡大、さらに経済情勢の激変に対応するための事情変更の原則(Rebus Sic Stantibus)の「常態化」などが、スペインでの契約書作成・交渉時に問題となります。

スペインにおける契約の成立要件と「原因」(Causa)の役割

契約の必須要素としての「原因」(Causa)

スペイン民法において、契約を成立させるためには、当事者の「同意(Consentimiento)」、契約の「目的(Objeto)」、そして「原因(Causa)」という三つの必須要素が揃っている必要があります。日本の民法における契約の成立要件が主に当事者の意思表示と目的物の確定性に焦点を当てるのに対し、スペイン法における「原因」の概念は、契約の合法的な効力を支える独自の柱として機能します。

民法第1274条は、有償契約における「原因」を、「各当事者が他方の履行を得るための役務または給付」であると定義しています。この定義は、単に金銭や対価といった経済的な交換物を指すだけでなく、その契約が成立した法的な最終目的(Finalidad jurídica)を意味します。これは、その取引が法的に容認されるべき合理的な根拠を持っているかどうかを判断するための、客観的な要件です。 

原因が存在しない場合(causa inexistente)、または原因が法律や公序良俗に反して不法である場合(causa ilícita) 、その契約は絶対的に無効(nulidad absoluta)となります。この結果、契約は初めから存在しなかったものとして扱われ、当事者は履行された給付を相互に返還しなければなりません。 

「原因」の概念がもたらすリスクと判例の動向

「原因」の概念は、日本法において基本的に契約の効力に影響しないとされる当事者の個人的な動機とは一線を画しますが、判例法理においては、この「原因」の審査範囲が広範にわたる場合があります。古典的な原因論に加え、判例は契約締結に至った当事者の具体的な動機や意図(衝動的原因:Causa Impulsiva)が、公序良俗に反するかどうかを考慮に入れることがあります。

この点に関して、スペイン最高裁判所(Tribunal Supremo)は、2021年6月22日判決(当事者名非公開、Recurso 3677/2018)において、「原因の不法性」(Causa Ilícita / Causa Torpe)を理由として契約の無効を宣言しました。この事案は、当事者間で締結された農地賃貸借契約(Arrendamiento rústico)が、実際には農地を賃借人に使用させることで、共通農業政策(PAC)に基づく欧州連合の補助金を受け取るという行政上の要件を形式的に満たすための絶対的シミュレーション(仮装)であったというものです。

裁判所は、この契約の真の最終目的(衝動的原因)が、補助金制度に対する行政上の詐欺を企図した不法なものであると認定し、民法第1275条(不法な原因を持つ契約は無効である)に基づいて契約全体を絶対的に無効と判断しました。この判例は、契約書上、取引の「目的物」と「対価」が明確であり、形式的には合法的な交換に見える場合でも、その契約の背後にある当事者間の「真の法的最終目的」が、スペインの公序良俗(Orden Público)に照らして不適当であると裁判所に判断された場合、絶対的無効を招くという、スペイン法特有のリスクを示すものです。

スペインでの事業リスクに直結する時効期間の劇的な短期化

契約債権の一般時効期間が15年から5年へ短縮

債権の回収可能性に直結する時効期間に関して、スペイン法は近年、非常に重要な法改正を実施しました。かつて、スペイン民法は、特別の定めがない個人間の債権(契約上の債権を含む)について、原則として15年間の時効期間を定めていました。これは、日本の一般債権の時効(旧法では10年、商事債権では5年)と比較しても長い期間でした。 

しかし、2015年10月7日に施行されたLey 42/2015により、民法第1964条が改正され、契約上の債権を含む個人間の債権の一般時効期間は、5年間に大幅に短縮されました。

この改正により、現行の民法第1964条第2項は以下の通り規定しています。

特別な期間が設けられていない個人間の行為は、義務の履行が要求可能となった時点から5年で時効となる。(Las acciones personales que no tengan plazo especial prescriben a los cinco años desde que pueda exigirse el cumplimiento de la obligación.)。

スペイン民法第1964条第2項 (現行)

この5年という期間は、日本の商事債権の時効期間(5年)と一致しますが、債権発生から迅速な回収または法的手続きの開始を義務付ける点で、旧法の15年という期間に慣れていた事業体にとっては、債権管理体制の抜本的な見直しを迫るものです。

経過措置の適用と時効管理の盲点

この法改正がもたらす最も大きな実務上の影響は、施行日(2015年10月7日)以前に既に存在していた債権に対する経過措置です。

経過措置の適用方法は、次の通りです。

  1. 新法施行日(2015年10月7日)以降に時効期間が開始された債権:新しい5年間の期間が完全に適用されます。
  2. 新法施行日以前に時効期間が既に開始されていた債権:これらの債権は、旧法(15年)に基づき時効完成日を計算します。しかし、旧法に基づいた時効完成日が、新法施行日である2015年10月7日から5年後、すなわち2020年10月7日よりも遅い場合、時効は強制的に2020年10月7日に完成しました。

この経過措置は、民法第1939条への委任に基づき、Ley 42/2015の第5経過規定により定められています。これにより、2015年以前の古い契約に基づく債権であっても、2020年10月7日までに適切な時効中断措置(債務者への請求や裁判上の請求など)が取られていなければ、既に権利を失っている可能性が高いことを意味します。スペインでの事業展開、特に過去の契約や債権を継承するM&Aにおいては、時効管理の迅速性と正確性が極めて重要となります。 

複数当事者間における連帯責任の例外性

不可分責任(Mancomunada)の推定

日本の商取引においては、債権回収のリスクヘッジとして、連帯責任(Solidaria、ジョイント・アンド・セベラル責任)を契約に盛り込むことが一般的ですが、スペイン民法は複数債務者の責任構造に関して、原則として不可分責任(Mancomunada)を推定します。

民法第1137条は、連帯責任の例外的な性質を明確に示しています。

一つの義務において二者以上の債権者または二者以上の債務者が共存する場合、各当事者がその義務の目的物を完全に要求する権利、または完全に履行する義務を負うことは意味しない。連帯責任となるのは、義務が明示的に連帯として定められる場合にのみである。

スペイン民法第1137条

不可分責任が適用される場合、各債務者は、契約または法律によって自己に割り当てられた分担部分についてのみ責任を負います。債権者は、各債務者に対して分割された債務を個別に請求する必要があり、一人の債務者に対して債務の全額を請求することはできません。

ビジネス実務における「黙示の連帯責任」の適用拡大

上記のように連帯責任(Solidaria)が「明示的な合意」によってのみ成立するという厳格な原則がある一方で、スペイン最高裁判所(Tribunal Supremo)の判例法理は、商取引の安全と債権者の保護を重視し、この原則を緩和する傾向にあります。

最高裁は、複数の債務者間に「共同の法的目的」(comunidad jurídica de objetivos)が存在すると認められる場合、たとえ契約書に連帯責任が明示されていなくとも、「黙示の連帯責任」(solidaridad tácita)の成立を認める法理を発展させてきました。

この法理は、特に企業グループ内の複数の法人が共同でプロジェクトを推進したり、同一の事業目的のために契約を締結したりした場合に適用されます。形式的な文言よりも、複数の当事者が共通の経済的・事業的目的を達成するために緊密に協力しているという実態が重視されるのです。これにより、債権者は、共同の目的のために協働している複数の債務者のうち、どの債務者に対しても債務全額の履行を請求できる(連帯責任と同様の)法的保証を得ることができます。

スペインでのジョイントベンチャーや共同開発契約においては、この「黙示の連帯責任」のリスクを回避するため、単に「不可分責任である」と記載するだけでなく、当事者間の法的責任を明確に分割し、共同の法的目的を否定する契約構造を意図的に構築することが、事業リスク管理上求められます。

スペインにおける債務不履行と契約の不均衡への対応

スペインにおける債務不履行と契約の不均衡への対応

双務契約における解除権の黙示的な含意(民法第1124条)

契約において、双務契約(Reciprocal Obligations)は、当事者双方が互いに対価的な義務を負うものです。スペイン民法第1124条は、双務契約において一方の当事者が義務を履行しない場合、契約の解除(Resolution)権が「黙示的に含意されている」と定めています。

民法第1124条によれば、義務不履行によって被害を受けた当事者は、以下のいずれかの選択肢を行使できます。

  1. 義務の履行の強制請求
  2. 契約の解除請求

いずれを選択した場合でも、被害を受けた当事者は、その不履行によって生じた損害の補償と利息の支払いを求めることが可能です。契約解除を成功させるためには、解除を求める側が、自らの義務を履行したか、または履行する意思があることが要件となります。また、債務者が履行期前に、義務を履行しないという明確な意思を表明した場合(例:最高裁判所2010年3月30日判決) 、履行期を待たずに契約の解除が認められることもあります。 

経済情勢変化に対応する事情変更の原則(Rebus Sic Stantibus)

国際的な商事契約では、予期せぬ経済情勢の変化によって契約の基礎が崩れた場合の対応が大きな論点となります。伝統的に、スペイン法は「契約は守られなければならない」(Pacta Sunt Servanda)という大原則を重視しており、契約締結後に予期せぬ事態が発生し、一方の当事者に著しく不利な状況が生じたとしても、契約の変更や解除を認める事情変更の原則(Doctrina Rebus Sic Stantibus)は、非常に例外的な適用に限定されてきました。

しかし、2014年6月30日に最高裁判所(Tribunal Supremo)が下した判決(Sentencia del Tribunal Supremo de 30 de junio de 2014)は、この原則の適用要件と根拠を再定義し、経済危機といった予測不可能な状況に対応するため、この原則の適用を「スペイン契約法の枠組みにおいて常態化する」方向に舵を切りました。

この判例以降、Rebus Sic Stantibusは、予期せぬ状況によって契約上の給付と対価の均衡が大きく崩れ、有償契約としての意味合いが「歪められてしまった」(desfigurado)と客観的に評価される場合に、適用される可能性が高くなりました。裁判所は、当事者間の「信義誠実の原則」(principio de la buena fe)を根拠の一つとして、契約の均衡を回復するための条件修正や解除を命じる判断を下すことがあります。

この法理の発展は、日本の企業がスペインで長期にわたるリース契約、フランチャイズ契約、または大規模な建設契約などを締結する際のリスク構造に影響を与えます。もし予測不可能な外部環境の変化によって契約履行が「過度に負担」となった場合、契約の履行維持に固執するのではなく、裁判所を通じて契約条件の修正や解除を求めるという現実的な法的手段が確保されたと解釈できます。

参考:最高裁判所2014年6月30日判決に関する論文(InDret掲載)

まとめ

スペインにおける民法および契約法は、日本企業が現地で安定した事業を営むために不可欠な要素です。契約の有効性に関して、契約締結の真の法的動機まで審査対象となり得る「原因」(Causa)の概念の理解は、絶対的無効のリスクを回避するために重要です。

また、契約債権の一般時効期間が、2015年の法改正により、旧法の15年から5年へと劇的に短縮された事実は、債権管理において最も実務的な影響を及ぼします。特に2020年10月7日の経過措置による時効完成の強制的なカットオフポイントは、過去の債権管理体制の見直しを促すものでした。

さらに、複数債務者の責任構造は、原則として分割責任(Mancomunada)であるにもかかわらず、最高裁判所の判例法理が「共同の法的目的」を根拠とする黙示の連帯責任を認める範囲を拡大しているため、共同事業における責任範囲は形式的な契約文言を超えて慎重に評価される必要があります。そして、大規模契約における長期的なリスク管理の観点からは、経済情勢の激変に対応するため、事情変更の原則(Rebus Sic Stantibus)の適用が「常態化」している点を理解しておくことが重要です。

これらの重要相違点を踏まえ、スペイン法に適合した契約書の作成、債権の適時かつ適切な管理、そして万が一の紛争発生に備えた戦略立案は、現地事業を成功させるための鍵となります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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