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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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スウェーデンの法体系と司法制度を弁護士が解説

スウェーデンの法体系と司法制度を弁護士が解説

スウェーデン(正式名称:スウェーデン王国)は、日本と同様に大陸法系の伝統を持ちながら、包括的な「民法典」を持たず、独自の「SFS」法令集や分野別法律によって規律されるユニークな法体系を有しています。ビジネス法務の現場では、100年以上続く契約法に基づく厳格な申込拘束力(約束原則)や、売買法における「間接損害」の特殊な免責要件など、日本法とは異なる概念への深い理解が不可欠です。

また、司法制度においては、一般裁判所と行政裁判所の完全な二元体制に加え、2016年に設立された「特許・市場裁判所」が、技術専門家を裁判官として擁し、知的財産や競争法紛争を一元的に解決する高度な仕組みを整えています。さらに、行政文書の徹底した公開原則や、労働協約が強い法的拘束力を持つ労働市場の特性も、進出企業の戦略に直結します。

本記事では、こうしたスウェーデン法の構造的特徴から、契約・労働・知財・公共調達の実務的留意点、さらには「Tapwell事件」や「Four Gardens事件」といった最新の判例動向に至るまで、日本企業が押さえるべき重要ポイントを網羅的に解説します。

スウェーデンの憲法的基盤と法令構造

四つの基本法からなる憲法体制

日本の法体系が単一の「日本国憲法」を頂点としているのに対し、スウェーデンの憲法(Grundlagarna)は、歴史的経緯から四つの異なる基本法によって構成されています。これらは通常の法律よりも上位に位置し、改正には二回の国会決議とその間に総選挙を挟む必要があるなど、厳格な手続きが求められます。

  1. 統治法(Regeringsformen, RF):1974年に全面的に改正された、統治の基本構造を定める最も重要な基本法です。国民主権、議会制民主主義、基本的人権の保障などが規定されています。
  2. 王位継承法(Successionsordningen, SO):1810年に制定された最も古い基本法で、ベルナドッテ家による王位継承順位を定めています。
  3. 出版自由法(Tryckfrihetsförordningen, TF):1766年に世界で初めて制定された情報公開法を起源持ち、検閲の禁止と公文書の公開原則を定めています。
  4. 表現の自由に関する基本法(Yttrandefrihetsgrundlagen, YGL):1991年に制定され、ラジオ、テレビ、インターネットなどのメディアにおける表現の自由を保障しています。

ビジネスの観点から特筆すべきは、「出版自由法」に規定されている「公文書公開の原則(Offentlighetsprincipen)」です。これは、行政機関が作成・受領した文書は、法律で明示的に秘密と定められたものを除き、誰でも閲覧・コピーが可能であるという原則です。

日本企業がスウェーデンの行政機関(例えば、医薬品庁や環境保護庁、公共調達を行う自治体など)に提出した申請書、技術資料、あるいは電子メールのやり取りでさえも、競合他社やメディアからの請求があれば開示されるリスクがあります。もちろん「営業秘密」に関する例外規定はありますが、その適用は厳格に解釈される傾向にあり、日本における「行政指導の非公開性」や「企業情報の守秘」の感覚で書類を提出すると、予期せぬ情報流出を招く恐れがあります。したがって、行政機関への提出書類を作成する際は、公開されることを前提とするか、あるいは事前に秘密保持の範囲について当局と綿密な協議を行う必要があります。

SFS:スウェーデン法令全集の構造

スウェーデンの法令は、国会(Riksdagen)が制定する「法律(Lag)」と、政府(Regeringen)が制定する「命令(Förordning)」を中心として構成されています。これらはすべて『Svensk Författningssamling』(SFS)と呼ばれる公式の法令全集に収録され、管理されています。

SFSは1825年から刊行が開始され、1925年以降は年ごとに体系化されて出版されています。現在では、すべての法令は電子的に公開されており、誰でもアクセス可能です。各法令には「SFS 1990:931」のように、「SFS」の後に「制定年:固有番号」が付されます。この番号は、法律の引用や検索において最も重要な識別子となります。

日本の「六法全書」のように、民間出版社が編纂した法令集も存在しますが、法的根拠として参照されるのはあくまでSFSです。最新の改正情報はオンラインで即座に反映されるため、紙の法令集ではなく、必ず公式のデータベースを確認することが実務の基本となります。

参考:Svensk författningssamling (SFS) 公式ウェブサイト

立法プロセスと「準備作業」の重要性

スウェーデン法の解釈において、条文そのものと同じくらい、あるいはそれ以上に重要視されるのが、立法過程で作成される「準備作業(Förarbeten)」と呼ばれる文書群です。

立法プロセスは通常、以下のように進行します。

  1. 政府が調査委員会(Utredning)を設置し、課題を検討。
  2. 委員会が詳細な報告書(SOU:Statens offentliga utredningar)を作成・公表。
  3. 報告書に対するパブリックコメント(Remiss)の実施。
  4. 政府が法案(Proposition)を作成し、法制審議会(Lagrådet)の審査を経て国会に提出。
  5. 国会の委員会での審議を経て可決・制定。

この過程で作成されるSOUやPropositionには、条文の趣旨、適用範囲、具体的な解釈指針が極めて詳細に記述されています。スウェーデンの裁判所は、法律の適用にあたり、これらの準備作業文書を「極めて権威ある解釈指針」として参照します。日本でも立法担当者の解説などが参照されることはありますが、スウェーデンにおける準備作業の法的地位はそれよりも遥かに高く、実質的な法源の一部に近い機能を果たしています。したがって、日本企業が現地の弁護士に法的意見を求める際、条文の文言だけでなく、これら膨大な準備作業文書の分析に基づいたアドバイスが行われることは日常的です。

スウェーデンの一般私法:民法典の不在と契約法の実務

スウェーデンの一般私法:民法典の不在と契約法の実務

「民法典」が存在しないことの意味

日本の法律家がスウェーデン法に接した際、最初に直面する大きな壁が「民法典(Civil Code)」の欠如です。日本では、契約、不法行為、物権、親族、相続といった私法の基本ルールが民法典の中に体系的に収められていますが、スウェーデンを含む北欧諸国では、これらを統合する法典化運動は行われませんでした。

その代わりに、分野ごとに個別の法律が存在し、それらが緩やかに連携して私法体系を形成しています。例えば、契約の成立や代理については「契約法」、動産の売買については「売買法」、損害賠償については「不法行為法」といった具合です。これらを統合する上位概念としての「民法総則」的な規定も存在しないため、法の欠缺がある場合は、類推適用や判例法理によって補完されます。

1915年契約法と「約束原則」

スウェーデンのビジネス取引において最も基本的かつ重要な法律が、1915年に制定された「契約法(Lag (1915:218) om avtal och andra rättshandlingar på förmögenhetsrättens område)」です。この法律は100年以上前の制定ですが、現在でも現役の基本法として機能しています。この法律には、契約の成立に関し、日本法とは根本的に異なる「約束原則(Löftesprincipen / Promise Theory)」が採用されています。

以下の表は、日本法(および多くの大陸法・英米法)で一般的な「契約原則(Contract Theory)」と、スウェーデン法の「約束原則」の違いを整理したものです。

特徴日本法(契約原則・到達主義/発信主義の混在)スウェーデン法(約束原則・1915年契約法)
契約の成立申込と承諾の合致(合意)により成立する。申込と承諾の合致が必要だが、その前段階で申込自体に拘束力が生じる。
申込の拘束力原則として、承諾の通知を受けるまでは撤回可能な場合がある(特に商人間の対話者間など)。改正民法523条等は撤回権の留保がない限り承諾期間内は撤回不可とするが、柔軟な解釈の余地がある。申込が相手方に到達した瞬間から、申込者は一方的に拘束される。 承諾期間が定められている場合、その期間内は絶対に撤回できない。
承諾期間がない場合相当な期間を経過すれば効力を失う。「合理的期間(Legal deliberation time)」の間は、申込者は撤回できず、回答を待つ義務がある。

この違いは、実務上極めて重大な意味を持ちます。例えば、日本企業がスウェーデン企業に対して「見積書」や「提案書」を送付したとします。日本的な感覚では、「これはまだ正式な契約書ではないし、相手が承諾する前なら条件を変更したり、取り下げたりできるだろう」と考えがちです。しかし、スウェーデン法の「約束原則」の下では、その見積書が具体的な条件(価格、数量、納期など)を含んでおり、相手方に「申込」と認識される内容であれば、相手方に届いた時点で、記載された承諾期限(あるいは合理的期間)が満了するまで、発信者はその内容に法的に拘束されます。その間に市場価格が変動して赤字になることが判明しても、一方的に撤回することはできません。

このリスクを回避するためには、見積書や提案書に必ず「契約締結をもって効力を生ずる(Subject to contract)」や「拘束力なし(Utan obligo / Without prejudice)」といった明示的な留保条項(Disclaimer)を記載する必要があります。スウェーデン企業との交渉においては、不用意な書面やメールの送付が「撤回不能な法的オファー」とみなされないよう、細心の注意が必要です。

不当な契約条項の修正(第36条)

契約法の中で、もう一つ特筆すべき規定が第36条です。これは1976年の改正で導入された一般条項で、契約の条項が「不当(oskäligt)」である場合、裁判所がその条項を無効としたり、修正(調整)したりすることができるという強力な権限を定めています。

契約法 第36条(要旨)

契約の条件は、その内容、契約締結時の事情、後の出来事、その他の事情を考慮して不当であると認められる場合、調整または無視することができる。特定の条件が契約にとって重要であり、その調整の結果として契約の残りの部分を有効に存続させることが不当となる場合には、契約全体を無効とすることもできる。

日本の消費者契約法第10条や民法第90条(公序良俗)に類似していますが、スウェーデンの第36条はBtoB(企業間)取引においても適用される点が大きな特徴です。

もちろん、純粋な商業取引において裁判所が契約自由に介入することには抑制的ですが、当事者間の交渉力に著しい格差がある場合(例えば、巨大な多国籍企業と現地の中小サプライヤーとの取引)や、一方当事者に過度に一方的なリスク転嫁(極端な責任制限条項や解除条項など)がある場合には、この条項が発動される可能性があります。

したがって、日本企業がスウェーデン企業と契約する際、自社に有利すぎる条項(ドラコニアン条項)を押し付けることは、かえって第36条による無効化リスクを招くことになりかねません。「公平性(Skälighet)」を意識した契約ドラフティングが、結果として契約の安定性を高めることになります。

売買法と損害賠償の構造

企業間取引における物品売買を規律するのは、1990年制定の「売買法(Köplagen, SFS 1990:931)」です。この法律は、国連国際物品売買条約(CISG)の影響を強く受けて作成されており、国際標準に近い内容を持っていますが、損害賠償の範囲についてはスウェーデン(および北欧)独自の特徴的な区分が存在します。

それが、「直接損害(Direct Loss)」と「間接損害(Indirect Loss)」の区別と、それに基づく責任要件の違いです。

損害の種類定義・具体例賠償責任の発生要件
直接損害・代替品の調達コスト(カバー取引の差額)
・欠陥の調査費用
・通常の範囲内の遅延損害
管理責任(Control Liability)
売主に過失がなくても、売主の支配領域(Control)にある事由で生じた不履行であれば、無過失で責任を負う。
間接損害・生産の減少や中断による損失(操業停止損害)
・商品が意図された通りに使用できないことによる損失
・逸失利益(Lost Profit)
・第三者との契約不履行による損害
・予見困難なその他の損害
過失責任(Negligence)
売主に過失(Negligence)があることが立証されなければ、原則として賠償責任を負わない。

日本法(民法415条、416条)では、債務不履行による損害賠償は「通常損害」と「特別損害(予見可能な場合)」に分類され、債務者の帰責事由(過失等)があれば、予見可能な逸失利益も含めて賠償対象となります。

しかし、スウェーデン売買法では、構造が異なります。たとえ不履行の事実があり、それによって買主に逸失利益(間接損害)が生じたとしても、売主に「過失(Negligence)」まで認められなければ、買主は逸失利益の賠償を請求できません。単に「不可抗力ではなかったが、履行できなかった(管理責任はある)」というレベルでは、直接損害の賠償に留まるのです。

この違いは、契約書の「責任制限条項(Limitation of Liability)」において極めて重要です。英米法の契約書でよく見られる「Consequential Loss(派生的損害)を除外する」という条項をそのままスウェーデン法準拠の契約で使用すると、スウェーデン法上の「間接損害」の定義と食い違いが生じ、意図しない解釈を招く恐れがあります。契約書を作成する際は、スウェーデン売買法第67条が定義する「間接損害」の概念を明示的に参照するか、あるいは具体的にどのような損害(逸失利益、第三者賠償など)を除外するのかを列挙する形をとることが推奨されます。

消滅時効

商事債権の消滅時効についても注意が必要です。日本の改正民法では、権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年とされていますが、スウェーデンの「時効法(Preskriptionslagen, SFS 1981:130)」では、一般的な商事債権の時効期間は10年です。

ただし、債務の承認や請求書の送付などの「時効の中断(Preskriptionsavbrott)」が行われると、その時点から新たに10年の期間が進行します。これは、実質的に債権管理さえ適切に行われていれば、債権が非常に長期間消滅しないことを意味します。一方で、消費者に対する債権については3年という短い時効期間が設定されており、B2BとB2Cで大きく異なる点に留意が必要です。

スウェーデンの企業法と労働法制の特殊性

スウェーデンの企業法と労働法制の特殊性

会社法と配当規制(「Four Gardens」事件)

スウェーデンの会社法(Aktiebolagslagen, SFS 2005:551)は、EU指令に準拠しつつも、債権者保護を重視した厳格な資本維持ルールを持っています。特に、株主への配当(価値移転)に関する規制は厳格です。分配可能額(自由資本)の範囲内であっても、会社の連結上のニーズや流動性、将来のリスクを考慮して、配当が「正当(Justifiable)」でなければならないという「慎重性の原則(Precautionary Rule)」(会社法第17章3条)が存在します。

2024年に最高裁判所が判決を下した「Four Gardens事件(NJA 2024 s. 1 / Case T 5171-23)」は、この原則の解釈において極めて重要な指針を示しました。この事案では、ある子会社(Four Gardens AB)が親会社に対して配当を行いましたが、その後、子会社が破産しました。破産管財人は、当時の配当が「慎重性の原則」に違反する違法なものであったとして、親会社に返還を求めました。

最高裁判所は、配当決議の時点で会社が将来的な損失のリスクを抱えており、事業転換のために資金を内部留保する必要性があったと認定しました。その結果、形式的な計算上は分配可能額の範囲内であったとしても、当時の会社の状況に照らせばその全額を配当することは不当であり、慎重性の原則に基づき一部の配当を違法と判断しました。

この判決は、スウェーデン子会社からの利益送金を計画する日本親会社に対し、単なる会計上の数字だけでなく、子会社の将来的な事業リスクや資金繰りを慎重に評価しなければ、後になって配当が無効とされ、返還責任(および取締役の個人的責任)を問われるリスクがあることを示唆しています。

労働法制とスウェーデン・モデル

スウェーデンの労働市場は、「スウェーデン・モデル」と呼ばれる独自のアプローチで運営されています。その最大の特徴は、国家による法規制を最小限に抑え、労使間の「労働協約(Kollektivavtal)」による自主規制を重視する点です。

例えば、スウェーデンには法律で定められた「最低賃金」が存在しません。最低賃金はすべて産業別の労働協約によって決定されます。したがって、進出企業は、自社が属する業界の労働協約に加入するか、あるいはそれに準じた労働条件を提供する必要があります。

解雇規制に関しては、「雇用保護法(Lag (1982:80) om anställningsskydd, LAS)」が適用されます。日本と同様、解雇には「客観的な理由(Sakliga skäl)」が必要ですが、スウェーデンでは「個人的理由(能力不足や非行)」による解雇と、「経営上の理由(Arbetsbrist / Redundancy)」による解雇が明確に区別されています。

日本の整理解雇法理(四要件)と比較すると、スウェーデンにおける「経営上の理由」による解雇は、企業が経営判断として人員削減を決定した場合、その必要性自体の正当性は裁判所であまり問われません。その代わり、誰を解雇するかという選定プロセスにおいて、「先任権(Last-in-First-out)」の原則(勤続年数の短い者から先に解雇する)が厳格に適用されます。

2022年の法改正により、雇用主は全従業員の中から特定のキーパーソン(3名まで)を先任権リストから除外できる柔軟性が導入されましたが、依然としてこのルールの影響力は強力です。日本企業がM&Aや拠点再編を行う際には、この先任権ルールと労働組合との協議義務(MBL交渉)を遵守することが、プロセスの適法性を確保する鍵となります。

スウェーデンの司法制度:二元的な裁判所構造

スウェーデンの司法制度は、民事・刑事事件を扱う「一般裁判所」と、公法上の紛争を扱う「行政裁判所」の二つの系統が完全に独立して併存する構造をとっています。これらはそれぞれ独自の最高裁判所を頂点とする三審制をとっています。

一般裁判所(General Courts / Allmänna domstolar)

一般裁判所は、個人間の紛争(民事訴訟)、犯罪(刑事訴訟)、および一部の商事紛争を扱います。

審級名称(スウェーデン語)名称(英語)概要
第一審TingsrättDistrict Court全国内に48ヶ所所在。単独裁判官または合議体で審理。
第二審HovrättCourt of Appeal全国内に6ヶ所所在。事実認定の再審査も行う。
第三審Högsta domstolen (HD)Supreme Courtストックホルムに所在。上告許可制(Leave to Appeal)を採用。

最高裁判所の役割と上告許可

スウェーデンの最高裁判所(HD)への上告は、極めて狭き門です。HDの主な役割は「法の統一と形成(Prejudikatbildning)」にあり、下級審の判決に単なる誤りがあるというだけでは上告は許可されません。その事件を審理することが、将来の同種事件の指針となるような重要な法的論点を含んでいる場合(Precedent value)にのみ、上告が許可されます。

したがって、ビジネス紛争においては、事実上、控訴裁判所(Hovrätt)が最終審となるケースが大半であることを覚悟する必要があります。

行政裁判所(Administrative Courts / Förvaltningsdomstolar)

ビジネスを行う上で、一般裁判所と同様、あるいはそれ以上に重要になるのが行政裁判所です。税務当局との紛争、環境許認可、社会保険、そして公共調達(入札)に関する不服申し立ては、すべてこの系統の裁判所で扱われます。

審級名称(スウェーデン語)名称(英語)概要
第一審FörvaltningsrättAdministrative Court全国内に12ヶ所所在。税務や許認可の第一審。
第二審KammarrättAdministrative Court of Appeal全国内に4ヶ所所在。上告許可が必要な場合が多い。
第三審Högsta förvaltningsdomstolen (HFD)Supreme Administrative Courtストックホルムに所在。行政法分野の最高法規解釈機関。

公共調達と行政訴訟

スウェーデンの公共調達市場は開放的ですが、入札結果を巡る紛争は頻発しています。落札できなかった企業は、行政裁判所に再審査を申し立てることができます。この際、契約締結が一時停止される「スタンドスティル期間(Standstill period)」の活用が重要です。

近年、最高行政裁判所は、公共調達訴訟における「主張の遮断効(Preclusion)」を厳格化する判例を相次いで出しています(HFD 2022 ref. 4など)。これにより、原告(サプライヤー)は、訴訟の極めて早い段階(通常は第一審の初期)で全ての法的主張と証拠を提出しなければならず、控訴審になってから新たな違反事由を追加主張することが原則として認められなくなりました。

日本企業がスウェーデンの公共入札に参加し、不当な評価を受けたと感じた場合、落札決定通知から通常10日以内という極めて短い期間内に、法的論点を網羅した申立書を提出する必要があります。事後的な補充は認められないリスクが高いため、即応できる法的サポート体制が不可欠です。

特別裁判所:土地・環境裁判所

環境許認可や不動産開発に関する紛争は、一般裁判所の中に設置された特別部門である「土地・環境裁判所(Mark- och miljödomstolar)」が管轄します。これらは5つの地方裁判所に設置されており、上訴審はスベア控訴裁判所内の「土地・環境控訴裁判所(Mark- och miljööverdomstolen)」が一括して管轄します。ここでも、法律家である裁判官に加え、環境科学や技術の専門家(Technical Judges)が合議体に加わり、専門的な判断を下す仕組みがとられています。

スウェーデンにおける知的財産・競争法紛争の司令塔:特許・市場裁判所

スウェーデンの司法制度の中で、近年最も大きな改革が行われたのが知的財産(IP)と市場法(競争法・マーケティング法)の分野です。かつては一般裁判所や行政裁判所に管轄が分散していましたが、専門性と効率性を高めるため、2016年9月1日に「特許・市場裁判所(Patent- och marknadsdomstolen, PMD)」が設立されました。

組織構造と管轄の独占

PMDは、ストックホルム地方裁判所の一部門として設置されていますが、スウェーデン全土の以下の事件について、専属的な第一審管轄権を有しています。

  • 特許、商標、意匠、著作権の侵害訴訟および無効訴訟
  • 競争法(独占禁止法)違反に関する訴訟(カルテル、支配的地位の濫用、企業結合審査など)
  • マーケティング法違反(不当表示など)に関する訴訟

PMDの判決に対する控訴は、スベア控訴裁判所内に設置された「特許・市場控訴裁判所(Patent- och marknadsöverdomstolen, PMÖD)」が行います。

重要な点は、PMÖDの判決が原則として最終判断となることです。最高裁判所への上告は、PMÖDが「法の発展のために重要である」として特に許可した場合に限られます。これにより、IP紛争や競争法案件の解決スピードが飛躍的に向上しました。以前は数年かかっていた特許訴訟が、現在では第一審で12〜18ヶ月程度で判決に至ることが一般的になっています。

技術裁判官(Technical Judges)と専門家パネル

PMDおよびPMÖDの最大の特徴は、その裁判体の構成(Panel Composition)にあります。複雑な技術論争や経済分析を正確に理解するため、法律家である裁判官(Legally Trained Judges)に加え、技術的または経済的なバックグラウンドを持つ専門家が、完全な権限を持つ裁判官(Judges)として審理に参加します。

典型的な特許侵害訴訟のパネル構成:

  • 法律家裁判官 2名
  • 技術裁判官(Technical Judges) 2名

技術裁判官は、元特許庁審査官や企業の特許部門出身者、大学教授などから選任され、当該事件の技術分野(化学、機械、電子など)に精通した人物が割り当てられます。彼らは単なるアドバイザーではなく、判決の評議において法律家裁判官と同じ一票を持ちます。

このシステムは、日本の知的財産高等裁判所における「技術調査官(Technical Advisors)」制度よりも一歩進んでおり、技術のプロが直接司法判断を下すことを意味します。これにより、当事者は技術的に高度な主張を理解してもらえる安心感がある一方で、技術的に根拠の薄い主張やごまかしは即座に見抜かれるため、極めて精緻な技術論証が求められます。

最新の注目判例とビジネスへの影響

PMDおよびPMÖDは設立以来、多くの重要な判決を下しており、スウェーデンのビジネス法務に新たな基準を形成しています。

1. Tapwell事件:再販売価格維持(RPM)への厳罰化

2024年、PMDはバスルーム用品サプライヤーのTapwell社に対し、再販売価格維持行為(RPM)を理由に、競争当局の請求を認める判決を下しました 42。

Tapwell社は、オンライン小売業者に対して特定の価格での販売を強要したと認定されました。PMDは、これが競争法における「目的による制限(Restriction by object)」に該当すると判断し、巨額の制裁金を科しました。Tapwell社は控訴しましたが、この判決は、スウェーデンにおいても垂直的制限(メーカーと小売間の価格拘束)に対する監視が厳しくなっていることを示しています。日本メーカーがスウェーデンの代理店や小売店に対して価格政策を指示する場合、EU競争法およびスウェーデン競争法の厳格な適用を受けるリスクを再認識する必要があります。

2. Apotekstjänstによる企業結合(合併)承認:PMDとPMÖDの判断の分かれ目

医薬品の用量分包サービス市場におけるApotekstjänstによるSvensk Dosの買収案件では、司法判断が二転三転しました。

当初、競争当局はこの合併により市場プレイヤーが3社から2社に減り、競争が阻害されるとして合併禁止を求め、第一審のPMDもこれを支持しました(合併禁止)。

しかし、2025年3月、控訴審であるPMÖDは、PMDの判決を覆し、合併を承認する判決を下しました。

PMÖDは、たとえプレイヤーが2社になっても、強力なバイヤー(地方自治体等)の存在や、潜在的な競争圧力により、価格競争は維持されるという経済分析を支持しました。この判決は、寡占化が進む市場であっても、詳細な経済分析によって競争阻害効果がないことを立証できれば、M&Aが可能であることを示した画期的な事例です。

スウェーデンでの紛争解決:仲裁の活用

最後に、裁判所外の紛争解決手段についても触れておきます。スウェーデン、特にストックホルムは、国際仲裁のハブとしても有名です。ストックホルム商工会議所仲裁裁判所(SCC Arbitration Institute)は、世界でも有数の仲裁機関であり、東西冷戦時代から中立的な紛争解決地として機能してきました。

日本企業がスウェーデン企業と契約する場合、紛争解決条項としてスウェーデンの一般裁判所を指定することも可能ですが、国際的な執行の容易さ(ニューヨーク条約)や、手続きの秘密性(裁判は公開が原則)を考慮し、SCC規則に基づく仲裁を選択することが一般的かつ推奨されます。スウェーデンの仲裁法はUNCITRALモデル法に準拠しており、仲裁判断の取り消しは極めて限定的な事由(公序良俗違反など)に限られるため、安定した紛争解決が期待できます。

まとめ

スウェーデンの法体系は、SFSによる成文法主義を基盤としつつも、民法典を持たない独自の私法構造、約束原則に基づく契約法理、そして特許・市場裁判所のような高度な専門司法制度によって特徴づけられています。特に、「公文書公開の原則」による情報の透明性や、売買法における「間接損害」の厳格な区分、労働法における「先任権」ルールなどは、日本法の下での常識が通用しない分野であり、進出企業にとっては潜在的なリスク要因となります。

しかし、これらの法制度は、裏を返せば極めて合理的で予測可能性の高いルールに基づいて運用されており、適切な法的理解と準備を行えば、ビジネスを強力に保護するツールとなります。モノリス法律事務所では、スウェーデンを含む欧州法務に精通したネットワークと知見を活かし、現地の最新法令や判例動向を踏まえた契約書のレビュー、コンプライアンス体制の構築、そして万が一の紛争時における戦略立案まで、貴社の北欧ビジネスを法的な側面からサポートいたします。未知の市場における法的リスクを最小化し、確実な事業基盤を築くためのパートナーとして、ぜひご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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